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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 9. -A fate of Lysias-
69/124

9-1 第一級危険生物




 ――



 少年は、親に捨てられた。


 放任? ただ邪魔だったから? 口減らし?


 理由はわからない。ただ、『捨てられた』という事実は、どうしようもなく少年の心に深い楔を打ち込んでいた。


 別に、親が大好きだったわけではない。それでも、幼い少年にとって親子の関係を見切られてしまう事は、気が狂うほど悲しかった。


 まるで、自分の全てが不必要だと世界から言われているようで。


 この世に、自分の居場所はないと告げられているようで――



「アレス、行くよ」


 ふと自分にかけられた声に、アレスはハッと我に帰る。


 気味の悪いでかい植物に囲まれた空間。その中で、蒼い少年ラウィがぼーっとするアレスを戒めてきたのだ。


(あかんな。リシアの事を考えるうちに、昔の事を思い出してもーた)


 アレスは頭痛でもするかのように額に手を当てがう。今はとにかく、集落の人間の救出が最優先だ。


 ラウィに手を引かれる幼い少女。リシアが大切に想うイリア。それを含む、大勢を救い出さなければ。


 リシアも、本当の親には捨てられたのだと言っていた。彼女を拾ってくれた人が、初老の女性イリアなのだという。


(俺にとっての、ナダスさんやレーナみたいなもんか)


 なら、なおさら助けなければならない。


 絶望の淵から救ってくれた人物を失う?

 そんなこと、そんな狂気染みた悲しみを、目の前のリシアという少女に味あわせるわけにはいかない。


(あかんあかん! 何でこんなに悶々と考えとるんや俺!)


 集落の人間の救出。今はそれだけを考えろ。望むことは、あとからついてくるはずだ。


「さて、グールの住処はどこやろ。とりあえず、手当たり次第探してみるか」


「まってアレス。なんかへんなにおいするよ?」


 歩き出そうとしたアレスを、リシアが怪訝な顔で引き止めた。変な臭い。アレスの鼻は、そんなもの全く知覚していないが――


「どんな匂いや?」


「なんだろう、なんというか、くさい。まずそう」


「なんやそれ」


 アレスはリシアの語彙力の無さに思わず呆れる。お前はラウィか。もっと勉強しろ。


 軽く溜息をついて進行方向を見つめるアレス。そして、視線の先に、一つの影を認識した。


 それは。


「人や! 人がおるで!」


 巨大な植物に囲まれて見えないはずの夜空を、ぼーっと見上げる一人の男性だった。アレスはその男性に走り寄る。ラウィとリシアもそれに続いてくる。


「おい、あんた! ここで何しとるんや!?」


 アレスは、男性に声をかける。その男性はゆっくりとこちらを向いてくるも、返事は来なかった。

 男は髪はかなり長く、前髪の隙間から少ししか目が見えなかった。全体的に痩せており、その猫背の立ち姿は、ひどく不健康な印象を受ける。


「リシア、この人を見た事あるか? 集落にこの人はおったか?」


 アレスはリシアに問いかける。リシアは目を伏せて首を振った。


「ごめん、わかんない。ボク、あんまりみんなのことしらないんだ。イリアとしか、すごしてこなかったから……」


「……」


 アレスは、その気持ちが少しだけわかった。自分も、ナダスに拾われ、彼にべったりだった時期があったからだ。


(ずっとイリアイリアって、集落の他の奴らのことをあまり気にしとらへんかったのは、そういうわけか)


