10 報復攻撃
1. 全世界への通告
1952年10月1日、午前00時00分。
東京、ワシントン、ロンドン、モスクワ、そして世界主要都市の通信網に緊急放送が繰り返し流される。画面とラジオのノイズを切り裂いて現れたのは、国家戦争遂行機関代表 内閣総理大臣と日本軍総司令部・総司令官だった。直後、日本の意志を伝える重い言葉が世界中の言語で同時に流された。
『世界各国の政府、ならびに市民に告ぐ。
ソヴィエト連邦、ならびに英国を主体とする連合国は、我が国の重要技術および無辜の民に対し、長年にわたり不法な暗殺、技術奪取、工作員とその協力者による妨害、内紛ほう助と経済の妨害、それらの諜報戦という凄惨な非対称戦争を仕掛けてきた。しかし、今回の大規模な攻撃を、我が「国家安全保障情報局」は、横須賀基地における決定的証拠ならびに捕獲した敵工作員の全自供を確保した』
世界中の外交官や情報機関が凍りつく中、捕獲された英ソヴィエト合工作員の顔写真、暗号通信の解読文、そして「帰還鋼」強奪作戦の全容が次々と世界へ向けて電送・公開された。
『我が国は、平和を希求するが故に過度な軍事介入を控えてきた。しかし、彼らは我が国の忍耐を弱さと誤認し、踏み越えてはならぬ一線を越えた。……本日只今を期して、日本は自ら犯した行動の結果を悟らせるべく、両国に対し限定報復攻撃を敢行する』
宣戦布告ではなく、一方的な断罪の通告。世界がその言葉の意味を理解する前に、復讐の歯車は極限まで回転していた。
2. 限定打撃
北極海を臨む極寒の高度一万二千メートル。暗黒の蒼穹を切り裂いて突き進むのは、四発の「金星五四型改良型MK5」発動機が放つ重厚かつ圧倒的な低音の咆哮であった。
アメリカから接収したB-50の基本構造をベースに、帰還艦隊がもたらした最新の航空動力学と「帰還鋼」による軽量・高強度構造で全面再設計された九式重爆撃機『白兎』。その巨躯の上下左右を厳と固めるのは、陸海軍共通の金星五四型改良型MK5エンジンを抱かせた主力戦闘機『疾風二型』と『紫電改四』の護衛編隊であった。
帰還技術による特殊な燃料添加剤と改良型点火プラグの威力は劇的であった。極高空の希薄な空気の中でも、日本のエンジン群は一切のノッキングや出力低下を起こすことなく、圧倒的な馬力を絞り出し続けていた。さらにその遥か上空、高度一万三千メートルには、索敵レーダーと光学装置を組み込んだ『一〇〇式司偵(高高度索敵型)』が静かに滞空し、広大なソヴィエトの大地を眼下に収めて戦略単位の情報収集を行っていた。
そこへ、ソヴィエト連邦北部の防空網がパニックに陥りながらもスクランブル発進させた迎撃機群が迫る。シベリアの主要航空産業地帯とイリューシンやミグといった優秀な航空技術者群をすでに日本軍に奪われていたソヴィエト空軍は、独自の新鋭機を開発する余力を完全に失っていた。彼らが掻き集めたのは、敗戦間際のドイツから奪取した設計図を基に接収した設備で再生産した高高度戦闘機フォッケウルフ Ta152や、前後にプロペラを持つ異形の双発機ドルニエ Do335「プファイル」、ジェット戦闘機 メッサーシュミット Me262-a2「シュヴァルベ 」、そして既存のソヴィエト製レシプロ戦闘機であるヤコヴレフ Yak-9U、ラヴォーチキン La-7、Yak-3という混成部隊であった。ドイツ技術の完全な量産化には程遠く、機体数は揃えられないが、死狂いの様相で『白兎』の編隊へ這い上がってくる。
「一〇〇式司偵より全護衛隊へ。敵迎撃編隊を捕捉。データ転送を開始する」
一〇〇式司偵の機上から放たれた高精度な暗号データ通信が、護衛陣の『疾風二型』および『紫電改四』の操縦席へと届く。パイロットの前方に設置された初期型ブラウン管ディスプレイ(陰極管表示器)に、雲下に潜む敵機の位置座標が緑色の輝点として鮮明に浮き上がった。
「目標捕捉……対空誘導弾、射撃諸元同期完了。各機、放てッ!」
指揮官の短い号令とともに、疾風二型と紫電改四の主翼下に懸吊された細身の鋼鉄の筒——日本軍が独自開発に成功した初期型空対空ミサイル(AAM-0)が、一斉に猛烈な白煙を噴き出した。
シュオォォォォンッ!!
