10-5 ガールズトーク?
「よぉーし。そっちがその気ならこっちだって聞かせてもらうぜ?」
サッチが、レーナの肩を振りほどいたと思うとそう告げてくる。レーナは目尻に浮かんだ涙を拭いて聞き返す。
「なんですか?」
ビシッ! と、腰に手をあてがい、前かがみになって指を差してくるサッチ。
「お前の男関係だよ!! その歳で隊長やって、他の仕事までこなして、博識で、礼儀正しくて、オマケにその顔だ。浮わついた話の一つや二つあるんじゃねえのか!? おら、吐いちまえよ!!」
サッチはニヤニヤと意地の悪い笑みを向けてくる。対してレーナは、先ほどまで昂ぶっていた感情が一気に冷めていくのを感じていた。
(……何でサッチは、こんなにも私の評価が高いんだろう?)
本当に謎である。
まだ知り合って数日。何回か食事を共にした程度である。なのに、サッチのこの異様な褒めっぷりは何なのだ。
――自分は、そんな大層な人間じゃないのに。
「あるわけ、ないじゃないですか。そんな事、考える余裕も無かったですよ」
無意識のうちに、音量が小さくなってしまう。レーナのその様子に何かを感じ取ったのか、サッチも少し神妙な顔をして、問いかけてきた。
「好意を伝えられたことも……? 何にもねえのかよ?」
「い、いえ、あるにはあるんですが……なんというか、とにかく全てお断りしてきました」
「なんでだよ?」
サッチが怪訝な眼で見つめてくる。そんな事聞かれても、レーナは自分でもよくわかっていなかった。
「なんででしょうね……きっと、自分は相応しくないと、思ってるんでしょうね。こんな最低な私、誰かの大切な存在になっちゃいけないって……」
建前ばかりを気にして、周りに期待外れだとか言われるのが怖くて努力していた弱い自分。
みんなが必死で目指しているはずの隊長という地位をせっかく任せられたというのに、今の今まで決心がつかなかった贅沢な自分。
ずっと一緒に過ごしていた、大切な人たちを守れなかったばかりか、その場に居合わせることすら出来なかった恩知らずな自分。
こんな自分が、誰かと共に歩く?
そんな事、出来るわけがない。相手を不幸にしてしまうだけだ。
「……」
「……はっ」
レーナは、サッチがふと黙りこくっていた事に気がつく。悪い癖だ。すぐに自虐し、それが態度に出てしまう。
これだから、自分は駄目なのだ。
「すみません。変な空気にしちゃいましたね。今のは忘れてくださいっ」
努めて暗くならないよう振る舞う。せっかくサッチと楽しい雰囲気だったのに、ぶち壊してしまった。本当に申し訳ない。
しかしサッチは、真剣な表情を崩さないまま、ゆっくりとその口を開いた。
「……なんかよ、上手く言えねえけど、頼れよ」
「……え?」
そのサッチの言葉は、レーナの考えうる範囲から、大きく飛び出したものだった。
「アタシは、レーナより弱いかもしれない。頭も悪いし、経験だってない。でも、せっかく仲間になったんだろ? 辛いことがあれば、吐き出してくれよ」
サッチは、今にも泣きそうなほど悲しみに満ちた顔でそう告げた。
何故、サッチはそんな表情が出来るのだ。
何故、自身以外の、それも会って間もない人間の事で、ここまで感情に悲しみの色を塗りたくれるのだ。
――何故、こんな自分なんかに、優しさを向けてくれるのだ。
「……ありがとうございます。でも、本当に大丈夫なんです。もう、終わったことですから」
それでも、心の底に眠るモノを、サッチにぶちまけるわけにはいかない。言えない。
「……そうかよ。ならいいが」
サッチは、それだけ言うとこれ以上追求してこなかった。
(ごめんね、サッチ。嘘ついちゃった。でも、あなたを心配させるわけにはいかないの。仲間だからこそ)
この優しいヒーローのような少女の頭に、自分なんかの悩み事を入れたくなかった。
もっと別の事に使ってほしい。誰かを助けるために、そのためだけに、力を振るってほしい。
「ところで、サッチはどうなんです?」
レーナは、この嫌な空気を入れ替えるために、サッチに新しい話題を振った。
「あ? どうって……何が?」
「もちろん、サッチの恋愛事情ですよ。やっぱり、ラウィですか? どこまで行ったんです?」
レーナの発言に、ぶふぉっ!! と吹き出すサッチ。顔を急激に赤らめ、何やら慌てた様子で声を荒げる。
「だから、なんでどいつもこいつも……ッ!」
「あれ? 違うんですか? てっきりサッチはラウィの事が好きだから、一緒にいるんだとばかり」
サッチは、腕をぶんぶん振ってそれを否定してくる。
「ちげぇーよ! 違う違う! アタシは断じて認めない! これは、そういう事とは違うんだ! そう、違う! ただ、借りを作ったままじゃ癪なだけだよ!」
そのあまりにも大袈裟なサッチの反論に、レーナはむしろ申し訳なさすら感じてきた。
サッチはラウィを尊敬はしている。しかしその感情はきっと、自分があの人に感じていたモノと同じなのだろう。
「そうなんですね。失礼しました」
「お、おう。なんだ、あっさり引き下がるな」
今度は、拍子抜けした、と言わんばかりに口元を歪ませるサッチ。レーナには、もはやその意図を全く理解できなかった。
だから、彼女に聞き返す。
「? え、だって、違うんですよね?」
「……これが普通の反応だよな、きっと。なんかレーナといると安心するよ。おちょくられないし」
「??」
やっぱり、恋愛関係でもて遊ばれた事のないレーナには、サッチのその特有の思考は理解できなかった。




