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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 8. 初めは何事も基本から
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8-8 掴んだ居場所

 


 ラウィとリシアは教会へと辿り着いた。そこも例に漏れず何者かの襲撃を受けたのであろう痕が散りばめられていたが、比較的原型がとどめられている。


 他の藁で出来た住居とは違い、教会だけは煉瓦のような硬い物質で建てられているからだろう。その大きな扉は開いていた。アレスが中に入ってからそのままなのだろう。ラウィはそこから内部へ侵入する。


 中は、集落のどの家よりも綺麗であった。所々に荒らされた形跡はあるが、内装もしっかりしていた。


 空間を二つに分けるように、赤く長い絨毯が敷かれており、その左右では木製の長椅子が並べられていた。色つきのガラス窓が、月の光を様々な表情に変化させて室内を幻想的に淡く照らす。


「なんか、ここだけやたらと豪華だね、リシア」


「うん、ボクも入ったことはなかったんだけど、ここはとても『しんせいな』ばしょなんだってさ。イリアからきいたよ」


 アレスが教会の奥の方で突っ立っていたので、ラウィは歩きながら彼に問いかけた。


「アレスは何やってるの?」


「ああ、やっと来たな。あらかた調べたんやが、ここだけ鍵がかかっとるみたいでな、中に入れんのや」


 アレスの前では、大きな銀色の扉がその存在を主張していた。鉄製の固そうな扉である。ラウィはとりあえず開けようと試みるが、ガタガタと音は鳴るも、開く気配は全くなさそうであった。


「リシアは、何か知らない?」


「わかんない。こわしちゃえればいいんだけど……」


「わかった。下がって」


 ラウィは、リシアに扉から離れるよう促す。彼女はそれに従って少しラウィとの距離をあける。


 ちょうどいい機会である。特訓の成果を確認できそうだ。ラウィは、扉の前で拳を構える。そして神術膜を、右拳と右足(・・)に展開した。


 爆発的に増大した、地面を蹴る力(・・・・・・)で身体を前方へ押し出し、勢いのまま、腰をひねって拳を振り抜いた。


 メコッ! と金属が変形する独特の音を室内に轟かせ、扉はへし曲がって人が通れる隙間を作っていた。それを見て、アレスが感嘆の声を漏らす。


「おお、ラウィやるやんけ。良い感じの体重移動やったで。強すぎる力に負けとらへんかった」


 そしてリシアが目を輝かせて、ぐちゃぐちゃにひしゃげた扉をコンコン、と叩いてその硬さを改めて確認している。


「す、すごい……ラウィってつよいんだね」


「いやいや、アレスの方が強いよ。僕なんかまだまだ」


 ラウィは謙遜した。正直な感想である。こと神術においてラウィは、アレスに勝てている要素など一つ無いのだ。


 もちろん、負けず嫌いなラウィは、ずっとそのままでいるつもりも無かったが。


 三人は、ひしゃげた鉄製の分厚い扉をくぐり、奥へと入っていく。


「……ねえ、なんか寒くない?」


 ラウィが二人へ問いかける。二人も同じことを思っていたようで、首を縦に振ってくる。


 どうやら、薄暗い空間の奥から冷気が流れてきているようだ。申し訳程度に天井につけられた黄色いイールドが、小さな光によって室内での行動を辛うじて可能にしている。


 やがて階段を確認した。躊躇うことなくそれを下っていく。一段降りるごとに、寒さが増していく気がした。もはや、吐く息は白く濁っていた。真冬並みである。


「リシア、平気か?」


「うん。だいじょうぶだよ」


「何言っとるんや、震えとるやんけ。これでも羽織っとき」


 アレスは自分の着ていたアルカンシエルの団服を脱ぐと、リシアに被せた。リシアそれに頭をすっぽりと埋めると、ぬくぬくとした表情で頬を緩ませる。


 階段はすぐに終わりを迎えた。アルカンシエルの階段と比べると、その高低差はかなり小さい。アルカンシエルが大きすぎるだけなのかもしれないが。


 どうやら地下室のようだ。これまた鉄製の頑丈そうな扉が行く手を塞いでいたが、ラウィはそれを粉砕する。


 すると、刺すような冷気が扉の向こう側から一気に流れ込んできた。


「うわっ! 寒っ!! 何これ!」


 真冬どころじゃない。まるで猛吹雪の中にいるようだ。もはや痛みすら感じてしまうほどの暴力的な冷気が三人を容赦なく包み込む。


 ブルブルと震えて熱を出そうともがく体で、ラウィはガチガチと歯を打ち鳴らす。


「こ、こんなところに、人がいるわけないよ……っ。か、帰ろ?」


「いや、一応調べとく必要がありそうや。見ろ」


 ラウィに比べると、比較的落ち着いたアレスが室内を覗くよう顎で促してくる。紅い少年はどうやら、自分ほどの寒さを感じてはいないらしい。炎を操る、紅の神術師だからだろうか。羨ましい。


