瓦礫の中を走る
「びくったああ!」
ジャンの大声にビクついたのはウッツの方である。
「変な声を出すな!馬が脅えて馬脚が乱れる。」
「俺よか馬扱いが上手かったんじゃ無いのかよ!」
ジャンはウッツに子供みたいに言い返すと、次に魔法陣が動き出す前という風に、さらに馬を駆り立てた。
ウッツも負けじとジャンの後を追った。
確かに魔法陣が急に動き出し、馬を走らす彼らの直ぐそばで建物が崩壊した時には肝を冷やしたが、ウッツは魔法陣が動いた事でホッとしてもいたのだ。
アルビーナが生きている証拠だ、と。
彼らは魔都に戻るやすぐに、アルビーナの住んでいるはずのタウンハウスに真っ直ぐに向かった。
だが、そこで彼らの見たものは、真っ黒に焼け落ちて燻る館の残骸と人が人に為せる最悪な暴力の結果であった。
侯爵家のタウンハウスの召使は、アルビーナへの鬱憤の代りとして嬲られて殺されていたのである。
ジャンは哀れな召使いの死骸に手を伸ばそうとしたが、ウッツが押さえた。
「まずはアルビーナ様の安全です。ここで囲まれたら大変だ。」
「畜生。」
そこで二人は、市民に生贄に選ばれているらしい貴族が安全を求めて避難している先、王城を目指したのである。
勿論、町の広場にも彼らは足を運んでいる。
けれどそこにもアルビーナの姿が無くウッツ達はほっとはしたが、彼らは彼らに親しみを込めて付き合ってくれていた貴族の生首をいくつか目にする事にもなったのである。
市民は叫ぶ。
王城だ。
人殺しの魔物を殺せ!
「どうしてこんなことに!」
ウッツは歯噛みをした。
バールの命令など聞かずにウッツこそ魔都を離れるのでは無かったと、今やウッツは後悔しきりなのである。
ウッツはジャンには伝えていないが、現在は除隊している一般人である。
軍人として逃亡者を逃す手伝いは出来ないことと、軍属である限り上の命令に縛られるから、と、バールはウッツを唆した。
「軍人でいる限り、君は助けられる命も助けられない。いざという時、君は国ではなく大事な人を守りたいはずだろう?」
「くそう。全部見透かされていたんだ!あいつは魔都がこんな風になるって知っていたからこそ、私をジャンに付けたんだ!」
ウッツは悔しさに奥歯を噛みしめた。
そして前方の馬影を見つめた。
何の迷いもなく、自分の意思しか貫かない男。
ウッツと比べて小柄どころか、平均的にも小柄で細身という頼りなげな外見であろうが、ジャンはとても好戦的だった。
アルビーナの館の前で召使い達にした暴行自慢をしていた六人を瞬殺し、ウッツがジャンを押さえるまで、三人を再起不能にしたのである。
広場でさえもギロチン前に立ってギロチンの刃を落す号令をかける男の頭を撃ち抜き、ウッツとジャンこそ群衆の敵状態にもなった。
そこを何とか逃げ出して今は王城目指してひた走りが出来るのは、ひとえに、ジャンの馬の足が速い事と、馬の前に立ちふさがる相手を誰何なく撃ち殺してしまえるジャンの攻撃性によるだろう。
思い出しながら、ウッツは自分の内なる声を押さえた。
アルビーナ以外は生き物とも認めない、そんなジャンの背中を今撃ち抜いてはどうだろうか?
あれは世界に害をなすぞ?
「だめだ。アルビーナ様が泣くのは駄目だ。」
ウッツはジャンに並べるべく馬をさらに駆り立てた。
馬は既に限界だろうが、それでもウッツに応えて速度を上げた。
だが、なかなかジャンに辿り着けない。
どうした事かとウッツは不思議に思ったが、ジャンではなく前方の情景が視界に入ったそこでジャンがしようとしていることを理解した。
せざる得なかった。
前方にバリケードだ。
貴族達の王城への逃亡を阻止するものなのか、これ以上の避難民を受けいれたくない王城の意思であるのか、そこには武装した人間と高い壁が聳えているのだ。
ウッツは自分とジャンに攻撃魔法が無い事を恨めしく思った。
それでもジャンがしたように馬を走らせた。
「ごめんな。ベティーナ。俺は酷い事を君にさせるよ。」
ウッツはバリケード近くになると、愛馬に合図をした。
彼を信じ切っているウッツの愛馬は、彼の願い通りに地面を力強く蹴り上げた。
ウッツとジャンは綺麗に横並びとなり、同時にバリケードを越えていた。
跳ね橋などとうの昔に上げられていたと彼らは気が付くべきだった。
彼らに向けられた銃から発射された弾丸は彼らが乗る馬の肉体を裂き、ジャンとウッツは馬と共に王城と市街地を隔てる掘りの中に落ちていった。
水音が大きく弾け、ウッツは自分の体が粉々になったような痛みを感じた。
「死にはしないし、痛みだけだ!」
汚れた水の中で彼は愛馬の死に涙を零し、零れた涙を彼は袖で拭い、その手で水を大きく掻いた。
水面に浮かんだ彼は必死に腕を動かして泳ぎ始めた。
兵士だったら知っている、王城の中に入っていける下水溝に向かうのだ。
「そっちになんかあるのか?」
「下水溝がある。」
「このまんま適当に取りついて登るのは無し?」
ウッツはそうだな、と言ってジャンが指さした方向に向きを変えた。
しばらく泳いでいざジャンのように石垣に取りつこうとしたそこで足がつり、ウッツはそのままドボンと水の中に沈んだ。
すでに壁に取りついてたジャンを道連れに。
だがジャンはウッツを罵らなかった。
代わりに、水面に二人が顔を出した時に、助かったよ、と言ったのだ。
一度は止まっていたはずの魔法陣が、いまや彼らの頭上でぐるぐる回っている。
ジャンがそこにいれば、ジャンの胴体を真っ二つにしたであろうとわかる、石垣にはそんな削り跡が出来ていた。
彼らが市街地側を見上げれば、魔法陣が回る市街地は、犠牲者の悲鳴が聞こえないぐらいに、人も建物も何もかもを粉砕し続けているではないか。
「どうしよう!」
「下水溝の方へ案内する。城の最下層と通じているから、位置的には魔法陣には安全なはずです。その魔法陣にはどうやって近づけばいいのか。」
ジャンはウッツの肩にポンと手を置いた。
ジャンはウッツのように落ち込んだ顔をしていない。
「まずは下水道攻略、だろ?」
「そうですね。」
ウッツは泳ぎだした。
自分とジャンの違いをこれ以上見せつけられたくない思いだけで。




