こんどの世界は幸せに回っていくはず
「あの、あなたは?」
スーツ姿の大柄のイケメンは、私の言葉にハッとした顔をして見せた。
それから彼は私の背中に枕を挟んで体勢を楽にさせるという気遣いをした後に、私の問いに答えるためにと自分の内ポケットから警察手帳を取り出した。
「自分は寺島圭吾と申します。自分が不審車を止められなかったせいで、その車があなたにぶつかってしまいました。その、ええと謝りに。」
私は寺島巡査の額にも私や写真の中の克己君と同じようなガーゼと包帯がついているのを見て取ると、あなたも、と尋ねていた。
「あの。」
「あなたももしかして最近昏睡しちゃうような大怪我をなさっていたのではないかしら?」
「ハハハ。ええ。ついこの間まで昏睡状態で、目が覚めた時には半分自分で半分夢の中の住人という、覚束ない状態となっていました。ですから、出来る事から始めて、少しでも日常に戻ろうと、あの。」
「つまり私への見舞いは君のリハビリでもあると。」
「すいません。」
「ハハハ。昏睡状態ってみんなそうなるのかな。私もそう。夢の中の事を思い出してさ、ハハハ。」
「あ、どうぞ。」
寺島巡査は私にティッシュを差し出してくれた。
私の病室にある私のものだが、私はありがたくそのティッシュを受け取った。
だって涙が次から次へと零れてしまうのだ。
それで、彼の気持が安らぐなら、同じような夢うつつ同志として語り合いたいと考えた。
いいや、私こそ夢の中だけの恋人だったオスカーへの気持の喪失感を、この寺島巡査に吐露する事で埋めようとしていたのかもしれない。
寺島さんは、雰囲気がオスカーに似ているのだ。
「私もあなたと同じように夢と現実がごっちゃになっているんだ。それでもってあなたよりも重症だよ?」
「見ればわかります。体は大丈夫ですか?」
「体は大丈夫。夢の中で恋した男の人に会えないのが悲しいだけ。」
「その人はどんな人でした?」
寺島巡査の声は急に固く重いものとなった。
あ、自分のせいで私が大怪我していると責任を感じている人だった。
それで精神的に混乱もしていると知ったら、そりゃあ、罪悪感がすさまじい仕事をしちゃうはずよね。
「ええと、笑い飛ばして。こんなの喪女の夢バナなんだから。ええとさ、あなたみたいな体格がいいのに、中は乙女張りにセンシティブな男に惚れたっていう、変な夢を見たって話なんだから。でも、すっごく好きになっていたって認めるしか無くて。でもって、現実には彼はいないのにどうしようって話なんだから。」
ぽつ。
私の涙は止まっていないが、私の涙はティッシュが吸い取っている。
では、私の手の甲に落ちた涙は誰のもの?
私は寺島巡査を見つめた。
彼はやはり私が見慣れたオスカーのようにして、大きい図体の癖に乙女のようによく泣く彼のようにして、涙を頬に伝わらせていた。
「寺島さん。」
「オスカーです。アルビーナ。」
私は彼に両腕をさし伸ばしていた。
彼は私を抱き締めた。
私も彼を抱き締めた。
「あなたに会えるとは思わなかった。あなたをまた愛せるとは思わなかった。」
「夢の中の彼女みたいに可愛くないけどいいかな?」
「俺は夢の中の自分よりもいい男ですがいいですか?」
「言ってろよ。」
私達は抱き締め抱き合い、それで、おおっと、オスカーだった寺島さんは私の唇に唇を重ねてきたのである。
「待って!」
「どうしてですか?」
「私は入院患者だって!歯磨きあんまりできていない!」
寺島さんは楽しそうに笑い声を立て、私の額にキスをした。
それだけでうっとりした私は、夢の中で彼にされた色々まで思い出し、自然に彼のスーツの上着を掴んでいた。
ぎゅううと、皺になるぐらいに。
「愛しています。」
「愛しているわ。でも。」
「でも?」
私の脳裏に幼い子供の姿が蘇った。
私が守り切れなかった、哀れな幼児の姿だ。
「カイを思い出しちゃって。あの子だけ不幸だわ。」
寺島はフフッと笑った。
その表情は情けないと自嘲するものであった。
「どうした?」
「ハハハ。この寺島、離婚して子供がいます。子供と面会した時のバス観光旅行でバスが横転しまして、俺とあいつは昏睡に陥りました。それで目覚めた後のあいつは、夢の記憶か本当に虐待を受けていたのか。あいつが母親を受け付けられなくなったからと俺に親権が戻ってきました。俺と付き合うとこっちでも子持ちになってしまいますがいいですか?」
「中の人がカイ君だったら甘やかしてあげる。ピザぐらい何枚も焼いてあげる。」
「きっと喜びます。カイですよ。あの子は。こっちでの名前も海です。」
「よかった。こっちの世界で幸せにしてあげられるのね。」
「父親こそ幸せにしてください。」
「あなたったら。」
私達はやっぱり口づけた。
寺島はその後、自分の療養休職中を良い事に私の病室に居座り、保育園にカイを迎えにいく時間だとスマートフォンが鳴った事でようやく帰って行った。
私はアルビーナだった。
そして、あの世界で出会って愛した人と、この世界でも愛し合える。
なんて最高の人生なんだろう。
私はベッドに横になり、明日の事を夢見て微睡んだ。
「アルビーナ!男を病室に引き込んでいたって本当か!」
私はびっくりとしながら、病室の戸口で大声をあげた若者を見返した。
柴犬のような茶髪に黒い瞳をしたイケメンは、私が間違えようもなくあの世界で出会った、愛すべきジャン、だったようだ。
ところが、やっぱり別人だったのであろうか。
ジャンだったらベッドまですっ飛んで来るはずだろうが、克己君は顔を真っ赤にして後退り、それから両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまったのである。
「ジャン、じゃない?って、おっとう!」
私は自分のパジャマの前ボタンが寺島に開けられていた事に今さらに気が付き、ブラもしていない体を人前にチラ晒ししていたらしいと本気で慌てた。
やべえ。
こっちの私は処女なのに、あいつは遠慮がないぞ!
てか、止めないでいた私も何なんなんだよ!
「俺はリセットをしすぎたのか?」
パジャマのボタンを覚束ない手ではめていると、しゃがんだままのジャンから意味が分からない呟きが聞こえた。
なんだと見返すと、ジャンの横に高級スーツと一目でわかる男の足が並んだ。
「残念だな。オスカーは堕天使サリエルの器だった。新世界から彼を排除する事は、いくらルシファーでもできやしないだろう。」
「じゃあ、ルシファー無意味じゃないの。俺はお前とこそ付き合いたくないし!」
戸口のバラの花束を持ったイケメンの額に、やはりガーゼらしきものが貼られていることで、私はそいつが恐らくも何もバールでしかないだろうと断定した。
ベルゼビュートとはベルゼブブ、バアルとも呼称される悪魔の事だ。
そんな大悪魔入りの男なんかぞっとしない。
だから、ナースコールを押した。
「どうしましたか?」
「疲れたので見舞客を帰してください。」
「ええ!ちょっと!俺には酷くない?」
「黙れ、ジャン。」
「アルビーナ、いえ、あぐりさん!」
私は騒ぐジャンを放り、掛布団を頭まで被って寝たふりを決め込んだ。
布団の中で、自分の顔が気持ち悪いぐらいににやけているはずだと思いながら。
だって、私の死亡エンドがないこの世界に、ジャンがいてカイがいて、オスカーもいる。
これから幸せばかり続くのかも、そう思うじゃない?




