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プロローグ:2【メイドとヒモとご主人様】

『いやぁー爽快でしたねぇ! 流石は推し率ナンバーワンの閻魔代理官、夜羽様! いつもながらの痛快なお裁き! わたくしこと地獄報道、司会のヘルワイト伯爵さんの鳥肌もォ、ついついスタンダップしちゃいましたねぇー!立つ皮膚ねーけど!』


「うーんこの司会⋯⋯」



 ブラウン管から流れる自己紹介的な自虐に、ずずっと啜った緑茶の苦味がマシマシだ。



 地獄TVの4チャンネル、【TV.沙ァ汰(ティービー・さーた)】。

 ざまぁ裁判を独占的に放送する局なんだが、地獄だけあってセンスも斜め上にぶっ飛んでらっしゃる。


 特にこのMC。

 ピッカピカのラメ入りマイクに、真っピンクの蝶ネクタイにスーツ、と。

 まるで昭和の歌番組の司会みたいな格好した骸骨(がいこつ)が、陽気におちゃらけながら裁判の感想を述べてるのだ。

 さっきまでの裁判との温度差よ。そりゃお茶だって余計苦くもなる。



「まぐまぐ」



 だからこそ、俺のマストである『たけのこの町』で中和せねばなるまい。うむ。美味し甘し。チョコとクッキーの黄金比、いとすばらし。

 やはりたけのこ。たけのこ派は賢いなぁ。



『さーてさてさて、【TV.沙ぁ汰】ではこの後、期待の新人代理官こと猿魔エンビーちゃんによる地獄裁判を放送予定でございます! ご視聴中の皆様、是非ともチャンネルはそのまま──』


「あ」



 なんて至福のトリップの最中、唐突にテレビが切られた。

 何事ぞと振り向けば、リモコン片手にメイド服着た猫耳少女が立っていましたとさ。

 冥土にメイドとはこれいかに。

 あ、駄目だ俺あのドクロのこと言えねーや。



「何故消したよ火鈴(かりん)ちゃん。今良いとこだったろ」


「どこが? 見所さんならとっくに帰宅してたじゃん」


「忘れもん取りにもっかい来るかも知れねーじゃん」


「ないない。アイツは忘れ物しないタイプだからね」


「知り合いかよ」



 ささやかな抗議を受け流しつつ、もう一方の手に握った箒で肩をトントン叩くこの猫耳の生えた少女。


 名前は呼んでみせた通り『火鈴(かりん)』。

 ピンクのツインテに灰色のメッシュが入る独特な色彩の髪が、どこのパンクロッカーだと思わずにはいられない彼女だが、けれどフリル多めなメイド服との組み合わせに違和感はなかった。

