その五 招かれざる客とルシファー
克己は日出郎の書斎兼応接間の客人達に声をあげた。
すると、床に横になっている男は、うううん、と唸るだけだったが、胡坐をかいていた男は気さくそうに克己に笑いかけた。
「は~い!ルシファーさん。お久しぶりですねえ。」
克己はフィッツェンハーゲンを静かに見つめながら、応接間のテーブルの上に自分が持っていた盆を置いた。
「何のことだか。親父さんがどちらに行かれたのかご存じですか?」
「うわあ。怖い。俺達はあの楽しいおじさんになんもしていないよ。あのおじさん、商売相手の息子を持て成すのになんか思いついたみたいで、今目の前にいる俺達という持て成すべき当人を置いてどこぞにすっ飛んで行っちゃった。」
「商売相手の息子?」
克己が聞き返すと、フィッツェンハーゲンは床に転がっている茶髪の男性をコイツだと言う風に指さした。
「ヴァサゴもといロアストクは、ろあスとぱ~くグループの創業者一族の御曹司になったのさ。ほら、俺達の頂点らしいルシファー君に挨拶しようか。ほれ、遊里大那君!」
床に転がっていた男は青白くなった顔をのろのろと上げたが、克己と目が合うや挨拶は済んだという風にすぐに頭を再び床にくっつけてしまった。
否、力尽きたと言った方が正しいと克己は思い、克己こそ遊里何某に対して思いやる気持ちが湧いた。
「ええと、彼は大丈夫なのか?」
「車酔いしているだけだから大丈夫。高速で酔う人初めてだよ。」
「あほう。下道におりた途端に、お前がうろうろうろうろ道に迷ったからでしょうが。あ、う、うう。」
克己は麦茶の入ったコップを盆から取り上げると、自分の一番手近にいるフィッツェンハーゲンに手渡した。
だがフィッツェンハーゲンは、克己が意図した様にその麦茶をロアストクである遊里に手渡すどころか、自分で口を付けて飲みだしたのである。
「おい。」
「うきゃ~苦~い。大昔って、コーヒーみたいにして飲んだって聞いていたけどさ、これかあ。砂糖も入れるんだっけ?」
克己は盆に乗っていたガムシロップとストローを掴むと、それッという風にフィッツェンハーゲンに向かって投げ渡した。
「どうも。で、これを入れてっと。君も飲む?」
「いや、いらない。俺は麦茶には塩も砂糖もいらない人だ。」
「塩も?凄いなアルちゃん家って。麦茶の可能性を探りすぐる。でもさ、塩を入れたら、焼酎で割った時には美味しいかな?」
「知るか。」
「ジャン君はお子様だもんねえ。で、うわ、甘~い。」
克己はふざけた振る舞いばかりのフィッツェンハーゲンを笑顔を作って見つめたまま、いい加減に煩ければ床の間にある日本刀で切ってしまおうかと考えた。
しかしどうして彼らがこの世界にいるのかは、やはり克己であるルシファーの責任である。
ルシファーとして世界をリセットと再構築する時に、自分のせいで肉体の苦しみに喘ぐ彼等二人への贖罪の為にと、彼は彼らもこの世界に呼んでいたのである。
そのことを今克己は思い出したが、彼等はしっかり人生を謳歌しているじゃないかと自分に言い聞かせた。
ルシファーであろうと克己はジャンでしかない。
それでも結局は分かり合えずに仕返しに来たのであれば、克己は情けなどかけずに一刀両断してしまうつもりとなっていた。
「アレク、いいや雪也。僕にも、」
床で呻き声をあげた遊里に対し、克己はフィッツェンハーゲンに向けていたような敵意は消えて、その代わりのようにして麦茶のコップを掴んでいた。
だが、遊里に声をかけられたフィッツェンハーゲンこそ先に動いており、彼は座ったまま器用にテーブルににじり寄り、小学生の子供のようにアイスを二つとも乱暴に奪うと元居た場所に動き去ったのである。
「小学生か?」
克己はうんざりした声を上げていた。
フィッツェンハーゲンは遊里に棒アイスを手渡すどころか、遊里に掴ませないようにして遊里の頬や額をアイスで突いているのである。
「ほら~冷たいぞ。これならすっきりするんじゃね?」
「封を開けて口に入れてやれよ。袋のまま額に付けられてもうざいだけだろ?」
「わ~お、優しいねえ。あん時は俺達に優しくなかったのに。」
フィッツェンハーゲン、フルーレティはアイスを横になっているロアストクに投げた後、自分はもう一本の封を開けて無造作に大きく齧った。
ガリ。
そんなに堅いアイスではないはずだと克己はフルーレティを睨むと、しゅうしゅうと白いドライアイスのような煙を彼は口元から吐き出した。
克己を見返す瞳は、黒褐色からアイスブルーに変わった。
「俺に喧嘩を売る気か?」
「まさか。君がルシファー様だって事は俺は百も承知。ただね、せっかくの夏休みでしょう?可愛い女の子との思い出作りに邪魔はして欲しくないなあ、なんて。ハハハ、もちろん、思い出を作りたいのは俺の従兄弟のほうね。」
「いとこ?」
克己は床に転がって桃色のアイスを齧り始めた男を見返して、それからアイスブルーの瞳の男を見つめ返した。
フルーレティはお道化た様に首を上下させて笑った。
「そうそう。俺の母が彼の父親と双子かな?ここはあっちの世界の設定と同じだったから俺達こそびっくりだね。いや、俺はママンがお金持ちの家の人だったと感謝すべきかな。親父も高給取りだけどさあ、あっちの世界の公爵とは月とすっぽんじゃん?だからさ、限度が無い遊里家の一員で良かったなあって感想。」
「で、金持ちの男が単なる思い出作りに庶民の娘を誑かしに来た、と?」
「ちがう!」
克己は床で叫んだ男を見下ろしたが、遊里は叫ぶ前に大きく飲み込んだ氷菓子の影響で頭が痛くなっていたようである。
彼は四つん這いになって、痛みに耐えるがごとく固まってしまった。
「大丈夫か?」
克己は麦茶を遊里に手渡しながら、自分は何をしているんだと脱力しながら考えていた。
お読みいただきありがとうございます。
ポンポンと話が進んで海に行く予定なのに、家の中から動きません。
暑いからでしょうか。
登場人物男性は犬系イメージでまとめています。
ロアストクはジャイアントシュナウザーで、フィッツェンハーゲンはまんまシベリアンハスキーで、そしてオスカーはベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダールと、大型洋犬です。
ですが、どれも初心者が飼ってはいけない、気立てが良くて頭が良いのに面倒な奴らですね。
さて、我が家で柴犬と同時期に飼っていた洋犬の血を引いた大型に近い雑種は、悪いことをしたら必死でやったことを隠して、嫌わない?という風にビクビクしながら人を伺う子でした。
柴犬が脱走して行方不明な時に我が家に棄てられた子だったからでしょうか。
柴犬が襲いに行くので、柴犬は母屋、雑種君は同じ敷地内の祖父母宅と離して飼っていた事も影響していたかもしれません。
あの子のそういう悲しいいじらしさは、オスカーの性格づくりに生かしています。
反対に柴犬様は、悪いことをしたらやった事は隠さず、己を隠してしまいました。
そこはジャンに反映できないなあ、と思います。




