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望まぬ役柄

 帝政オリュンポスの帝都。


 巨大な城を中心に据える、国内最大の大都市。


 普段は繁栄を謳歌している人々も、今は暗い話題ばかりを交わしている。


 大混乱や、恐慌状態に陥っているわけではない。荷物を抱えて他国へ逃げ出そうとしているわけでもない。その手前の段階に至っていた。


 歴代最強と謳われたグランドマスターメイジ。先代グランドマスターメイジであり、まだまだ現役だった序列二位。弱点こそあるもののその実力を認められていた序列三位や四位。


 彼らがテロリストによって倒されてしまった、という事実は国民にも知れ渡っていたからだ。


 それでも逃げていないのは、序列五位のサムソンが仇を討ったことも知れ渡っているからだろう。


 すでに各地ではテロリストに占拠された要地が開放され、復旧に動いている。事件そのものは収拾がつきつつある。


 これもおかしなことではない。グランドマスターメイジやマスターメイジが負けたのは、不意打ちされたから。

 防御に秀でたサムソンが不意打ちに対処でき、すでに罠があると知った場所に向かって制圧したというのなら自然である。


 つまり彼らの興味は事態のその先。

 今後どうするのか、ということ。


 序列五位しか残っていない状態で、今後この国はどうなっていくのか。


 人々は不安に思いながら、皇帝の座する城を見つめるのだった。


※


 オリュンポスの城。

 この城は基本的に、ワープができないように厳重な封印が敷かれている。

 だが一か所だけワープができる場所がある。


 特別な入口であり、普段から警備が敷かれている。事前の手続きが無ければ、その場の警備兵によって殺されることになっている。


 だがその城の特別な入口には、警備兵だけではなくオリュンポスの重臣たちや、皇帝本人まで待っていた。


 来賓を迎えるかのような面子であるが、その実彼らの顔は固い。


 これから英雄の凱旋を迎えたうえで、国家の今後を決めなければならないからだ。


 豪華で荘厳な服を着ている彼らの顔が、まったく余裕のないものであることも当然であろう。


 その中でも皇帝……チトラチトラ一世は特に眉を寄せていた。


 彼女(・・)はすでに60歳を超えた、皇帝に相応しい威厳を持った女傑であった。

 若いころにはグランドマスターメイジとして多くの任務をこなした大魔法使いであり、サムソンの師匠であり事実上の保護者でもあった。

 皇帝としての手腕の確かなものであり、今回の事件が起きるまで国家を堅牢に守ってきた。


 その彼女は、今も陣頭に立ち、サムソンの帰還を待っている。


「時間です」


 警備兵がそう言った時である。

 

 ガラギャラと共に、サムソンが城の一室に出現した。


 普段通り、華美で豪華を極めた、盛りすぎた服装。


 城へ入るというのに、そのような配慮のない格好であった。


 不良中年、ともいうべき大人になり切れていない男。


 彼は皇帝を見つけると……案の定、抱き着いていった。


「先生~~~!」


 筋肉質で大男で、しかも装飾過多。

 あまりにも重量のある男が、すでに衰えている女性に抱き着く。

 心身ともにダメージが大きかった。


「俺様のことを迎えに来てくれたんですね、先生~~! 俺様、とっても嬉しいです~~!」


「離れろ、カス!」


「いえいえ、先生から離れるなんて、そんな! ああ、先生! 相変わらずお美しい!」


「嫌味か!? こっちはもうとっくにババアだよ!」


 ごんごん、と。

 チトラチトラ一世の拳がサムソンの頭を叩く。


「そんなことをおっしゃらないでくださいよ、先生。あのバカな教団で祭り上げられていた俺様を救ってくださったときから、俺様にとって先生は初恋の人なんですから」


「その時からもう二十五年経過しているんだよ! お前も大人になってるし、余もそれから二十五年老けてるんだよ! 現実を見ろ!」


「イケずなんですから~~」


 サムソンはようやく皇帝から離れた。

 周囲の重臣たちも、ようやく安心できる。


 まじめな話が今は求められるのだ。

 重臣たちは胸をなでおろしながらも会議室へ歩いていく。


「早速で悪いが、会議だ。お前も出席してもらうぞ」

「先生の隣でいいのなら!」

「お前はこれからグランドマスターメイジになるんだから、当たり前だ! 余のそばでおとなしくしていろ! ……ところで、今までになく甘えてきたが、それだけ辛かったか?」

