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待たせたな!  作者: 僧籍
第二部 南方戦線に取り残された同胞の救出を誓う

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日本軍軍司と共に白く塗られた軍使機に乗り込む、クライブ・コールドウェル大佐

熱帯の湿り気を帯びた風が、ブルネイの日本軍総司令部内の会議室のカーテンを揺らしていた。


磨き上げられた黒檀の長テーブルを挟み、男たちが対峙していた。


日本側には、南方軍総司令官・山下奉文大将を筆頭に、古村啓蔵司令官、ボルネオを守備する第37軍司令官・馬場正郎中将、そして南西方面艦隊司令長官として民政を統括する山縣正郷中将が居並んでいた。最高幹部たちが一堂に会するその光景は、ここで行われる対話の重みを無言で物語っている。


対する連合軍側。クチン捕虜収容所から急遽、軍用車で送り届けられたイギリス軍将校、ニール・マックファーソン、ジャック・シモンズ、ジャック・ブーン。そしてその中心には、カリマンタン島大空戦で撃墜され、脱出して救助されて生き残った、オーストラリア空軍のクライブ・コールドウェル大佐が座っていた。


口を開いたのは、山下大将だった。

英語で話しかける。


『諸君を呼び出したのは、他でもない。この戦いの『歪み』を正すためだ』


山下の低く、威厳のある声が室内に響く。山縣中将がそれを受け、端的ながら衝撃的な事実を告げた。


『日本軍は、カリマンタン島に抑留されているオーストラリア、イギリス、オランダの全ての捕虜、および民間人を、オーストラリアのポートダーウィンへ返還することを決定した。これは軍司令部の公式な意思である』


マックファーソンらイギリス人将校の間に、困惑と、それを上回る動揺が走った。永遠に続くと思われた収容所の生活から、一転して故郷への扉が開かれたのだ。


『その受け入れと、混乱なき移送のため、諸君らの協力を仰ぎたい。我々は既に『緑十字』を施した軍使機を飛ばす準備を終えている』


馬場中将が具体的な移送計画の書類を提示すると、イギリス人将校たちは震える手でそれを確認した。ひとしきりの事務的な説明が終わると、山下は静かに右手を挙げた。


『……マックファーソン殿、シモンズ殿、ブーン殿、まずは身体を休めてほしい。別室に食事と休息の場を用意させている』


案内役の士官に促され、イギリス人将校たちが退出した。扉が重く閉ざされ、部屋には日本軍高官と、オーストラリア空軍のコールドウェル大佐だけが残された。


沈黙が部屋を支配する。山下は大佐を真っ直ぐに見据えた。


*英語のスキルがあまりない将官のために通訳の士官を交えてます。

「コールドウェル大佐。ここからは、大日本帝国とオーストラリア連邦、二国間のみの『内密』の話をしたい」


コールドウェルは眉をひそめ、警戒を強めた。


「和平の提案だ」と、山縣中将が身を乗り出した。


「我々は、この戦争が終了した後、インドネシアの東側、ニューギニアからティモールに至る地域を『無防備都市・地域』として開放し、統治権を速やかに現地住民の政府へと委ねる用意がある」


コールドウェルの瞳が微かに揺れた。


「そこを日本とオーストラリアの緩衝地帯バッファ・ゾーンとする。我々はこれ以上、南へは進まない。オーストラリアもまた、北へ進む必要はなくなるはずだ。これはイギリス、アメリカ、フランスなどの列強による再植民地化を防ぎ、貴国の安全保障を永久に確約する提案だ」


「条件は何ですか?」コールドウェルが枯れた声で問う。


山下大将が静かに、しかし断固とした口調で答えた。


「一つだけだ。現在、東南アジア周辺の島々に展開している我が軍の将兵が、撤退を開始する。その際、オーストラリア軍は一切の攻撃を行わず、撤退の邪魔をしないこと。我々は兵を故郷へ、家族のもとへ帰したい。貴公らと同じようにな」


コールドウェル大佐は、目の前の机に置かれた名簿を見た。そこには、自らが率い、墜落していった425名の部下たちの名前が並んでいた。


「……これは、キャンベラ(政府)が容易に飲める話ではない。ワシントンの顔色もあるでしょう」


「だからこそ、貴官なのだ」山下が言った。「君は英雄だ。そして、425名の生還者という『生きた証言』を連れて帰る男だ。彼らの命を救い、この無益な殺し合いを止める権利が、今の君にはある」


コールドウェルは大息をつき、背もたれに体を預けた。窓の外では、夕刻のスコールが止み、熱帯の太陽がカリマンタンの地平線に沈もうとしていた。


「……軍使機に、私も乗せて下さい。その提案、私が直接、ダーウィンで伝えます」


山下奉文は、小さく、しかし満足げに頷いた。


1945年8月。公式な歴史には記されない、しかし数万の命を救うことになる「最初の一歩」が、このブルネイの一室で踏み出された瞬間であった。

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