魔都を束ねる王が目論んでいること
翌日、私は王の謁見室にいた。
王城はパーティを成す場所以外は閑散としていて、召使いの数も私の屋敷よりも少なく感じた。
謁見室までの道のりは、なんだか霊廟の中を歩いているようだったと、凍えるぐらい寒い部屋の冷たい石造りの床に跪きながら思っていた。
いいえ、どうしてこんなにこの部屋は寒いのか。
私の吐く息は、真っ白い煙となる。
今は五月でしょう。
「面をあげよ。」
私は顔をあげた。
ルビータ王、バルタザール十三世がそこにいた。
広い広い謁見室の玉座に座っている王は、椅子が大きすぎるからか十三歳ぐらいの少年サイズの体の大きさに見えた。
いいえ、それでも小柄な人だわ。
王は機械仕掛けの人形のように小首を傾げ、ゼンマイの音が聞こえそうな動作で肘掛けに肘を置いた右手で頬杖をついた。
「アルビーナか。」
「左様でございます。」
「サルは成長が早いな。」
苛立つべきだろうが、苛立つよりも生理的嫌悪感の方が先立っていた。
機械仕掛けのミイラが喋っているような感覚であり、遠く離れていながら、王が喋った事で王の口臭が臭ってきているのだ。
腐っただけでなく発酵して黴てもしまった、最悪な臭いだ。
「お前はサルだ。魔人ともなった者が、己の欲情だけで先を見る事を止めてしまったのだから、人どころか動物に落ちたのだ。血統を大事にすることが、家の義務、領主としての義務、そして、国を守るための義務に繋がるはずである。」
私への不満はわかったわ、だけど、これと人間狩りがどんなつながりがあるって言うのよ?
魔人だろうとみんな人間だわ。
魔力が大なり小なりあるってだけの、みんな同じ人間じゃないの。
私は無言で王を見つめていると、下々の者として王に意見などが出来なかっただけだが、王の近従が王のそばから離れて私の近くへと歩いてきた。
そして私の横に立つと、コンラートがするみたいに大きく腕を振って、学校の黒板サイズのモニターを作り上げたのである。
「見やれ、カンターレよ。」
近従の言葉に従ってそのモニターを見れば、そこに映るのは、ルビータの大昔の映像だった。
ある日、一夜にして人々に魔力が備わった。
その日はルビータが大災害に見舞われた日でもある。
私はモニター映像を見つめながら、愕然とするしか無かった。
大きな魔法陣が壊れた町に敷かれて、いいえ、魔法陣の完成によって町が破壊されてしまったという証拠の映像であったのだ。
「これが真実だ。」
王が自慢そうな声をあげた。
震災で建物が壊れて人が死んでいる映像であるというのに!
「一万人の死は魔界の扉を開けた。」
「人間狩りって、もしかして。」
王はヒヒっと笑った。
口元に歯が無くて、ぽっかりと真っ黒の穴がそこに開いたかのようだった。
そう言えば、バルタザール十三世は、一体いつ即位して、一体いくつになられたのだろうか。
最近は王子達の誕生とか聞いた事があったっけ?
王は再び、ヒヒっと笑った。
「人間狩りを始める。それは余をこの世界に留めさせるものであり、お前達に祝福として魔界より噴き出る魔力を授けてやれるものでもあるのだ。」
「一万人なんか!」
王の近従が体を屈め、すいっと私に上半身を寄せた。
そして、やはり王と同じ歯が抜けた真っ黒な口で、腐った匂いをまき散らしながら、腐った寝言を囁いて来たのだ。
「毎日人は死んでいる。期日までに病人犯罪人、不要な家人、それらを集めれば良いのだ。なんの難しい事も無いだろう?ゴミ屑同然の貧民街のどぶ攫いでも構やしない。そうであろう?」
「そんな。」
「そなたが婚約者に人間を選ぶから王は危機感を覚えられたのだ。」
「ジャンは、ジャンは。」
「だが、あれは凄い生命エネルギーを持っている。あれを生贄にすれば百人分は賄える。あんなものをお前が王に見せたから、王は久々の食事がしたくなったのだろう。」
私はわかった、と答えていた。
一万人集めます、と。
ジャンを逃がさなきゃ。
殺してはいけない人達をジャンに委ねなければ!
ああ!エドガー・バールを協力者としなければ、なんて!