2 インターミッション 2
満州戦役が終わると、帰還艦隊は日本へもどり、整備を受けることなった。帰還艦隊に所属する兵員は将官も2週間の休みを交互に取る半舷休暇があたえられた。彼らにあるのは、日本の危機を救うという、誰かに託された使命と、よくわからないが、かすかな記憶があるのみだった。
このかすかな記憶をたどって、帰還艦隊の兵士や士官達は日本を旅をする。あるものは、かすかな記憶をたどり、印象的だった山や川、海を訪れたり、故郷を訪れたり、記憶の中で共に歩んだ友人や家族、配偶者の影をもとめて旅立った。
ある者が、静岡の急峻な谷間を川がながれる場所の平地にある町に出向き、集落を歩いている。彼の記憶ではこの場所が幼少のころにここで生まれ、父母と4人の兄弟で育った記憶があった。
その兄弟も2人はフィリピン、満州で死んだことをわずかな記憶が憶えている。彼は駅を降りて、集落の真ん中を流れる天竜川に向かった。大きな吊り橋を渡る、吊り橋の上を歩いていると向こうから、昔の子供時代の記憶の面影を残す男が向こうから歩いてきた。瞬間的に彼の兄の様な存在だと認識するが、声をかけることができない。
それはなぜか?心の奥で声をかけることは難しいことだと呼びかけているのを感じた。彼は兄が通り過ぎるのを、遠くからほほえみと共に見送ったのだった。
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伊藤司令官は帰還艦隊司令官 御袖 天満と彼の記憶を訪ねる旅に同行した。御袖は伊藤司令官に、帰還艦隊全員の国内移動の自由に行える手続きの手配と、そこまでの旅費やらいろいろなお金の面での手配をしてくれたことに感謝を伝える。
最初に行った場所は長野県の松本だった、各地の縄文文明を研究拠点の小学校を訪ねた。中山尋常高等小学校の中山考古館、松本尋常高等小学校内松本紀念館を訪ねる。茅野市の小学校教員の研究家とともに尖石遺跡を訪ねる。
遺跡に残された、環状列石、石製や素焼き製の工芸品、神具と呼ばれる物体、男根や女性器をかたどった物体を考察する。
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1. 中央本線:急勾配の山嶺を越えて
(木曽路の険しい山々と、トンネルの合間に見える深い緑の中)
御袖
「……いやはや、伊藤さん。この中央本線というやつは、まるで軍艦が荒波を乗り越えるような揺れ方ですな。蒸気機関車がこれほど必死に喘ぎながら坂を登る姿を見ると、つい『罐の圧力を上げろ!』と叫びたくなりますよ。」
伊藤
「ははは! 職業病ですな、御袖さん。ですが、この山を越えねば信州の平地には出られん。貴殿が『縄文の足跡を辿りたい』などと言い出すものだから、私も慌てて予算を工面しましたよ。軍の交際費を『歴史民俗調査費』に書き換えるのは、敵艦隊を沈めるより骨が折れました。」
御袖
「それは申し訳ない。ですが、感謝しています。窓の外を見てください……あの山肌。我々の記憶にある山はこんなに魅力的でない気がするが、こうして見ると、山は印象深く、自分の方に迫ってくるような迫力がある。自分たちが守ろうとしたものが、この景色の中に確かにあると感じられる。それだけで、この旅の価値がありました。」
伊藤
「……。左様ですな。あなた達が命懸けで戻ってきたからこそ、この車窓がある。松本に着いたら、まずは美味い蕎麦でも啜りましょう。歴史の探究は、腹を満たしてからだ。」
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2. 高山本線:飛騨川の渓谷に沿って
次に訪れるのは岐阜県益田郡金山町(下呂市)の岩屋岩蔭遺跡だ、山深くの集落のある場所からさらに奥に入った場所の斜面には巨大な岩が安置されている。ここにも縄文人の足跡があった。
彼らは松本で一泊して、中央線を下り、多治見駅で太多線に乗り換え、美濃太田駅で高山線に乗り換える。飛騨川の蛇行に合わせて列車がゆっくりと進む。車内から見る景色はトンネルと川と山の間を進んで行くので視界の印象にリズム感がある。
御袖
