さあ、剣を持って決断せよ
お読みいただきありがとうございます。
この話の前に一話あったのに、間違えてこちらを先に投稿してしまっていました。
自分の頭の中では何度も読み返していたので、あるものと思い込んでいた、という失態です。
2022/7/11/21時に修正投稿しました。
この話の前はジャンの大事な話となります。
ロアストク城の中庭には初冬なのに花々が咲いていた。
それは中庭自体が温室になるようにガラスドームで覆われているからであろうと、オスカーは中庭を見回して微笑んだ。
彼が愛した女性は、彼女の中に恋する男性がいたとしても、その男の影が心の中から一生消えないのだとしても、彼を求めていることは事実であるのだ。
いや、事実であった、とオスカーは過去形に直した。
「もうこれまでだ。」
オスカーは自分の左腕を持ち上げて見下ろした。
彼の左腕にはバールに斬られた傷跡など全く見当たらないが、骨を切られた事は実際に起きた事である。
つまり、彼は左手によって人から生命エネルギーを奪う事が出来なくなった。
だが彼は植物に全身をリンクさせる事により、生命エネルギーの循環が出来る事を偶然の産物だが習得していた。
恐ろしい事に、左腕を直接に人の体に触れさせずとも、地面に映える雑草、あるいは花瓶に活けられた切り花だろうとも、オスカーが自分にリンクさせればそれらで人を殺してしまえる事も可能となったのだ。
彼は一人残したアルビーナを思い返して微笑んだ。
彼が部屋に戻るまで彼が施した花々の檻にて、彼女は安全に眠っているだろう。
「そう。俺は使い物にはなる男だ。だが、もうこれでお終いだ。」
彼が愛してやまないアルビーナの愛は、彼女が愛する男性が死んだと彼女が思い込んでいる上に成り立っているからだ。
「きっとジャンこそバールによってアルビーナの生存を隠されている。それが今日か明日には伝わるはずだ。そして、ああ、アルビーナにも。」
オスカーは両手で顔を覆うと、そのままその場所にしゃがみ込んだ。
もう終わりだと、彼には絶望しか見えなかった。
オスカーを信じ切っている彼女が、ジャンの生存をオスカーから隠されていたと知った時、彼女はオスカーを絶対に許しはしないだろう。
「私を奪って!」
彼の脳裏に昨夜のアルビーナの悲痛すぎる声が響いた。
白くて柔らかな肌も思い出した。
彼によって疲れ切って微睡んでいる彼女。
彼によって装飾品のようにベッドに横たえられた彼女の寝姿を彼は再び思い返し、胸の中が熱くなるよりも刃物を突き立てられたような痛みを受けた。
騙している。
自分は彼女を騙している。
「ええ。奪いました。最初からあなたを俺は騙して奪っていたんですよ。ああ、どうしてあの日にあのチラシを破ってしまったのか。ジャンが描かれていたあのチラシを君に持っていき、そこで君の判断を待てば良かった。」
「情けないな!」
男の嘲りの声にバールかと思って顔をあげたが、中庭でしゃがんでいる自分に向かって歩いてくるのは、この城の城主であるロアストクだった。
オスカーは立ち上がると、自分とアルビーナの秘め事を覗いていただろうはずの男を真っ直ぐに見つめ返した。
そして、彼は出来うる限り花壇の低木に埋もれるようにして身を引いた。
かつっと足音を立てて、ロアストクは足を止めた。
口ひげで殆ど隠れている口元が、分かっているだろうという風にニヤリと微笑み、ロアストクはオスカーに前に出ろという風に左手を閃かせた。
右手を動かさないのは、ロアストクの右手には剣が握られているからである。
ジャンが愛用している剣そっくりのもの。
「その剣はバールから受け取ったのか?」
「これから君が受け取るものだ。」
「私はバールたちとは縁を切った。あいつからの物など何もいらない。」
