清津の惨劇 悪鬼羅刹の蛮行 5-6 平壌上空戦 1945年9月28日午前9時
1945年9月28日午前9時
旅順・大連方面から現れた、第190戦闘航空師団と第245戦闘航空師団 Yak-9およびYak-3の大編隊と零戦六四型改の大編隊が鎮南浦の沖合では大空中戦が始まろうとしていた。
航空指揮官 浅岡中佐は麾下の戦隊に指示を飛ばす。
「第二、第三戦隊、左翼からくる敵編隊へ突っ込め、第四、第五戦隊は右翼の編隊に突入しろ、」
「第六戦隊は、我々第一戦隊に続け、中央に切り込むぞ!」
ソヴィエト軍航空指揮官
『平壌の我々の基地が攻撃されてる、直ちに敵戦闘機部隊を排除し、攻撃部隊を上陸艦隊の排除に向かわせろ!・・・敵部隊が突っ込んできたぞ、ぶちかませ!』
零戦六四型改の大編隊が艦隊の航空管制により、敵機よりも遥か高空からソヴィエト軍の編隊に弾丸の様に突っ込む。
『露助どもを蹴散らせ!』
戦闘機がすれ違う。その瞬間、お互いの戦闘機が何機かが火を上げて、墜落していく。日本軍は後続のソヴィエト軍攻撃機の編隊へ攻撃を仕掛けるためにそのまま、突入しようとするが、別の部隊が日本軍の編隊に突っ込んできて、ソヴィエト軍攻撃部隊へ攻撃が届かない。
日本軍、ソヴィエト軍機ともに混戦の状況になっていくが、日本軍機は4機編隊を保ち、ソヴィエト軍機に対抗する。
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視界を埋め尽くすのは、日本軍の戦闘機と、ソヴィエト軍機――赤い星の紋章をつけた戦闘機群だ。空はすでに、敵味方の区別もつかぬ「乱戦」の渦に叩き込まれていた。
その混沌のただ中で、日本軍機は四機編隊を保つ。編隊長機を頂点とした、寸分違わぬダイヤモンド・フォーメーション。
「……寄せさせるな。我らの空間を保て」
一番機の風防の中で、操縦員は短く、乾いた声で呟いた。
四方の空から、ソヴィエト軍機が牙を剥く。一機が編隊の背後を突こうと急降下を仕掛けてきた。だが、編隊は崩れない。三番機、四番機がわずかに翼を傾け、死角を補い合う。相互の射界が重なり、鋼鉄の網を空に張り巡らせる。
「撃て!」
短い号令とともに、二十ミリ機銃が同時に火を噴いた。
曳光弾が放物線を描き、ソヴィエト軍機の風防を掠める。敵機は堪らず機首を翻し、戦域から離脱していった。
一機が離れ、また別の影が迫る。
乱気流に揺さぶられ、機体同士が接触せんばかりの距離まで接近しても、四機の距離は変わらない。まるで一本の目に見えない鋼鉄の線で繋がれているかのように、彼らは一つの意志を持って空を舞っていた。
個の技量に頼るソヴィエト軍に対し、こちらは組織の「型」で対抗する。
高度を稼ぎ、位置を換え、常に優位を保とうとするその動きは、華やかな空中戦というよりは、冷徹な計算に基づいた執拗な防衛戦であった。
飛び散るオイルの臭い、風を切る無機質な風切り音、そして絶え間なく続く重力の負荷。
極限の疲労の中で、彼らの視線はただ一点、編隊の翼端だけを凝視していた。
崩れれば、死ぬ。
維持すれば、活路が開く。
重苦しい雲が戦場を覆い始める中、四機の影は一度としてその列を乱すことなく、冷酷なまでの統制を保ちながら、赤い星の群れへと再び機首を向けた。
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均衡は、一瞬の火花とともに崩れ去った。
視界の端、太陽を背負って急降下してきた一機が、四機編隊の殿を務める四番機の「死角」を突いた。赤い星の翼が放つ、数条の光の線。
――ガガッ、と。
乾いた、重い衝撃が機体を叩いた。
「四番、被弾!」
伝声管から響く悲鳴に近い報告を、編隊長は奥歯を噛み締めて受け止めた。
四番機の左主翼、その付け根に近い外板が、二十ミリ機関砲の直撃を受けて紙細工のようにめくれ上がっている。飛散したジュラルミンの破片が、後方の空へとキラキラと虚しく吸い込まれていく。
