鉄の回廊――パナマ電撃接収作戦 9-6 エピローグ
1946年6月30日。
パナマ地峡の熱帯の強烈な日差しが、鋼鉄の甲板を白く焼き立てていた。
かつてアメリカ合衆国の世界戦略の象徴であったミラフローレス閘門の水路には、今や鮮やかな日章旗を掲げた日本軍の守備隊がズラリと居並び、厳重な警戒態勢をしいていた。
全幅三八・九メートルに達する超弩級戦艦『大和』は、パナマ運河の狭隘な閘門幅(三三・五メートル)を物理的に通過することができない。そのため『大和』は、正規空母『蒼龍』『飛龍』、そして十隻の秋月型駆逐艦からなる「太平洋牽制艦隊」の主力を担い、アメリカ西海岸へ絶え間ない軍事的大圧力を加え続けるべく太平洋側へと残された。
そして今、全幅三三メートルの戦艦『陸奥』が、運河のコンクリート壁を数センチの隙間で削らんばかりの圧巻の威容をもって、狭い水路を滑るように進んでいた。
『陸奥』中央部——分厚い特殊装甲に守られたCIC(戦闘指揮所)。
電子機器の作動音と冷気が満ちる室内で、伝令の声と計算機の駆動音が交錯していた。
「主発電機、出力八〇パーセント! ガスタービン発電機、スタンバイ良好!」
「大西洋進出と同時に全回路を開け!」
旗艦の指揮を執る伊藤整一中将の鋭い命が、マイクを通じて巨大な船体の全セクションへと行き渡る。
パナマ運河という狭隘な「枷」を完全に脱した時、待ち受けるのは先行する《帰還艦隊》御袖司令官率いる連合艦隊主力——空母『赤城』『加賀』『大鳳』『翔鶴』『瑞鶴』を中心とする空前絶後の大空母機動部隊であった。
広大なガトゥン湖の静寂な水面を滑破し、大西洋側の最終関門であるガトゥン閘門が緩やかに開かれていく。
その瞬間、眩しいカリブ海の蒼穹と白波が、『陸奥』の艦橋塔を鮮烈に照らし出した。
「運河通過完了! これより連合艦隊主力と合流する!」
号令とともに、『陸奥』の四本の巨大なプロペラが爆発的な馬力で大西洋の青い海を掻き回した。
排水量四万トンを超える鋼鉄の巨躯。旧第三砲塔跡地に増設された巨大な「ガスタービン発電プラント」は、まるで眠りから覚めた雷神のごとく、艦内のデジタルFCS、三次元対空レーダー、そして全自動迎撃砲門群へと送る膨大な電力を静かに、しかし絶え間なく蓄え始めていた。
『大和』に代わり、新・連合艦隊の総旗艦となった『陸奥』が、その鋭利な艦首を大西洋の荒波へと向けたとき——。
艦橋の防空指揮所に立つ連合艦隊司令長官・伊藤整一中将は、眼前に広がる果てしない水平線を見つめ、静かに、しかし全軍の運命を決定づける声を響かせた。
「針路、北東。目標、アメリカ東海岸……ワシントン」
もはや、広大な大西洋に新・連合艦隊の破竹の進撃を止める力は存在しない。
「自由の女神」の背後から日本の巨砲と大空母群が迫り来る「決戦の日」まで、残された時間はあとわずかであった。
鉄の回廊――パナマ電撃接収作戦 終
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