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蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter 7. -Diary life in Arc-en-ciel -
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7-2 物は使いよう

 中に入ると、外の煌びやかな雰囲気とは一転して落ち着いた部屋となっていた。


 茶色を基調とした、漆塗りの黒光りする木製の机に、濃い紅の絨毯。

 机の上には、何らかの書類が散らかっている。


 コーヒーの良い香りが充満し、これまた木製の壁掛け時計がコチッ、コチッと時を刻んでいた。


 そして。


「あり? おらんやんけ。どこ行ったんやろ」


 肝心の総司令官は、不在であった。

 いや、厳密に言えば不在ではなかった。


 なぜなら。


 高級そうな机の向こう側から、人の足らしきものが覗いているからだ。


「なんや。まぁた寝てはるんか」


 アレスは、机の向こう側に回り込み、床に伏しているその人物を起こそうと頭を揺らす。しかし、中々起きないようで、今では文字通り叩き起こしている。さっきから失礼な事ばかりしているのは気のせいだろうか。


ペシペシとその人物の頭を叩きながら、アレスが声をかける。


「おいっ、ナダスさん。起きぃ。そんなんじゃ新人に示しがつかへんで!」


「んー、……おっぱい……」


 ボゴッ! と、アレスはその人物に本気の拳を叩き込む。


「いってぇ!! な、なんだ!? って、アレスか」


 その人物は、飛び起きると、アレスを確認して安堵する。


 男は、机と似たようなこげ茶色の髪の毛を短く切り揃えており、その瞳はゴツい男には似合わない、繊細な黄色であった。年齢は、三十台半ばといったところか。


 アレスは、深いため息とともに呆れるように呟く。


「書類溜まってんなら、はよ終わらせてくださいや、ナダスさん。それより、入隊希望者や。神術師が二人。蒼い方がラウィ=ディース。女の子がサッチ=リスナーや」


 ナダスと呼ばれたその男は、そそくさと椅子に座ると、やたらキリッとした顔でラウィとサッチの二人を見る。


「ふむ。蒼と橙か。感謝するぞ。神術師は多いに越したことは無いからな」


 厳格で、それでいて恐怖は感じさせない、組織の長らしい声で二人に語りかける。


 そこに、サッチが我慢できなかったようで、話に割り込んだ。


「いや、今更そんな格好つけられても困るんだよ、エロオヤジ」


 サッチは、若干身体を引いていた。繊細な少女であるサッチは、先ほどのナダスの発言に莫大な嫌悪感を感じていたのだろう。


「サッチ……堪忍したってや。寝ぼけとったんや」


「……すまない。何か気に触る事を言ってしまったようだな」


 ナダスが、軽く頭を下げる。

 サッチは、許したわけでは無いようだが、とりあえず無言で続きを促した。


「特にこれといって言うことは無い。お前らが入隊を希望している以上、我々は歓迎する。時にアレス。こいつらの所属は決めてあるのか?」


「いや、何にも決めてへん。そもそも、それ俺が決めてええことなんすか?」


 ナダスの問いに、アレスは質問で返した。


「最終的には私が判断するが、目処はつけておいて欲しかったな」


「なら、ウチに入ってもらいたいっすね。できればやけど」


「そうだな。私もそう提案しようと思っていた。お前たち二人は、それでいいな?」


「……え?」


 ラウィは思わず呆けたような声を漏らす。トントン拍子に進んでいく話に、ラウィは少しついて行けてなかった。


 そんなラウィの代わりに、サッチが返答する。


「別にどこでも構わねえよ。下っ端じゃねえんだろうな?」


 そんなサッチの若干わがままな問いかけに、アレスが少し面食らったように答える。


「おおぅ……厳しいな。まあ、そうやな……一応組織内での序列は半分よりは上や」


「そんなところにいきなり入っちゃってもいいの?」


 ようやく事態を飲み込めてきたラウィが、話に口を挟む。


「下の方の隊は、まだ戦えないような小さい子供とかもおるからなぁ。神術師なんやから、もっと堂々としてええで」


「さて、決まったな」


 アルカンシエル総司令官ナダスが、改めてラウィとサッチに向けて、厳かな声色で語りかけた。


「ラウィ=ディース。サッチ=リスナー。両名を、本日よりレーナ班に配属する。以後、世のため人のため、そしてアルカンシエルの発展のために、その力を研鑽(けんさん)せよ」


