ホムンクルスの箱庭 第3話 第10章『アハト』 ③
アハトさん爆誕まであと数話です(; ・`д・´)
「どうして、ツヴァイ?アハトが、アハトが・・・」
「フィーア・・・」
えぐえぐとしゃくりあげるフィーアを、ツヴァイは抱きしめることしかできなかった。
無様な逃走劇の後、一行がたどり着いたのはアハトの隠れ家。
泣き叫ぶソフィをアインが抱きかかえてここまで帰ってきた時には、日は沈み辺りを夕闇が包み込んでいた。
皆が静まり返り、フィーアのすすり泣く声だけが部屋の中に響いている。
そんな時だ、テーブルに置いてあったそうちゃんが淡い光を放ちグレイが現れた。
「皆、無事じゃったか・・・!?」
ようやく外に出てこれたグレイが最初に目にしたのは、泣きじゃくるフィーアと放心したまま座っているソフィ。
そして、フィーアを支えながらこちらを見て首を横に振るツヴァイと、苦虫をかみつぶしたような表情でうつむくアインの姿だった。
「どうしたんじゃ・・・」
メンバーを見渡した瞬間、グレイにもそれは分かった。
「あやつは・・・」
一人、いつもいるはずのメンバーが足りない。
「アハトが・・・」
張り詰めていた糸が切れてしまったのだろう。
その名前を口にした途端、アインはついに涙を流してその場に膝をついた。
「そんな・・・あやつが、死んだと言うのか。」
身体の力が抜けてしまったのか、グレイは近くの椅子に座り込んで呟く。
「わしはまた・・・何もできないまま家族を失ってしまったのか。」
孫娘を失って数十年、グレイがもう一度手に入れることのできた家族という形は、こんなにも簡単に崩れ去ってしまった。
途中からぬいぐるみの中で外の光景を見ることが出来なくなり、ハラハラしながら待っていたところで子供たちが突然現れたり、見知らぬ2人組がドライと共に現れたりで、てんやわんやになってしまった。
ドライからいろいろと説明を受けてようやく外に出てきてみれば、大切な家族がまた一人失われていたのだ。
「・・・僕は結局、何もできなかった!
家族だけは失わないって、守るって、そう決めていたはずだったのに・・・!!」
泣き叫ぶアインを見て唇を噛んだツヴァイだったが、気持ちを落ち着けるように静かに目をつぶった後、すっとソフィの前に移動した。
「ソフィ。」
ツヴァイが話しかけると、ソフィはうつろな瞳のまま顔をあげる。
「まだ終わってない・・・」
「・・・・・・」
「きっと、終わってないはずなんだ!!」
両肩を掴まれて、ソフィはそれでも何も言葉を発さない。
「アハトが言っていたことを思い出すんだ。」
「え・・・?」
「何の考えもなく、何の準備もせず、あのアハトがただ死ぬなんてことがあり得るのか?」
「それは・・・」
「僕にはそうは思えない。」
ツヴァイの瞳を見つめ返しながらも、ソフィにはどうすることもできなかった。
『今は少し身体を休めるんだ。もし何か思い出したことがあったら、伝えに来てほしい。』
あの後、ツヴァイに言われてソフィは別の部屋で身体を休めていた。
休めると言っても、横になることもせずただベッドに座っているだけ。
何も考えられなかった。
いや、考えたくなかったというのが正しいのだろう。
考えたところで出てくるのはアハトが死んだという事実だけ。
それも、昔とほぼ同じ状況で、自分はまた彼を助けられなかった。
「・・・っ!」
こらえていた涙がまたあふれ出してくる。
自分とアハトが、恋人なんて呼ばれるような甘い関係じゃないのは分かっている。
それでも、大切だった。
誰よりも、何よりも大切だった。
『なあに、後10分は爆発しないさ。』
思い出されたのは、なぜかこの旅の初めにアハトが孤児院と併設された施設を爆破した時のこと。
「ほんと・・・いつもろくなことしてくれなかったわよね。」