 その寒い寒い室内は、小さな黄色のイールドで照らされており、少し明るかった。


 壁には霜が張っており、冷気はここから発せられているようだ。天井からは、鋭いつららが無数に降りてきていた。


 そして、その空間には、何やら縦長の大きい箱が所狭しと並べられていた。


「天然の冷凍室ってとこやな」


「何で教会に冷凍室が?」


「……何でやろな。取り敢えず開けてみるで」


 アレスは、部屋の奥の方に並べられた、三十個ほどある直方体の箱の一つを開けた。ラウィとリシアはそれをアレスの傍から覗き込む。



 その中には。



 ガチガチに凍らされた、老人の死体が納められていた。



「はぁっ!?」


「な!?」


「きゃあああああああああッッッッ!!!」


 三人の少年少女の叫び声が氷の空間に木霊する。アレスは、バッ、とリシアの顔を覆って彼女の視界をゼロにする。


「……あ、アレス、これは……」


 ラウィは引きつった笑みを浮かべて紅い少年を見やる。旅をしていた五年間で死体など何回も目にしている。だから、その事に関して別にラウィは特別な感情を抱いてはいない。


 ラウィが流石に戸惑いを隠せなかったのは、その猟奇的な光景に対してである。


 その老人の死体は、肉が(・・)削がれていた(・・・・・・)のだ。


 固形物のように凍りきったその死体の細いふくらはぎや太もも、腹部から肉が綺麗に切り取られていた。その断面は、赤い肉の繊維が生々しく顔を覗かせている。


 そう、ちょうど、魚でも解体しているかのように。


 アレスは小さな声ですすり泣くリシアの頭を撫でながら、そのぞんざいな扱いを受けているモノをじっと見やる。


「……世界には、色んな考えを持つ奴らがおる。死後の世界の解釈とかその典型や。どうやらここの集落の連中は、肉体が無事なら生き返らせる事ができるとか、そんな考えやったのかもしれんな」


 アレスは、真剣な声色で言葉を続ける。


「でも、この光景は異常や。狂っとる。それに、報告された集落の人数と数が合わへん。この棺桶は今回の件とは無関係の、普通に亡くなった人達の物やろ。そして、何者かが死体を削った」


 理由はわからへんけどな、とアレスは付け加える。


 意味がわからない。その一点に尽きた。ここへ死体を『保存』している理由は辛うじて理解した。しかし、肉を切り取ることの必要性を、ラウィはどこにも見出すことができなかった。


