↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/96

野良犬のあがき

 バールは消え、取り残されたオスカーは、バールが与えた侮蔑の言葉を抱きながら家に入った。

 この家がバールに知られたのであれば、今すぐにアルビーナを起こして逃げ出さなければいけない。


「いや。あの口ぶりでは、奴こそジャンにアルビーナが生きていると伝えてはいない?のでは無いのか?――そうだ。ジャンはどうしてバールに付き従う。アルビーナの死を伝えられた時、彼は次はお前だとバールに言っていたはずだ。」


 起きろ。


 バールの言葉が脳裏に蘇った。

 忌々しく思いながら廊下を歩き、居間への扉の前で、彼は再びバールの言葉を思い返していた。


 嗅げ!


 彼は扉を開けた。

 居間は真っ暗でしかなかったが、彼の目は隠し暖炉を見つめていた。


「そうだ。俺はどうして骨の状態を確認しなかったんだろうな。いや、それどころか俺達はどうして暖炉があることについ最近まで気が付かなかったんだろう。」


 オスカーは台所に行くと、まずコンロを点火して明り替わりにした。

 それから戸棚を開けて畳んである洗い立ての布巾を取り上げるとそれを破き、左手首に包帯がわりにその切れ端を巻きつけた。


 固く傷口を縛りながら、オスカーは激痛に息を呑み、使えない左手の代りに布の端を噛んでいる歯をさらに噛みしめた。

 右手で押さえていた傷跡は既に傷など何もない状態にしか見えないが、回復魔法で傷口を塞いでいるだけにすぎないのである。


「うう。」


 左腕の処置が終われば、彼は棚に置いてあるランプを取り上げると、ガスコンロの火でもってランプの灯芯に火をつけた。

 世界は揺らめきはあるが明るくなり、オスカーはコンロを消すとランプを片手に居間の方へと歩きだした。


 勿論目的は暖炉に隠されていた遺骨の検分である。


 金属の扉、本来ならば薪を入れる口でしかない場所を覗けば、煤けた骨が転がっている風景がランプの明りに照らされてオスカーに姿を見せた。

 ランプを床に置き、オスカーは右手を伸ばした。

 回復士は相手の体を知らねば回復術など使えるはずもなく、従って、術を使う右手の指先で人体の組成を探ることが可能なのである。


「俺は本当に嘘ばかりだな。俺は自分の真実さえアルビーナに隠している。俺は彼女を助けるにあたって、彼女の体を知っている。どうすれば楽になるのかも。自分の腕にしがみ付かせたそのまま、彼女が求める温かみを与えてもいたんだ。」


 本当に情けない、彼は自分を責めた。

 それでも欲しくて堪らなかったのだと、彼は自分に認め、自分をこの上なく情けなく惨めな生き物のように感じた。


「死体漁りがお似合いな男だ。」


 オスカーの指先は骨に当たった。

 ほんの微かに。

 だが、彼にはそれで見えた。

 彼の死因が。

 彼が殺される一瞬前の映像も、彼の叫びも。


 オスカーは立ち上がり、ふらふらと歩きだしていた。

 自室に戻るのではなく、彼は再び前庭に出ていた。

 そして、バールと再会する前にしていたようにして、彼は二階の窓を見上げていた。


「俺は何だったんだ。お前は結局はその男をとるのか。」


 殺された男の最後の言葉を繰り返した。

 恋した女性を金か権力か、無理矢理に恋人から奪った男の末路の台詞だった。

 それから彼は両目を瞑った。

 死んだ男と自分が重なり、その男の末路が自分自身にしか見えなくなったのである。


 よろめいた彼は生垣にぶつかり、左手首に痛みが走った事で目を開けた。

 アルビーナが大好きなブルーベリー。

 オスカーは無意識に右手で折れかけた枝を掴んでいた。


 木は眠っていた。

 アルビーナも眠っている。

 彼女が目覚めた時、彼女は後悔ばかりなのだろうか。

 何もなかったことにして、自分はそれで生きていけるのだろうか。


 オスカーは膝を落としていた。

 華奢な低木にしがみ付いていた。

 アルビーナを求めるようにして。



「オスカー!」


 オスカーはアルビーナの声にハッと目を開けた。

 反射的に身を起こしたが、そこで彼は大きく地面に転がった。

 彼の目は曇り空だが完全に朝となった空が広がっていた。


 起き上がろうともがいたが、体がかなり強張って痛みばかりを感じた。

 その状況になってしまった理由が頭の中ではっきりしてくると、砂利敷きの地面に転がる自分の間抜けさに笑いが込み上げた。

 楽しいものではなく、単なる間抜けな自分をあざ笑うものだ。


「俺は何をいったい。木にしがみ付いて寝ていたのか?なんて、ばかな。」


「オスカー!どこにいるの!」


 彼は息を呑んだ。

 二階の窓から聞こえるアルビーナの声は、オスカーの不在に脅え、オスカーを必死に求めているのである。


「は、……はは。」


 たったそれだけの事なのに、オスカーは嬉しくて堪らなかった。

 早く起き上がって、愛する人を慰めなければいけない。

 彼は身を起こすのに手をついたが、それは利き腕である左手だった。

 しかし地面についた左手首に何の痛みも感じないことで、彼は驚いて自分の左手を見返した。

 そろそろと右手で左手首を触れた。


「完全に治っている?どうして?」


 呆然としながら彼が何気なく見回した視界の中で、彼がしがみ付いて眠っていたらしき茂み、ブルーベリーの木が一本だけ、冬前なのに実が出来ていた。


 ほんのひと枝の先に三粒ほどだ。


 彼が恐る恐るあるはずのない実を左手に取って自分へと引くと、実を付けていた木がそのまま地面から抜けて倒れてきた。


「うわ。」


 オスカーは自分の左手に残されたブルーベリーの実と、完全に枯れた木、そして自分の完全なる回復を見て、何が起きたのか理解した。


「オスカー!」


「ああ!いけない!」


 彼は急いで立ち上がると、そのまま家の中に飛び込んだ。

 そして、バールさえも気が付いていないだろう回復士が出来る可能性と、自分をアルビーナが求めてくれた幸せに浸りながらアルビーナを抱き締めた。


 だが、抱きしめたそこで、彼は暖炉の中の死体の最後の呟きを思い出し、あれこそ自分の最後の姿なのだと目を瞑った。

 その時になるまでアルビーナを手放したくはないと、彼はさらに彼女を抱き締めて自分の体に彼女を押し付けた。


 自分はあの男が女の恋人に殺されたように、ジャンにいつか殺されるだろう。


 殺されて?


 オスカーハッとした。

 どうして殺される男が自分を裏切った女と男が抱き合っている姿を見つめながら意識を失ったのか、と。


「どこに行っていたの!こういう日は私が起きるまで隣にいてくれるものじゃないの!」


 オスカーの思考はそこで粉々になった。

 何も考えられないぐらいに幸せで、彼はアルビーナを求められるだけ求める事しか考えられなくなってしまった。


 大丈夫だ。

 自分が触れれば真実は直ぐに手に入る。

 今この時に、アルビーナには自分しか無いとわかるように、そうだろう?と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。