「……覚悟はしていましたが、リガシーラにとどめを刺したのは、けっこうきつかったっす」

「そうか、すまなかったな」


 サムソンは皇帝のすぐ後ろに着きながら、会議室へと歩いていくのだった。


※


 城の中でもっとも格式高い大会議室。


 現在そこには、帝政オリュンポスの重臣たちが円卓を囲んでいる。


 皇帝が一番の上座に座り、サムソンはそのすぐ隣に座っている。


 この構図に思うところがないわけではないが、誰も文句は言えなかった。


「さて……皆も聞いての通り、マスターメイジ四名を討ったテロリストたちは全員排除した。グランドマスターメイジの体を奪った首魁も、その体ごとサムソンが片づけている」


「俺様が片づけました」


「とりあえず、事態は収拾したと言っていいだろう。もしもサムソンが負けていれば、我々は……グランドマスターメイジの体を乗っ取った者の大根演技に付き合って、茶番をしなければならなかった」


 リガシーラは圧倒的に強かった。

 もしもその体が乗っ取られて、さもリガシーラであると振舞ってくれば、周囲はそれに付き合うしかない。

 看破できたとしても、それを指摘できない。暴れられれば手が付けられないからだ。


 それを未然に防げたのはいいことだ。


 よって会議室の中も、会議で何とかできることがある、この話し合いに意味はある、という状態であった。


「改めて言う。サムソン、良くやってくれた」


「えへへへ……うれちいです」


「はあ……まあとにかくだ、それはいい。だが問題は残っている。奴らの使っていた違法改造技術は、すでに流出しているという事だ」


 魔法使いの体への外科的な改造は、心身に多大なデメリットを及ぼす。そもそも成功せず、死んでしまうこともあるだろう。

 だからこそ違法とされている。


 だが、それを欲しがる者もいる。

 実績としてマスターメイジが倒されていればなおのことだ。


「はっきり言うが、違法改造されたところで劇的に強くなれるわけではない。普通に鍛えた方がよほど強くなれるし、応用性も広がる。だが特定の相手への対策、必殺の一矢と考えれば有用性はある。世間のバカはそのように考えるだろう。諸君らの中に……横柄に振舞っている実力派魔法使いはいないか? そいつを殺せるなら違法改造を受けていいと思っている者に心当たりはないか?」


 皇帝の言葉を聞いて、目を伏せるものは多い。考え込む者も少なからずいた。


 サムソンも大概横柄だが、他の実力がある魔法使いも同じような者だ。


 天部の才能がある上で鍛えて実力を得て、周囲ももてはやしている。

 思い上がり、格下を見下す者の方が多いぐらいだ。


 そんな彼らに不満を持ち、殺したいと思う者など、それこそわんさかいるだろう。


「治安の悪化、模倣犯の増加が懸念される……これに対して、余には対策がある」


 皇帝はサムソンを手で示した。


「グランドマスターメイジ、リガシーラの体を乗っ取った者に勝ったことからわかると思うが、サムソンは実力を隠していた。本来ならコイツもグランドマスターメイジになれるだけの実力があった。だが、人格的に不向きだったのでな。リガシーラやクリテイツカに任せていたわけだが……」