「よっしゃ! これで自分らは俺と同じ班の仲間や! とりあえず飯行くで!!」


 アレスは、やたら明るい声でラウィとサッチの二人に肩を組み、はしゃぎ始めた。耳元で叫ばれると、なかなか辛いものがあるのだが。


「おいアレス。その前に、レーナにこいつらを紹介するのが先だろう」


「わかっとりますわ!」


「そうか。じゃあ頼んだぞ。レーナは今、調べ物をしているはずだ」


「了解っす。探しますわ」


 アレスは、ラウィの肩に腕を回したまま部屋の外に出る。さっきはサッチとも肩を組んでいたはずだが、どうやら彼女からは振りほどかれてしまったようである。


 登ってきた螺旋階段を降りながら、ラウィは疑問に思っていた事をアレスに問いかけた。


「なんか随分とあっさりしてたね。もっと僕たちを疑わなくてもいいの?」


 いくらなんでも、簡単に受け入れられすぎである。

 これでは、たとえば、別組織であるシュマンからの諜報員だって入隊させてしまいかねないだろう。


 ざるな制度である。

 アルカンシエルという組織が何をしたいのかは知らないが、集団である以上、そういった危険因子はなるべく排除したいはずなのだが。


 現にラウィも、五年間の旅の中で内部に潜入しようとした組織がいくつか存在したが、どこも素性の知れないラウィを入隊させてはくれなかった。



 そのラウィの質問に対し、アレスは腕を頭の後ろで組みながら、簡潔に答えを述べた。


「仮にラウィが諜報員やったとして、それならそんなこと言わへんやろ? てことは大丈夫ってことやん」


「それはそうかもしれないけど……無用心じゃない?」


「これでも人を見る目はある方やからな、って言えたらかっこいいんやけど、神術師ってのは数がえらい少ないからな。多少のリスクを背負ってでも欲しい人材なんや。シュマンにいる神術師は大体把握しとる。それ以外の神術師なら、ってな」


 三人は階段を降りきり、開けたロビーに戻ってくる。

 相変わらずの人口密度で、しかし空気はこもっていなかった。全ての階層が吹き抜けとなっており、そこらの窓から外の新鮮な空気がしっかり取り込まれているようだ。


 確かに、言われてみれば神術師は少なかった。

 すれ違うたびに何人か見かけるが、そもそもの母体数が違う。

 数百人はあろうかというこれほどの人数が歩き回る中、数人しか神術師を見かけないということは、やはりその数はかなり少ないのだろう。


 神術師がゴロゴロいるとまで言われたアルカンシエルですら、この程度だ。


 普通に世界を歩き回ったところで、ほとんど神術師と遭遇しなかったのも納得がいった。


「ラウィ。サッチ。次は書庫に行くで。そこに、俺らの隊長、レーナがおる」


「書庫!?」


 ラウィは、アレスのその発言に食いつく。その蒼い眼を輝かせ、アレスに詰め寄った。


「なんや? ラウィは本が好きなんか?」


「そうだね! 知らないことがたくさん載ってるから、楽しいよ!!」


「ははは。ラウィは、レーナとは気があうかもしれへんな」


 アレスは笑いながら、さっきとは別の階段を登り始める。


「アタシは絶対読まないけどな」


 サッチがぶっきらぼうに呟く。


 確かに、サッチは読書をするようなタイプでは無いな、とラウィは思った。せいぜい絵本だろう。それも、文字が少ない、子供向けの。


「書庫は、七階にあんで。ちっと辛いが、頑張れや。その後には、飯が待っとるで」


「な、七階……」


 ラウィは、思わず天井を見上げる。吹き抜けとなっている空間は、最上階までが見渡せる造りになっていた。


 七階。

 途方も無い高さである。何故一階一階がこんなにも無駄に高いのだ。


 一つ上の階に上がるために、人の十倍程度の高さを登らなければならなかった。七階ともなると、その高さは並外れている。


 しかしアレスとサッチは、やたら速いペースで階段を登っていってしまう。


「えっ、ちょっとまって!」


 ラウィも慌てて二人の後を追う。しかし、いつまでも続く階段地獄に、ラウィの足は悲鳴をあげる。


 足を襲う疲労にひーひー言っているラウィは、ふとサッチを見る。彼女は、なんとも涼しそうな顔で、遠くなった地面を楽しそうに見つめていた。


(くっそ……何でサッチはあんなに楽々登ってるのさ……)


 ラウィは、すたすたと階段を登って行ってしまうアレスとサッチに置いて行かれないよう、懸命について行く。




 ――二人は、足に神術膜を張っていた。地面を押す力が激増しているのである。それを知らずに馬鹿みたいに生身で階段を全力で登っているのは、ラウィだけであった。

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