「ハハハハ。違う。これは単なるレプリカで、そして私もあの男とは付き合い切れない。ロアストクはロアストクとしてルビータが国を興す前からここにあった。五百年前、この世に悪魔を召喚された日から、ロアストクもルビータという暗黒に飲まれてしまったが、それでもロアストクは公国として存在している。」
公爵は剣をオスカーに投げるようにして手渡して来た。
オスカーはその剣を受け取り、その剣の重さに怯んだ。
ジャンが使う細身の剣は、ルビータ国の両刃の剣よりも細く華奢に見えるため、もっと軽いものだと思っていたのだ。
「ヤンはこんなにも重いものを振り回していたのか。」
「さあ。それはわからないが、それは単なる鉄だ。そのなまくら刀をアルビーナによって錬成し直して貰うか、それでアルビーナを突き刺すかしろ。」
「なにを!」
計算高そうな緑色の瞳は笑みを作るどころか見下すようにオスカーを貫き、その視線に見合った台詞をその瞳の持ち主は言い放った。
「君にできる事は、君への信頼を失った人を滅ぼすか、これから攻めてくるであろうヤン・ヘルツォークの軍をアルビーナと一緒になって打ち払うか、その二択しかないと思わないかな。」
「どう、どういう……。」
「いいや。一択か。裏切り者の君とアルビーナは再び手を繋いでくれるだろうか?だが、彼女が怒りのまま君を殺した後、彼女はどうなるのかな?彼女はルビータにおいては絶対なる悪の魔女だ。」
オスカーは観衆に囲まれた死刑場を思い出していた。
ロアンダでの出来事を。
まだ十二歳でしかない少女が、見世物となりながら死刑執行を行ったあの日の事をまざまざと思い出し、だが、銃殺される死刑囚がアルビーナの姿となった。
魔法封じの焼き印を入れられた後、必要以上の拷問を受けた死刑囚だ。
「彼女を殺すことなど出来やしない!」
「では、守ればいい。彼女がそれを今後も許すのならば。」
オスカーは渡された剣を胸に押し付けた。
こんな物で彼女の柔らかい体を貫けと?
しかし、自分は彼女を失ったら生きていけないと知っている。
オスカーは両目を閉じ、そして、はすっぱな笑い声をあげた。
「あなた方に迷惑をかける前に二人とも死ね、か。死んだ後は俺達の死体はわかり易くどこぞに飾って貰えるのでしょうね。」
「ああ。北部は内戦など望んでいないんだ。華々しく飾ってやるよ。それからな、君達にはありえない一択が可能ならば、荒野で二人で生き抜くという道もある。ニクテリスに侵食された三村。ニクテリス共を掃除できたならば、北部で君達を狩りたがる者はいないだろう。」
「そうですかね。建前上は私達が勝手にそこに逃げ込んだと言い張れる。」
「建前上のことだ。生き延びられるか否かは、己の人徳の話では無いのか?」
ロアストクはオスカーの答えなど待ってはいない、そんな風にして踵を返して去って行った。
オスカーは絶望にありながらも、ありえない希望を夢見るようにして剣を再び強く抱きしめた。
ありえない一択。
アルビーナが自分を許し、自分と一緒に荒野を走るという夢のような一択だ。
自分には幸せだろうが、きっとアルビーナには不幸極まりない一択でもある。
「だから、結局は殺してやれと?」
ロアストクの姿はもう中庭には無い。
代りにオスカーの目に映っている後ろ姿は、公爵家のお仕着せを着た召使いのものである。
オスカーは自分が話していた相手がどんな術を使う魔人だったのかを思い出し、剣を抱きながら笑い出した。
「これは忠告で命令か!遠見、幻視、それらが可能な魔人であれば、俺が動かねば彼は次なる行動を勝手に起こすという脅しでもあるのか。」
オスカーは駆け出していた。
騙し続けた彼女に真実を返すのは自分であるべきだと思いながら。
それで今日が終わるかもしれないが、二人の間に余計な第三者を入れる事は最期なのだからしたくはない、と




