第20話 エンタメ
「ひぃ……」
観客席にいる子供の叫び声が聞こえる。顔を歪めているのが目に入る。何を言わんとしているか、ハッキリ言われずとも伝わる。こんなのは芸でもプロレスでもない。ただのトラブルだ。刃傷沙汰の事件だ。マジのガチな殺し合いだ。それを盛り上がれるほど、観客の層は落ちぶれてない。健全で真っ当なお客さんだ。ここで倒れてしまえば、魔術のイメージはガタ落ち。それどころか、魔術商社『リーガル』の存続も危ぶまれる。わたくしはその瀬戸際に立っている。生きるか死ぬかを気にする前に、わたくしは社員の人生を背負っている。だから……。
「……」
意識が朦朧とする中、わたくしは左手の人差し指を立てた。そのまま指を左右に振り、これは演技であることを必死で伝えた。強がりに見えるかもしれない。死に際で頭のネジが飛んだ狂った女だと思われるかもしれない。でも、そんなことはどうだっていい。大事なのはわたくしが何を思い、どんな行動に移したかだ。どう見えるかは重要じゃない。そもそも、他人の言動や評価はコントロールできない。
その時、光背と化している蓮の花弁が落ちた。一枚や二枚どころの騒ぎじゃなく、五枚ほどごっそりと抜け落ち、地面に触れた。刻まれた法輪が一気に右回りで回転し、今までのを含めると八つの頂点はそれぞれ一周したことになる。
今となっては、だからなに? という話ではある。わたくしは奇跡も魔法もあてにしない。あるのは肉体とセンスとナイフのみ。与えられた条件で闘え。外側からの援助を期待するな。骨の髄まで叩き込まれたパパの教えだ。運や偶然に頼れば、自力で解決できるだけの思考力と行動力がなくなる。今の一連の攻防でそのことに気付かされた。わたくし本来の戦闘スタイルを思い出した。
「………………」
泥臭く、血生臭く、地に足ついて攻める。刃が半分ほど欠けたナイフを逆手に握り直し、勇猛果敢に格上の鬼に攻め立てる。横目ではステージ裏から顔を出す社員の姿が見えていた。わたくしが指示を出せば、一斉に駆けつけてくれるだろう。ただ、それでは意味がない。代表取締役としての顔が立たない。
ここはわたくしの独壇場だ。一度でも自分で口にした以上は、最後までやり抜く覚悟と気概を見せないと、社員はついてこない。
「「――――!!!!」」
ギンと甲高い音を奏で、ナイフと槍が舞台中央で衝突する。観客席を激しく揺らす。本来の予定とは違ったけど、シートベルトの着用を義務付けてよかった。パフォーマンスの一部だと思ってもらえるし、最後まで安心して見てもらえる。
時を同じくして、ドッと歓声が沸き上がる。わたくしたちの芸に呼応して、観客が盛り上がっているのが肌感覚で伝わる。ただ恐らく、何が起きているか半数以上は分かっていない。『黒鋼』を軽く焼き払った熱刃に対抗し得る何かが見えていない。まぁ、そんなことはわたくしの知ったことじゃない。骨の髄までこの演舞を楽しめるかどうかは観客の問題であって、演者のわたくしには一切関係がない。
「――ッッ!!!」
逆手に握られたナイフを渾身の力で振り抜き、ナナコを弾き飛ばす。硬度や耐久性もさることながら、力関係が完全に逆転。鬼の膂力を上回り、底の見えないセンスを打ち破っていた。
正体はセンスの刃。死に体のわたくしは防御を完全に捨て、攻撃に特化した。全生命エネルギーを刃先に凝縮し、欠けた部分を穴埋めした。それは特段、珍しいものじゃない。誰でも思いつく発想だし、意思能力者なら大抵の人は使えるし、どこかで目にしたことがあるものだ。そもそもこれは意思能力とは言えず、センスの基礎技術に該当する。ただ、どこまでの熱量をもって、どういう経緯でそれを扱い、何を懸けているかは他人が判断できるものじゃない。出力の大小は使い手の心情や思い入れによって左右され、体系化された理論では計測できない。