夜空を切り裂く青白い光の軌跡。内蔵された赤外線シーカーが、ソヴィエト機のエンジン排熱をダイレクトに捉える。遥か彼方から飛来したミサイルは、直線的な急上昇しかできないDo335の大型エンジンや、Ta152、の鼻頭、Me262の翼へ吸い込まれるように直撃した。
ズドォォォォンッ!! ズガガガァンッ!!
空中で巻き起こる連鎖爆発。レーダー誘導の支援と赤外線シーカーの追従によるアウトレンジ攻撃の前に、ソヴィエトの迎撃機群は交戦を開始する前から次々と火だるまとなり、シベリアの雪原へと墜落していった。出鼻をくじかれ、機数を激減されたソヴィエト軍の残存部隊に対し、日本の護衛戦闘機隊が雪崩を打って襲いかかる。
「残敵を掃討せよ!」
金星五四型改良型MK5エンジンの三千馬力近い過給圧を解き放ち、疾風二型と紫電改四が極高空から超音速に近い急降下で突入する。機首と主翼に配置された「20mm機関砲4門」が一斉に火を噴き、高強度の帰還鋼フレームで作られた日本機は、ソヴィエト機の放つ一二・七ミリ銃座の反撃を軽々と絶妙なアクロバットな機動で受け流しながら、Yak-9UやLa-7を紙くずのように叩き潰していった。
ソヴィエト空軍の防空網は、完全に沈黙した。
完全なる制空権を確立した大空で、九式重爆撃機『白兎』の腹部ウェポンベイが緩やかに開かれた。
「爆撃準備完了。空対地巡航ミサイル、一斉解射!」
『白兎』の巨体から解き放たれたのは、ミサイルの内部には、ジャイロと連携して夜空の星々を光学的に補正する「天体ナビゲーション(星光追跡)」システムと、地表との高度差をミリ秒単位で計測して起伏を認識する「レーダー高度計(地形照合システム)」が組み込まれていた。
帰還鋼を推進器や構造体のフレームに用いることで極限まで軽量化されたミサイルは、ロケットブースターの点火とともに恐るべき「超加速」を開始。ソヴィエトの対空陣地が察知した時には、すでに音速を遥かに超える超高速で地表スレスレの超低空へと滑り込んでいた。
---
時を同じくして、北海の冷たい暗闇に沈むノルウェー海。
「帰還鋼」の強靭な耐圧船殻を持つ日本の巡航ミサイル潜水艦隊が、その異形な艦背を海面へと浮上させた。ロケットの炎が生み出す大きな噴煙と発射音を響かせて巡航ミサイルが次々と打ち上げられていく。
シュボァァァァッ!!
夜空へ放たれた潜水艦発射型巡航ミサイルもまた、超加速とともに高度を下げ、波頭を洗うような超低空飛行へと移行した。イギリス本島を取り囲む英国皇家空軍(RAF)の防空陣地、および北海に展開する主力艦隊がただちに異常を察知。スクランブル発進した初期型ジェット機や、海岸線に並ぶ幾百の対空砲門が一斉に火を噴いた。
「敵ミサイル低空より侵入! 対空砲火、撃てッ!」
夜空を埋め尽くす機関砲の曳光弾と対空砲弾の爆発幕。しかし、日本の巡航ミサイルは、超加速による圧倒的な絶対速度と、レーダー高度計による精密な地形追従飛行を維持していた。対空砲弾の破片や榴弾の爆風がどれほど大気を満たそうとも、超低空を音速で突進するミサイルは、対空射撃の弾頭をすり抜け、あるいは追撃しようとするイギリスの迎撃機を「いとも簡単に」置き去りにして振り切っていった。圧倒的な高速と正確無比な自動航法。それが、防空網を無力化する日本の絶対的な解答であった。
---
——モスクワ、クレムリン。
深夜の静寂を破る猛烈な大気の断裂音とともに、白兎から放たれた巡航ミサイル群がモスクワ市街地へ突入した。
ズガガガガガガァァァンッ!!