 もっとも、それは仕方のないことではある。年端もいかない少女に、ほとんど関わりのなかった人物も心配しろというのも無理がある。


 アレスは、目の前の少し奇妙な男に問いかけた。


「なあ、あんたはビアルダの人間か?」


「……にんゲん?」


 男は、ねっとりとした声でそう呟くと、口元を徐々に引き裂いていく。


「ニんげン。あはァ……イイよねェ」


そして、驚愕の言葉を口にする。




おイしかっタ(・・・・・・)ぁ」




「なっ!!」


「おいシかった。美味しかっタ。オいシカッたおいしかったオイシカッタァァァィィィィァァァーーーーーッッッ!!!!」


 男は、背中を反らして狂ったように不愉快な金切り声を上げる。アレスとラウィは、リシアを守るように一気に距離をとった。


「あハァ……マタ、食べタいなァ」


「こいつ……グールかよッ!! ラウィはリシアを守れ!!」


 アレスはラウィに指示を出す。腰を落として、目の前のイカれた男を警戒する。

 そのグールの男は、両頬を手で押さえ、恍惚な表情を浮かべたと思うと、次の瞬間にはギョロッとこちらを見据えてきた。


「後ろのガキはまズそうダ。男二人! オマエラは、噛めば噛ムほど味が出るやツか!?」


 そう叫ぶと、俊敏な動きで走ってくる髪の長いグール。

 確かに、一般的に見たら速いかもしれない。神術膜無しなら、自分よりもきっと素早いのだろう。


 でも、遅すぎる。


 ゴスッ、と。紅い瞳の神術師アレスの右拳は、グールの眉間を正確に貫いた。


「ぎゃバッ!?」


 のけ反ったグールの隙を見逃さず、アレスは足を払う。体を支える二本を失い、重力に引っ張られ始めたグールの腹に、思いっきり拳を突き上げる。


 ミシミシッと嫌な感触が手に伝わってきた。しかしそのまま腕を振り抜き、グールを近くの食虫植物の茎に叩きつける。


 ずるずると地面に座り込むグール。そんな髪の長い男に、アレスは声をかけた。


「おい、グールの住処を言え。流石に死んどらへんやろ」


「……」


 返事がない。長い髪に覆われて口元しか確認できないが、ピクリとも動かない。意識が飛んでしまったのか?


 ――いや。


「なぁ、寝たふりすんなや。燃やすで?」


 紅い瞳を持つアレスの右手から、ゴオッ! と炎が燃え上がった。神術を行使したのである。


 爛々と輝くその熱の塊は、死んだフリをかましやがるグールの恐怖を煽り立てたようだ。慌てたように手を振ってわめき始める。


「ヒィッ!! やメてくレ!! なんデわカッタんダ!」


「脆い人間ならともかく、他の種族があれくらいで気絶するかっちゅーの。良いから、言え。炭になりたいんか?」


「こ、コノ先の地面に穴がアルんダ! その下だヨ! た、助ケてクレ!!」


「そうか。おーきに」


 アレスはそれだけ言うと、炎を纏った手のひらで、グールの胸を刺し貫いた。


「ギィ……ァ……」


 うめき声をあげ、グールは大地に倒れこんだ。今度こそ、確実に命を奪ったのだとアレスは確信する。


 アレスは腕を抜き取る。手のひらから赤い液体を滴らせながら、もう動かないソレに向けて言葉を紡ぐ。


「……悪いな。グールは第一級危険生物。世界の治安を守るためには、自分らは消えてもらうしかないんや」


 第一級危険生物。

 知能ある『種族』が生きていく上で、共存が不可能だと判定された生物が分類される項目だ。


 アレスは、グールがそれに含まれていることだけは知っていた。まさか、『種族』を食らう種族だとは思わなかったが。


(確かに、共存は不可能やな。自分らが生きるだけで、他の種族が犠牲になっていくんやから)


 アレスは髪の長いグールに背を向けると、ラウィの後ろで怯えるリシアの元へ歩み寄る。


「グールの住処はわかった。最後に聞いておくで、リシア。ここから先、お前は見たくないものを見る羽目になるかもしれへん。それでも、着いてくるか? 今ならまだ、ラウィと一緒に引き返す事もできる」