操縦席に伝わるのは、エンジンの咆哮とは異なる、不吉な微振動だ。
被弾した操縦員は、機首が左へ持っていかれようとするのを、必死の踏ん張りで抑え込んでいた。左足の踏子を蹴り込み、操縦桿を右へ斜めに倒し続ける。腕の筋肉が悲鳴を上げ、額からはどろりとした汗が流れ落ちて目に入る。
「……まだだ。まだ墜ちるな!」
自らに言い聞かせるように呟く。
風防の外では、なおもソヴィエト軍機が、傷ついた獲物を仕留めようと執拗に旋回を繰り返している。一機が離脱すれば、別の影がまた背後に張り付く。
機内には、焼け焦げたオイルと、漏れ出したガソリンの生々しい臭いが充満し始めていた。燃料計の針が、微かに、だが確実に左へと振れていく。
「一番より各機、四番を守れ。編隊を解くな」
編隊長の冷静な命令が飛ぶ。
三番機がわずかに位置を下げ、傷ついた四番機の死角を埋めるように滑り込んだ。残された三機が、一機の脱落も許さぬという意志で、さらに密度を増した鋼の檻を形成する。
空は青く、どこまでも透き通っているが、そのただ中で四機が描く航跡だけが、不協和音を発している。被弾した機体は悲鳴を上げ、主翼からは薄く白い煙が曳かれ始めている。
それでも、彼らはまだ「形」を保っていた。
崩れれば、その瞬間に個々に分断され、一機ずつ食い殺されることを誰もが理解していた。
死線の上を、四つの影が重なり合いながら、再び敵の真っ只中へと突き進んでいく。
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四機編隊の零戦六四型改が、ソ連軍の快速戦闘機Yak-9の群れに包囲されていた。混戦の最中、編隊の最後尾を担う「殿」の四番機が、敵の放った20ミリ砲弾を浴びて白煙を吹いている。
「四番機! 油圧低下、これ以上の加速は無理です!」
悲鳴に近い通信が飛ぶ。
編隊長の命令で、三機の動きが完璧に同期した。三番機がわずかにスロットルを絞って位置を下げ、傷ついた四番機の死角を埋めるように滑り込む。残された三機が、一機の脱落も許さぬという不退転の意志で、互いの翼を重ねんばかりの密密な陣形を組む。
それは、もはや戦闘機の編隊というより、一機の傷ついた仲間を護るための「盾」であった。襲い来るYak-9の銃弾を、機体各所の防弾板と熟練の回避機動で跳ね除け、彼らは絶望的な状況下でなお、一つの生命体のように振る舞い続けた。
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Yak-9に加え、さらに軽快なYak-3の編隊が加勢し、零戦隊の盾が限界に達しようとしたその時、上空の成層圏から空を切り裂くような異様な風切音が響いた。
レシプロエンジンの重低音ではない、ジェットの高周波音。
《帰還艦隊》所属、ジェット戦闘機「橘花改」九機が、雲を突き破って戦域に突入した。
「全機、一撃離脱。敵の編隊を根こそぎ薙ぎ払え!」
三機一編隊を組んだ三つの「矢」が、音速に近い速度でソ連軍の群れに突き刺さった。
絶望的な防衛戦を続ける四機編隊の頭上の遥か上空から、新たに空気を割く音が降り注ぐ。
ソ連軍のパイロットたちは、自分たちの横を通り過ぎる影を視認することすら困難だった。橘花改の機首に据えられた30ミリ固定機銃が火を噴く。
放たれたのは、一撃で重爆をも粉砕する30ミリ徹甲炸裂弾。
Yak-9の一機が、その巨弾を主翼の付け根に受けた。着弾の瞬間、機体は文字通り「飛散」した。燃料タンクが誘爆し、空中に巨大な火球が咲く。別の編隊も、上空から降り注ぐ橘花改の高速一撃離脱に抗う術を持たなかった。
「何だ、この速さは!? 追いつかん!」
パニックに陥るソ連空軍の通信を切り裂き、九機の橘花改は再び急上昇して高度を稼ぐ。その軌跡は、遼東の空に描かれた希望であった。
救援によって包囲網を脱した零戦隊は、四番機を中央に抱えたまま、ゆっくりと機首を南へと向けた。
「……こちら四番機、まだ、飛べます」
