7-1 ようこそアルカンシエルへ
「……そろそろ見えてきてもいいと思うんだけど」
ラウィは、思わず呟いた。
タイナ村を出てから二日。呆れるほどどこまでも広がる草原を歩き続けた。
見渡す限りの翠の風景。もはや見飽きた地平線。
一向に変わらない景色に、流石に気が滅入ってきたのだ。
「そう言えば、探し出すのも試練って言ってたっけ……まさか、ここまで来てまだ試されるなんて……」
「あん? 誰が言ってたんだよ?」
ため息とともに吐き出されたラウィの呟きに、黒髪少女サッチが反応する。
「あぁ、サッチには言ってなかったっけ。僕は昔、アルカンシエルの人に助けてもらったことがあってね。アルカンシエルを目指してるのは、その人の影響なんだよ」
「ふぅん……なるほどな。試練、か。そういうわけなら、どうやらその手間は省けそうだぜ?」
「え?」
ラウィは、疲れた瞳でサッチを見やる。
サッチは、その橙色の瞳から微弱な光を漏らしていた。神術を発動している。
「何か、違和感を感じるんだよ。この辺に何かあるって気を張らねえと、気づかねえくらい弱い、何かを」
サッチはあたりをキョロキョロと見回しながら、見えない何かの正体を探し始める。
そして、しばらく歩き回ると、ピタッと立ち止まった。
「ここだな。間違いねえ」
サッチが、確信めいた声色でそう話す。
ラウィには、サッチの行動が全く理解できていなかった。
違和感なんて微塵も感じないし、立ち止まったサッチの眼の前にも、相変わらずの草原が広がっているだけだ。
そんなラウィとは裏腹に、サッチは何やら、準備運動のように腕をぐるぐると回していた。
そして、瞳から橙色の光を噴出させると、その拳を、全身を使って思いっきり振り抜く。
ドゴォッ!! と豪快な破壊音とともに、サッチの拳は、空間そのものに大きな風穴を開けた。
「……やっぱりな」
サッチは、その現象に特に驚いている様子はなかった。むしろ、当然と言った顔でその空中に開いた、砂けむりに包まれる不自然な大穴を見つめている。
一方のラウィはと言うと、突然巻き起こった非常識な事態に、腰を抜かしていた。
「……サッチすごいね。なんかもう、めちゃくちゃだ」
とはいえ、こんな迷彩を施されていたのだ。確実に、この穴はアルカンシエルへと繋がっている。
そして、砂塵が風に流される。
巨大な穴の向こう側には、一人の少年が立っていた。鮮やかな紅い瞳に、同じ色の髪。年齢は、ラウィ達と同じか、少し上くらいだろう。
その瞳と髪の色に、ラウィはかつて自分を救ってくれたアルカンシエルの男を思い出すも、彼はどうやら別人のようだ。
その燃えるような紅い瞳は敵意が存分にこもっており、唸るような低い声で語りかけてくる。
「……随分と荒っぽいお客さんやな」
「悪いな。加減を見誤った」
サッチが言い返す。
「ほぉ……じゃあ、こっちも手加減無しで良いって事やな?」
紅い瞳の少年は、腰を落としてこちらを睨んでくる。臨戦態勢に入っていた。
当然だ。向こうからしたら、どう考えても確実に敵襲に見えるだろう。
「ま、待って!! 戦いに来たわけじゃない! 僕たちはアルカンシエルを探してここまで来たんだ!」
ラウィは慌てて、一触即発の雰囲気を醸し出す二人の間に割って入り、仲介する。というより、何故サッチまで戦意をむき出しにしているのだ。やめてほしい。
「……お? もしかして、入隊希望者か? なら、なんで入口から入ってこないんや?」
紅い瞳の少年が、構えを解いて尋ねてくる。
それに、同じく攻撃態勢を止めたサッチが返答した。
「ここは入口じゃねえのか? 人の気配がしたから、とりあえずぶち破ってみただけだよ」
「……ぷっ」
サッチのその答えに、紅い瞳の少年は腹を抱えて笑い出す。
「あっはっは!! 自分らおもろいわ! ええで、着いてきな!」
そういうと、踵を返して穴のより奥の方へ歩いていく。