第一波のミサイルがクレムリンの赤の広場と政庁に正確無比に直撃。爆発の衝撃波が歴史ある建造物群を木端みじんに吹き飛ばし、巨大な火柱が夜空を赤く染めた。スターリンら最高幹部陣が逃げ込んでいた地下壕は、地上部の構造物が完全に崩落したことで換気筒と外部通信設備が粉々に粉砕された。冷たい煙と土砂が地下へとなだれ込み、すべての通信網を断たれた地下要塞は、最高幹部たちを閉じ込めたまま暗黒の密室へと変貌した。
——ロンドン、ホワイトホール。
ノルウェー海からイギリスの対空砲火をすべて振り切って飛来した潜水艦発射ミサイルの群れが、寸分違わぬ精度で降り注いだ。ダウニング街10番地の首相官邸、ならびに国防省の巨大な石造建築群に対し、サジタリウスの矢が突き刺さった。猛烈な爆風と衝撃波が建物を内側から破砕し、瓦礫の山へと変え尽くす。大英帝国の軍事・政治の中枢は、一瞬にして物理的に消失した。さらに、ソヴィエトおよび英国本土の大型水力発電所、巨大ダム、要衝の鉄橋が、この一夜の限定打撃によって次々と爆砕沈黙した。
決壊したダムから大量の濁流が溢れ出して平原と街道を呑み込み、幹線の鉄橋が落橋して物流が完全に断絶。発電所の破壊により電力が一瞬にして絶たれ、主要都市は明かりを失った。世界の覇権を握ってきた二大帝国は、日本の圧倒的な技術と無慈悲な精度がもたらした「限定打撃」の前に、反撃の機会すら与えられぬまま、一夜にして完全なる暗闇と機能不全の深淵へと突き落とされたのである。
---
3. 北極圏・実弾核演習
インフラと中枢を打ち砕かれ、混迷を極める英ソ両国の政府要人・軍首脳らは、国家安全保障情報局の主導により、極圏の特設観測船へ招待された。防寒服を着込まされ、甲板に並ばされたイギリスとソヴィエトの要人たち。彼らの前に広がるのは、見渡す限りの氷床と、荒れ狂う凍てついた極北の海であった。
「……これからお見せするのは、我が日本の『抑止力』であります」
彼らに突きつけられたのは、形式的な外交交渉ではなく、言葉を絶する「圧倒的現実」であった。
突然、氷床が盛り上がり、割れるとともに日本の大型潜水艦が浮上した。その背から、目もくらむようなオレンジ色の火柱を吹き上げて大型弾道ミサイルが静かに、そして狂暴に大空へ躍り出る。極超音速で駆け上がったミサイルは、瞬く間に高度数十キロ――大気圏外の電離層へと到達した。数十秒後。宇宙の境界において、人類の技術が到達した破壊の至高点――核弾頭が炸裂した。
閃光。
太陽が地上に降臨したかのような一瞬の全白ののち、無音の空間で劇的な異変が起きた。爆発によって放出された超膨大な高エネルギー粒子と強い電磁波が地球の磁界を叩き、大気中の酸素と窒素を文字通り「励起」させたのである。次の瞬間、天空全体が息を呑むような変貌を遂げた。
「……あ……ああ、神よ……」
英国特使の唇から、祈りのような、あるいは溜息のような掠れた声が漏れた。夜空の全天を覆い尽くしたのは、人間の言語や絵の具では到底表現し得ないほど鮮烈で、神々しい「人工のオーロラ」であった。
自然界が気まぐれに見せる光などとは比較にならない。天空の最高点から、エメラルドグリーンの光の絹糸が幾重にも重なり合い、光のカーテンとなって氷原へと降り注ぐ。その裾野には燃えるようなローズピンクと、気品に満ちた妖艶な紫色の光彩が揺らめいていた。光の波が夜空を旋律のように渡り、まるで天上の神々が繰り広げる巨大な光の交響曲のごとく、眩いばかりの輝きを放ちながら。
あまりの美しさに、観戦していたソヴィエトの将校は帽子を落としたことすら気づかず、口を半ば開けたまま見上げていた。
「美しい……なんて美しさだ……世界にこんな色が存在したのか……」
