清津の惨劇 悪鬼羅刹の蛮行 5-2 反撃を開始する 1945年9月26日
反撃の雷鳴:羅津の混迷と希望
1945年9月26日、朝鮮半島北端。ソヴィエト軍の進駐を許した羅津の街は、灰色の絶望に包まれていた。
静まり返った港町
ソヴィエト太平洋艦隊による上陸占領から数日。かつて大陸への玄関口として活気に溢れていた羅津の街並みは、人影もまばらなゴーストタウンと化していた。
日本人の居留民たちは、ソヴィエト兵の略奪や暴行から逃れるため、窓を板で打ち付けた家屋の隅に身を潜めていた。配給は途絶え、備蓄していたわずかな食料を分け合いながら、彼らが耳にしていたのは、街を徘徊するソヴィエト軍の軍靴の音と、時折響く乾いた銃声だけだった。
「日本軍はもう来ないのか……」
暗い地下室で、ある父親が力なく呟いた。その言葉は、羅津に住むすべての日本人の心に共通する、深い悲嘆の底から絞り出されたものだった。彼らにとって、本国からの連絡は完全に絶たれ、世界から見捨てられたような感覚に陥っていたのである。
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その頃、北方防衛開放軍(北方軍)の司令部では作戦会議が行われていた。
司令官・伊勢神 忠雄中将は、幕僚たちの顔を見渡した。
重厚な作戦卓を囲む幕僚たちの視線は、朝鮮半島の地図に注がれていた。
司令官 伊勢神忠雄中将は、手元に並ぶ戦況報告書を一瞥すると、傍らに控える本国軍陸軍第一軍司令官 神宮寺少将に向かって力強く命じた。
「神宮寺少将、直ちに第一軍を動かす。日本海沿岸の拠点を占領するソヴィエト軍を追い詰め、追撃を敢行せよ」
「はっ! 第一軍、只今より敵の退路を断ち、進撃を開始いたします!」
神宮寺が敬礼を返し退出した直後、参謀長・高瀬仁志少将が前歩き出て、作戦卓の中央へ新たな針路を示す赤と青の太線を交錯させた。
「司令官、敵の息の根を止めるには単なる追撃ではなく。我が北方軍と、南方に展開する南方軍とで敵を東西から挟撃し、朝鮮半島中央部において大規模な包囲殲滅戦を敢行すべきです。陸海一体となった巨大な網で、ソヴィエト軍を完全に磨り潰すのです」
高瀬参謀長の提案に、作戦室を包んでいた沈黙が破られた。伊勢神中将をはじめとする幕僚団全員の意思は一つに結実し、満場一致で作戦計画が可決された。
即座に実務幕僚による詳細な作戦策定が開始された。作戦参謀・水町健吾中佐が東西からの包囲軸と機甲部隊の進撃限界線を引けば、情報参謀・白川義昭少佐はソヴィエト軍の配置と動線を見極め、敵の心理を揺さぶる欺瞞工作を組み込んでいく。さらに後方参謀・榎本隆正大佐が、広大な戦域を支える弾薬と燃料の補給線を寸分の狂いもなく計算し尽くし、隙のない包囲撃滅作戦案が完成した。
この計画は直ちに南方軍へ上奏された。総司令官・掛井大将は一読するや否や、賛同を示し、全軍へ作戦発動の号令を発した。
作戦計画に基づき、新連合艦隊には、ソ連軍が占領する日本海沿岸の要衝――雄基および羅津に対し、戦艦主力を投入した圧倒的な艦砲射撃と航空爆撃を叩きつけ、敵拠点を一挙に無力化する手筈が整えられた。
ただし、清津のみは作戦の最終局面を見据えた例外とされた。清津は、南北からの包囲によって退路を断たれ潰走する敵軍を誘い込み、一網打尽にするための「巨大な罠」として配置される。そのため、同地への海軍による攻撃はあえて軽度の牽制にとどめ、敵に「生存可能な退路」と錯覚させる隙を残す算段であった。
上空からの大規模爆撃の開始を合図として、神宮寺少将率いる第一軍が進軍を開始する手はずとなっている。
敵を完全に呑み込む運命の包囲網は、いまや綿密な計画として完璧に組み上がり、作戦発動の号令を静かに待つばかりとなった。
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新連合艦隊旗艦「大和」の第一艦橋。緑色に光るレーダーの走査光が静かに揺れていた。
作戦卓を囲むのは、新連合艦隊司令長官・伊藤整一中将、大和艦長・有賀幸作大佐、作戦参謀、そして帰還艦隊司令官の四名である。
「北方軍の伊勢神中将からの作戦案は渡ったな」
伊藤長官の重々しい声が響く。
「雄基と羅津への艦砲射撃、そして清津を『誘いの罠』とする作戦だ。だが、大和の46センチ砲を沿岸浅水域で撃ち出す難点をどう抑える? 有賀艦長」
有賀艦長が太い指で海図の沿岸部を叩いた。
「雄基・羅津の浅水域では大和の巨体が制約を受けます。敵の小型水雷艇や潜水艦が近距離の島影から奇襲を仕掛けてきた場合、大和の主砲・副砲だけでは迎撃が後手に回る恐れがあります」
ここで帰還艦隊司令官が、海図の上に自艦隊の布陣図を重ねた。
「その懸念については、我が帰還艦隊型の秋月型駆逐艦の警戒網で完全に遮断します。秋月型の探信儀と水上対艦電探で周辺海域を捉え、接近する敵の水上艇には長十センチ砲の正確な砲火で対処します。また、水深の浅い海域に潜む敵潜水艦に対しては、対潜迫撃砲を用いて浅瀬ごと確実に処理します。大和は水雷の脅威を気にせず、陸上砲爆撃に専念してください」
「よし。ならば清津への『軽度な偽装攻撃』はどう調整する?」と作戦参謀が問う。
「清津への偽装攻撃は、我が帰還艦隊の『陸奥』によって行います」
帰還艦隊司令官は自信を覗かせる面持ちで説明を続けた。
「陸奥による精密射撃を用いれば、港湾や主要脱出路を破壊することなく、敵陣地の手前へ正確に弾着させる火力の加減が可能です。敵に『猛烈な砲撃を受けているが、あの港だけは奇跡的に逃げ道として残っている』と誤認させ、まんまと清津の罠へ誘い込みます」
伊藤長官は深く頷き、帽子を被り直した。
「実働上の裏付けとしては十分だ。……有賀艦長、全艦出撃準備だ。雄基・羅津を破砕し、敵を清津の罠へ追い込むぞ」
「ハッ! 全艦、出撃準備完了!」
有賀艦長の返答と共に作戦が開始された。




