第六十七話
「あの、これ・・・」
「はい」
「シール?」
「はい」
「うちのお店のシールですよね?」
「はい」
「集めていらっしゃるんですか?」
「はい」
「えっと、どうして?」
笹森さんはページをめくった。
めくってもめくっても出てくるのは白い日付の入ったパティスリー・シエルのロゴの入ったシールだけで、すぐに尽きた。
「あの、正確には笹森さんが貼ってくれたシールです」
「集めていらしたんですか?」
「はい、捨てられなくて、あ、でも箱は捨てましたよ。生クリームとかついたりしてたので」
「はあ」
「引きました?」
「いえ、引いてません」
笹森さんは先ほどまでの少し強張った表情が抜けたせいか、やっとこっちを見てくれた。
ソファが狭いせいか顔が今までで一番近い。
柔らかそうな白い頬がくっついてしまいそうだと錯覚するほど。
「じゃあ、あの、まだあるんですけど」
「はあ、何ですか?」
俺は立ち上がりパソコンデスクの上に置いたこの味もへったくれもない寒々とした部屋に不釣り合いな可愛らしい籐のかごを手にした。
「これです」
「レシート、ですか?」
「はい」
籐のかごはクッキーの詰め合わせが入っていた。
四月からたまりに貯めた白いレシート。
「これも、私がレジしたの、ですか?」
「はい、笹森さんの日だけです」
笹森さんは口元を押さえ、すぐに困ったような顔をして笑った。
その顔が何だか年長者ぶっているというか、しょうがないなって顔だったので、怒ってはいないのだとわかった。
「名前すら入ってないのに、何で残してたんですか?」
「つい」
「昔の漫画でありましたよ。スーパーの店員さんに恋した女の子がレシート取っておくの。昔はレシートにレジ担当してくれた人の名前が入ってたんですって」
「そうらしいですね」
「これくらいじゃ引かないですよ。私の方が、もっと・・・」
「何かあります?」
笹森さんは顔を背けた。
ああ、見たいのに。
「毎日・・・貴方が買ったケーキ手帳に書き込んでいました」
「え?」
「ケーキだけじゃないです。コーヒー二杯とか、着てた服とか」
笹森さんは顔を見せまいと体の向きまで変えてしまった。
「一目惚れだったんです。自分がこれほど軽薄な人間だったとは意外でした」
「軽薄?」
「顔だけで好きになっちゃうとか、自分でも信じられませんでした」
「顔ですか?俺の?」
思わず大きな声が出たが、笹森さんは微動だにせず俺に背を向けたままソファに三角座りになりベッドの方向を見ている。
どんな顔してるんだろう。
見ないと保存できないから、こっち見て。
俺は念を送る様に小さすぎる背中を見て、ああ本当に笹森さんが俺の彼女になってくれたんだと、全身の骨が軋み痛むほどに自覚した。
笹森さんと俺は確かに付き合っていて、笹森さんはちゃんと俺のことを好きでいてくれているのだと。
俺が笹森さんを好きなのと同じようなこじらせ方をしながら。