 そしてその理由は、意外な人物によって明らかにされることとなる。それは、アレスの腕の中で弱々しい声を吐いていた、リシアである。


「ら、ラウィ、アレス……おもいだしたよ。何があったのか、だれがここをおそったのか」


 リシアが、カタカタ震えながら、頭を押さえつける。そして、今にも消え入りそうな微かな声で呟く。


 集落を襲い、荒らし回り、全ての住民を消し去った犯人を。常軌を逸した、この惨状を作り出した張本人を。



 その名を、口にする。



「グールだ!! グールがここにあらわれたんだよ!!!」


「な、なんだって!? グール!?」


 ラウィはリシアの発言に、強い焦燥感を顔に滲ませる。


 ラウィが自室に持ち込んでいる、種族図鑑。その本にも当然、グールという種族に関する記述がされていた。


 グールとは、『種族』を食らう種族だ。


 人間だけではない。亜人、獣人。その他数多く存在する、『グール』以外の全ての種族。それを、それのみを捕食する、危険な種族である。


 他の種族が普段食している野菜や穀物はもちろん、鳥やその他、野生動物などの肉もグールにとっては食料ではないのだ。


『獣』ではなく、あくまで知性を持った『種族』しか彼らは食さないのだという。


 第一級危険生物。図鑑内でそのような分類をされた項目に、グールの名前は載っていた。


 そんな種族が、この集落を襲ったのだという。イリアが言っていた、『凶暴な種族』。それは、グールの事を示していたのだ。


 リシアは、相変わらずカタカタと体を震わせながら呟く。震えているのは、部屋が寒いからか、はたまた別の理由か。


「そうだ、さっき、急にたくさんのグールがやってきて、ビアルダをあらしたんだ。それで、ボクはグールにおそわれて、それで……」


 その先の記憶が無い、ということなのだろう。理由は不明だが、今はとにかくリシアが無事であったことが本当に幸運な事だったのだとラウィは理解した。


 ここでふと、アレスがラウィに質問を飛ばしてくる。


「ラウィ。自分、そのグールについて本で読んだんやな? 教えてくれ。奴らが人を襲う理由に、攫う理由に、心当たりはあらへんか?」


「……あるもなにも、ドンピシャだよ。食べるためさ。グールにとって他の種族は、食べ物でしかないんだ……」


 ラウィは、喉元に何かが引っかかっているかのように、眉をひそめて言葉を詰まらせながら答える。


「それにグールは、種族を『加工』するらしいんだ。食べやすいように。僕らが食材にするのと、同じように……」


 ラウィはチラ、と死体に視線を移す。削がれた肉。これがグールの仕業なのだとしたら、合点が行く。辻褄が合う。


 そして――


「……イ、イリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッッッッ!!!!!」


 リシアが、発狂した。色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざっているであろう狂った叫び声をあげ、アレスのローブを振り捨ててドダダダダッ! と、地上へ繋がる階段を駆け上がって行ってしまった。


「あ、リシア! 待って!!」


 ラウィも慌ててリシアを追いかけて階段を上る。ひしゃげた鉄製の扉をくぐり、聖堂へと出る。リシアの姿はちょうど外へ消えていくところだった。


 ラウィは、神術膜を足に展開する。その強化された足は、たった一歩でラウィを教会の外へと飛び出させた。


 外に出ると、燃え盛る大地を、紺色の短い髪を振り乱してどこかへ走っていくリシアを確認した。


 ラウィは一瞬で回り込むと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているリシアを抱きとめる。


「リシア! 落ち着いて!」


「だって! イリアが! イリアがたべられちゃう!!」


 小さい手で、ラウィの束縛から逃れようとリシアはもがく。しかし、華奢すぎる少女の力なんかで、ラウィを振り解けるはずなどなかった。


「ラウィの言う通りや。リシア、少し落ち着け」


 リシアが脱ぎ捨てた蒼いローブを右肩にかけたアレスが遅れて、取っ組み合う二人の元へやって来る。その紅い髪と瞳は、辺りの炎と同化しているかのように照らされていた。


「奴らはヒトを『加工』するんやろ? なら、もしかしてまだ生きている奴がおるかもしれへん。何せ、百人もおるわけやからな」


「じゃ、じゃあ、たすけてよ! イリアがしんじゃう!!」


 リシアは、必死の形相でアレスに懇願する。親代わりになってくれた大切な人が餌になろうとしているのだ。焦燥に駆られて当然だ。


 しかしアレスは、眉をひそめてリシアの言葉に返答する。その内容は、至極酷いものだった。


「俺らは命令で、勝手な戦闘を行うことはできんのや。俺に出来ることは、この事をすぐさま上に報告することだけや。そうすれば上が検討し、救出部隊を編成してくれる」


「そんな悠長な! どれくらいかかるのさ!?」


「今日中には、無理やろうな」


 アレスは、冷たく言い放った。


 見損なった。

 それでも人の心を持っているのか。


 こうしている間にも、一方的に誰かの命が消されてしまっているかもしれないというのに。ラウィはカーッと頭に血が上っていくのを自覚する。湧き上がる感情をそのままアレスに叩きつけた。


「信じられないよ! いいよ! 僕だけで集落の人たちを救ってみせる!」


 ラウィは、軽蔑の眼差しをアレスに向ける。膨大な憤怒を剥き出しにした、純粋な想いを纏った罵詈雑言を容赦無く浴びせかける。


「アレスはもっと優しい人だと思ってたのに! 大切な人を失う悲しみを、アレスはわかってるんじゃないの!? この馬鹿野郎!!」


「……」


 アレスは、少しの間沈黙する。そして、ふと目を伏せた。


「……わからんわけ、ないやろ。この甘ちゃんが」


 アレスはボソッと呟くと、泣きじゃくるリシアに腰を屈めて相対する。

 その眼は、真剣そのものである。それは、リシアを子供扱いせず、一人の人間として扱っていることの証だった。


「リシア。ええか、駄々はこねるなよ。自分は今、俺らに『助けてほしい』言うたな? 危険な種族を相手に、それでも望んだな? だが、ただ頼むだけってのは、ちょいと虫のええ話やと思わへんか?」