 皇帝の顔は雄弁に語っていた。

 これから言う対策は、はなはだ不本意だと。


「こいつの隠している実力の中に、伝説の魔法である『絶望郷の仮面(パープルピープル)』がある」


 会議室がざわついた。


 それが他の伝説の魔法とは、明らかに毛の色が異なる危険な魔法だったからである。


「諸君らも知っての通り、『絶望郷の仮面(パープルピープル)』は契約した他者に絶大な力を授ける一方で、その自由を奪う。心身を編集し、改造する魔法だ。余としても、こんなものは使いたくないし、使わせたくない。だが、この非常時に対する対案にはなる。わかりやすく言うと……貴殿らの抱える魔法使い全員に、強力な防御魔法を一つずつ授ければ、それだけで『不慮の事故』の憂き目は避けられるからな」


 ーーー防御に特化した魔法はそれなりにある。

 基本的には軽く見られがちだ。


 絵として地味であるし、格上相手に何もできない。

 だが格下側からすればこんなに厄介なことは無い。

 ましてすでに強力な魔法使いが防御魔法も手に入れれば、格下は臍を噛むしかないだろう。


 鬼に金棒ならぬ、鬼に金属鎧。

 弱者の一刺しなど嘲り笑うだろう。


「が……重ねて言うが、余もコレを使わせたいわけではない。コイツだって別に使いたいわけでもない。他の方法があるのなら、そちらを採用する。ただし……場をわきまえた発言であることを求めるがな」


 重臣たちは『とりあえず反論する』という事を控えた。


 倫理的にも政治的にも問題のある手法であり、本人らがそれを認めている。


 よってそこを追求すれば政治的に意味があるだろう。


 だが今はそういう段階ではない。 


 めちゃくちゃごねれば、この案を蹴ることはたやすいだろう。皇帝もサムソンも無理強いはすまい。


 だが何もしなければ、流出した違法改造技術を使った犯罪者によって、自分たちの抱えている魔法使いが殺されかねない。


 そうなれば、魔法使いはもちろん自分たちも身の破滅だ。


 代案が一つあるだけマシ、と受け入れかけていた時である。


「皇帝陛下、一つよろしいですか?」


 重臣の一人、ターコイズという男性が挙手をした。


 その顔には自信がみなぎっている。


 皇帝やサムソンすらも期待しつつ、発言を待っていた。


「おっしゃりたいことはわかります。すでに成功例が流出し有用性が証明された以上、不満を抱えていたバカが違法改造に手を出して、格上の魔法使いを殺そうとするかもしれません。ですがそれは少し先のことでしょう。人体への違法改造など、早々簡単に成功するものではありますまい。施術中に死ぬか、一度成功しても犯行に及ぶ前に死ぬ可能性が高い……そうなる前、ある程度技術が成熟するまでには時間がかかります。それまでに大規模な捜査を行い、芽を摘む。それこそが我等の取るべき道でしょう」


「……なるほど。ごもっともだ。それで? それを実行するには、確実な戦力が必要になる。残ったサムソン一人でどうにかできるとは思えぬが……その当てがあると?」


「さようです」


 ターコイズが手を叩くと、精悍な青年が入室してきた。


 顔を見るにターコイズの血縁らしき人物であった。


「こちら、私の息子のアザーです。まだまだ若いですが、先日学校を卒業しまして……マスターメイジとして推すつもりでした」


「ふむ。貴殿の息子の実力は聞き及んでいた。貴殿の家の開祖である『ゲルダ殿』に匹敵する実力者だとか?」


「さようです! 我が家は古きグランドマスターメイジ、ゲルダ様の血を継ぐ家です! これまでは先祖と並ぶだけの実力ある魔法使いを排出できませんでしたが……ついに推薦できるほどの魔法使いが現れたのです!」


 サムソンは少し不安そうな顔をしていた。

 それこそ圧倒的な実力者が、若手を慮る顔であった。


「俺様もリガシーラから聞いていたぜ。在学中に自分と唯一張り合えた実力者だとな。だから実力について心配はしてねえ。だがなあ、リガシーラよりは弱いだろ? そのリガシーラですらテロリストどもに陥れられた。俺様以外のマスターメイジもな。それで若い兄ちゃんがいきなり前線に出てバリバリ戦うってのは、応援できねえなあ」


