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知った裏切り

 アルビーナは百年前の儀式の生贄だった?

 そして、彼女が恐ろしいほどの魔力を内に秘めていたのは、彼女こそ魔物自身であったからだからだと言うのか?


 ジャンは自分の愛する人が全否定された気持ちとなり、ほとんど縋るようにコンラートを見返した。

 コンラートは執事でしかない感情の無い顔で、静かにジャンを見つめている。


「彼女が?あんなにも感情的で優しい人が、魔物?」


「あなたのご存じのアルビーナ様は、あなたにお会いしてからのものです。」


「い、以前は?」


「意思の疎通など出来ない虫のような方でした。いえ、この世の理を侯爵様の見方で学んでいらっしゃったので、下々の者には恐ろしいだけの存在でした。怒らせれば一瞬で火柱にされる。」


「そうか。それでアルビーナは閉じ込められるようにして、ずっと一人でマナーハウスに住んでいたのか。両親が時々思い出したように訪れたのは、離れている間に失われた若さを単に取り戻すためか?」


「はい。ところが、アルビーナ様があなたとお会いになったその日からお変わりになられ、アルビーナ様より力が引き出せなくおなりになられました。若さの回復も、です。」


「それで、前侯爵は暴漢に簡単に殺された。けれど、完全なる魔人であるが理解できない存在になっていたから、アルビーナに侯爵位を継がせまいとブルーノ達によって暗殺されかけたのか?」


「あれはアルビーナ様を御せるかどうかのテストです。哀れなブルーノ様は単なる捨て駒でございましたね。」


「御せるかどうかのテスト?だからこそ死刑の号令なんて酷い事を彼女にさせたのか!で、では、君がアロイスを侯爵に返り咲かせる俺の考えに同意したのは、君こそこの捻じれた状況を正したかったからなのか?」


「いいえ。自分の判断で失敗したならば、私は私よりも世界を読める方に与しようと考えただけです。」


 自分の判断で失敗?とジャンはコンラートを呆然と見返した。

 アルビーナはこの男を何て言っていた?

 幻術・召喚術・予知能力に特化した魔人だと俺に教えなかったか?


「まさか、まさか。王の人間狩りの命令。結果としてあいつは殺された!あいつを殺させようとしたのは、そもそも君の仕業だったのか?」


「まさか!あの方が殺されるはずはありません。私は戻って欲しかっただけです。あなたを殺しに行った日のあの方自身に。虫のように無感情で簡単に邪魔者を殺せる、あの、魔物そのものだったあの方に。」


「俺を殺しに?アルビーナは俺を助けに……。」


 コンラートの作り出したモニターからアルビーナの姿は消えて、その代わりとして金髪の青年の後姿が映し出されていた。

 屈んでいて体格がよくわからないが、あれは今の自分か?

 ジャンが目を凝らすと、モニターの中の後ろ姿の男性は腕に何かを抱いており、その腕のものは音を立てて地面に落された。


 男の足元に転がるのは死体。

 剣で胸を刺し貫かれたアルビーナの遺体だった。

 ジャンが何度ももう一度目にしたいと望んだ、妻の今の姿の遺体だった。


「未来です。ヤン・ヘルツォークにあなたは様は滅ぼされる。そう囁きましたら、アルビーナ様はあなたを滅ぼしにこのモニターに飛び込んでしまわれた。」


 コンラートのモニターは再び画像を変えた。

 七歳のアルビーナがジャンの前に立ちふさがり、ジャンがぼんやりと彼女の向かい合わせに立っているという映像だった。


 ジャンはあの日の事を思い出していた。

 自分を見つめるアルビーナはハッとした顔つきとなって、そして、ジャンと呟いて彼に手を差し伸べてきてくれた大事な思い出だ。


 しかし、コンラートのモニターは、ジャンの思い出に補正を加えた。

 太陽のような輝きが二人の間で起きたのである。


「この時にアルビーナ様の中の魔物が変化されたのか、消えてしまったのか。私達は悩みに悩みましたよ。彼女を元通りにするには殺しを重ねさせるしかないと考えまして、色々と仕組ませていただきましたが、変わりませんでしたねえ。」


「君は!」


 信頼していた人間が裏切り者でしかなかった。

 ジャンは剣の柄に手をかけた。


「仕方がないよ。アルビーナを純粋なる魔物に戻さねば、長い命を得てしまった人間は腐りながらも生き続けなければならなくなる。それは、永遠の命を持つ者には、果てしない恐怖だろう。」


 ジャンは自分の後ろで聞こえた声にハッとして振り向いた。

 扉が開いた気配など何も感じなかったとジャンは思いながら、締め切られた扉の前に立つバールを睨んだ。

 バールはジャンに探されていた事を知っているという風に、ジャンの神経を逆撫でる様な余裕の笑みを顔に刻んだ。


「それが、お前の本当の姿か?」


 扉の前に立つバールの色味はジャンの知らないものだった。

 茶色の影だった男は今や金色の輝きを放ち、緑色の瞳を海のような深くて透明な青い瞳に変えて世界を煌々と照らしているのである。


「君とは腹を割って話すべきだと思うからね。」


「お前の腹の中など見たくはないけどな。」


「ハハハ。人の留守中に私を探りたいと私の部屋に忍んでおいて?いいから私の告白を聞いてくれ。いや、改めての自己紹介をした方がいいかな。」


「貴様!バカにするのも――。」


 バールはダンスの相手に紳士が自己紹介するようにしてジャンに向かって頭を下げ、その優美しか無い仕草で顔をあげるや話し出した。


「初めまして。我が名はベルゼビュート。バルタザールによる最初の召喚によって呼び出され、堕天させられた天使の端くれだ。」


「天使?お前こそフクよな。お前こそちゃんと数年分老けているじゃないか。」


 ハハハとバールは気さくな笑い声を立てたが、ジャンはいつもよりもバールが笑った時の目尻の笑い皺が目立つと気が付いた。

 そこでようやくコンラートとバールがジャンに言わんとしている事が、ジャンの頭で理解できたのである。


 ジャンは再びコンラートに振り返った。

 ジャンと目が合ったコンラートはゆっくりと彼に頷き、ジャンの思考をそのまま口にしてきたのである。


「変化がカンターレ前侯爵様だけならば良かったのでしょうが、若さを留められていた方々、私を含めて、皆、人間であったことを思い出すようにして老け始めました。恐らく、アルビーナ様の心が人に戻られたその日から。」

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