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雛代の箱庭  作者: N
2/5

2話

私は少女の魂を回収し、保管する場所へ入れた。

そこは白い空間だった。壁も床も天井もなく、ただ白い。

私もそこに入れる。魂と会話ができた。


最初は恨みをぶつけるためだった。

「どうして、私の代わりに流れてきたの」

「どうして、私の居場所を奪おうとするの」


私の胸の奥のざわめきの捌け口にしてやろうと思っていた。


「ここ、寂しい。……殺風景だね」


少女はぽつり、と言った。


私は、何も返せなかった。


責められると思っていた。

泣き叫ばれると思っていた。

恨まれる準備をしていた。


けれど、どれも来なかった。


少女はゆっくりと私を見た。


「ここ、あなたの場所?」


問いかけだった。

断罪じゃない。

ただ、知ろうとしている声。


「……そう」


喉が乾いていた。

なぜか、言葉がうまく出ない。


「私が、作った」


作った。というより、閉じ込められた結果できた場所だ。

でも訂正する気にはなれなかった。


少女は、小さく頷いた。


「きれいだね」


その感想に、私は戸惑った。


きれい?


ここは、何もないだけだ。

意味も、匂いも、時間もない。

ただの空白だ。


「ずっとこのままだと、少し怖いけど」


少女はそう付け足した。


胸の奥が、わずかに痛んだ。


——私も、同じことを思っていた。


でも、それを言葉にしたことは一度もなかった。


私は、少女を見た。


「……どうして、抵抗しなかったの」


気づけば、口に出していた。


少女は少しだけ目を伏せた。

考えている、というより、

思い出している顔だった。


「しても、同じだから」


あまりにも静かな答えだった。


「生まれたときに、もう決まってたの」


その言い方は、諦めというより、

整理された事実のようだった。


私は、何も言えなかった。


怒りも、悲しみも、

うまく湧いてこない。


ただ、自分の中の何かが、少しだけ崩れた。


少女は、今度は私のほうをじっと見た。


「あなたは……違うね。

まだ、怒ってる」


言い当てられて、息が詰まった。


私は視線を逸らした。


怒っている?

違う。

私は、役目を守っただけだ。


ここにいる理由を、失わないために。


それだけだ。


……それだけのはずだった。


少女は、少し近づいた。

足音はしないのに、距離だけが縮まる。


「私、キクっていうの」


名乗った。


まるで、これから一緒に遊ぶみたいな調子で。


私は、答えなかった。

答える理由がなかった。


けれど沈黙のままなのも、落ち着かなかった。


「……雛」


小さく言う。


それが自分の名前だと、

久しぶりに思い出した気がした。


キクは、その名前を繰り返した。


「雛」


確かめるみたいに。

形をなぞるみたいに。


その呼び方が、

石碑の文字よりも、ずっと現実に感じられてしまった。


「ねえ、雛」


キクは白を見回す。


「ここに、何か置いてみない?」


「……何を」


「なんでも」


少しだけ笑った。


「景色とか」


私は、答えられなかった。


景色は私の記憶だ。

私しか知らないものだ。

ここに足す意味なんて、ない。


ないはずなのに。


なぜか、拒めなかった。


私は手を伸ばした。


白の中に、

山の匂いを落とす。


湿った土。

細い風。


それだけのはずだったのに、

空間に奥行きが、急に生まれた。


キクの目が、柔らかく細くなる。


息を吸う。


「生きてる匂いがする」


その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥で、何かがほどけた。


ここは、死んだものを置く場所なのに。


初めて、

生きている感じがした。


「ねえ、これ……雛の知ってる場所?」


キクが訊く。


私は頷いた。


「山しか……知らないから」


言ってから、少し恥ずかしくなった。

ここに閉じ込められてからも、

結局、私はその中でしか生きていない。


でもキクは笑わなかった。


代わりに、しゃがみこんで土に触れた。


「やわらかいね」


指で確かめる。

本当に触れているみたいに。


「これ、雛が覚えてる感触なんだ」


私は答えなかった。

でも否定もできなかった。


キクは立ち上がると、

今度は白のほうを振り返る。


「じゃあ、今度は私の番。

私の知ってる景色、置いてもいい?」


拒む理由が思いつかなかった。


次の瞬間、

白の奥に色が落ちた。


最初に現れたのは、光だった。


点々と浮かぶ、小さな灯り。

揺れて、滲んで、消えそうで消えない。


続いて、

知らない匂いがした。


油と、煙と、

どこか甘い匂い。


ざわざわ、と

人の気配のような音が混ざる。


私は思わず後ずさった。


「……なに、これ」


キクが言う。


「夜の町」


白だった場所に、

道が生まれていた。


まっすぐじゃない。

少し曲がって、

どこへ続くのか分からない形。


「人は?」


思わず聞いた。


「いないよ」


キクは首を振る。


「いるように見えるだけ」


それは、山とは違う静けさだった。


私はその違いに、息が詰まった。


「雛は、こういうの知らなかったでしょ」


キクが少しだけ得意そうに言う。


私は頷いた。


知らない。

こんな世界、考えたこともなかった。


「怖い?」


そう聞かれて、

少し迷ってから答える。


「……怖い」


「そっか」


キクは、あっさり受け止めた。


「でも、慣れるよ」


そして、

私の隣に立つ。


「一緒なら怖くない」


その言い方が、

妙に自然で。


私は反論できなかった。


それから、

少しずつ景色が増えた。


山の奥に、小さな道ができた。

町の灯りが、山の影に混ざった。


本来、混ざるはずのないものが、

ここでは同じ場所に並んでいた。


「これ、変じゃない?」


私が言うと、


「変でいいよ」


キクは笑った。


「ここ、外と違うんだから」


その言葉を聞いたとき、

私は初めて気づいた。


ここは、

死んだ場所じゃない。

生を持ち込む場所なんだ。



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