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プロローグ:1【地獄のざまぁ裁判】

「つまりあんたは、自分は加害者ではなくむしろ被害者であると。そう主張する訳よね?」




──裁判とは、どういうもんか。



 なんて主語だけをぶん投げた問いにひとまず答えるとしたら、厳粛だとか重々しいだとかシリアスの極みだとか。


 裁判官は当然として、検察官やら弁護士やら七三分けと眼鏡とスーツが似合うお硬い役職が勢揃い。

 間違っても、法律番組なのにグルメや司会のトークがメインのバラエティみたいなノリが入る余地のない、ドの付いたシリアス。


 大体そんなところが共通イメージだろう。

 罪を裁く場には、それに相応しい空気感ってのがあるもんだ。




 だから。

 "この光景"を一目見て「へー、裁判やってんじゃん」とすんなり把握出来る奴は、きっと少数だ。


 少数派。英語で言うならマイノリティ。

 たけのこの町を選ばず、きのこの森を選ぶ派だろうな。

 やはりわかり合えない。



「そ、そうだ! 僕は加害者なんかじゃない! "僕を刺し殺したあの女"みたいな奴を、加害者って言うだろ! 僕はちがう、潔白だっ!」


「ふーん」



 じゃあ、何がどう違うのよ、って詰められれば少し困ってしまう。

 なんせ違いが多過ぎる。髪色を派手にすれば大学デビュー出来ると思ってる陰キャラばりに多い。


 そう、裁判の登場人物(キャスト)からして可笑しかった。



 切羽詰まって潔白を叫ぶ【被告人】らしき男。

 法廷にも関わらず大声を撒き散らしてるとこもそうだが、彼の服装もビジネススーツや礼服といったきっちりした物じゃない。

 むしろNo,1ホストが愛用してそうな真っ白なスーツであり、胸元に挿した薔薇の一輪が汚いの匂いをプンプン漂わせていた。



「元アイドルってブランドを餌に言い寄る女性ファン達と関係を持ち、飽きたら風俗にいかせて資金源。通称『落とし屋』。たしかに、あんたは誰かを直接殺した事はないんでしょう。"殺人"という罪をあんたに着せる事は出来ない」