ことあるごとにグレネードを落とし、爆破し、それでも彼はいつも楽しげだった。
ある意味、とても前向きに生きていたんだろう。
いつか交わした約束を守るみたいに。
『俺のグレネードで爆誕したんだ!』
増えてしまった伝書鳩の説明に困っていた時には、そんなフォローを入れてくれたっけ。
「鳩がグレネードで生まれるわけないでしょうが・・・」
それでも、あれは私がスパイだっていうのを周りに気付かせないために、ああ言ってくれたんでしょうね。
「グレネードが絡まなければ、ほんといいやつだったんだけどな。」
でも、どうして彼がグレネードにこだわっていたのか、誰かに会う度にグレネードをプレゼントしていたのか、今なら何となくわかる気がする。
彼はきっと、自分に気付いてほしかったのだ。
『ソフィ、このグレネードは俺がお前にしてやれる最初で最後のプレゼントだ。』
自分がヌルに襲われて記憶を失う前、最後にくれたプレゼントがそれだったから。
「グレネードがプレゼントって・・・色気がないにもほどがあるわよ。」
腐れ縁とはいえ、長い間一緒にいたパートナーへのプレゼントがそれでは、愛想を尽かされても文句は言えないだろう。
「ほんと・・・私じゃなかったら愛想、尽かされてるんだからね。」
思い返せば思い返すほど、胸がいっぱいになって息が詰まりそうになる。
「どうして私、忘れていたんだろう・・・?」
あいつは、あんなに近くにいたのに。
やり方はあれでそれだったけど、自分がここにいるって私に教えようとしていたのに。
「なんで私、思い出せなかったのよ・・・っ!」
思い出せていれば、何か変わったのではないだろうか?
少なくとも、自分には彼に言うべき言葉があったはずだった。
「アハト・・・私、まだあんたに伝えるべきことすら伝えられていない。」
ソフィが俯きながらそう呟いたのと同時に、部屋のドアがノックされる。
「ちょっといいかのう。」
外から聞こえてくる声はグレイのものだ。
「・・・どうぞ。」
誰にも会いたくない気分だったが拒否するわけにもいかず短く答えると、扉が開いてグレイが顔を覗かせた。
「うむ、すまんのう。
だが、頼まれていたことを思い出したのでな。」
「頼まれていたこと・・・?」
部屋に入ってきたグレイは座っているソフィの前まで来て、その手に虹色に輝く小さな欠片を握らせた。
「これ・・・?」
「これはのう、わしの孫娘が死んだときに残されていたものでな。」
ふうっとため息をつくと、グレイはソフィの隣に腰かける。
「本当は何かの役に立てるようにと、あやつに渡していたものだったんじゃが。」
「あやつって・・・アハト?」
「そうじゃ。」
「どうして、それがここにあるの?」
ソフィの問いかけに、グレイはほんの少しだけ沈黙してから口を開いた。
「アルスマグナの施設に行く前夜にのう、あやつ、何かを予感しているようじゃった。」
「え・・・?」
「自分は今回、全力を出し尽くすことになるかもしれない。
その時にお主に何も残せないのは心苦しいから、これを渡してやってくれと。」
「なん・・・で・・・?」
あの施設に行く前からアハトは自分の死を予感していたというのだろうか。
だとしたら・・・
「なんで私に言わないで、グレイさんに言うのよ・・・」
「わしも自分で渡せと言ったんじゃがな・・・
いつになく神妙な顔つきで言うもんじゃから断れんかった。」
欠片をぎゅっと握りしめると、ソフィはそのままうつむいた。
「・・・なんでも、あやつが言うにはそれは賢者の石の欠片らしい。」
「賢者の、石・・・」
「賢者の石とは、全ての記憶を吸収し成長していくもの、なのだそうじゃ。」
「・・・・・・」
「もしかすると、その石がお主に何らかのヒントをくれるかも知れん。」
「ヒント・・・?」
