君の剣で君の世界を救おうか?
「魔人として若さを保っていた奴らまでも時間が動くようになってしまったから?その原因をアルビーナに押し付けたということか?成長しないはずの彼女が成長したから彼女のせいだと?なんてひどい!言いがかりだけで彼女に何度も辛い思いをさせて来たのか。」
「言いがかりではない。事実だ。」
ジャンの嘆きに応えたのはバールだった。
そして彼は一歩ジャンの前に踏み出すと、剣に手を当てているジャンの手の甲に自分の手を重ねた。
その時にはバールの髪も瞳もいつもの色合いに戻っており、ジャンはこれこそ自分に嘘を吐く準備なのかと皮肉に思いながらバールの緑色の瞳を睨んだ。
「魔人となると滅ぼされない限り死ねないんだよ。それでも、若さを保っていられる時はそれを不都合だとは誰も考えてはいなかった。だが、肉体の時間が動き出し、これが呪いそのものだと身に染みたのさ。我々は生きながら腐っていくのは到底我慢できない。」
「だから、だから?」
ジャンの脳裏に浮かんだ映像は、血塗れとなったアルビーナが魔法陣の上に横たわる姿である。
「アルビーナはお前が殺した?」
「必然的行為だ。コンラートが何度も言うように、なぜだか彼女は十年前に変異している。だからこそ魔法陣を動かし、彼女の中に存在する魔物を魔界に戻すという荒業が必要だったのだ。ハハハハ。バルタザールは別の思惑だったがな。新たな魔物を呼び出して、己が肉体の復活だけを望んでいた。まあ、辛かっただろう。皮一枚下では、内蔵がコールタールのようにぐじゅぐじゅに溶けて腐っていた。それでも生きているのだからな。」
バールはジャン達が滅ぼした王を嘲るようにして笑い声をあげ、ジャンは自分の剣によって肉体を粉々にしてしまった動く死体を虚しく思い出した。
どうして自分はあんなものを倒しに行ったのだろう。
どうしてオスカーのようにアルビーナの遺体を探しに行かなかったのだろう。
「俺はここを去る。アルビーナの敵とは一緒にいられない。」
「ふふ。君は変わったね。私を殺してから出ていくんじゃないんだ?」
ジャンは歯ぎしりしながらバールを睨んだ。
彼はこのままバールに飛び掛かり奴を殺してやりたいが、数か月もヤン・ヘルツォークとして振舞っていたがために、彼を慕う人々が彼を命綱のようにして必死に見つめてくる眼差しを知っている。
ヤンとしての人々への義務感が、ジャンの勢いを縛り付けてしまったのだ。
「目標も無い俺などもともとここには不要な人間だ。だが、お前はここには必要だ。そうだろう?」
バールは静かに微笑んだ。
そして彼は上半身を伸ばしてジャンの耳元に唇を寄せた。
「懐かしいよ。兄は十四から体が成長はしなかったが、心持ちは空のようにきれいで広かったんだよ。だから僕は兄の為に兄をあざ笑う者達を斬って斬って斬ってきたというのにね。」
ジャンはびくっと震えた。
兄?と。
「お前は何者だ?いや、その肉体は誰のものだった?」
バールは嬉しそうに目を細めると、ヤン、と呟いた。
「ヤン?」
「バルタザールの弟、ヤン、だよ。ルビータの歴史の勉強はしただろう?いやいや、歴史の教科書は嘘ばかりか。君にだけ教えるけれど、ヤンは戦死じゃないよ。実の兄に刺し殺されたのさ。バルタザールの最初の悪魔召喚術の願いは、弟のように成長したい、それだけだった。」
「だがバルタザールは小柄なままだった。」
「アルバート・クロウリーの願いが間抜けな王様を操っての贅沢三昧だけだったからかもね。彼は自分を不要としなくなるだろう王様の変化は望んでいなかった。だが、誤算ばかりだった。死んだはずの私の体には天使が憑依したのだから!」
バールは右手の指を二本立てて、それで自分の首を掻っ切る真似をした。
ジャンはそれでアルバート・クロウリーのその後を理解した。
それどころか、この目の前の男こそバルタザールを操り、このルビータに魔人による階級社会なんてものを構築したのではないかと想像した。
「アルビーナは魔物なのに、もっとも最悪なお前の中は天使か?全ての黒幕はお前のようなのにな?」
「私への君の評価は低いねえ。悲しいくらいだよ。」
「お前がやった事はお前の兄と同じ胸糞悪い事ばかりじゃないか!お前に殺されたアルビーナが可哀想だ!彼女はいつだって優しいだけの人だったのに!」
「それは君にだけだろ?ジャン。そしてね、アルビーナを狩らねばならないのは、今後の人々の生活を取り戻すための最重要事項なんだよ。人を統括していた魔人は衰え狩られ、人間は欲望の赴くままに行動するようになってしまった。原始の世界に戻ってきていると思わないかい?」
ジャンの脳裏にアルビーナの囁きが蘇った。
懐かしい声は彼を慰めるどころか、バールを見返すしか出来なかった。
「あなたが黒い瞳で良かったわ。ええ。黒い瞳のヤンで良かった。」
「だって、青い瞳のヤンは私を殺しに来る?」
「黒い瞳のヤン君も彼女を殺しに行くべきだ。」
ジャンは思考が止まった。
バールは何と言った?
殺しに行くべき?
「アルビーナは生きていたのか?」
「オスカー!」
懐かしい声にジャンはバールを問い詰める次の言葉を発するどころか、完全に体が凍ってしまった。
それでも彼の首は愛する人の声の方へと振り返っていた。
コンラートのモニターには、愛する人がいた。
青い海を背景に、ドレスの裾を恥ずかしげもなく持ち上げて膝までだし、ジャンが何度も夢見た満開の笑顔で輝いていた。
ジャンの胸は高鳴るどころではない。
彼女はジャンと目が合ったような表情を見せると、ジャンを呼びかけようと口を開いた。
「オスカー!」
「オスカー?」
画面は切り替わり、そこには覗きたくも無い寝室の風景が映し出されていた。
妻だった女と信じた男の裏切り行為である。
ジャンの下唇は噛みしめられ、彼の唇から赤い血が流れた。
「死体を再生できる男がいた。おかげで魔人には今も余計な時間が流れている。魂が無くともあの身体は君のものだった。事態の修正に粛正が必要だ。そうじゃないかな?ヤン?」
ヤンは愛刀の柄をぎゅっと握った。
最後の拠り所のようにして。