地味でもいい。できて当然だと馬鹿にされてもいい。それがわたくしだ。セレーナ・シーゲルだ。非凡なものや、派手で目立つものが、必ずしも優れているとは限らない。それを使えたところで、わたくしの肌に合うとは限らない。意思の力は使い手の心情と一致してこそ、真価を発揮する。理論や理屈に夢中で、人の心や各々違う成長速度に寄り添えない正論厨は、世界の隅っこでオナニーでもしてろ。
「…………」
思い至ったと同時に光背と法輪がヒビ割れ、消えていく。結局、どういうギミックで、どんな恩恵があったのかは分からない。ただ、目に見えた一発逆転をもたらすものではなく、致命的な傷を完治させるものでもなかったのは確か。……まぁ、どのみち、わたくしの命は長くない。思い残すことは色々とあるけども、散り際ぐらいは美しくありたい。
「――――」
対するナナコは槍の石突部分でブレーキをかけ、受け身を取り、一直線に突っ込み、相も変わらず敵として立ち塞がる。その勢いのまま槍を振りかぶり、袈裟懸け、横薙ぎ、唐竹割りと華麗な三連撃を繰り出した。
「…………」
わたくしはセンスで延長されたナイフを振るい、熱刃にあてがい、必要最小限の動きで軌道を逸らした。観客には心地いい程度に加減された熱波が届く。火がテーマのアトラクションを体験しているような感覚に近いはず。色々と不都合はあったけど、結果的にわたくしの都合のいい方向に事が運んでいる。世界は清潔に保たれるようにできている。最終的には、そこに住まう『ジェノ・アンダーソン』のためになる。余計なことは考えなくていい。企業理念を貫いた先に、個人的願望は叶えられる。
「「――――っっ!!!」」
幾度目か分からない刃の拮抗。先ほどよりも威力は増し、観客席が浮き上がらんとばかりにテントが揺れたのが分かる。これ以上はエンタメの域を出てしまう。そろそろ決着をつける必要がある。というかそもそも、体力気力の限界が近い。わたくしは類まれな攻撃力と引き換えに、防御力を捨てている。槍を捌く度に加減されていない熱波が身を焼き、火傷がひどくなっているのが肌感覚で分かる。まぁ、遅かれ早かれ全員が通る道だ。人に生まれた以上、最後は塵になって消える運命だ。とやかく文句を言ったって仕方がない。今はただ――。
「……」
ほんの一瞬の気の緩み、そこに伸びるのはナナコの右手人差し指だった。センスが一点に凝縮されており、接触型の意思能力であることが考えられる。当然というべきか、槍の勢いは弱まり、ナイフを押し込めばどちらも凌げそうではあった。
でも、こんな馬鹿みたいなことをするんだろうか。鬼の本能に支配されているとはいえ、こんな愚行に及ぶだろうか。浮かぶのは些細な疑問。長い付き合いではないとはいえ、ナナコにあるまじき行為に思える。仮にこの違和感が正しいとすれば、何らかの意図がある。SOS的な反応の可能性もあり得る。だとすれば、このまま押し切るのが正解でなく、これを利用して……。
「「――――――」」
そこに登場したのは、社員二人。ヴォルフはナナコを背後から抑えつけ、マチルダは天球儀を起動させ、観客席の至るところに噴水めいたパフォーマンスを披露。サウナめいた暑さとなったテントの温度を下げ、締めに入っている。
ほどよいタイミングでマチルダは観客席に一礼し、舞台の幕が下りる。サーカスめいた興行が終了する。観客席と演者を隔てる壁となり、予期せぬトラブルはエンタメのまま処理されようとしている。
何が起こったかは完璧に理解していた。社員が我慢しきれずに割って入った。それだけだった。運や偶然に頼る形になり、結果としてわたくしはナナコに勝ってない。悪しき鬼を駆逐し、世の中を清潔に保てていない。それでも。
「「「「「「「「「「――――――――――――――」」」」」」」」」」
この拍手だけは本物だった。不完全なものの中にある一点の美を見届け、わたくしは意識を失った。