 アレスは最悪の事態を想定していた。先ほどグールが言った、『美味しかった』という言葉。これが示す意味は、明白で、残酷である。


 もちろん、まだ確定ではない。全員が食べられたとは限らないし、『加工』待ちの人間だっているかもしれない。


 だから、アレスは提案した。グールが問答無用で襲ってくる生物であると分かった以上、何の力も持たない少女を連れて行く事は危険でしかないのだが――


「……いくよ。イリアがまってるんだもん。ボクもいかなきゃ」


「よし、ラウィ。絶対にリシアを守るで」


「わかってるよ」


 アレスは、教えられたグールの住処への入り口へ向かおうと、振り返る。そして。


「え」


 目と鼻の先で、人型のナニカがよだれの伝う大きな口を開いていた。




 殺したはずのグールが、アレスに迫っていた。




「お、おおおおぉぉッ!?」


 アレスは咄嗟に頭を下げる。ガチッ! とすぐ頭上からグールの歯が空を噛んだ音が降り注いできた。


「アレス!!」


 ラウィが叫ぶ。


「大丈夫や! 下がってろ!!」


 アレスは、髪の長いグールの顎へ拳を突き上げた。脳を揺さぶる一撃。マトモに食らえば、昏倒は必死の打撃である。


 それをグールは、パシッと、手のひらで容易く受け止めた。


「んなっ!?」


 まずい。直感でそう感じたアレスは、右腕全体から炎を発生させる。突然発生した強熱にグールは怯み、掴んだアレスの手を放り捨てるように離した。


 アレスは少し下がり、距離をとる。目の前の、殺したはずの存在を訝しげに見つめる。


(何やねんこいつ。さっきまでとは別モンや。一体何が……)


 グールはの胸には、しっかりと穴が空いていた。おびただしい量の赤黒い液体が溢れ出している。


 長い髪の先端は朱色に変色しており、その爪は見てわかるほど伸びていた。指と同じほどの長さである。


 眼球は酷く充血しており、白目はもはや白目と表現していいのか悩むほどである。


 そしてその瞳は、縦に細長くなっていた。


およその造形は人間と変わらない。だが、その変化は、決定的に人間とは異なっていた。


(……そういえば、聞いた事あんな。命の危機や、恐怖や怒りとかの感情がトリガーとなって凶暴化する種族がおるって)


 それが、グールという種族。その固有能力。グールしか持たない力。その、名前は――


(『狂獣化』、か。厄介な相手に当たったもんやで)


 アレスは眉をひそめる。今しがたグールに掴まれた拳は、内出血を起こして青くなっていた。


 異常なまでの握力。神術膜を張っていなかったら、いや、張っていたとしてもラウィくらいの練度であれば挽肉になっていただろう。


「ぐるぁ……肉。ニク。にくにくにくにくにくにくにぐゥゥゥゥゥゥーーッッッ!!!」


 グールはおぞましい咆哮をあげたかと思うと、次の瞬間には、アレスの懐へ潜り込んでいた。


(はや……!!)


 思案する暇も無かった。アレスは必死で回避を試みるも、まもなく繰り出されたグールの爪に、左腕を抉られてしまう。


「ぐっ……!」


「あはァ……? 血、血だァ」


 その爪から滴るドロっとした血液を舐め回すグール。口元を引き裂き、つんざくような声で叫ぶ。


「オ、い、シィィィィィィィッッ!!!!」


「このイカれやろうが……」


 アレスは、切り裂かれた左腕を庇いながらグールを睨む。


 胸元に大きな風穴が空いているというのに、何故こいつは生きているのだ。


「頭を落とすしか、無いか」


 アレスは決断する。さすがに、全身に命令を出す脳みそを分断してやれば、動きは止まるだろう。ゾンビじゃあるまいし。


 右手に炎を発生。内出血の影響か少し染みるが、問題無い。


 大地を後ろに蹴り飛ばし、アレスはグールへ突っ込んでいく。


 血液を味わって愉悦に浸っている長い髪のグールは、その真っ赤に充血した眼でギョロッとこちらを見ると、奇声をあげた。

 手を広げ、アレスを迎え撃つ体制のようだ。


(舐められてんなぁ。食料(・・)の分際で調子乗んなってことか?)