「……なんかよくわからないけど、とりあえずついて行ってみよう、サッチ」
ラウィとサッチは、空中に開いた不自然な大穴をくぐり、中へと入る。
そこは湿っぽく、空気が冷たかった。薄暗く、紅い髪の男をすぐに見失ってしまいそうだった。
石のように硬い床で足音をたてながら、少年の後を追う。
そんな紅い彼は、小柄な少年に話しかけられていた。話し方からして、おそらく部下か何かだろう。
「あのー、アレスさん。あの壊れた壁はどうしましょう?」
「あーせやなー……新しい翡翠のイールドで上書きしとき。入り口が増えても結局見破れんかったら一緒や」
「は、はぁ。でも、あれ高いんですよね?」
「修繕費、や。上に言えば貰えるやろ。頼んだで」
部下らしき少年は頷くと、たたた……とどこかへ走り去っていった。
紅い髪の少年は、そのまま階段を登り始める。ラウィとサッチもそれに続いた。カンカンカン、と小気味いい音が暗い空間にやけに響いた。
「自己紹介がまだやったな。俺はアレス。お前らは?」
「僕はラウィ。ラウィ=ディースだよ」
ラウィはアレスと名乗った少年に続いて自分の名を口にする。あとはサッチだけなのだが、彼女は興味無さげに壁やら天井やらを見つめていた。
仕方なく、ラウィがサッチの紹介をする。
「で、こっちがサッチ=リスナー。よろしく」
階段の最上段を登りきると、そこには扉があった。木製の、簡易的なものである。アレスは、それを押して開く。
「おーけー。とりあえず、ラウィ、サッチ……ようこそ、アルカンシエルへ、ってとこやな」
扉の向こうには、異世界が広がっていた。
大広間のような場所の、至る所に吊り下げられた光る物体。見覚えがある。ドーマの家で触った、黄色のイールドだ。
それが空間を照らし、煌びやかな雰囲気をこれでもかというほど押し付けてくる。
また、ラウィが今まで見たことがないほど、たくさんの人間がごった返していた。
「えっと……これは?」
ラウィは思わず呟く。
何故か空中に穴が開いたと思ったら、そこがこんな豪華絢爛な場所に繋がっている。
もはや、ここが室内なのかそうでないのかすらわかっていない。
今までの常識が通用しない事象の連続に、ラウィはもはや考えることを放棄した。
「アルカンシエルってのは、でかい城を根城にしとるんや。外からは見えないようにイールドで迷彩されとるんやけどな。で、ここがロビー。アルカンシエルの中心や」
アレスはそのまま、やけに花々しい空間に歩を進める。
「いやーそれにしても、雑用なんて普段はしないんやが、案外いいもんやな。こういう刺激的なことが起きてくれると、得した気分になるわ」
ラウィは歩きながら、キョロキョロと辺りを見回す。どこもかしこも人だらけである。
何人か、色の付いた瞳を確認した。神術師も多分に混ざっているようだ。
それだけではない。人の形をしていながら獣のような耳を生やしていたり、フリフリと尻尾を振っている亜人と呼ばれる種族。
全身が毛に覆われ、もはや動物が二足歩行で服を着て歩いているとさえ形容できそうな、獣人と呼ばれる種族まで歩いている。
ラウィは、別に彼らを見たことが無いわけではなかった。しかし、亜人はともかく獣人は気性が荒く、とてもじゃないがこんなところで生活していけるような性格ではなかったはずだが――
「やめろラウィ。はずかしい」
サッチが、ラウィの頭をぺしっと叩く。そわそわと落ち着きの無いラウィを戒めたのだろう。
三人は石でできた螺旋階段を登り、大きな扉の前にたどり着く。その荘厳さに、ラウィは思わず唾を飲む。
そして、アレスがラウィとサッチに向けて口を開いた。
「ここは、総司令官室や。今から、自分らをウチの頭の前に連れてく。失礼なことすんなや?」
それだけ言うとアレスは、見上げるような巨大な扉を四回叩く。
「失礼するでー」
初っ端から失礼な言葉をぶっこんで、アレスは扉を開けた。




