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第二十一話 第一訓練④

悠真ゆうまが「鞘」へと引き戻した刀身は、実体を持たない光の残滓となって夜の森に溶けていった。

 ぬえが放った雷撃と猛毒、その相反する膨大なエネルギーを器の中で強制的に反転させ、一つの「解」として収束させた一撃。それは空気を切り裂くという物理現象を超え、仮想界を構成するデータのことわりそのものを上書きし、空間を「書き換える」ような鋭さで迫った。


 「――全開放フルリリース


 悠真の静かな、しかし確かな意志を孕んだ声と共に振り下ろされた一閃は、鵺の巨体を正面から一刀両断に分断した。

 一拍置いて、雷鳴のような轟音が森の深淵まで響き渡る。それは物理的な装甲を斬る音ではない。人々の噂や恐怖から構成された「鵺」という概念そのものを断ち切る音だった。


「……嘘だろ、あの一撃を、あのタイミングで返しやがった」


 俺は冷や汗を拭い、展開していた鎖の防御を解いた。

 視線の先では、鵺の身体からどす黒い煙が立ち上がり、ポリゴン状のノイズが激しく明滅している。仮想界の崩壊現象だ。だが、これだけの致命傷を受けてなお、エリアボスの執念か、あるいはシステム上の最後足掻きか。独立した意志を持つ蛇の尾が、鎌首をもたげて悠真の喉元へ電光石火の突きを放った。


「悠真、危ねぇ!」

「――させん!」


 俺の叫びを遮るように、せきの巨体が再び割り込む。

 「結晶鎧クリスタルアーマー」をさらに分厚く硬化させ、猛毒を滴らせる蛇の牙を、その強靭な両腕で強引に受け止めた。

 ギギィィィッ! という金属が軋むような嫌な音が響き、関の防護服から致命的な損傷を警告するアラートが鳴り響く。


「……ここだ、りん! 畳み込めッ!」


 関の短い、地を這うような叫び。

 悠真は最高火力の「無双の剣」を放った直後の反動で、その場に膝をついている。その表情には、強大な創造力そうぞうりょくを制御しきった代償としての深い疲労が刻まれていた。

なら、今この瞬間に動けるのは、俺しかいない。


「言われなくても……わかってるよッ!」


俺は全身の創造力を右腕へと流し込む。

 ただ鎖を出すだけじゃない。それは、あの加減を知らない師匠との地獄のような九ヶ月間で、嫌というほど身体に刻み込まれた密度の極地。

 漆黒の鎖を幾重にも螺旋状に編み込み、回転を与えながら巨大な杭の形状へと再構築していく。


「喰らいな、これが俺の全力だ!」


 咆哮と共に放たれた漆黒の杭が、関が文字通り身を挺して押さえつけた鵺の眉間を正確に射抜いた。

 一点に凝縮された圧倒的な質量の衝撃が、鵺の頭部を内側から爆散させる。

 一瞬の静寂。

 やがて、鵺の巨体は耐えきれなくなったように激しい光の粒子へと変わり、夜の森を白く染め上げながら、虚空へと霧散していった。


『――エリアボス:ぬえ、討伐完了。参加小隊に特別ボーナスポイントを付与します』


 静まり返った森に、防護服の端末から無機質なシステム音声が響いた。

 表示されたポイントの桁数は、これまでのかまいたち狩りとは比較にならないほど、文字通り桁外れな数字を刻んでいる。


「……はは、マジかよ。一気にトップ層じゃねぇか、これ」


 俺はその場に座り込み、肺の中にある熱い空気をすべて吐き出した。

 創造力を極限まで圧縮した副作用で、指先がひどく痺れている。

 隣では、悠真が「鞘」をいつもの不完全な姿に戻し、肩で息をしながら額の汗を拭っていた。


「お疲れ様。輪、関くん。……完璧な連携だったね」

「……お前のそのデタラメなカウンターがなければ、今頃俺たちは毒で溶けていた。礼を言う」


 関が結晶の鎧を解除し、無骨な手で悠真の肩を軽く叩いた。

 悠真は少し照れたように笑い、それから俺の方へと真っ直ぐな視線を向ける。


「でも、驚いたよ、輪。最後のあの鎖……あんなに出力を一点に固めるなんて、並の創造者なら制御できずにその場で暴発バーストするはずだ。君の師匠は、一体どんな修行をさせていたんだい?」

 「……修行、ねぇ。死ぬ気で鎖を編み込まなきゃ、その日の飯を食わせてもらえないような、文字通りの地獄だよ」


師匠の顔を思い出し、俺は乾いた笑い声を上げた。

立ち上がろうと膝に力を込めたその時、不意に霧の向こうからパチパチと拍手の音が聞こえてきた。


「へぇ〜、マジで倒しちゃうんだ。ウケるんだけど、マジヤバすぎっしょ!」


 聞き覚えのある快活な、それでいてどこか周囲を茶化すような声。

 現れたのは、派手なアクセサリーを揺らし、防護服を自分流に着崩したギャル風の少女――新戸なつめだった。

 そしてその後ろには、不機嫌そうに鼻を鳴らし、鋭い眼光を向ける金髪の少年――白恩翔の姿もある。


「……白恩。お前らも、最初からこのボスを狙ってたのか?」

「勘違いするな、下民げみん。俺たちは通りかかっただけだ」


 翔はそっぽを向きながら忌々しげに吐き捨てたが、その視線は隠しきれない驚愕と共に、俺たちの端末に表示された膨大なポイント数に釘付けになっていた。

 取り巻きを連れていた以前の彼とは違い、今はなつめという「仲間」と共に、彼自身の足でこの戦場に立っている。


「さて。ポイントは稼いだけど、まだこの実地訓練は終わってないと思うよ?」


 なつめが楽しげに炎の火の粉を指先で弄び、不敵な笑みを浮かべる。


「グレイ先生が、このまま大人しく私たちを寝かせてくれるとは思えないし。……ねえ、そろそろ来るんじゃない? 次の『理不尽』がさ」


 その言葉を肯定するように、仮想界の空に巨大な真っ赤なアラートサインが浮かび上がった。

 それは、ただの訓練の終了を告げるものではない。

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