「見てください、伊藤さん! あの川の流れの素晴らしいこと。そして、あの岸壁の巨石……。松本の尖石も凄かったが、この金山の谷は、何やら空気が違います。岩がただの石ではなく、意志を持っているように見える。」
伊藤
「(駅弁を広げながら)ほう、今度は岩と対話ときましたか。司令官、あなたは海の上にいた時よりも、山の中にいる時の方が活き活きとしている。縄文人に転職でもされるおつもりか?」
御袖
「案外、向いているかもしれません。彼らは何千年も前に、この深い谷底から空を見上げて、宇宙の運行を読み解いていた。我々がレーダーや計算機で行っていることを、彼らは岩と太陽の光だけでやってのけた。……血が疼くのですよ。私の祖先も、こうして岩に座って星を見ていたのではないかと。」
伊藤
「(笑いながら)なるほど。あなたが宇宙の真理を悟って戻ってこなくなったら、私は上層部になんと報告すればいい? 『司令官は宇宙の柱の一部になり、現在、巨石と交信中につき帰還不能』とでも書きますか?」
御袖
「くくく、それは名案だ。……冗談はさておき、伊藤さん。こうしてあなたと笑いながら旅ができる。この身には、これ以上の贅沢はありません。……この旅は、一生忘れられないものになりそうだ。」
伊藤
「……ああ。さあ、もうすぐ金山だ。その『宇宙の観測装置』とやらを、拝ませてもらおうじゃないか。」
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飛騨金山駅で汽車を降りた二人は、飛騨川の支流に沿って、準備していた車で遺跡のふもとの集落へと向かった。
山裾の静けさの中に足を踏み入れると、山の雑木林の斜面に突如として異形とも言える巨石群が現れる。観光地として手入れされているわけではない。巨石の多くは苔や這い上がる蔓草、生い茂る木々に覆われ、一見するとただの荒々しい山肌のようにも見えた。しかし、その配置には明らかに人の手が加わった「意志」が存在していた。
深く折り重なった巨大な岩の隙間——その薄暗い空間の奥には、古くから地域の人々に守られてきた磐座の中にお堂がひっそりと佇んでいた。
「……今日が何の日か、伊藤さん、お分かりですか」
巨石の影に佇みながら、御袖が静かに呟いた。
「確か、暦の上では立冬だったな。秋分と冬至のちょうど真ん中だ」
「ええ。縄文の人々にとって、それは季節の巡りを知るための、極めて重要な節目の日でした」
御袖が懐中時計に目を落とした、まさにその時だった。
山の上に差し掛かった太陽が、計算し尽くされた角度へと達する。すると、重なり合う巨石と巨石のわずかな隙間から、まるで鋭い刀身のような一筋のまばゆい光が2人のいる磐座の奥の暗がりへと差し込んだ。
光線は真っ直ぐに岩屋の奥へと伸び、そこに安置された大きな石の表面をピンポイントで鮮やかに照らし出した。
「——おお……」
伊藤が思わず感嘆の息を漏らした。
光の矢が刻んだその一瞬、薄暗い岩屋の空間全体が、まるで呼吸を始めたかのように黄金色の粒子で満たされた。縄文時代の1万年という悠久の時を超えてなお、寸分の狂いもなく動いている縄文人の太陽カレンダー。宇宙の運行と地球の傾きを完璧に把握していた、太古の先達たちの知恵の結晶であった。
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3. 金山巨石群(岩屋岩蔭遺跡):悠久の光の中で
御袖
「見事なものです……。大砲も、電波も、複雑な計算機すら存在しなかった時代に、彼らはこの巨石を配置し、太陽の軌道と対話していた。我々が『未開』と切り捨てがちな古の人々は、実は現代人よりも遥かに深く、宇宙の法則とともに生きていたのですね。」
伊藤
「まさか、これほど完璧な仕掛けだとは……。あの一筋の光には、言葉を超えた説得力がある。彼らは単に生活の糧を得るためだけでなく、何のためにこれを残したのだと思うね、御袖さん?」
御袖
