1-1 ユーラシア経済協力機構
ユーラシア経済協力機構
一九四八年、春。
ハルビンの旧鉄道管理局庁舎は、いつになく静かな熱気に包まれていた。大広間の壁には、日章旗、満州国旗、モンゴル国旗、そして四つの自治国の旗が並んでいる。しかし、その中央には、どの国の旗も掲げられていなかった。代わりに置かれていたのは、一枚の大きな地図だった。
北海道から朝鮮半島、満州、モンゴル、バイカル湖、イルクーツク、そして西シベリアへ。そこには国境線だけではなく、鉄道線、炭鉱、油田、農業地帯、港湾、発電所が細い線で結ばれていた。それは、国家の地図というより、一つの巨大な経済循環の図だった。
「本日の議題は三つです」
議長を務める満州側の代表が立ち上がった。
「第一に、加盟国間の関税調整」
壁の地図に、満州からモンゴルへ伸びる鉄道が赤く照らされた。
「第二に、戦略物資の共同備蓄」
今度は石炭、石油、穀物、鉄鉱石の産地が示される。
「第三に、ユーラシア・ユニットの決済制度を補完する国際機関の設立です」
会場がざわめいた。EU――ユーラシア・ユニット。すでに加盟国間の貿易決済に使われ始めている。しかし、決済単位そのものがあっても、それを安定して運用する制度がなければ、やがて国家間の利害対立が生じる。
日本が機械を供給する。
満州が工業製品を供給する。
モンゴルが石炭や鉱物を供給する。
自治国が石油、農産物、木材、天然資源を供給する。
そしてシベリア鉄道が、それらすべてを運ぶ。
問題は、その利益をどう配分するかだった。
「我々は、単なる貿易協定を作ろうとしているのではありません」
日本側代表が発言した。
「しかし、統一国家を作ろうとしているわけでもありません」
その言葉に、各国代表が顔を上げた。
「各国は独自の通貨を持つ。独自の政府を持つ。独自の産業政策を持つ。そして、自国の資源を自国の意思で管理する。その原則は変えない」
彼は一枚の草案を机の上に置いた。
「我々が共有するのは、国家そのものではない」
一拍置く。
「経済の接続部分です」
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「関税をなくす」のではなく、「争わない」
最初に問題となったのは関税だった。モンゴル代表は、自国の農産物を満州へ輸出する際の関税を下げるよう要求した。一方、満州側の農業担当官は反対した。満州国内の農家が価格競争に耐えられなくなる可能性があるからだ。日本代表はさらに別の問題を提示した。「日本製の工作機械に関税をかけなければ、満州の機械工業が成長する前に日本製品で市場が埋まるでしょう」
「では、日本製品を制限するのですか?」
「いいえ」
日本代表は首を横に振った。
「制限ではなく、時間を買うのです」
会議室が静まる。
「成長する産業には保護期間を設ける。しかし永続的な保護は認めない。一定期間が過ぎれば関税を段階的に下げる。逆に、成熟した産業には市場開放を求める」
その考え方は、やがて条約の基本原則となった。「産業育成のための関税」と「恒久的な保護関税」を区別する。そして加盟国は、互いの産業構造を調査したうえで、品目ごとに関税率を協議する。
石炭は低関税
工作機械は成長産業保護
食料品は各国の自給率を考慮
軍需関連品は別枠
そして、戦略資源については特別協定を結ぶ。完全な自由貿易ではなかった。しかし、無秩序な保護主義でもなかった。それは、各国が互いの産業を壊さないための共同調整型貿易制度だった。
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ユーラシア経済協力機構
一九四九年、正式に成立した国際機関の名称は、「ユーラシア経済協力機構」と定められた。略称は、EEC――ユーラシア経済協力機構。その本部はハルビンに置かれた。理由は単純だった。ハルビンは、日本、満州、モンゴル、シベリアを結ぶ鉄道網の中心に位置していた。さらに、各国の代表が比較的公平な立場で集まれる場所でもあった。
機構には五つの主要機関が設置された。
第一、関税調整委員会。
加盟国の関税政策を調整する。特定国の産業を破壊するような極端な関税競争を防ぐ一方、各国の産業育成政策を尊重する。
第二、資源安定委員会。
石炭、石油、鉄鉱石、木材、穀物などの戦略物資について、各国の生産量と備蓄量を把握する。危機が発生した場合には、加盟国間で優先供給を協議する。
第三、鉄道・輸送委員会。
シベリア鉄道、満州の鉄道網、モンゴル方面の輸送路、日本の港湾を一つの物流体系として調整する。
第四、ユーラシア決済評議会。
EU――ユーラシア・ユニットの発行量、清算残高、加盟国間の決済状況を監督する。ただし、EUそのものを各国の通貨に置き換えることはしない。
円は円。
満州元は満州元。
トゥグルグはトゥグルグ。
自治国の通貨も、それぞれ独立して存在する。
EUはあくまで「国境を越えた帳簿の単位」だった。
そして最後に、
第五、産業開発評議会。
これが機構の中で最も重要な部署となった。各国が「何を作るか」を話し合う場所である。
日本が工作機械を増産する。
満州が鉄鋼と化学工業を拡大する。
モンゴルが鉱業と畜産を近代化する。
自治国が石油、農業、木材などの生産を増やす。