いったい何を言っているのかとソフィが顔をあげると、グレイは優しそうな笑みを浮かべながら言った。
「わしもあの小僧と同じ意見じゃ。
あやつが何の準備もしないままあっさり死ぬ男だとは思えん。」
「でも・・・死んだの、アハトは、死んだのよ・・・」
「そうじゃな、あやつの肉体、器は確かに滅びたかも知れん。
じゃがな・・・」
ソフィの手をぎゅっと握って、グレイは言い聞かせるようにまっすぐに目を見た。
「あやつの遺志は、確かに今、お主の手の中にあるはずじゃぞ。」
「私の、手の中に・・・?」
「そうじゃ、賢者の石には不可能を可能にする力がある。
今までお主は、それを何度も目にしてきたんじゃないのかの?」
「・・・っ!」
そうだ、これまでの間、絶対に無理だと思ったことも皆で何とかしてきた。
もちろん、それは賢者の石の力だけで成し遂げてきた奇跡ではない。
皆が互いを守るという強い意志を持ってここまで共に歩んできた。
不可能を可能にしてきた。
だったら・・・
「・・・私も、不可能を可能にできるかしら?」
「お主があやつを強く想っているのであれば、それを叶えることは容易ではなくとも不可能ではなくなるじゃろう。」
グレイの言葉に、ソフィの瞳にようやく意思を持った光が宿る。
「もう少し、時間をください。
私、思い出してみます・・・最後にあいつが、なんて言ったのかを。」
このまま部屋にこもっていても思い出せそうにない。
そう思ったソフィは、グレイが去った後に思い切って部屋の外に出てみた。
しばらく行くと、皆で食事をするのに使っていた部屋にはフィーアとドライがおり、テーブルで何かをしている。
「・・・フィーア、ドライ?」
話しかけると、ドライが顔をあげて振り向く。
「・・・あの爆弾魔、死んだんですってね。」
「そうね・・・」
つまらなそうに言ってから、ドライはフィーアの手元に視線を戻す。
ソフィが2人の傍まで行って覗き込んでみると、そこには不思議な光景があった。
「これ・・・何やってたの?」
「アクアウィターエ・・・」
「ええ、アハトにもらったものね。」
フィーアが手にしていたのは、アハトが渡した銀色の液体の入った瓶だった。
彼女はそれを、なぜか目の前にある物に少しずつかけているのだ。
くすんくすんと鼻を鳴らしながら、フィーアはそれを両手に大切そうに乗せてソフィに差し出す。
「これは・・・グレネードよね?」
アハトが常に持ち歩いていたこれには、何度も助けられ、驚かされたものだが。
「私・・・」
「うん。」
「アハトの持ち物ってこれしか知らなくて・・・」
「・・・うん。」
「これ、かけたら・・・瀕死の人も元気になるって。」
「・・・ばかね。グレネードに薬をかけたって、アハトは戻ってこないのよ?」
「私もそう言ったんだけど、フィーアがやるって言って聞かなかったのよね。」
フィーアが自分なりに必死に考えてしたことはあまりにも滑稽だった。
いくらアハトがいつも愛用していて、自分の半身だとのたまっていたとしても、グレネードはグレネードでしかない。
これはアハトではないのに。
「馬鹿ね、ほんとに・・・フィーアにこんなものしか残してあげられないなんて。
あいつは、ほんとに馬鹿なんだから。」
えぐえぐと泣きじゃくるフィーアを抱きしめると、泣かないように歯を食いしばりながらソフィは心に誓う。
もう泣かない。
泣いている場合じゃない。
フィーアですらこんなにあいつのことを思っているのに、私が泣いていたら何も解決しない。
「大丈夫よ・・・アハトはきっと戻ってくるわ。
だから、もう少しだけ待っていてちょうだいフィーア。」
まるで自分に言い聞かせるように言ってから、ソフィはその部屋を後にした。
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