断章 3-2『国家安全保障情報局』を監視する者
■ 情報局を監視する者
しかし、新しい情報機構には、もう一つ重要な原則が組み込まれていた。それは、「情報局そのものを、誰が監視するのか」という問題だった。
国家安全保障情報局は、国内外の膨大な情報を集約する。
外交 軍事 経済 交通 通信 市場 人口 そして、諸外国の政治情勢。
それらを一つの機関が把握する以上、その機関が巨大な権力を持つことは避けられない。だからこそ、総合国家政治戦略企画機関は、国家安全保障情報局の上に立つ「第二の権力」としてではなく、情報局の権限が国家そのものを侵食しないよう監督する機関として位置づけられた。情報局は国家を観察する。そして、総合国家政治戦略企画機関は、情報局を観察する。
■ 情報を独占する者
最も警戒されたのは、情報局が自らの判断を国家の意思そのものと錯覚することだった。
「我々だけが真実を知っている」
もし情報局の人間がそう考え始めれば、その瞬間から情報機関は危険な存在になる。情報は権力になる。情報を持つ者は、政治家に何を知らせるかによって、政策判断そのものに影響を与えることができる。不都合な情報を隠す。都合のよい情報だけを強調する。特定の企業や財閥に有利な情報を提供する。特定の政治勢力に不利な情報を意図的に流す。あるいは、国家安全保障という名目によって、自らの権限を拡大する。それらはすべて、情報機関が本来の役割から逸脱する最初の兆候だった。そのため、国家安全保障情報局の規則には、異例ともいえる条項が設けられた。
「情報局は、国家の安全を理由として自己の権限を拡張してはならない。」
そして、もう一つ。
「国家安全保障上の必要性を欠く情報の独占は、これを権力の私的利用とみなす。」
■ 総合国家政治戦略企画機関の権限
総合国家政治戦略企画機関には、国家安全保障情報局に対する監察権が与えられた。情報局がどのような情報を収集しているのか。誰がそれを閲覧しているのか。どのような基準で分析しているのか。報告書が政治的な理由によって改変されていないか。特定の企業、団体、官僚組織、政治勢力に利益を与えるため、情報が利用されていないか。そのすべてを監査することができた。
さらに、情報局がその権限を利用して特定の集団へ不当な利益を与えようとしていると判断された場合、総合国家政治戦略企画機関は是正措置を命じることができた。重大な場合には、関係者の職務停止、調査、組織再編、権限の剥奪まで行うことができる。ただし、それにも一つの制約があった。総合国家政治戦略企画機関自身も、無制限の権力を持つことはできない。情報局を監督する者が、情報局を利用してはならないからである。
■ 二つの機関
そのため、日本の新しい国家情報制度には、奇妙な緊張関係が生まれた。国家安全保障情報局は、「国家が何を知るべきか」を調査する。総合国家政治戦略企画機関は、「情報局が、なぜそれを知ろうとしているのか」を監視する。情報局が、「この情報は国家安全保障上必要だ」と主張すれば、企画機関は、「その必要性を証明せよ」と求めることができる。逆に、企画機関が、「この情報を破棄せよ」と命じたとしても、情報局は、「その情報は国家安全保障上必要である」と反論することができる。
つまり、両者は単純な上下関係ではなかった。互いに権限を持ち、互いに説明を要求する関係だった。それこそが、新しい制度の核心だった。
■ 最初の事件
制度の必要性が初めて現実のものとなったのは、1947年の春だった。国家安全保障情報局の経済情報部が、ある大規模な資源開発計画に関する報告書を作成した。報告書には、その計画が国家経済に大きな利益をもたらすと記されていた。政府は計画を承認する方向へ動き始めた。ところが、総合国家政治戦略企画機関の監察部が、報告書の作成過程を調査した。
すると、奇妙なことが分かった。複数の経済分析官が、同じ民間企業から提供された資料を主要な根拠として使用していたのである。反対方向の市場分析も存在していた。しかし、それらは最終報告書では小さく扱われていた。
企画機関は調査を続けた。そして、情報局内部の一部の幹部が、その企業と以前から人的な関係を持っていたことが判明した。
「国家安全保障情報局が、特定企業の利益のために情報を利用した」
そう判断するには、まだ慎重な検証が必要だった。だが、少なくとも重大な利益相反の疑いは存在した。企画機関は、ただちに関係する報告書の使用を停止させた。そして独立した再分析を命じた。
■ 「情報局を守るために、情報局を制する」
事件を知った情報局員の中には、強く反発する者もいた。
「我々の独立性を侵害している」
「企画機関が情報分析に介入している」
しかし、情報局長はそれを制止した。
「違う」
彼は言った。
「これは我々を弱体化させるためではない」
「では、何のためです?」
「我々が情報機関であり続けるためだ」
室内が静まり返った。
「もし情報局が特定の企業の利益のために動けば、国民は我々の情報を信用しなくなる」
「……」
「もし情報局が特定の政治勢力のために情報を操作すれば、我々は国家の機関ではなく、その政治勢力の機関になる」
局長は机上の規程を指した。
「そして、それを止める者がいなければ、我々自身が国家にとって最大の危険になる」
■ 権力には「出口」が必要だった
総合国家政治戦略企画機関の代表は、後にこの事件についてこう語った。
「情報機関に権力を与えること自体が問題なのではない」
「問題は、その権力を失わせる仕組みが存在しないことだ」
国家安全保障情報局には、強力な情報収集能力が必要だった。しかし、その能力には必ず出口が必要だった。
監察。
再審査。
権限の制限。
責任者の更迭。
そして、必要であれば組織そのものの再編。
それらを可能にすることで、情報局は初めて強大な能力を持ちながら、国家の主人にはならずに済む。国家安全保障情報局は、国家を守るために存在する。国家安全保障情報局そのものを守るために、総合国家政治戦略企画機関が存在する。
そして、総合国家政治戦略企画機関もまた、自らを絶対視してはならない。それが、新しい日本情報体制に組み込まれた、もう一つの原則だった。
■ 観察者を観察する者
東京の夜。国家安全保障情報局の建物では、今日も分析官たちが世界中の情報を読み続けていた。その向かい側では、総合国家政治戦略企画機関の監察官たちが、情報局の活動記録を読み返している。
世界を観察する者。
その者を観察する者。
二つの組織の間には、決して消えることのない緊張があった。だが、その緊張こそが必要だった。
なぜなら、「自分たちだけが真実を知っている」と思った瞬間、観察者は独裁者へと変わり得るからだ。だから新生日本情報機関では、一つの言葉が繰り返し語られることになった。
「情報を持つ者ほど、自らの判断を疑え。」
それは敵に向けられた言葉ではなかった。国家安全保障情報局自身に向けられた言葉だった。




