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【連載版】悪役令嬢は王子様より猫と一緒に暮らしたい  作者: ねこやしき


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新たな始まり

◇◇


 新たに迎えられた仔猫は、何かと倦む事の多いエリザベスの生活を温かく彩った。

 厳しい王妃教育に疲れ果てた時にも、ライバル視してくる令嬢達の嫌味に苛立った時も、部屋に戻って足元に擦りついてくる仔猫を撫でれば心が軽くなる。


 マリーは以前からあくまでも庭師の猫で、若い頃は毎日の様にエリザベスの部屋に遊びに来てくれていたが、足が弱くなった今は庭師の部屋から出る事が無いのでエリザベスに時間が有る時を選んで週に一、二度ばかり籠に入れられてエリザベスの部屋まで連れて来て貰えればいい程度。

 勿論その時はネロを伴い、仔猫の割におっとりというかあまり動かないネロがマリーの懐に潜る様に寄り添って二匹でうとうとしている姿に目を細め、その背を交互に撫でるのが最も幸せな時間だった。


 ネロの仔猫らしく細くつるつるとした滑らかな毛並みと年老いたマリーのしパサパサとした毛並みの違いに胸が締め付けられそうに痛みもしたが、少し束感のあるその感触も、もうあまりよく見えていない目でエリザベスの匂いを探して鼻をひくひく動かす姿も、時折起き上がってゆったりとした動きで歩いたり伸びをする姿も、全てが愛おしく感じる。

 残されたマリーとの時間があまり長く無い事、その事で周囲が自分を心配している事、そしてそれ故に仔猫を迎え入れる事が許された事はエリザベスも理解していた。


 そしてその気遣い故に別れの予感はますます強くなる。

 いっそその時が来るまで現実から目を背けたい気持ちもあるが、厳しい教育で鍛えられた現実的な思考回路が近い将来に起こる出来事から目を背ける事を許さず、同時にその教育のお陰でマリーの前で泣いたりせずに大切な時間を落ち着いて過ごす事も出来た。


 それでも、もしネロがいなければ、マリーに会いに行った日の一人で眠る夜を涙無しで過ごす事は難しかっただろうし、そんな夜が重なれば昼間気丈に笑顔を保ち、様々な試練に耐えるのも危うかっただろう。


 エリザベスの部屋で暮らす事を許されている仔猫は、彼専用のふんわりした寝床よりもエリザベスの寝台でともに眠るのを好んでいるので侍女達が部屋から出た後はのそのそと寝床からまろび出てベッドに上がって来た。


 枕元に眠る事もあれば懐に潜り込む事もあり、足元で丸まっていたり腹や胸の上でだらりと伸びている時もある。

 今までならば疲れすぎていたり、マリーの事を考えて不安になり、眠れなかった様な時も体のどこかにぴたりと寄り添うちいさなぬくもりや、ともすれば耳元で響く喉の音を聞いているうちにするりと眠りに落ちられるようになったし、たまに怖い夢や寂しい夢を見て目覚めた時もネロを抱き寄せれば少し迷惑そうな顔をしながらも頬に頭を擦り付けて来てくれて、心が静まった。


 朝、侍女が起こしに来る少し前には胸の上に乗ってゴロゴロと喉を鳴らしながら顔を覗き込んだり頭の脇から覗き込んだりしながら頬をちょいちょいとつつき、それでも起きなければ彫刻の施された寝台のヘッドボードによじ登って腹の上に飛び降りてきたりするので、自然と早起きの習慣が根付いて侍女が来る前に体裁を整えて待つ間に、ほんの少し読書やネロとの戯れを楽しんだり出来るようになっている。


 ストレスの発散の投擲は今も続いているが、的に当たって転がった玉をそわそわと待ち受けて、猫にしては低めの跳躍力で飛びつこうとして失敗する姿や上手くとらえて得意気な顏をする姿、三回に一回程ネロに向けてふんわり投げた玉に夢中になる姿を見ていれば、ただ的に向けて叩きつけるよりもずっと気が晴れた。


