3隻の空母は北から迫るソ連軍を迎撃するために出航するーそして、樺太にせまるソヴィエト軍の予兆
午後。ムアラの港には、見たこともないような壮観な光景が広がっていた。
波静かな湾内に、巨大な空母三隻がその威容を誇り、その周囲を「幸運艦」として名高い駆逐艦「雪風」、「初霜」、そして、《帰還艦隊》の3隻の秋月型駆逐艦が固めている。
岸壁には、山下奉文大将をはじめとする陸軍部隊、そして居残ることになった「因幡乃白兎」艦隊の乗員たちが勢揃いしていた。
「日本を救いに行ってこい!」
「ここはおれたちが守る!心配するな!」
悲壮感はない。そこにあるのは、自分たちの国を自分たちの手で守るという、清々しいまでの意志でした。将兵たちは帽子を振り、満面の笑みで北へ向かう仲間たちを鼓舞した。
古村中将は、岸壁の最前列で敬礼を捧げた。
――ボーーー、ボーーー、ボーーー。
突如、静かな湾内に、腹に響くような長い汽笛が三回鳴り響く。
それは艦隊から残される者たちへの、そしてこの南の海への、誇り高き別れの挨拶だ。
山下大将が、傍らの幕僚に呟く。
「見ろ、あの三隻を。あれが北方日本を救う艦隊だ!海軍にならって帽を振って応援しよう。」
三空母がゆっくりと回頭を始めると、港中に「帽振れ」の波が広がる。
ボーーー、ボーーー、ボーーー。
再び三回の長い汽笛が鳴る。
「日本を救ってこい!」
「次は勝利の酒を、東京で飲もう!」
ゆっくりと、しかし確実に、巨大な艦体が動き始める。
スクリューがブルネイの青い海を白く泡立て、艦隊は航跡を描きながら外洋へと進んでいく。
空を見上げれば、そこにはどこまでも高い南国の青空が広がっていた。
雲一つない天は、まるで彼らの行く末を祝福するように、黄金色の陽光を海面に降り注いでいる。
日本本国へ、そして北方へ。
南国の高く澄み渡った空に、艦隊の煙がたなびく。
「翔鶴」「瑞鶴」「大鳳」――。
伝説の空母たちは、背後の戦友たちに南方の未来を託し、一路、北の戦雲へと波を切って進む。
タイムリミットまで、あと十数日。
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北満州の緊迫が極限に達していたその時、北東の果て、樺太と千島列島に張り巡らされた「北の耳」もまた、異変を鋭く捉えていた。
樺太・落合通信所。
樺太全土の無線傍受を統括するこの施設では、ソ連領北樺太の「アレクサンドロフスク」から発せられる異常な通信量に、通信兵たちが色を失っていた。
「北緯五十度線付近、ソ連軍第79狙撃師団の無線封止が解除されました! 暗号形式、一斉に変更!」
ヘッドホン越しに聞こえるのは、ノイズに混じったロシア語の怒号。これまでの平穏を切り裂くような、攻撃部隊の呼出符号が、国境を越えて殺到していた。
一方、霧に包まれた北千島の要衝、幌筵島。
ここに置かれた海軍の通信監視拠点は、オホーツク海を北上するソ連艦隊の微弱な電波を逃さない。
「カムチャツカ半島のペトロパブロフスクより発信! 潜水艦および揚陸艇部隊へ、上陸作戦開始を告げる秘匿符号を確認!」
霧に隠れて見えないはずの敵艦隊が、無線の波紋となって、通信兵の受信盤の上にありありとその姿を現していた。
これら樺太、北方諸島からの凶報は、即座に大和田通信所へと中継される。
「樺太国境、侵攻準備完了! 占守海峡の先、カムチャッカ半島からの侵攻の予兆を確認!」
大陸、樺太、そして千島。
日本を包囲する北の全線から寄せられた絶望的な情報は、大和田の巨大アンテナを伝い、東京の参謀本部・特種情報部へと奔流のごとく流れ込む。
「全方位、赤信号……!」
通信士の震える手が、すべての危機を一枚の報告書にまとめ上げる。それは、帝国の北壁が崩壊する瞬間の記録だ。