四番機のパイロットの声に、編隊長は短く答えた。
「よく耐えた。全機、今の戦闘で弾薬が尽きた、母艦へ向かう」
『『了解しました!』』
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そして、ここにも新たなる援軍がはるか上空から戦陣に加わる。
二千馬力の咆哮。空気を力任せに圧縮し、叩きつけるような重低音の唸りが、戦域の空気を一変させる。
「こちら、ウラジオストク基地航空隊。指揮官・村上中佐」
受信機のノイズを突き破り、低く、落ち着き払った声が響く。
「これより戦域に突入する、増槽を落とせ。……全機、全速。ソヴィエト軍攻撃部隊の横腹を喰い破れ。行け!」
双方の激しい空中戦は続く。
雲の切れ間から、鋭利な刃物が奔るように影が落ちた。
四式改戦闘機「疾風」、そして液冷機から空冷へと換装された五式改戦闘機。ウラジオストクから飛来した精鋭たちが、太陽を背に垂直に近い角度で突き刺さる。
彼らの眼下には、低空を這うように進む黒褐色の固まりがあった。
「空飛ぶ戦車」と称されるソヴィエトの対地攻撃機、Il-2シュトルモビクの大編隊だ。重装甲に守られたその列は、鈍重ながらも確実な死を地上に運ぶ黒い雲だった。
「落とせ。一撃で仕留めろ」
村上の乗る疾風が、風を切り裂き、限界まで加速する。機首の二十ミリ機銃が、シュトルモビクの防弾板を無視するように火を噴いた。
シュトルモビクの機体後部から火花が散り、破片が飛び散る。重装甲といえど、高高度からの位置エネルギーを乗せた一撃の前では、その質量が仇となった。
一撃離脱をする。そのたびに、敵の編隊に大きな穴が開く。敵戦闘機が遅れて、五式改戦闘機を攻撃しようとすると、新型金星五四型の馬力をきかせた機動でついていけない。そこを四式改戦闘機「疾風改」が攻撃して撃墜する。
疾風と五式戦の混成部隊は、乱戦には加わらない。
一撃を加えれば、その速度を維持したまま再び高度を稼ぎ、上空から獲物を選別する。一撃離脱。冷徹なまでの反復作業が、シュトルモビクの鉄の結束を外側から削り取っていく。
「追い込むな、突き抜けろ! 速度を殺すな!」
村上の鋭い指示が飛ぶ。
旋回性能で勝るソヴィエト軍戦闘機が、友軍の攻撃機を守ろうと割って入るが、疾風の爆発的な加速はその追随を許さない。
空域は、いまや二つの様相を呈していた。
低空で泥沼の旋回戦を強いられる四機編隊と、その上空で「疾風」のごとく戦場を蹂躙する村上隊。
硝煙の臭いがいっそう濃くなる。
村上は操縦桿に伝わる確かな手応えを感じながら、視界を埋め尽くす黒い影の群れへと、再び機首を深く落とし込んだ。
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大連基地から発進したソヴィエト軍の爆撃機部隊が、新太平洋艦隊と迫る。第30、第54、第113爆撃航空師団の精鋭。主力は「ペシュカ」の愛称で知られる双発急降下爆撃機Pe-2、そしてその後継にしてソヴィエト最速の傑作機Tu-2。
「我々の背後には旅順、大連、東清鉄道がある。日本軍を上陸させるな、全機、爆撃針路へ!」
数百機の双発機が放つ重低音は、海鳴りのように遼東半島を震わせていた。
だが、上陸部隊への接近を許す日本軍ではなかった。
「全機突入! 敵の爆撃機を上陸部隊に近づけるな!」
先頭を切るのは、大東亜決戦機と謳われた四式戦闘機「疾風」。2000馬力の統合型「誉」エンジンを唸らせ、凄まじい上昇力でソヴィエト軍の編隊の側面に食らいつく。
その直後を、信頼性抜群の五式戦闘機が固める。低空から中空域における圧倒的な格闘性能と安定性を誇ってる。
「疾風」のパイロットが、Tu-2の巨大な尾翼を照準器に捉えた。
「速い……だが、逃がさん!」
Tu-2は爆撃機とは思えぬ高速で回避を試みるが、疾風は一瞬の隙を突き、20ミリ機関砲を叩き込んだ。右エンジンから火を噴き、Tu-2が錐揉み状態で雲海へと消えていく。