 二人の距離が、手を伸ばせば届くほどにまで縮まる。

 シャッ! と空気を裂きながらグールが爪を振るってくる。何度も何度も、一瞬の時の中でしつこいくらい繰り返し突き出し、アレスの肉を削り取らんと襲いかかってくる。


 しかし、一つも当たる事は無い。その速さ(スピード)じゃ、もはやアレスには届かない。



 もう、慣れた(・・・)



 アレスは、グールの攻撃を流れるように躱しながらその距離を更に詰める。そして。


 ドスン、と。グールの頭が、その体から転がり落ちた。首を、強烈な炎で焼き切ったのだ。


 鮮血を散らしながら、地面に崩れ落ちる。今度こそ、本当に絶命したはずだ。


 アレスは、それを一瞥する。神術を解除。その熱の塊は霧散した。


「……ふぅ」


「アレス、大丈夫?」


 ラウィが、リシアの手を引っ張りながら歩み寄ってくる。


「ああ、余裕や。こんな傷、唾つけときゃ治るやろ」


「それダメらしいよ。医学書に書いてあった」


「マジで?」


 アレスはふとリシアを見る。

 かなり怯えていた。無理も無い。目の前で、さっきまで動いていた存在がその命を終えたのだ。むしろ、負の感情を抱かない方がおかしいといえる。


 それに引き換え、


(ラウィは、肝っ玉が据わっとんなぁ)


 ここ数日でラウィからその生い立ちを聞いたが、誰かを殺した事は無いはずだ。それなのに、この図太さはなんなのだ。



 ――自分でさえ、こんなに苦しいのに。



 アレスは努めて暗くならないよう振る舞ったが、心の底では、一つの命を刈り取ったという罪悪感で満ちている。


「なぁラウィ、俺はグールを殺したんやぞ? 何か思う事は無いんか?」


「え、だって敵でしょ? ならしょうがないじゃんか」


 アレスの問いかけに、ラウィがあっさりと答える。シンプルな回答。そしてそれは、とても危ういものである。


(常識に欠ける所があるのはわかっとったが、ここまでとは)


 アレスは少し息を吐くと、今度はリシアに声をかけた。


「リシア。怖かったやろ。やっぱり帰るか?」


「か、かえらない……」


 リシアは、瞳を涙で少し潤ませ、それでも強い意志を示した。さすがに愚問だったか。


「よし、じゃあ行くで。はぐれるなよ」


 アレスを先頭に、ラウィとリシアが後をついてくる。先ほどグールが言った、住処の場所へ。


 ここで、ラウィが信じられないことを口にしてきた。


「ねえアレス。そういえばさ、グールって『核』っていう臓器を潰すと死ぬんだってさ。心臓の代わりに、『核』がその役割を果たしてるみたい」


「はぁ? 何でそれをさっき言わへんねん」


「位置がわからないからね。『核』が体のどこにあるのか。惑わしちゃいけないと思って」


 ラウィは少ししゅんとする。そして、その発言に言葉を返したのは、リシアだった。


「もしかしたら、くびにあるかもしれないよ」


「……どういうことや?」


「まえに一回ね、ビアルダをおそったグールをたおしたことがあったんだよ。そのとき、だれかがくびをさしたんだってさ」


「それだけじゃ信憑性は薄いが……一応覚えとくで」


 破壊するとグールの命を奪う、『核』。その場所が本当に首にあるならば、あんなむごい殺し方をしないで済む。


 それでもやっぱり、嫌な感触だ、とアレスは思った。


 グールの胸を刺し貫いた感触。首が地面に落ちた音。頭から離れない。


(俺は本当に、正しいことをしてるんやろか……)


 もちろん、決まりで殺さなければならないことはわかっている。


 しかし、本当にそれしか手は無いのだろうか。もっと、お互いが不幸にならない方法は落ちていないのか。


 アレスには考えもつかなかった。


 そうこうするうちに、目的の物を発見した。


 地面に空いた、大きな穴である。よく見ると、天然の階段のように、なだらかに降りられる構造になっているようだ。


 アレスは後ろの二人を振り返る。そして、小さな声で問いかけた。


「行くで。リシアは絶対にラウィから離れるな。ラウィも、基本的には俺が全て対処するが、万一の時は頼んだで」


「任せて」


「わかった」


 三人は、ゆっくりと地下へと潜っていった。


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