「探求者達へのメッセージですよ。『日常的な生活の延長上の上には、さらに別の生き方が存在し、その生き方へ自分自身を開くために、天と地の間に存在する《私》をこの遺跡を通じた経験によって、人間に可能な高い知性と感情の片鱗を自分自身の感情と知性に刻み付ける』『我々はここに生き、宇宙とともにある』という証です。……伊藤さん。男と女が出会い、子が生まれる。その子は親の血を受け継ぎ、また次の世代へと命をつないでいく。一人の人間の生など瞬きに過ぎませんが、その連鎖——過去から未来へとどこまでも伸びる『命の一本の柱』は、個人から見れば永遠そのものです。」
「私は彼らがここでどのように生きていたかはわかりませんが、これを作った彼らの息遣いや、存在を身近に感じられます。」
「朝の静けさの中に、磐座の先から登っていく太陽の光に時を知り、太陽が天に上り、磐座の隙間から差す一条の光によって、太陽と大地の位置を知る。夜に月が現れて、空に満天の星と天の川が現れ、我々が北極星を見つけると、磐座に記された星座と天と北極星が太陽系が大宇宙の中を回っている事を教えてくれる。我々はその中で生まれて、生きて、死んでいく。そして『経験』する」
伊藤
「永遠の柱、か……。」
御袖
「ええ。尖石の土器も、この金山の巨石も、その柱の上に生きた人々が遺した至宝です。これらは現代に生きている本であり、心、存在の中で解読されなければならない導きです。我々現代人は、ただ文明の恩恵に甘えているだけではない。この太古から続く一本の柱に乗り、時に迷いながらも、命という名の宇宙を渡っている最中なのだと……この光が教えてくれた気がします。」
伊藤
「……だからこそ、我々はこの国を、この歴史の続きを守らねばならんのだな。狂乱や、異文明からの画策に渡してなるものか。ここは心ある世界中の探求者達の導きである」
御袖
「その通りです。自分が命を賭して帰還した意味が、今、はっきりと分かりました。……伊藤さん、付き合っていただき、本当にありがとうございました。私はもう、迷いません。仲間たちの元へ戻り、自らの責務を果たします。」
伊藤
「(深く頷き、御袖の肩を強く叩く)よし! ならば、覚悟を決めたところで戻るとしよう。帰りの汽車の時間に遅れたら、それこそ宇宙の法則に笑われるぞ。」
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祠を照らしていた一筋の光は、太陽の移動とともにゆっくりと姿を消し、巨石群は再び静かな深い影の中へと沈んでいった。
岩屋を出た二人の眼下には、飛騨金山の谷全体が広がっていた。西の山嶺へと日が落ちてゆく。空は群青と茜色が混ざり合い、金山の谷を流れる飛騨川の川面が、眩いほどのオレンジ色に煌めいていた。
悠久の時に触れた二人の影が、夕日の中に長く伸びる。胸の内に確かな「柱」を宿した御袖と伊藤は、山を下りた。
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列車は飛騨川のせせらぎに寄り添うように走り、時折、車輪が立てる規則正しいリズムが二人の笑い声に重なります。彼らにとって、この旅は「過去」への帰還であると同時に、縄文から続く果てしない「未来」へと続く一本の柱を再確認する、何物にも代えがたい時間となったのでした。
日本人のルーツとは何かをそれらから感じる御袖。男女から子供が生まれる、その子は親の一部を受け継ぎ、生まれてくるのだ。その親も、彼の両親から生まれ、両親の一部を受け継いでいるのだ、永遠と続くその歴史、その一本の柱は個人の視点から見ると永遠に等しい時の中に存在する。私はこの柱の一部であり、人間はこの柱に乗って、宇宙を渡っているのだ。
尖石遺跡や岩屋岩蔭遺跡に残された文明は地球の運行、宇宙の運行の記録であり、観測装置であり、文明の至宝であったのだ。彼らはその特別な体験を残すために、これらの芸術品や、工芸品、巨石遺跡を残して、未来の私たちに託したのだという事を御袖は学び、そして、彼らの仲間の元へ帰る。西の山から日が落ちる、金山の谷を照らすオレンジ色の夕日の中、彼らは帰途に付いた。
「人間は、この柱に乗って、宇宙を渡っているのだ」
その言葉を噛みしめる司令官達の横顔を、飛騨の山間に差し込む光が優しく照らしていました。




