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「汽車男」筑豊篇  作者: アニー・ヨシムラ
第二部 第一章
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COUNT 5 グローブタッチ

「盾の団」の出動を見送り、元実家へと急ぐ。

 夕方、あれから半日も経ってやしない、家族の縁を切られ無情に血も涙も情け容赦も手切れ金もさよならもなく(別れの言葉だよ!)放逐された身からすれば、あそこはもうただの色褪せた大きな木箱でしかない。けれどその箱の中には、この身を血を愛を分けあった大切な妹、生萌がいる。

 夕陽と姉ちゃんに見送られ村を出て、角川ん家の角を曲がった後、深い満天星躑躅ドウダンツツジの生垣を潜り、角川の敷地に生える高いイチョウの木をてっぺんまで登り、実を齧りながら村を眺め、暗くなるのを待った。


 あんな時間が止まった箱に閉じ込められたままの、あんな生気のない顔をしたあいつを、哀れな生萌をあのまま放ってはおけない。村が寝静まったら、あそこへ静かに舞い戻り、生萌をかどわかして拉致して、ナイトのようにかっさらう……。

「かどわか す。か、かどわ…」

 角川んちの敷地ん中で、「かどわかす」とか言っちゃってんの、ププッ。そう笑ったら少しだけ心がほどけた。悲しみがちょっとだけ粉になってこぼれていった。針先でつついたくらいだけど希望が芽生えた。「かどかわしに来たぞ」なんて言ったら、あいつはきっとあの蒼い目をキラキラ輝かせて「つまんないぞッおニぃちゃんのクセ二!」と言う間も待てずに飛びついて来るだろう。そしたらまずは郡央の<小街>へ行って二人で新しい生活を始めるんだ。車の整備と扱いなら少し自信がある。生萌はシロップをかけた<炭アギー>が得意だからそれを揚げて一日20個くらい売ればいい。あれは見た目グロくてゲロマズいけど、二人なら生きていける。


 今、刻は来た。夜中にこっそり戻ってきて村に火をつけて回ってどさくさ紛れに生萌を救い出す計画だったけど、この混乱はまったく計算外だが好都合、シナリオ通り生萌を隣に乗せて〈クリスティーン〉でこの村とおさらばするんだ。結果オーライ、発射オーライ。


 ***


「こんなのとんでもねえー」

 おっかなくてとても立ってなんか歩けない主道から、村の家々の隙間をつなぐ路地へ息を切らして逃げ込んだ。


 通りの方ではビュンビュンに縦横、斜めに交錯する針のような荷電蒸気ビームと爆発して膨れあがる炎の塊や火柱であっちもこっちも行き場がない。爆発音がしてそっちに目をやると、飛び散る土に混じって踊るように人間がハネ飛んでいく。ノーカー・ウォーカーが折れた二本の運動脚を散らばしながらえらい勢いで転がってきて家に突っ込んで爆発する。帝国の農奴兵スチームトルーパーがバラバラに、短い距離を駆け現れては銃を撃ちまた消える。栽培トルーパーの焼けた死体が道路わきに何体か転がっていていい匂いが漂ってる。爆発音は止まない。空に目をやると軍用フライングTATAMIが煙と炎の尾を引き錐もみながら何枚も墜落している。


 こっちの長屋側の裏では村のあちこちに設備された残飼料やクズ野菜をまとめて捨てるゴミ箱や、目の前の防火用水の桶を積み上げてある山がなぎ倒されて開いた偽装エアロックのハッチからレジスタンスの青年団の面々が次々と飛び出てはあっちへこっちへ走って消えていく。番地ごとの家の間にとられた空間にある井戸からは、釣瓶につかまった武装戦闘員が続々、ワラワラと上がって来てはひと単位ごとにまとまって隊列を組んで駆けだして行く。この辺では見ない顔が多いけどこいつらはどこからきたんだと気にはなったが、足を止めてはいられない。回り道になるが、そいつらとは反対の方向を目指して生萌の元を目指す。


 たどり着いた元実家の周辺で戦闘はおこなわれていなかった。この町内にはまだ戦火は及んでいない。けれど周辺の数軒の家は一部が炎上している。流れ榴弾だろうか。そして元実家の平屋の建物も。何てこった、半壊してチロチロと火が煙が立ちのぼっていた。正面玄関は無傷だが勝手口に回る右手側の、生萌とヹバ姉ちゃんの部屋の方が半壊しチロチロと火の手がひらめいている。

 一応、ひと呼吸し「おじゃましますね」と断って、玄関から暗い家の中に踏み入ったが誰かがいる気配はしない。倒れた人影も流れる血もなく、うめき声も助けを呼ぶ声もない。おそらくみんな、ご近所さんたちと早々に地下レイヤーに退避したんだろう。それならもちろん生萌も一緒のはずだ。

 それを確かめるために、念のために、確信を得るために、そしてほんとに誰もいないならしめしめ、生萌のあの大事にしてるとっておきのパンツの一枚でもこっそり拝借できたらと、火中の家中で栗を拾う抜け目なさとはずむ心で、自慢の美人姉妹共用の部屋の襖を開けようと歩を進めると、爆発があったらしく土壁の一部ごと襖吹っ飛んで穴になってた。心臓がきゅっとひきつって、あわてて走り込んだ。


 タンスの前にしゃがむ人影があった。


 外壁と窓、そこにつながる屋根はあらかた吹き飛んでわずかに月の光が畳部屋の室内にさして炎がちらついている。部屋の畳の半分が焼け焦げていて炭になった布団が一組、乱れて散らばっている。生萌のいつもきれいに整頓されている勉強机の上には瓦礫が散乱していた。

ボンっと近所に落ちた蓮根榴弾があげる爆発の炎が、タンスの前のシルエットを照らす。

 生萌のパンツを頭から被って顔が隠れてわからない黒人が、はねるようにして立ち上がった。飼い猫の<Ball>がニャ〜と鳴いた。首につけた鈴がチリリと鳴る。

「こっ、こんばんはっ。あの、お俺、ジムってもんです」

 腰を90度曲げてそう自己紹介する生萌のパンツを被ったクッソ変態火事場パンツ泥棒でゲス野郎の、その左の薬指に銀の指輪が光っていた。

(次回予告)見知らぬ黒人はいい黒人か、それとも悪い黒人か? そして生萌の行方は? ラップのリズムでお届けよっ!

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