10-6 天才の少女
「ところでよ、レーナ。今どこに向かって歩いてんだ?」
住居が点々と存在する村の中を歩きながら、サッチが問いかけてくる。
「まずは、あの半巨人と、金髪の女性を探します」
「探す? なんで? 誰かに訊きゃ良いじゃねえか」
「きっと誰も知らないですよ」
レーナは断言する。経験則からだった。
討伐依頼を出す理由は、主に二つに分けられる。
一つは単純に、対応できないから。
盗賊団だったり、何かの群れだったり。
数の暴力や、圧倒的な力に対して対抗する手立てを持ち得ないから、第三者に依頼する。
もう一つは、根本的な解決策が見えていないから。
今回はそれにあたる。討伐対象は半巨人一人。確かに普通の人間の武力では太刀打ちできないかもしれない。
だが、その住処さえ把握していれば、いくらでもやりようはあるのだ。
罠を張ったり、最悪火を放つだけでも事足りる。それをしないのは、知らないから。
だからと、全部引っくるめて丸投げして依頼を寄こしてくるのが、このタイプだ。
そしてこのタイプの討伐依頼は、そもそも条件を満たしていないことが多い。
迷惑してるけど、解決策が見当たらない。なら、アルカンシエルに討って貰おう。その程度の考えで依頼してくる村や国が非常に多いのだ。酷い時は、大量に発生する虫の駆除を討伐任務として依頼された時もあったくらいだ。
そして、大抵の場合は討伐依頼を取り下げ、別の形に依頼し直してもらう。そう、丁度今回と同じように。
「……なるほどな、じゃああのハゲもその典型だってことか」
「そうですけど……ハゲはやめましょ?」
レーナは、口の悪い少女サッチの失言に釘をさす。
「確かに絶対知らないとは言い切れないないですけど、それより良い方法があるじゃないですか」
「良い方法?」
「はい」
レーナはサッチの鮮やかな橙色の瞳を見て、微笑むように問いかける。
「アレスからの又聞きで申し訳ないんですけど、サッチ。あなたには、人を探す力があるみたいですね?」
「……え? ああ。一度会ったことある奴なら、なんか気配みたいなのを感じるけど。え、お前らにはできねえのか? 普通の奴らにはできないみたいだが、神術使えるなら誰でも持ってるモンじゃねえのか?」
「できないですよ。それはきっと、アルカンシエル全体を見渡してもサッチにしか宿ってない力です」
レーナは少し苦笑いをこぼす。脳内に、『天才』の二文字が浮かんできた。
ピーキーな性質を持つ神術膜を誰に教わることもなく容易く扱い、ただでさえ希少な神術の中でも殊更稀有な力を持ち、それに自覚が無い。
黒髪の少女は、まさしく天性の才能を持っていた。
しかしその類い稀な才を持つ少女は、それがどれほど凄いことなのかわからない様子で、軽そうに口を開いた。
「ふーん。そうなのか。じゃあ、アタシが探せば良いって事だな? 待ってろ。距離が開くとちょっとかかる」
「すいません、お願いしますね」
サッチは近くの木にもたれかかり、空を見上げるとその橙色の瞳からモヤのような光を吐き出した。
それを見て、レーナはある事を思った。
(亜種、刃橙の神術師か……橙色の亜種は初めて見たけど、サッチは凄いなぁ。まだまだ荒削りだけど、しっかりと鍛えたらとんでも無い事になるかも)
レーナは少し楽しみだった。これから、この黒髪の少女とは長い付き合いになるだろう。
サッチがどこまで伸びるか。その力で、何ができるのか。興味が尽きない。
自分の知らない世界を切り開いてくれそうである。そんなサッチの可能性が、知識欲が旺盛なレーナには格好の的であった。
そしてしばらくして、サッチがその瞳を閉じた。
「見つけたよ。悪いな、待たせた」
「いえ。ありがとうございます」
「確かに、この方が人に訊くより確実だな。これからこうするよ」
サッチは少し伸びをすると、レーナを手招きしてきた。
「こっちだよ。ついてきてくれ」
二人は村の入り口を過ぎ去り、サッチが確認した気配の元へ歩を進めた。
――――
目的地には、ものの数分で辿り着いた。
簡素な家である。乾燥した何らかの植物で編まれた、やたら大きなその円錐の建造物は、中に巨大な生物を内包している事を主張してきていた。
「……あのよ、レーナ」
「……多分同じ事考えてますけど、一応聞いておきます」
「そうか。じゃあ言うぜ。いくら何でもわかりやすすぎねえか?」
村から数分の距離に、不必要なほど巨大な家がポツンと建っている。あからさまである。
おまけに、植物でできているのだ。レーナが先ほど言った条件に、あまりにも当てはまっていなかった。
住処がわからないわけでもない。燃えやすい材質で作られている。なのに何故、ジャンマド村はアルカンシエルに討伐依頼を出したのか?