それぞれが勝手に同じものを作れば、過剰生産と資源不足が同時に起こる。だからこそ、互いの産業計画を公開し、補完関係を作る。それが産業開発評議会の役割だった。
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「共同市場」ではなく「共同の血流」
機構の設立式典の日、日本代表は演説の中で、ある言葉を使った。
「我々は一つの国家になるのではありません」
会場は静まり返っていた。
「我々は一つの市場になることすら、目的としてはいません」
代表は各国の旗を見渡した。
「我々が作ろうとしているのは、共同の血流です」
その言葉は新聞に大きく掲載された。
鉄道が血管
港湾が心臓
工場が細胞
炭鉱や油田がエネルギー源
農村が食料を生み出す
そしてEUは、その血流を測定するための共通の尺度だった。どこか一国が病めば、他国にも影響する。だから、危機を早期に発見する。そして、国家の主権を奪うのではなく、必要な部分だけ協力する。それが新しい機構の理念となった。
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PACLDDとの関係
ただし、経済協力機構がすべてを自由に決定できるわけではなかった。ハルビンの別の建物では、PACLDDの経済防衛監査局が活動していた。
ある日、若い監査官が決済記録を眺めていた。
「この会社……EU決済の流れが不自然です」
「どこが?」
「モンゴルから満州へ石炭を輸出した代金が、三つの民間企業を経由した後、日本の企業へ流れています」
「それだけなら問題ではない」
「はい。しかし、その途中で実体のない企業が一社入っています」
上司が記録を確認する。
「政治資金か?」
「まだ断定できません」
監査官は答えた。
「だから調査します」
PACLDDは経済機構そのものを支配する組織ではなかった。それが新制度の重要な線引きだった。
経済政策を決めるのは各国政府とユーラシア経済協力機構。
EUを管理するのはユーラシア決済評議会。
そして、資金洗浄や外国勢力による違法な経済工作を監査するのがPACLDD。
三者は互いに権限を分ける。
誰か一つがすべてを握らない。
それが制度設計の基本だった。
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最初の危機
一九五〇年、世界的な不況が始まった。外部市場では商品価格が乱高下し、いくつかの国では通貨価値が急落した。ハルビンのユーラシア経済協力機構にも緊急電報が届いた。
「日本の機械輸出、減少」
「満州の鉄鋼価格、下落」
「モンゴルの羊毛輸出、停滞」
「シベリア方面の輸送量、三割減」
会議室に沈黙が落ちた。機構の初めての本格的な試練だった。だが、誰もEUを廃止しようとは言わなかった。むしろ決済評議会は、加盟国間の取引を増やすことを提案した。
日本は工作機械を満州へ。
満州は鉄鋼と機械部品をモンゴルへ。
モンゴルは石炭と鉱物を供給。
自治国は石油と農産物を供給。
鉄道は輸送を維持する。
各国の中央銀行はEU建ての清算を行う。
外部市場が縮小しても、内部市場が完全に消えるわけではない。それこそが、この制度の狙いだった。
「我々は世界から孤立するために、この制度を作ったのではありません」
決済評議会議長は言った。
「世界市場と接続しながら、世界市場だけに生存を依存しないために作ったのです」
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聖域
その夜、ハルビン駅を一本の貨物列車が出発した。
日本製の工作機械
満州製の鋼材
モンゴル産の石炭
自治国から送られた石油
そして大量の小麦
列車は走る。誰か一人の国家のためではない。それぞれの国が、それぞれの利益を持ちながら、それでも相互に必要とする経済圏のために。駅のホームに立っていた老いた鉄道員が、遠ざかる列車を見つめていた。
「国境はある」
隣にいた若い職員が言った。
「ええ」
「通貨も違う」
「ええ」
「政府も違う」
「そうです」
老人は煙草を消した。
「それでも列車は一本だ」
若者は黙って頷いた。
遠くで汽笛が鳴った。
それは、新しく生まれた国際機関の理念を象徴するような音だった。
国家は一つにならない。
通貨も一つにならない。
民族も一つにならない。
しかし、その間を結ぶ鉄道と貿易と決済制度は、一つの巨大な循環系を作ることができる。それがユーラシア経済協力機構だった。
そしてEU――ユーラシア・ユニットは、その循環を記録する共通の尺度となった。後世の歴史家は、この時代をこう記すことになる。
――「国家統合ではなく、国家間接続によって形成された経済圏」。
それは、帝国でも連邦でもなかった。それぞれの民族が自らの家を守りながら、隣人の家と道路をつなぐ。
その道路を、貨物列車が走る。
その列車の貨物には、各国の富が積まれている。
そして、その価値を静かに記録する数字がある。
EU――ユーラシア・ユニット。
そして、ユーラシア経済協力機構
それを結び付けるのが二度と共産主義、リベラル主義へ戻らないという意志だ。
大陸を一つの国家にするのではなく、大陸を「互いに必要とする場所」に変える。それが、この新しい3つの柱の使命だった。