「……ひっく。ひぐっ。いいよ、なんでもするから、たすけてよ。おかねも、ぜんぶはらうし、ボクがもってるものならなんでもあげる。ひっく、だから、イリアをたすけてよぉ……」


 嗚咽が多分に混じった哀れなほどか細い声で、リシアがアレスに言葉を返す。その真っ赤に泣き腫らすリシアを見て、流石にラウィは口を挟んだ。


「アレス、いい加減に……」


「ラウィは黙っとれや」


 アレスが、ラウィに睨みを利かせて凄んでくる。一体アレスは何がしたいのか。ラウィはその真意を計り兼ねていた。


「リシア。今言うた事に、二言はないな?」


「ないよ、ぐすっ。ボクにできることなら、なんだってするから、おねがい、イリアをたすけて……」


「オーケー。その任務、レーナ班副隊長アレス=イグニートが、しっかりと承ったで」


「えっ……?」


 アレスは、肩にかけていたローブを大きく回して羽織る。そして、快活な笑みでリシアの頭を撫でた。


「あれしてほしい、これしてほしいってそんなわがままな子にはなって欲しくないからな。これから、そのイリアって奴に迷惑かけへんようにするためにもな!」


「え、じゃ、じゃあ……」


「ああ、任務を依頼された以上、断るわけにはいかへんなぁ?」


 アレスが、わざとらしい声で肩をすくめる。


 ラウィはそのふざけた姿を見て、安心した。やはりアレスは、優しい男なのである。アレスは多分、誰よりもリシアの事を考えているのかもしれなかった。


 そんな憎めない少年アレスに、ラウィは声をかける。


「アレス、命令違反なんじゃなかったっけ?」


「確かに、これは命令違反やな。やから、これが終わったら、一緒にナダスさんに土下座しようぜ!」


「え、いやだよ。何で僕が。副隊長のアレスに責任なすりつけるよ?」


「わがままかっ!?」


 紅い少年と蒼い少年の二人のやりとりに、リシアは少しだけ笑顔を取り戻した。その瞳はまだ涙が滲んでいるが、それはきっともう、悲しい粒ではないはずだ。


「ありがとう。よろしくね、おにいちゃんたち」


「ああ、任せとけや!」


 アレスは、胸をドンと叩いた。


(……グールか。厄介な相手になりそうだな)


 一方ラウィには、一つだけ懸念する事があった。それは、種族図鑑のグールについてのページに書かれていた事である。


 第一級危険生物。『種族』を食らう種族。そんな内容の一番最後には、こう記述されていたのだ。



『その生態は、未解明な部分が多い。感情が昂ぶったり、身の危険を感じると、より凶暴化するとの未確認情報あり』と。



「ところでリシア、グールは何処にいるのかわかってるの?」


 ラウィが、リシアに当然の質問を投げかける。

 ラウィとアレスは、もちろんその住処は知らない。そもそも、この地区周辺に足を運んだのも、今回が初めてだった。


 リシアは、ラウィの問いかけに対し、ふるふると首を振る。


「わからないの。わかってたら、きっとこんな事になってないよ……」


 もっともである。いきなり手詰まりであった。グールの住処。生息地。それがわからない事には、救出のしようが無かった。


 しかしアレスが、ニヤリとした笑みで口を開いた。


「いや、全くのノーヒントってわけや無さそうやで?」


「……どういうこと?」


「まず第一に、グールの住処はここからそう遠くない位置なはずや。少なくとも、グールの住処から一番近い餌場(・・)は、ここのはずや。わざわざ遠いところを選ぶ必要はないからな。ちゅうことは、他の村や集落との距離から逆算してある程度推測できる」


 アレスは、懐からくしゃくしゃの紙を取り出して地面に置いた。ナダスから渡された地図である。そこに羽ペンで線や図形を次々と書き込んでいく。


「二つ目。集落を取り囲む壁が一部分だけ集中的に壊されとった。いちいち回り込む必要性は薄い。最短距離で集落を襲ったはずなんや。つまり、その大体の方角の延長線上に、グールの住処はある」