「その心配は無用かと。このアザーは、我が家の英才教育を幼少期から受けさせておりますゆえ、見た目以上に経験は豊富です」


(バラニも同じような生まれで、実戦経験が豊富だったんだが……それ言い出すのも詮無きことか)


 自信満々なアザーの言葉に、周囲は不安を覚える。

 一方で他ならぬリガシーラの保障があれば、なかなか異論は言えなかった。

 なにより、彼が本当に素晴らしいマスターメイジになって、違法技術が発展する前に叩き潰せれば、それが全員にとっていいことだ。

 だからこそ、祈りつつ事態の推移を見守っていた。


「……しかしなあ、そんなに優秀なら、何があっても絶対に失いたくないわけだよ。なんかあってお前さんが死んじまったら、そうそう代わりなんて湧いてこない。その間、俺様が長々グランドマスターメイジをやる羽目になる」

「だからこそ、当分は後方で安全な任務をこなしていろと?」

「おうおう。俺様が改造した魔法使いを率いて、クズどもと戦争してクズの時代を終わらせるからよ。その後お前さんがきれいな次代を作る……そういうのもアリだろ」


 サムソンの提案もそう悪いものではなかった。


 アザーにしてもターコイズにしても、皇帝にしても周囲にしてもそう悪い話ではない。


 今汚いことをしたいわけではないが、綺麗なことにこだわって次代の担い手がいなくなるのは困るのだ。


 話し合いをして最終的に妥協案として引き受ける……そのレベルの話であった。

 だからこそ皇帝も否定していない。


「……こう言っては何ですが、今と当時では状況も違うでしょう。私がリガシーラより弱いとしても、今後の違法改造された魔法使いに負けるとは限らないはず」


「まあな」


 改めて……。

 敵の手腕は見事だった。

 五人のマスターメイジを一気に陥れることで、無警戒での不意打ちをほぼ成功させていた。


 事前にそういう輩がいると知っていれば、他の四人も対処できただろう。


 逆に言って、アザーがリガシーラより弱いとしても、不意打ちに対処できる可能性は高いのだ。


「ここでアレコレ言葉を交わすよりも、私の実力を見ていただいた方が話は早いかと」


「おうおう、自信満々だな」


「ええ……私は、二の舞を演じる気は無いので」


 話が続いていくことで、メッキがはがれ始めた。


 まだ若いアザーは、自分の意思を表し始める。


「正直に申し上げて、私から見ても、リガシーラは最強無敵でした。彼がいる限り、自分は一生グランドマスターメイジになれない、二番手であり続けると。それほど強かった。ですが、彼はあろうことか、人質の命惜しさに身を差し出した。美談にする輩もいますが、私はそう思いません。己という最強の魔法使いの体を自ら差し出し利用されるなと、あってはならないこと。奴はグランドマスターメイジになどなるべきではなかった。自分の恐ろしさをまるでわかっていなかった。分不相応だったのですよ、色々な意味でね」


 発言は正しかった。

 だが彼の顔には喜悦があふれている。


 最強無敵清廉潔白なる同期の大失態を心から喜んでいた。

 彼は安心して、見下して、公言していた。


「尻ぬぐいをする羽目になった貴方も同意見でしょう?」


「ああ」


 サムソンは無感情に肯定した。


「私はそんなことはしませんよ。人質がいようと、その内容が我が身を差し出すことであれば、絶対に肯定しません」


「だろうな」


「他のマスターメイジのような、弱点を突かれての死もあり得ない。私はそこにいらっしゃる皇帝陛下と同じように、シンプルゆえの弱点がない強さもありますから……」


「そこまでにしようぜ。お前の言うように、実力を見てからだ」

 