 今は丁度日が昇る直前の頃合いで、暗い部屋の分厚いカーテンと壁の間がほんのりと青く染まっているのが寝台の中から見える。

 ぷにぷにとした肉球に頬をつつかれて目覚めたエリザベスは幾度か目を瞬いてから覗き込むネロと目を合わせ、微笑むなり手を伸ばして仔猫を捕まえた。


「えいっ……! うふふ、おはよう、ネロ。今日もとっても可愛らしいわね……ふぁ……」


 反射的に逃げを打つ子猫を腕の中に閉じ込めて丸っこい頭に頬をぐりぐりと擦りつけると、ほんの少しだけもがいたネロはすぐに落ち着いてゴロゴロと喉を鳴らす。

 されるがままに撫でられる姿にくすくす笑いながら朝の挨拶をし、小さくあくびを零してから解放したエリザベスはごそごそと体を起こしてベッドサイドの魔石灯を灯した。


 そろそろ夜が明けるからカーテンを開けばそれなりに明るいだろうが、カーテンを開くのは侍女の仕事で貴婦人が行ってはいけない事だし、狙撃を防ぐ為にも出来るだけ窓際に近寄らぬようにしているので朝であっても灯りは必要になる。


「本当は朝起きてすぐに光を浴びて外の空気を吸いたいけれど……仕方ないわよねえ」


 ぼやきながら時計を見れば侍女が来るまであと少しあるので、寝台脇に置かれた水差しの水を一口飲み、大きな枕を背に当てて座るとネロを膝に乗せて本を開いた。


 普段は教養になる本か流行を把握するための流行り本を読むようにしているが、朝のこの時間だけは好きな本を読めるので今は青少年向けの冒険譚を読んでいる。

 恋愛ものの本は流行本の中によく混じっているので、早々行く事の出来ない異国を巡り歩く魔法使いや騎士の物語はちょっとした冒険旅行気分に浸れて楽しいのだ。

 そしてそうした物語の中には獣人の登場人物や登場人物が使役する従魔なども良く出て来て、この国ではあまり見かけない獣の耳や尻尾を持つ人々や通常の動物とは異なる従魔達の記述を読むのも心が弾む。


 今読んでいるのは国を飛び出した人間の王子と獣人の国の王子が騎士や魔法使いの仲間と共に旅をしながら試練を乗り越え、成長していく物語で、豹の獣人の王子の描写の時に必ずと言っていい程耳や尻尾の動きが細やかに記述されるのでその姿を想像するだけで楽しかった。


 この国にも獣人は多少いるのだが、エリザベスの様なデビュタント前の令嬢が行ける場所にはほぼ存在しないので王宮で遠目に見た事がある程度。

 いずれデビュタントを終え、国外からの賓客を招く様な夜会に参加する様になればきっと会えるだろうと、今から楽しみにしている。


「ねえ、ネロ。いつか獣人の方とお話しできるのが楽しみだわ。この国もこれからは獣人との交易や外交増やしていくと言うし……殿方だとあまり親しく出来ないから、女性の外交官やご令嬢と親しくなれないかしらね」

「ぶにゃ」


 物語の王子の様な猫科の獣人は勿論だが、兎や栗鼠、狐に狼など、様々な種族がいると聞いているから、いずれ王太子の婚約者として外交に出れば様々な種族の人々と交流できるだろうと思えば楽しみに思えてエリザベスが微笑むと、ネロが肯定するように一声鳴いた。


「ネロも応援してくれるのね? ふふ、外交は失敗が出来ないし大変な責務だけれど……異国の方々と交友を深められたら、きっととても楽しいわ」

「ぶみゃん」

「うふふ。ネロもマリーも、お父様もお兄様もアンナも、屋敷の皆も支えてくれるから、わたくし頑張れるわ。ありがとう、ネロ」


 激務の中で時間を見付けては顔を見せ、労わってくれる父と兄、マリーとネロの支え、そして小さなころ、傲慢で我儘を極めていた自分を叩き直してくれた上に今も姉の様に世話を焼いてくれるアンナ、最後にあれ以来姿を見ていないが、結果的に自分に気付きをくれた侍女に改めて感謝しながら膝の上で喉を鳴らすネロに微笑み、抱き上げて頬に口付ける。

 そのまましばらく柔らかな背を撫で、心がほぐれた所でノックの音が響くと、エリザベスはその顔を引き締めた。


「おはようございます、お嬢様。朝のお支度に上がりました」


 ドアの向こうから響くエイダの声に整えた微笑みを浮かべ、一つ呼吸を吸ってから口を開く。


「おはよう。お入りになって」


 その言葉に応じて扉が開かれ、エリザベスの一日が再び始まった。


大変にお待たせしておりました。

これからポツポツ投稿します。

わたくし、性格が悪いので、とあと別に新連載もこっそり書いてます

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