「そうっ、そうだよ裁判官様! だから僕は」


「静粛にしなさい、不細工」


「んなっ⋯⋯」



 対して法壇にふんぞり返る【裁判官】の方はといえば、だ。


 もはや格好だけでなく、人物そのものが「裁判」に相応しくない。

 なにせ被告人を見下ろすのは、透き通った金糸色の髪に奥深い翡翠色の瞳を持つ、"とびっきりの美少女"。

 加えて、今にも羽ばたきそうな紅い蝶の髪飾りに、貴族の令嬢が着てそうな真紅のドレスの格好ときてる。



 こんなの、裁判というよりはセンスの外れた脚本家が描く演劇をやらされてる、と言われた方がよっぽど納得出来ただろう。

 幼稚園の演劇発表会で、レ・ミゼラブルをやっちゃうくらい無理がある。

 見た目は子供、頭脳は大人な名探偵じゃなくとも「あれれーおっかしいぞー」と不思議がるってもんだ。




 そんな出演ジャンルがあべこべな格好の二人が、法廷で1対1。

 だだっ広い空間に、弁護人も検察も傍聴人も居ない。

 どこかの学習塾が売りにしてそうなマンツーマンである。

 といっても、見下す側と見下される側。

 物心ついたばかりの三歳児だって、それとなく察せれるヒエラルキーのおまけ付き。


 学べるのは自分の罪の数と惨めさとマゾヒスト適正があるかどうか、くらいだろーけど。



「──6人。それがあんたに騙され、落とされ、そっから命を絶った数よ。直接的でなくとも、間接的には立派な殺人鬼じゃない」


「ち、ちが」


「違わないわよ」



 更にいえば、この法廷の場からして、裁判っぽさがゼロだ。



 毒々しい髑髏の燭台。黒ずんだ鉄柵。

 鎌と天秤が刺繍されたタペストリー。

 蝋燭の上で妖しく灯る紫色の狐火。

 裁判長が見下ろし見下す壇上に、水晶で出来た巨大な丸鏡。

 目に痛い蛍光色の光を放つ、背を並べた灯籠(とうろう)の数々。



 挙げ句の果てには、天井をぐるりと覆う濃い紫のどんより雲、と来ている。



 無駄に広い法廷内を、100人中99人が裁判にはいらないと断言出来る代物のオンパレードで彩られれば。


『もはや、裁判の形をした何かです』


 ってな風に、匙を遥か彼方へぶん投げた感想が浮かんだって仕方ないだろう。



「残念だったわね、沈ませ屋。現世じゃあんたの罪は立派な舌持ち(弁護士)さえいれば、多少は軽く済んだんでしょうけど」



 と。

 散々勿体ぶって言い回した訳だが。

 ぶっちゃけた話、普通の裁判とかけ離れているのも『当たり前』なのだ。


 中国では犬を食べるのが当然の様に。

 アメリカではスーパーで銃が売られてるのが当然の様に。

 ヨーロッパじゃビールに白い泡がないのが当然の様に。

 常識ってのは案外、少し足を伸ばしただけでガラッと変わるナマモノだ。




 だったら。

 "この世"と"あの世"ほど距離が開けば、白い物だって黒くなるし、犬だってにゃんと鳴いても不思議じゃないのだ。



「お生憎様、此処は⋯⋯【地獄裁判所】。あんたの罪は、ついた嘘の数々の重さは、極楽に跳ぶには程遠い」




 そう。

 此処は三途の川の先、"地獄"の一丁目。

 地獄政庁の裁判所。

 地方裁判も高等裁判も、上告というシステムなど存在しない、オンリーワンの最高裁。


 生きとし生ける者の為じゃない。

 亡きとし死せる者達の裁きの場。

 "普通"なんて枠組みが当てはまる訳がない。



「この、閻魔代理官・夜羽(ヨルハ)様があんたの沙汰を告げるわ」



 であるなら、夜羽と名乗った少女が単なる場違いなコスプレ少女じゃないことだって分かるはず。



 地獄の史官。地獄裁判長。

 嘘をついたら舌を抜かれると、子供に聞かせる懲罰人の語り草。


 閻魔大王⋯⋯の、代理人と名乗る紅いドレスの少女。

 夜羽は、きめの細かい指に握った笏(しゃく)を振るい、高々と告げた。



「間接的殺人、嘘百千。並びに15歳時の窃盗。以上の罪状を以て⋯⋯罪人に『衆合地獄』への収監を命ず」




 被告人の罪と罰を。 




「ふ、ふ⋯⋯ふざけるなぁぁ!!」



 とはいえ。

 郷に入っては郷に従えという言葉があったとしても、異なる『当たり前』をすんなり受け入れられる訳じゃない。

 ましてや自分の進退。

 生き汚く生きて来たからこそ、余計に足掻きたくなるのも道理だ。



「こんな裁判、認められるかっ! おいクソガキ、僕は『佐川清彦』だぞ?! あの『C-force』のメンバーだったんだぞ!? 僕は普通のヤツとは違う、特別なんだ!