 華美な服装、自己顕示欲の塊。

 サムソンが感情を消して対応していることに、周囲はわずかに困惑する。


 アザーがどういう心境なのかはわかるが、サムソンの気持ちはわからない。


 この後どうなるのだろうか。


 皇帝にすらわからないことだった。


※


 城の中にある、高度な結界に守られた室内の試合会場。


 普段はテニスコートとしてすら使用されている『会場』に、サムソンとアザーは立ち、他の者たちは会場の外から戦いを見守っていた。


「先に……貴方が私を認める条件をおっしゃってくださいませんか? 後で「ナシ」にされるのは不満ですので。もちろん、リガシーラを倒した新しいグランドマスターメイジ様が、多くの重鎮がいる前で、そんなことをなさるとは思えませんが」


「そーだな。それじゃあ……俺様の絶対防御(ベリーハード)を破れたら、ってことにしよう。わかりやすいだろ?」


「ええ……それはわかりやすい」


 サムソンの周囲がゆがんだ。

 透明なオーラがサムソンを覆い、しっかりと守っている。


 最高値の魔力によって構築された、純粋な防御魔法……のはずだ。


 少なくとも、破邪の聖銀(ミスリルシルバー)のように反射したり吸収したり無効化したり、魔法を封印したり使用不能にしたりすることは無い。


 これを破るだけでいい、というのはアザーにとって気楽だった。


 なにせ馬力勝負である。その分野で自分が負けることはあり得ない。


 仮に負けたとしても、相手はグランドマスターメイジ。恥ではない。


 そのような打算をしながら、アザーは魔力を高めていった。


 その姿を見て、サムソンも周囲も驚きはしなかった。

 それでも彼への評価が下がったわけではない。


 アザー。

 彼もまた、皇帝やリガシーラと並ぶ、魔力量も出力も規格外の☆六つ超人だ。


 使用する魔法は氷(アイス)。希少性☆一つ、応用性☆四つ。

 それを規格外の魔力で行う、ゲルダの再来がごとき魔法使いであった。


 その彼が、噂通りの魔力を展開し、周囲の温度を急激に下げていく。


 象が歩くと地面が揺れる。それぐらい当たり前のことが起きていく。


 サムソンを前に、超強力な氷の塊が構築されていった。


「雑多な手で失礼。まずはコレ……氷の塊を質量弾としてぶつけさせていただく」


「好きにしろ」


 膨大な氷の魔力に物を言わせる力押し。


 氷山を思わせる氷塊は、サムソンという人間へ隕石のごとく向かっていく。



「氷(アイス)……塊(ブロック)」



 氷の塊が激突する。


 自慢の防御に守られたサムソンは身動き一つしなかったため命中した。


 果たして結果は。


 氷塊は砕け散り、サムソンの防御は破られることなく健在であった。


「さすが」


 アザーは短く褒めた。


 正直、今の一撃で倒せていれば気分が良かっただろう、とは思っている。

 それでも意外ではなかった。もっと魔法を周囲に見せつけたかった。


 その欲もあって、アザーはさらなる魔法を構築する。


「氷(アイス)……剣嵐(ブリザード)!」


 氷の結晶一つ一つを剣のように鋭く巨大化させ、猛烈な勢いで雨あられと殺到させる。


 機関銃の連射を思わせるであろう、猛烈な連射。


 それはサムソンの防御を削っていく……かに見えた。

 あるいは、彼自身を消耗させると思っていた。


 だがそれもない。


 透明な膜に守られたサムソンは、冷めた目で観察を続けている。


 これに、アザーはイラっとした。


 なんで平気なんだよ。