その光は、凍てつく漆黒の極夜を温かな黄金色と翡翠色で染め上げ、見渡す限りの氷原全体を光の宮殿へと変えていた。波打つカーテンの隙間から溢れ出る光の粒は、まるで夜空に撒き散らされたダイヤモンドの砂のように輝き、観測艦の甲板に立つ人間の顔を優しく照らし出す。それは地球という惑星が、あるいは宇宙そのものが創り出し得る最高の芸術であり、崇高という言葉すら生ぬるい至高の「美」そのものであった。
過酷な政治闘争も、国家の野心も、身を切る寒さすら忘れ、ただただその天空の奇跡に見とれ、魂を奪われていた。涙を流す者すらいた。
――だが、その「美の極致」の真下で、静かな、しかし決定的な断絶が訪れていた。
弾道ミサイルの高高度爆発に伴い、地球の地磁気を揺さぶる猛烈な電磁パルス(EMP)の津波が全方位へと解き放たれていた。英・ソの要人たちが服の懐に密かに忍ばせていた小型電子部品が、文字通りただの金属くずと化した。遠くソビエト連邦西側、ヨーロッパ全体を飛び交う無線通信網は一斉に麻痺し、広大な暗闇へと呑み込まれていく。
しかし――彼らを乗せた日本の観測艦、そして海上で静かにたたずむ発射潜水艦の船内では、何一つとして異常は起きていなかった。
特注の重防護回路と幾重ものファラデーシールドに守られた日本の艦載電子機器は、緑色のレーダースクリーンも、電子計算機のアナログ・デジタル計器も、冷却ファンの軽やかな音すら乱すことなく、完璧な正常運転を続けていた。日本の乗員たちは微細な揺れすら見せず、冷静に着弾データの計測を遂行している。
その光景を目にした時、英・ソの要人たちの脳裏に、氷のように冷たい真実が突き刺さった。彼らを圧倒し、魂を打ち震わせているこの神々しいオーロラは――周囲すべての文明の息の根を止める「電磁の嵐」そのものなのだ。
そして何より恐ろしいのは、日本側だけがこの破壊的な電磁パルスの影響を完全に遮断し、何事もなかったかのように冷徹にシステムを稼働させ続けているという「テクノロジーの圧倒的隔絶」であった。
美しい。美しすぎて、狂いそうだ。だが、その美しい光のカーテンのすぐ真裏には、自分たちの国家や都市の電子網を一瞬で焼き尽くし、暗黒の原始時代へと叩き落とす無慈悲な威力が潜んでいる。そして日本は、その威力を一方的に放ちながら、自らは一切のダメージを受けない「絶対的な神の盾」を既に手にしているのだ。
「……あんなものを……我々の文明を一瞬で無力化する光を、彼らだけが制御しているというのか……」
ソヴィエト特使の膝がガタガタと震え始め、彼は氷の甲板の上にへたり込んだ。天空に広がる絢爛たる光の舞踏を絶賛し、我を忘れて見惚れていた英・ソの要人たちは、次の瞬間、その美しすぎる光の空隙に潜む絶対的な対比と、抗うことの許されない「根源的な恐怖」に、ただガタガタと打ち震えることしかできなかった。
神の如き美しさと、それを完全に手中に収めた日本という国家の冷徹な支配力。その二つが完璧に溶け合った北極圏の空の下で、新世界の絶対的な秩序が静かに宣誓されたのである。
「……ご覧の通りです」
情報局の将校は、青ざめてガタガタと震える英ソの要人たちを見下ろした。
「我が国の弾道ミサイル潜水艦は、地球上のあらゆる深海に潜み、いつでも、どこの都市へでも、この閃光を落とすことができます。……本日の演習はこれにて終了です」
都市に核を落とすまでもなく、「生殺与奪の権を完璧に握られている」という生々しい事実を眼前で見せつけられた首脳陣は、腰を抜かし、ただただ言葉を失っていた。彼らに残されたのは、かつて世界を支配し、影で謀略を巡らせていた「傲慢な覇者」としての空虚な誇りと、それをはるかに上回る極限の恐怖と消えることのない後悔だけであった。