「考えててもわかんないです。ここで間違いないんですね?」
レーナは念のため、サッチに確認をする。黒髪の少女は頷き、そのまま入り口と思しき隙間から顔を突っ込んだ。
「ごめんくださーい」
「ちょ、ちょっとサッチ!」
レーナは慌ててサッチを引き止めるが、遅かった。サッチは既に、建物の中に入って行ってしまっている。
続いて自分も入り口をくぐる。少し警戒したが、特に何事もなく室内へと侵入できた。
中は、見た目相応に広く作られていた。
うす寒かった外とは違い、中は少し暖かい。壁は植物で編まれただけなのに、熱を逃がしていないようだ。レーナはその事に少し感心する。
そして空間の中心では、みすぼらしい白い布を身に纏った金髪の女性が床に正座していた。その後ろでは、例の半巨人が座り込んで何やらおもちゃらしきものをいじっている。
「……お待ちしておりました」
丁寧にこうべを垂れてくる女性。衣服とは対照的に、その仕草は気品すら溢れていた。
「私は、フィエロと申します。先ほど貴方がたを襲ってしまったこの子は、ユリウスと言います」
フィエロと名乗った金髪の女性は、頭を上げると悲痛な表情で懇願してきた。
「貴方がたが村に呼ばれた理由は察しがつきます。しかし、お話だけでも聞いてもらえはしないでしょうか? ユリウスが暴れるのには、訳があるのです。お願いします」
床に手をついたまま、そう告げる。対してレーナは、しゃがみこんで彼女の手を取った。
「心配しないでください。元々、お話を聞きに来ただけですよ」
レーナが微笑みを向けると、フィエロも口元を緩ませた。
「ありがとうございます……どうぞお掛け下さい」
フィエロの言葉に、レーナとサッチは床に座り込む。地面に布を敷いただけのその床は、ゴツゴツとして固かった。
レーナは早速本題に入る。
「ジャンマド村の皆さんは、その、ユリウスさんの行動に不安を感じています。その訳を、教えていただけますか?」
「はい……」
フィエロは眉をひそませ、唇を噛みながらゆっくりと口を開いた。
「少し昔の話をさせていただきます。あの子は、巨人と私の間にできた子です。そして私は、穢れた存在として村を追放されてしまったのです」
「穢れた存在だと?」
サッチが口を挟む。
「そうです。ジャンマド村では、『人間』以外の種族は獣も同然の扱いなのですよ。貴方がたもきっと、『人間』を寄こしてほしいと言われたのではないですか?」
「どうなんだよレーナ?」
サッチがレーナに問いかけてくる。
確かに、ナダスから渡された依頼書には、『人間』に担当させて欲しいと注釈が書かれていたことをレーナは思い出す。
しかし。
「別に珍しくないですよ。なんだかんだ皆さん、他種族が怖いんですよ。だって、大体同じ種族の集団で生きていますからね。『未知』は、それだけで不安を駆り立てるんです」
自分たちの常識が通用しない生物。それは、決して人間特有の考えではない。他種族から見ても、やたらと成長の早い人間を気味悪がったりする。
それは、理屈ではない。本能が、自分以外の種族を忌避しているのだ。
だから、争う。確執が生まれる。
それを無くす為に、アルカンシエルが存在しているのだ。
「で、アンタは元々村の住人だったけど、巨人の子を身篭ったから、ここに追放された、と」
「……そういうことです」
「父親はどうしたんだよ?」
「!」
サッチは、爆弾を投下した。無神経にも、絶対に触れてはいけないだろう所に突っ込んだ。
「サッチ!!」
レーナはサッチを咎めるも、彼女は何故声を荒げられたのかわかっていない様子だった。
サッチの村には、学問を修める場所が無かったと聞いた。
だからだろうか。彼女は常識的なことはしっかり身についているが、少し踏み込むと、有名な事例でも把握していない。
例えば今みたいに、『人間が他種族とのハーフを身篭る大体の理由』を知らなかったりするのだ。
「いえ、お気になさらないでください。もう過去のお話です。父親はですね、どこにいるのかわかっておりません」
「……なんだと?」
「名前も知らない。今生きているのかもわからない。きっと向こうは、子供がいることすら把握していないかもしれませんね」
フィエロの瞳から、ふと光が消える。生気を無くした目で、ポツリと呟いた。
「だって、私は襲われただけですもの」