一方、数で勝るPe-2の群れは、後部の旋回機銃で激しい防御火網を張る。そこへ五式戦のベテランたちが躍り出た。
「派手な動きは疾風に任せろ。俺たちは確実に一機ずつ食うぞ!」
五式戦はその驚異的な操縦性を活かし、Pe-2の銃座の死角を突くように回り込む。至近距離から放たれる20ミリ砲弾が燃料タンクを射抜き、冷たい空に赤い花火を次々と咲かせた。
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新太平洋艦隊旗艦「長門」の防空指揮所。加持司令官は、双眼鏡を固く握りしめたまま、全艦隊へ向けて防空指令を発した。
「全艦隊、防空射撃準備! 護衛戦闘機隊は距離25,000mで退避せよ。各戦艦は距離20,000mで三式弾で砲撃を開始、タイミングをずらしながら断続的に撃ち込め。距離8,000mで高角砲開火、距離3,000mで機銃掃射! 各駆逐艦は距離11,000mより高角砲で攻撃開始、その後は攻撃自由!」
矢継ぎ早の指示を飛ばし終えると、加持は防空指揮所の砲術長へ鋭い視線を向けた。
「砲術長、よろしく頼む」
「長門の守りは任せてください! 各主砲、各砲座、準備ができ次第報告せよ!」
砲術長の力強い応酬に呼応するように、「榛名」「伊勢」「日向」の各戦艦防空指揮所からも、次々と防空戦闘の完了報告が全艦線へ響き渡った。
空の向こうから、重低音の咆哮が地鳴りのように押し寄せてくる。
ソヴィエト軍第30、第54、第113爆撃航空師団の大編隊――「奴ら」が来たのだ。
一斉射撃 ―― 遠距離防空弾幕
「距離25,000m! 直衛機、離脱していきます!」
上空で警戒にあたっていた直衛の「零戦六四型改」が、指示通り急旋回して戦艦の射線から退避していく。
「距離20,000m! 主砲、撃ち方始めッ!」
砲術長の叫びとともに、「長門」の41センチ巨砲をはじめ、「榛名」「伊勢」「日向」の主砲が一斉に火を噴いた。衝撃波が海面を激しく押し下げ、巨大な火柱が洋上に立ち上がる。時間をずらして放たれた三式弾が、ソヴィエト軍編隊の真っただ中で次々と炸裂。数万個の焼夷子弾と金属破片が空中に全方位の「炎の壁」を作り出し、突進してきた敵の先頭部隊を一瞬で呑み込んでいった。
だが、敵も死物狂いだ。数で勝るソヴィエト機群は黒煙を巻き上げる同僚機を押し切り、なおも水平線を埋め尽くして突進してくる。
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外郭防衛線 ―― 防空駆逐艦隊の十センチ高角砲の咆哮
「距離11,000m! 駆逐艦隊、射程内に突入!」
新太平洋艦隊の外郭を固める駆逐艦隊が一斉に動いた。
防空駆逐艦・秋月型「春月」「宵月」「夏月」「花月」の長十センチ高角砲が、猛烈な発射速度で連続砲撃を開始する。その後に続くのは、量産型駆逐艦・橘型の「柿」「樺」「橘」「蔦」「萩」「菫」「楠」「初桜」「楡」「梨」「椎」「榎」「雄竹」「初梅」の14隻だ。
艦列を組んだ駆逐艦群の砲身が、まるで一斉に生き物のように仰角を上げ、空を爆炎の牡丹で埋め尽くしていく。
「見ろ、海面上だ! 魚雷を抱えたTu-2が来るぞ!」
弾幕の隙間を縫い、低空で突っ込んできたのは、魚雷を抱えたTu-2爆撃機の編隊であった。高度20メートルで肉薄してくる刺客たちに対し、駆逐艦隊の砲火が海面へと集中する。水柱と炸裂光が入り乱れ、Tu-2が次々と翼を折られて海面へ激突、水煙を上げてバラバラになった、機体を構成するエンジン、鋼材、外装板、敵艦へ向かって放たれることなかった魚雷、搭乗員達が海の藻屑と消え去った。
ハリネズミの防壁 ―― 死闘の一時間
それでもなお、網目を潜り抜けたソヴィエト機が「長門」をはじめとする主力戦艦陣へ肉薄する。
「距離8,000m! 高角砲、打てッ!」
「距離3,000m! 機銃、撃ちまくれぇッ!」