 特例があってしかるべきなんだよ!」


「はん、珍しくもない死人の分際で、笑わせんじゃないわよ」



 ただ、三歳児でも察せられるヒエラルキーがあるように。


 どれだけ声を荒げてみたところで、覆らない力関係はある。

 足掻いてみた所で、井の中でチャプチャプとバタ足してるだけなんだと、男も直に気付くだろう。




「残念だけど、この御時世⋯⋯

 あんたみたいな勘違いしたバカは、うんざりするほど溢れかえってんのよ」



 死者への冒涜は、生者のみの行いじゃあない。

 泣きっ面にも、死にっ面にも、蜂は刺す。

 まして地獄ともなれば、そりゃもうぶっとい針で刺すんだろう。



「特別ゥ? ハッ、"上を見てみなさいよ"」


「あ!? 上だって!? 上に、何が⋯⋯ある、って⋯⋯いう⋯⋯⋯⋯」



 そして、仕上げとばかりに夜羽が指差した先。

 天井を覆っていた紫色の雲が、サッと尻尾を巻いて去り行けば。




「地獄(ココ)じゃあんたは、ただのモブが精々よ」




 地獄の窯の、蓋開く。




『ぶっははは!イイ気味だなタラシ野郎!』


『三流には似合いの末路だ!』


『ざまあみなさい女の敵!』


『ねぇ今どんな気持ち?ねぇ今どんな気持ちぃー?』




 マンツーマンに水を指すのは、法廷を中心にぐるりと囲った黒鉄(くろがね)の檻。

 道徳を鼻で笑うような刺々しい鉄網の向こうで、哀れなモブをせせら笑う異形の者達。


 牛の頭をした巨人。

 腫れた腹をさする餓鬼。

 カタカタ笑うガシャドクロ。

 痩せ女、豚男、蛇人間、ろくろ首。

 魑魅魍魎の百鬼夜行が、盆の波打ち際のクラゲ達みたく犇(ひし)めき合っていた。



「う、ぁ、ぁ⋯⋯⋯⋯」



 佐川の顔から血の気が引く。

 地獄に来ておいてまだ縋っていたかった常識を、木っ端微塵にされたからか。

 それとも、逃れないようのない末路を悟ったからか。

 尻もちをついて狼狽する男の姿を、灯籠の照明光が焼く。

 サーカスの、間抜けなピエロを照らすように。

 浮かび上がる哀れな者を、地獄の住人たちは愉快そうに見下した。

 いつぞやの佐川清彦が、そうして来たように。



「ひっ⋯⋯待っ、待ってくれ⋯⋯嫌だ、嫌だ!」


「言ったでしょうが。あんたみたいな『案件』は腐るほどあんのよ。いちいち待ってらんないわ」



 因果応報の玄関は、きっと此処なんだろう。

 地獄の加虐は容赦がない。

 罪を晒し、悪を貼り付け、思う存分貶(おとし)める。

 教育委員会が白目剥いて卒倒しかねないほど、骨の髄まで。


 罪だけを裁くのはもう古いと言わんばかりの断罪っぷりに、ついた通称が【ざまぁ裁判】。

 偏差値の低さを感じさせるような、低俗な通称だ。




「もうあんたの顔も見飽きたわ。じゃ、逝ってらっしゃい」


「い、い⋯⋯」



 けれども、高尚だろうが低俗だろうが、どちらにしろ決着は変わらない。

 罪人の末路は変わらない。



「嫌だぁぁぁぁぁあ!!!!」



 トレジャーハンターの九割が体験済みであろう、真下の足場の御開帳。

 最後の寄る辺を失った人間がどうなるかなんて説明するまでもない。

 空に怯えて、地の底へと真っ逆さま。

 地獄の底への入り口は、男の断末魔ごとペロリと平らげた。




「地獄の底で、死んでも後悔してなさい」




 汚れちまった悲しみがあれば、迷子になった正義もある。

 地獄の正しさは今や、どっかで見たよな仮死状態。




『見たかよあの顔、傑作だったぜ!』


『いやぁスッキリした。これだから傍聴人はやめらんねぇぜ』


『ざまぁぁぁぁ!!!』




 地獄にだって娯楽は必要だ、と。


 誰が言ったかそんな台詞。誰が切ったかそんな舵。


 しかしその流れに逆らうことなく乗った結果。 


 人権なんて今頃、権利主張をすっぽかしてラスベガスでスロット打ってるような有り様と化していた。


 まさに地獄絵図。


 だがこれが、今の地獄の現状である。








「夜羽様の華麗な裁判もこれにて終了。

 あたしの裁きっぷりの虜になったヤツは、次の裁判も必ず傍聴チケット買いなさい。いいわね?



 それじゃ⋯⋯以上、閉廷!」




 なにはともあれ、これにて文字通り一件落着。


 謎の宣伝文句を謳いつつ、閻魔代理官・夜羽は決め顔でそう締め括った。





「んぐんぐ⋯⋯『たけのこの町』はやはり至高」



 ブラウン管の向こう側で。








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