 おかしいだろう。


 そりゃあ、自分がリガシーラより弱いことは認めている。

 だがそれでも正直に言って、憧れてもいた。

 リガシーラが早々にクリテイツカに勝ってグランドマスターメイジになったことを、自分もなぞりたいと思っていた。

 だから今だって、サムソンを倒して、そのままグランドマスターメイジになれたなら、と期待してもいた。

 それが無理だとわかってもいた。サムソンはリガシーラに勝ったのだから。

 だから、あくまでも願望だと割り切れている。


 それでも、この態度にはイラっと来る。

 この自分が本気で力押しをしている。

 自分の最も得意としている戦い方だ。

 これならリガシーラともそれなりにいい勝負ができたのだ。

 それなのになぜ、この男は平然としている。

 気に入らない。


 イライラが顔に現れたときであった。


 サムソンは核心を突く。



「なるほど……お前、引き継いだタイプだな?」



 氷の嵐を水平発射していたアザーは、驚きの余り魔法を止めていた。

 観客たちも何事かと思ってターコイズを見る。

 彼もまた、同じように驚き、困惑していた。


「なぜ……!?」


 アザーとターコイズは、同じ言葉を吐いていた。


「俺様は先生やリガシーラを知っている。二人とも☆六つの出力がある強者だ。その二人とお前に、明確な違いを感じた。なんか違和感がある。まるで、同じ属性の魔法使いが協力して魔法を撃っているみたいだった。だが相手はお前ひとり。変だなと思っていたんだが……ようやく合点がいった。たしかゲルダの家系は、氷(アイス)の魔法使いが生まれやすいんだったな。それに世を儚んで自殺した奴も多いとか。お前はそいつら全員の魔法を引き継いで、一人で使えるようにしている」


 出力が☆五つの魔法使いですら希少。☆六つの魔法使いなど歴史を紐解いてもそうはいない。

 そんな相手を二人も知っているサムソンだからこそ、正解に行きついていた。


「大雑把に言えば、お前にはご先祖様が守護霊として宿っていて、そいつらと協力して魔法を使っているんだ」


 常人の何十倍もの魔力を持っているのではない。

 何十人もの守護霊と一緒に魔法を使っている。


 ズルが知られたことにより、アザーの体は羞恥で震える。

 今まで多くの不届きモノを凍えさせてきた『人工の超人』は、正体が暴かれたことで身を震わせていた。


 絶対にばれてはいけないことが、寄りにもよってグランドマスターメイジの口から、この国の重鎮たちに伝えられてしまったのだ。


 だがそれ以上の侮辱が、サムソンの口から語られた。


「だから、こんなに弱い」


「は?」


「ゴミの山を受け継がされて、お前も可哀そうだな」


 意味を理解して、アザーは激高する。


 ゲルダの血を継ぐ者たちの気持ちが、この男にわかってたまるか。


 偉大な母の血を継ぎ、おなじ魔法に目覚めても、出力も魔力量も違いすぎた。


 グランドマスターメイジの子でありながら、それ相応の実力を生まれ持つ者は現れなかった。


 周囲から笑われていた。

 自分たち自身が恥じていた。


 偉大なるグランドマスターメイジの子に相応しくない。

 こんな人生はみじめなだけだ。

 家の看板を背負えるものが一人も現れないという屈辱。


 多くの者が家宝の短剣で命を絶っていった。

 それはやがて呪いを帯び、多くの霊を宿していった。


 それを受け継いだのがアザーだった。

 彼はいつも、先祖の無念を感じていた。

 彼らの悲願は自分の悲願。

 

