3-8 サナの窮愁
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ラウィがサッチを探しに家を出た頃、サナは床にぺたんと座り込んでいた。
「はぁ……」
安堵のため息をつく。サナは、本当に驚いていた。
ラウィの洞察力。記憶力。そして、それらの事柄を的確に繋げる思考力。全てが、人並み外れていた。
何せ、二年間村人が誰一人として気付かなかった真実に、わずか二日足らずで迫っているのだ。
ラウィのこれらの非凡な能力は、彼の過ごしてきた環境によるものなのだろうか、とサナはあたりをつける。
犯した失敗や、成功談などを記憶、分析、応用していかないとすぐに命を取りこぼしてしまうような危険な旅を続けてきたラウィの五年間。
そして、なまじ他の知識が少ないために、新しい知識はすぐに吸収できてしまうのだろう。
乾いた布が、水を吸い取るように。
本当は、すぐにでも言いたかった。ラウィには、自分には無い力がある。自分なんかとは違って、ラウィならあの子を救ってくれるかもしれない。
そう思えた。
でも、サナはそれを口にしなかった。
できないのだ。
言ってしまったが最期。サナは、おそらく絶命してしまう。
本当に心優しく正義感の強い人なら、自分の命を犠牲にして、苦しみ続けたあの子を救おうとする人もいるかもしれない。
でも、サナはそれができなかった。
結局サナは、自分が可愛かったのだ。
だからサナは、ラウィにヒントを言う事で自分を誤魔化した。それでもサナにとってはかなり勇気を出した行動であった。そして、今サナが生きてるという事は、そのヒントはあの男の許容範囲だったという事だ。
サナは、その程度の事しかできない。
(ラウィ……お願い。あの子を助けてあげて)
こんな自分の代わりに、彼女を地獄から引きずり上げて欲しい。荷車を押す事すら速攻で断るようなラウィが、そんな身勝手な願いを叶えてくれるだろうか。
でも、信じるしかなかった。
――自分には、何もできないのだから。
サナは、思わずその場にうずくまる。あまりの無力感に押しつぶされそうになったのだ。膝を抱え、そこに頭をもたげて虚空を見つめる。
サッチを二年間もずっと救う事ができず、自分はのうのうと生き、しまいにはラウィに全てを押し付けた。
自分は一体何なのだ。
どれほど人に迷惑をかけたら気が済むのだ。
(思えば、お父ちゃんにも迷惑しかかけなかったなぁ……)
父親だけではない。サナは、ドーマにだって世話になりっぱなしだ。誰かのために、我が身を削って努力した事など一度も無かった。
ただ、わがままに、自由に、その場の気分に任せて生きてきた。
「酷いな……わたし」
ポツリと呟く。サナのその両眼から、つぅっと涙が頬を伝って一筋の線を描いていく。
もう、嫌だった。
こんな適当な自分のせいで、誰かが傷つく事も。後悔したところで何もすることができない無力な自分も。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう……」
平和だった村。誰も悲しみを背負うことのない、楽園のようだった村。それが、あの日から変わってしまった。
『羽化の日』から、全てが変わってしまったのだ。
サッチが村の人間のために、自らを犠牲にすることを選んだ、あの日から――