「長門」「榛名」「伊勢」「日向」――艦上に隙間なく増設された無数の単装・連装・三連装対空機銃と高角砲が、文字通り「ハリネズミ」となって狂乱の弾幕を解き放った。
25ミリ機銃の曳光弾が、空に幾重もの光の帯を描く。艦橋をかすめるように肉薄したTu-2が、至近距離からの機銃掃射を浴びて空中分解し、炎の塊となって戦艦の舷側数メートルの海面へ落っこちていく。
熾烈を極めた空戦は、実に一時間に及んだ。
海は撃墜したソヴィエト機と燃え盛る炎で埋め尽くし、空は硝煙で覆い尽くされた。
やがて、猛烈な弾幕の前に攻めあぐねたソヴィエト軍第30、第54、第113爆撃航空師団は限界を迎えた。全機の半数以上の機体を遼東の野と海に晒し、指揮系統を失った残存機は、抱えていた爆弾や魚雷を無造作に海へ捨て捨てると、蜘蛛の子を散らすように北の空へと敗走していった。
静寂と帰還 ―― 『回天・通遼作戦』へ
「……こちら防空隊。敵爆撃機部隊の排除を完了。上陸部隊に被害なし」
スピーカーから流れる静寂を取り戻した報告に、加持司令官は固く結んでいた口元を緩め、静かに頷いた。
「砲術長、見事だった」
「ハッ、長門は健在です!」
静寂が完全に海を包み込もうとする頃、上空から爆音が近づいてきた。
迎撃を終えた陸上基地の「疾風」と「五式戦」が、一機、また一機と翼を休めるためにウラジオストク基地に帰還していく。零戦六四型改隊も各空母へ、補給のために着艦していく。機体には幾重もの被弾痕が残り、黒く煤けていたが、そのプロペラは誇り高く回転を続けていた。
帰還技術によって叩き直された機体の耐久性と、地獄の戦場を生き抜いてきたパイロットたちの執念が、ソヴィエトの最新鋭機群を完全に粉砕した瞬間であった。
空の脅威は去った。背後の安全は完全に確保されたのだ。
掛井大将が描く巨大な大戦略『回天・通遼作戦』への絶対なる扉は、この遼東の空に打ち立てられた勝利によって、ついに大きく開かれたのである。
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平壌への第一次攻撃から帰艦した新太平洋艦隊航空隊の九九式艦上爆撃機二二型改が再び発艦する。
海面を切り裂く五条の白波。
雲龍型空母「葛城」「天城」「阿蘇」「笠置」「生駒」――。
同型艦五隻が並走するその光景は壮観だ
各艦の飛行甲板は、鋼鉄とガソリンの臭いに支配されている。
並べられた九九式艦上爆撃機の胴体下には、鈍い銀光を放つ二百五十キロ爆弾が、その重みを固定脚のオレオ式の緩衝装置に預けていた。
「暖機、急げ!」
甲板員の怒号は、金星エンジンの爆音にかき消される。
プロペラが巻き起こす猛烈な吹き降ろしの中で、整備兵たちは身をかがめ、輪留めを外すタイミングを待つ。
一番艦「葛城」の艦橋横。発艦指揮官が、白い旗を高く掲げた。
先頭の九九艦爆の風防内で、操縦員がスロットルを静かに押し込む。
エンジンの咆哮が一段と高まり、機体全体が震え始める。計器盤の針が小刻みに跳ね、排気管からは青白い炎が 吹き出した。
旗が振り下ろされる。
輪留めが外された瞬間、機体は磁石に引かれるように前方へ躍り出た。
固定脚のタイヤが鋼鉄の甲板を激しく叩き、その振動が操縦員の背骨に直接伝わる。艦首に向かって収束していく白線。浮力が翼を捉えようとするが、二百五十キロの爆弾がそれを拒むように機体を甲板に押し付ようとする。
艦首の端――。
一瞬、機影が視界から消えた。機体は、海水の飛沫を浴びながらも、最新型金星エンジンの強力なパワーで飛び立っていく。
「二番機、発艦!」
続いて「天城」の甲板からも一機、また一機と、灰緑色の機影が空へと吸い込まれていく。
華美な旋回などない。発艦した機体は一刻も早く編隊を組むべく、重々しい機首を北の空へと向けた。
後続の機体は、前の機体が空いたスペースへとすぐさま押し出される。
給油ホースの回収、機銃弾の最終点検、パイロットの整備員に対してビシッと決まった敬礼。
すべては情熱をもって、正確なリズムで刻まれる。