 無念の山を、たまたま天才というだけの新参者にゴミの山と言われた……。



「お前に力を貸しているご先祖様がた。そいつら、全然努力してないだろ。未熟者が何十人と集まっても、俺様に……マスターメイジ様に勝てるわけねえだろ?」



 その指摘はアザーもわかっていることだった。

 だが先祖を咎める気は無かった。

 どう頑張ってもゲルダに届かない。自分の天井が見えた者たち。

 そんな彼らに、もっと頑張っていればよかったのになと、目の前の男は簡単に言う。


 そんなに心を強く保てるのなら、自殺なんてするはずもないのに。


 この男は、肝心なことがわかっていない。自分たちのことが、弱者の気持ちがわかっていない。



「氷(アイス)……不毛の時代(コキュートス)!」



 サムソンを中心に、巨大な氷の塊が構築されていく。

 強固で透明な膜を、氷が覆い、肥大化していく。


 弱者の妄執。ふがいない自分への嘆き。


 氷は肥大化していく。同調圧力、膨張圧力がサムソンへ向かっていく。


「このまま潰す、潰しきってやる!」


 アザーに力を貸す先祖たちも激高している。

 この恵まれた天才を潰してやると叫んでいた。


 そうして力を込め続けた結果……。


「だから言ってるだろ? 同属性の雑魚が群れたぐらいで俺様の防御を突破できるわけがないって。諦めろよ」


 氷の山が逆に砕け散った。


 内側のサムソンは、やはりなんらダメージを受けていない。


 アザーも、アザーに力を貸している者たちも、ターコイズもひるんでいた。


 この結果も、想定内ではある。だがそれでも……。

 実は実力を隠していた末席の、その公表されていた範囲の力にすら勝てないことには衝撃を受けていた。


「一人一人が雑魚だから、魔法同士の結合が甘いんだよな~~。レンガの家で、繋ぎが脆い感じ? 泥団子の中に小石を入れて投げても、空中分解しかかっているみたいな? ま、それはもういいんだ」


 サムソンは笑顔になった。

 その笑顔を見て、全員の背筋が凍った。


 彼の笑みが、あまりにもクソガキ過ぎた。

 イライラしているところで、いたぶってもいい相手を見つけた悪ガキの顔をしていた。


 無邪気で屈託のない顔をしていたが、この世の何よりも恐ろしかった。


「ま、参りました……降参します!」


「おう、そうか。それで? お前が降参したらなんかあるの? そういう取り決めでもあったっけ? 後で「ナシ」にされるのが一番萎えるんだよなあ」


 サムソンは一瞬で間合いを詰めて、アザーの顔面に拳を叩き込んでいた。


 アザーは鼻血を出しながら悶絶し、涙を流している。


「やっぱりか。お前自身の魔力は並かそれ以下だから、身体能力もこんなもんだよな」


「や、やめてください……!」


 サムソンは笑顔で首を傾げた。


「なあ、アザー君。さっき君は、死んだ俺様の仲間を侮辱したよな? それを言ったら俺様が怒るかも、とか思わなかった? 俺様が怒ったら、謝っても許してくれないかも、とか思わなかった?」


 満面の笑みのまま、サムソンはアザーの腹に拳を叩き込む。

 吐しゃ物をまき散らしながら、アザーは地面に倒れた。


「スティンガー、モスキート、アント、タイガー、ボス。今回、俺様の命を狙ったテロリストどもはさあ、どいつもこいつも曲者でね。絶対防御(ベリーハード)をぶち抜いてきたんだよ。公表している範囲の俺様に勝つ算段を立てていたんだよ。大したもんだと思うだろ? 自分と違ってなんてすごいんだって思うだろ? 自分じゃどう頑張っても崩せなかった防御を突破するなんてすごいって思うだろ? それに比べたら自分はゴミだって思うだろ?」


 サムソンは乱暴に首根っこを掴み、アザーを持ち上げる。

 すでにアザーの下半身はべちょべちょに汚れていた。


 観戦している者たち、とくにターコイズは唯一止められるであろう皇帝を見るが、彼女もまたサムソンと同じような笑顔をしている。


 だが同情の余地はない。

 どう考えても、アザーが無用な挑発をしたのが発端だ。

 何をされても文句は言えない。


「そうだよ、お前はゴミだ。この俺様を侮ったお前は間違いなくゴミだ」

「はい……私は、ゴミ、です」

「うんうん、お前はゴミだ。ゴミ山を引き継いだゴミ山のゴミだ。殺されても文句は言えないよなあ? 仲間を失った俺様の前で、その仲間の悪口を言って、しかもそんなに強くなくて、このザマだもんな?」