 よくわからない図形が描かれていったと思うと、ピーッと直線が引かれた。ラウィは純粋に驚いた。アレスは、こんな高等な計算ができるのか。


「三つ目。グールは全種族を餌にするが故に、全種族から恐れられ、恨みを買いかねない種族なんやろ。なら、姿を隠せるような所に生息しとると考えるのが自然や」


 アレスは、一つの地名に丸をうった。そしてそれを、ラウィとリシアの二人に見せてくる。


「となると、もうここしかない。ワーフラ群生林。食虫植物ワーフラが一帯に生えとる地域や。ここから歩いてもそうはかからへんやろ」


「……アレスって、頭良かったんだ」


 ラウィは開いた口が塞がらなかった。

 何というか、喋り方は軽いし、本は読まないしで、アレスが聡明である要素など何処にも見受けられなかった。


 人は見かけによらないものだ。


(ナダス総司令官が見て覚えろって言ったのは、こういうところなのかもしれないな)


 そういえば先ほども、集落の惨状にパニクっていたラウィとは違って冷静に集落の様子を見て回っていたようだし、与えられた情報と照らし合わせて冷凍室が今回の集団失踪と無関係だと結論付けた。


 調査任務。ラウィは戦闘をさせられないという理由だったが、アレスの場合は、ただ単に適任者が選ばれただけだったのかもしれない。


「なんやその『意外です』って言い方は。これでも一通りの学問は修めとるんや。嫌いなだけで、苦手やない」


 アレスは地図を畳むと、羽ペンと一緒に懐へ入れしまい込んだ。


「とにかく、目指す場所は決まった。まあ乱暴な仮説から導いた推測でしかないんやけど、ただ闇雲に探し回るよりははるかにマシやろ?」


「そうだね。すぐに向かおう」


 ラウィはリシアの手を取る。彼女もぎゅっと握り返してくるが、自分を見上げておずおずと尋ねてきた。


「ねえラウィ。ボクをおんぶしたままでも、走れる?」


「え? うーん、そうだね。軽いだろうし、問題ないと思うよ」


「なら、おんぶしてほしい。ちょっとでもはやくイリアのところへ行かないと」


「ん、わかった」


 ラウィはリシアに背を向けて座り込み、背中で彼女の全体重を受け取ると、そのままひざ裏を支えて立ち上がる。

 足に神術膜を展開。大地を蹴る力を激増させた。


「ラウィ、行くで」


「うん。リシアも、しっかり掴まっててね!」


 ドンッ! とけたたましい音が二つ鳴った。

 紅い少年と蒼い少年は、風のように草原を駈けていく。





 ワーフラ群生林という地域には、ものの数十分で辿り着いた。やはり、神術膜を足に纏うと、その速度は目を見張るものがあった。


「ここが、ワーフラ群生林……」


 ラウィは独り言のように呟いた。

 それは、何とも異様な光景であった。


 食虫植物ワーフラ。

 ラウィの背丈を軽々越える大きな茎に、髪の毛のように大量に生える細長い葉々の中に、一際大きな葉がまるで腕のように二本伸びていた。

 その上部には、大きな白く禍々しい花が咲いていおり、中心には大きな穴が口を開けている。


 そんな異形の植物が、至る所に咲き乱れている。もはや、ほとんど空は見えなかった。不気味な白さを放つその植物が、周囲の空間を暗く、白く染めている。


(食()植物って……一体どんな虫を食べるんだよ。この大きさだと、人だって食べられかねない……)


 ラウィはそこまで考えて、最悪の可能性を思いついてしまった。それをそのまま、アレスにぶつける。


「ねえアレス! もしかしてこの植物も集落の人たちを……」


「はぁ? ワーフラは食虫植物やってさっき言うたろ。それじゃ食人植物やんか。こいつらは、人は食わへんよ……」


 アレスは、少しイラつきながら答える。口ぶりから察するに、常識的なことばかり尋ねるラウィに、煩わしさを覚えているようだ。


 もうラウィには、何が常識で何が常識でないのかわからなかった。


 何せ、すべて知らないことばかりなのだから。


「……ごめん。もっと勉強するよ」


「いや、こっちも悪かった。知らへん物は知らへんもんな。しゃーない」


 ラウィはリシアを地に下ろす。そのまま彼女の手を取って、自分たちを全方向から取り囲む植物の中を歩いていく。


(……帰ったら勉強しよう。でも今は、イリアと、集落の人達を助けないと)


 ラウィは、カミサマを騙るあのふざけたレトとかいう存在に諭され、守りたい者の守りたい者も守ると、決めている。


 だからラウィは、そのイリアという女性を助けることに、何の疑問も持っていない。


 常識を知らないラウィは、だからこそ常識外れな理想を掲げられるのだ。


 ラウィは前方を見据える。睨む。



 すぐそこにいるかもしれない、まだ見ぬ(グール)を射抜くように。

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