 むしろ不思議な調和さえ醸し出している。美少女補正でもかかってんのか。


 そんな感想を素直に伝えれば、急かすようにヒラヒラ動く火鈴の尻尾も、機嫌良く揺れるんだろう。

 なにせ俺に負けず劣らずのお調子者だからな、こいつ。



「でも何もいきなり消さなくったっていいだろ?」


「いきなりじゃないってば。掃除の邪魔だから退いてって三回も声かけたのに、全部スルーしやがりましたじゃん?」


「あー、それはたけのこキメてたからしょうがない」


「ハッピータンタンの粉舐めてる時も同じ顔してたぞー」


「甘党にとっての魔剤だから。しゃーなし」


「お、そうだにゃ」



 こんな具合にきっちり着込んだメイドの衣装とは裏腹に、打てば響くような会話のラリーが続くほどにノリの良い奴である。

 しかし、決してコスプレではない。

 火鈴は本物のメイドであり、掃除は彼女の業務である。



「そんじゃー『ナギ』、サクッとそこ退いて。それとも掃除手伝っとく?」


「人のノルマを奪うなんて残酷な事、俺には出来ない⋯⋯」


「無駄にシリアスな顔しちゃってまぁ。やーい穀潰しぃ」


「やめろ。その悪口は俺に効く」



 ちなみに火鈴はれっきとしたメイドではあるものの、かといって俺が火鈴のご主人様って訳ではない。

 ゆえにご主人様呼びは当然されないし、お帰りなさいませなんて言われたことない。雑な扱いもいつものことである。

 残念無念。男の浪漫、今日も未達成です。




「あ。ところで、ナギィさー?」


「ナギなのか渚なのか、ハッキリしないな」


「言いやすいんだもん。んでんで、ナギはこれからひまー? 暇だよね?」


「超忙しい」


「おっけー、暇なら『リコさま』のとこにお茶出して来てくんない? そろそろ相談、一段落つく頃だし」


「へーい」



 鮮やかなスルーと共に押し付けられた雑務を、けれど承諾しない訳にはいかない。 

 ここで断ろうもんなら、それこそ穀潰しだ。

 なにせ俺こと【伊達(いたち) 渚(なぎさ)】は、単なる居候に過ぎない。

 それはつまり、火鈴がご主人様と仰ぐべき存在は、また別に居るという事だ。



「相談、ねぇ」



 まぁ、かといってあの娘が「ご主人様」って枠組みなのも、それはそれで似合わない気がするけどな。



「日向ぼっこの間違いだろ」



 なんて愚痴とも言えない独り言をぽつりと零しつつ。

 キッチンに用意されたティーセットと茶請けを持った俺は、のんべんだらりと"屋敷"を出たのだった。




◆ ◇ ◆




 健康的な朝だな。



 そんな爽やかな感想が浮かんでくるほど、欠伸を誘う午前の青空。

 間延びした雲と絶賛労働中のお天道様のご活躍により、地獄は今日も至って快晴である。


 地獄は今日も快晴。

 うん。字に書き起こせば違和感が天元突破してんな。

 だがしかし、実際そうなんだから仕方あるまいよ。

 普通の一般常識が当てはまったり全然ハマらなかったりとちぐはぐなのが、地獄の日常ってもんである。



 そもそも。

 あんな意義も目的もぶっ飛んだ裁判やら、骸骨のMCやら、あげく猫耳猫尻尾完備のメイド少女なんてのがリアルに居るんだ。いちいちツッコんでたらキリがない。 

 ちょっと遠くの『三途の川』から立ち込める陰気な霧は、今も薄っすら発生中ではあるけども。



 地獄なんだからしょーがないな。

 そんな魔法の一言で済ませるのが一番健康的だ。

 こまけぇこたぁいいんだよ、はいつでもどこでも便利である。


 それが、地獄の日常をかれこれ三ヶ月を過ごした男の結論。テストに出るかもだからメモしといてくれても構わんぞ。



「この天気なら、いつものとこか」



 

 さて、【地獄】。


 広辞苑で引かずとも、老若男女問わず一度は聞いたことあれば、音にしたことがあるであろう単語。

 定義は宗教ごとに細かな違いはあれど、見も蓋もない言い方をすれば、悪い行いをした死者が落とされるやべぇとこである。

 だからこそ生前に善行を積んで、此処にだけは行かないようにしようねーなんて教訓を、誰しも幼い頃に一度は受けた事があるんじゃなかろうか。


 文字通り、"死んでも行きたくない場所"。

 けれども実際は、"死んだら必ず行く場所"でもあるのだ。



 逆を言えば、此処に居るのは死者だけって事になる。

 つまり、そう⋯⋯⋯⋯俺も含めて。



「さて。我らがご主人様はしっかり相談乗ってんのかしらね、っと」



 けれども。

 「え、お前死んでんの?」と聞かれたら、「そうらしい」としか答えようがないのが実際のところ。

 なんせ俺は、いわゆる記憶喪失者ってやつであり、自分が死んだ瞬間なんて覚えていなかったのだから。

 

──気付けば、地獄に居た。


 覚えているのは自分の名前と、砂糖大さじ2杯分程度の、薄っすら残ってる生前の記憶くらいで。


 右も左も分からない広大で不可思議な土地で、ただ途方に暮れるしかなかった俺を。


 捨てた神がもし居たのなら。

 拾う神様も居てくれたんだろう。




「ん、居た⋯⋯⋯⋯⋯⋯あぁ、期待を裏切らねーなホント」



 屋敷を出て、徒歩三十秒。

 地獄の空に昇る太陽が照らし、彼岸花が紅い花弁を揺らした庭の先。

 どうしようもない迷子を拾った神様は、俺がハッピータンタンをキメる時のような顔で、ぐーすか寝息を立ててらっしゃった。




「⋯⋯羊が42匹⋯⋯⋯⋯羊が43匹⋯⋯⋯⋯羊⋯⋯ラム肉⋯⋯じゅるり」



 ついでに寝言も立ててらっしゃいますね。

 しかも「惰眠LOVE」と刺繍されたパープルカラーのジャージ姿で。


 シーツも何も引いてないもんだから、羊の毛みたいに癖の付いたアッシュブロンドの髪も、雑に放られっぱなしだ。

 きめ細やい肌に長い睫毛、スッと伸びた鼻筋に薄い桜色の唇と、誰がどう見ても美少女と形容するようなご尊顔をしているのに。

 みっともなく垂れたヨダレとその格好が、全てを台無しにしてる。

  

 まさしく怠惰の極み、ここに有り、って感じだ。

 しかし悲しいかな、これ、割といつもの事である。




「おーい『リコリス』。こんなとこで寝てたら風邪引くぞ」


「羊が⋯⋯⋯⋯ふ、ぁ⋯⋯?」



 だからこそ、目覚ましに躊躇はない。

 見た目通りに柔らかい頬をペチペチ叩けば、睡眠中の羊カウントという本末転倒が中断された。



「んむ⋯⋯⋯⋯渚?」


「おう、グッモーニン」



 ぐしぐしとジャージの袖で目元を擦れば、白い瞼(まぶた)から紅(あか)が咲く。

 辺りで風と踊る彼岸花よりも尚濃いレッドの瞳が、挨拶とともにあげた片手をぼんやり眺めた。



「⋯⋯違う」


「ん?」


「このお腹の減り具合⋯⋯⋯⋯朝、じゃない。お昼」


「⋯⋯⋯⋯そっすか」



 起き抜けに言うことがそれかい。


 そんな指摘、声にしてみたところで不思議そうに首を傾げられんのがオチだろう。




「渚」


「なんだ?」


「⋯⋯おはよう」




 マイペースで口数少なく、けども睡眠欲と食欲には貪欲な⋯⋯"羊の角を生やした少女"。




「⋯⋯グッモーニン」


「⋯⋯⋯⋯ぐっもーにん」




 マイペースだが割と流されやすい。

 ついでに言えば引き篭もりがちな、出不精(でぶしょう)ガール。

 それが、俺を拾った神様──リコリスである。





きのこ派に対する宣戦布告とかじゃないよ!

ほんとだよ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] そう。たけのこ派は賢い。 そんでもって、文章に違和感なく、ただただユーモアがあって面白い地の文。こういうタイプの文体で地の文が面白いweb小説は久しぶりです。 それでいて、設定の妙が光りま…
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