 サムソンは左手でアザーの首を掴み、右手の掌を広げた。


 右手に紫色の仮面が構築される。

 目の穴が開いているだけのシンプルな仮面であった。


 それが何を意味するのか、アザーも理解している。


 しかしこれを拒否すれば殺されるだろう。

 サムソンは大喜びで殺すし、皇帝も許すし、周囲も見て見ぬふりをするに違いない。


「そんなお前をリサイクル……資源として再利用してやろう。どうだ、うれしいだろう? 喜んで受け入れるよな?」


「……はい、お受け、します」


「よし、いいお返事だ」


 サムソンのもつ紫色の仮面が、アザーに近づいていく。


 アザーは涙しながら、しかしそれを受け入れていた。


 それが、彼の最後の素顔となる。



「絶望郷の仮面(パープルピープル)、本性封印自己犠牲命令書(ロマンシング)!」



 肉に張り付くように、紫色の仮面がアザーの顔に装着される。


 すさまじい魔力の奔流と共に、仮面は浸透し消えていった。


 周囲は息を呑んで、その結果を見守る。


 意外なほど、アザーの顔はそのままであった。


 彼自身もまた、丁寧に質問をする。


「サムソン様……コレは、いったい……」


「お前の感情表現と行動を封じた」


「とても、そうとは思えないのですが?」


「そうでもない。お前、泣いてないだろ?」


【もちろんですよ、私はこれからマスターメイジになるのですから】


 彼のすぐ後ろに、泣いている紫の仮面が浮かんでいた。

 それはやがて困惑を示し、絶望し、呆然とする。


 アザー自身の顔は精悍な青年のままであった。


「お前は、これから一生、模範的なマスターメイジとしてしか振舞えない。どれだけ嫌なことがあっても、それを顔に出すこともできず、行動も模範的なものに修正される。これからお前は、操り人形の中の意識に落ちるのさ。文句あるか?」


【そのようなはずはありません。この結果は私が受け入れたものです。故人を侮辱するという罪を犯したにもかかわらず、命を助けていただいただけでも僥倖。今後は貴方の部下としてまじめに働かせていただきます】


 アザーの所作は、あまりにも不自然だった。

 大根役者そのものであり、演技をしていることが明白であった。


 彼は、これから一生、このままなのだろう。

 周囲にとって都合のいい人間、人形であり続ける。


 彼は不満をあらわにすることができず、イヤなことでも笑いながら実行し続けるのだろう。


「なあ、アザー。お前はこの状況になったことを、不満に思うか?」


【いいえ。重ねて申し上げますが、私が失礼なことを慎んでいれば、サムソン様も実行せずに済んだことでしょう。お気に病むことはありません】


「そうかそうか」


【むしろ、私を強化してくださったことに感謝しております】


「おうおう」


 サムソンはアザーに合図する。


 アザーは跪き、礼を取った。



「これから、俺様がグランドマスターメイジとしてこの国を守っていく。お前にも頑張ってもらうぞ」


【承知いたしました】




 かくて、サムソンはグランドマスターメイジとして君臨することになる。


 凶悪な犯罪者どもを相手に、より一層の凶悪さを発揮しながら討伐していくことになる。


 後世において彼は必要悪であったと語られ、歴史の英雄の一人に列されるだろう。


 彼自身がそれを望んでいるかは別であったが、彼が仲間から託された思いは確かに引き継がれたのだった。

絶望郷の仮面(パープルピープル) 本性公開自己犠牲命令書(ロマンシング)

希少性 ☆☆☆☆☆

応用性 ☆☆☆

区分 契約魔法

契約した相手を強化し、新しい魔法を与えることができる魔法。

強化値が高い場合、肉体や行動を支配することもできる。

相手との合意が必要。



アザー

魔力量 ☆☆☆

出力  ☆☆


氷(アイス)

希少性 ☆

応用性 ☆☆☆☆

区分 通常魔法(属性魔法)

氷を操る魔法。

練度次第では通常の氷魔法ではありえない、概念や契約にまで効果が及ぶ。


誇りへの回帰(ブルーブラッド) 最大出力輪廻せぬ転生(ループオンループ)

希少性 ☆☆☆☆☆

応用性 ☆☆

区分 象徴 契約魔法

同属性、同じ血統の者の力を引き継ぐ。

志望時点の実力であるため、それぞれが研鑽しているほど強くなる。

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