表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼天のアルカンシエル  作者: 長山久竜@第30回電撃大賞受賞
▼Chapter?? -Episode of a certain girl-
47/124

連れ去られた少女 3




 絶望した少女は、死に場所を求めて彷徨っていた。


 もう、ほんの少しでもこれ以上苦しみを味わっていたくない。まったく痛みを感じずに、即死したい。それができる場所を探し、ふらふらとうろついていた。


 時は真夜中。


 星明かりが照らす大自然の中に、少女は迷い込んでいた。見渡す限りの暗闇。健常な人間ならば、そのあまりの闇の深さに、酷い恐れを感じてもおかしくないのだが、少女にはそんなこと関係が無かった。


 自分の心にも、闇が住んでいる。絶望という名の、どこまでも暗い闇が。


やがて、歩き続けた少女は、素敵な死に場所を発見する。


 彼女が見つけたのは、世界の果てを見るような、高く、大きな崖。地平線が、遥か先に見える。それは、暗い大地と明るい星空を半分に割るように、ずーっと伸びていた。


 高いところは嫌いではなかった。


 ここなら、文句無しで死ねる。死ねるはず。


 少女は、ひゅおおおっと、風が吹き荒れる崖下を覗き込む。暗くて先が見えなかった。まるで、死というモノを象徴しているかのように。


 満天の星空に包まれ、その人生を終える。


 悪くない。


 最後の最後で、少しだけ粋なことをしてくれるではないか、と少女はほんの僅かに笑みを零した。


 そして少女は、重力の制約から解き放たれるべく、そのガリガリにやせ細った両足に力をこめた。


 ふわっ、と体が浮く。


 あとは、大地に引っ張られるがままに、つかの間の浮遊感を愉しめばいい。



――はずだった。



「待ちなさい!!!」


 そんな少女の首根っこをすんでのところで何者かが引っ掴む。そのまま、少女を地面に力づくで投げ倒した。


「お前は、何をしているのかわかっているのか!」


 その男は、怒りのまま少女を怒鳴りつける。


 少女は、その男を見たことがあった。自分を連れ去り、愛する弟の命を奪った、シュマンという組織。その、幹部の座に君臨する男だ。


 その幹部の男は、命は大事だとか、未来には希望が残ってるかもしれないだとか、綺麗事ばかり口にしてくる。


 少女には、何一つ響いてこなかった。


――どうせこいつも、自分の名前を呼んではくれないのだから。


「おい、聞いているのか!?」


 幹部の男は、一向に反応する気配の無い少女に苛立っている様子だ。声の限り叫び、鼻息を荒くし、喧しく少女を呼ぶ。


レウィ( ・・・)ディース( ・・・・)!!」


 その名を。


 少女を少女たらしめる、最後に残された要素を。


 少女は、ハッと幹部の男を見やる。自分の名前を勝手に付け変えたはずのシュマン。その幹部が、何故その名を口にしている。


「何だよその目は。大体、我輩は名前を変えるってのに納得してはいねえんだよ。名前ってのは、一つ一つがそいつを表す大切なモンだろうが……まあ、立場上お前の名を公けに言うわけにはいかねえんだがよ」


 男は、片目を瞑って頭をぽりぽりと掻く。そして、瞳を閉じて頭を下げてくる。


「まあ、なんだ。お前の気持ちは良く分かる。弟の件は、残念だったな。シュマンの人間として、謝る。悪かった」



――悪かった?



 ふざけるな。

 弟の命が、ラウィ( ・・・)の人生が、そんな言葉なんかで終わって良いはずが無い。


 許されるはずがない。


 許せるはずがない。



 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな――ッ!!!



 ゴッ!! と、レウィの瞳から輝く光が吹き出す。神術と呼ばれる力。自分が連れ去られてしまった原因。


 自分とラウィを引き裂いた、忌まわしい力。それを、レウィは振るう。


 レウィの神術による攻撃をモロに受けた幹部の男は、盛大に血を流し、その場に膝をつく。


「が、はッ……へ、へへっ。これくらいやられても、文句は言えねえよな……お前の弟は、痛みを感じることすら、できなくなっちまったんだから、な……」


 ごぶっ、と。男の口から赤黒い塊が吐き出される。肩で息をし、それでもレウィを真っ直ぐ見すえてくる。


「なぁ、この力を活かさねえか……? シュマンの目的は知ってるだろ?」


 レウィは、無言のまま立ち上がる。そして、幹部の男を睨み続けた。


「孤児の救済、だ……アルカンシエルの、野郎どもの、せいで大量に発生しちまった子供達の保護が、第一だ。お前は、それをこなせる力を持ってる。力を、貸して欲しい」


 幹部の男は、苦悶の表情を浮かべながらも、決して倒れない。強い意志を秘めた瞳で、レウィをなおも見つめてきていた。


「もちろん、我輩がこんな事を言える立場じゃねえのもわかってる。お前の弟を奪っておいて、それでも協力しろなんて虫の良い話だってわかってる! でも! お前がいることで救われる命があるんだ! お前のような思いをする子供たちを、少しでも減らすために立ち上がってはくれないか!?」


 レウィは、男の胸のあたりを蹴飛ばす。


 その攻撃に、幹部の男は流石に耐えきれず、尻餅をついてしまう。口からは、だらだらと赤い液体が流れていた。


 その痛々しい姿を見て、それでも誰かのために我が身を削って懇願する姿勢を見て、レウィは少しだけ心が揺れる。


 ラウィなら、あの子なら何て言うだろうか。


 レウィは大体わかった。可愛い弟の言いそうなことなど、手に取るようにわかる。


『かわいそうだから、助けてあげてよ、レウィ姉ちゃん』


 そう言うに決まっている。


 かわいそうだから、とかいっちょまえに言っておきながら、肝心なところは他人任せ。まったく。心優しく、それでいてわがままな子である。


 フッ、と。レウィは口元を緩ませる。


――そう言えば、あの日以来、初めて笑ったかもしれない。


 自分は、ラウィのお姉ちゃんだ。ラウィの世話をして、助けてあげ、理想のお姉ちゃんであり続けた。


 その事実は、絶対に変わらない。


 たとえ、ラウィがもうこの世にいないのだとしても。


 ラウィが慕ってくれた、姉である自分。ならば自分は、最期の時まで、お姉ちゃんらしく生きて死ぬ。ラウィに誇れる、自慢の姉であり続けるために。


 レウィは、幹部の男の手を取った。その突然の行動に幹部の男は面食らったようだが、すぐにレウィの手を握り返してきた。そしてレウィは、自分が傷つけた男を無理やり立たせ、頭を下げる。


 シュマンの理想に協力するわけではない。自分はあくまで自分の思いに従って行動する。それがシュマンの利益にもなるなら、別に好きに使ってくれて構わない、と。


 もはや、レウィは自分の名などどうでも良くなっていた。どうとでも、好きに呼べば良い。そんなものは、所詮ただの記号だ。


 自分は、特定の『誰か』である必要は無い。


 自分は、ラウィが慕う、姉なのである。それだけで、生きていける。その、永久に変わらない事実を誇りにして、これから生きていく。



――自分のような不幸な子供を、助けてあげて欲しい。



 たとえラウィがそう言ってなくても、ラウィが考えそうなことをやってあげたい。不幸な運命にある小さな存在を、守る。そして、無くす。誰も、そんな理不尽なものに涙を流さなくて済むように。


 何度でも言おう。


 だって自分は、ラウィのお姉ちゃんなのだから、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