103 日常な非日常
トリシアと、ミリア、エリンと一緒に地下通路に行く。
車がある、宮殿に直行する通路だ。
「ミリアさん、時間を戻す準備をしておいて下さい」
みんなに、ちょっと緊張が走る。
「何かが……起こるんですね?」
「起こります、でも大丈夫ですから」
「何が起こるのですか? 知っておいた方が対処が早くなると思いますが」
「いや、予知した未来を変えたくない、リベンジだとだけ言っておく」
「リベンジ?」
不思議そうにしているけど、それでいいだろう。
僕たちは車に乗り込むと、宮殿に向かって行った。
宮殿に着くと、エントランスで皇女殿下がソファーに座って待っている。
シュラミスも一緒だ。
「完敗じゃったなぁ、エリオットよ」
「完敗だじゃありませんよ」
戦争が大詰めになったので、僕と戦ってみたかったか。
それとも、この後のことを何か考えているのか。
さすがにそこまでは予知できない。
「エリオットさん……あなたは英雄です、長い長い、悠久の時を争ってきた戦いに終止符を打ったのです」
シュラミスが感動したように、祈るような手で僕を見ていた。
「いや、まだ、終わっていないんですよ」
「ほう? 何故じゃ?」
そこに、横から影が飛び出してきた。
誰も対応出来ないスピードで、皇女殿下が腹を刺される。
「ぐっはっ……馬鹿な……このワシを傷つけるとは……」
それは……勇者のリューだった。
「討ち取ったぞ! ルイーゼロッテはオレが討ち取った! 次は魔王の番だ!」
「ミリアさん!」
「はい!」
ミリアさんの時間巻き戻しは、近くにいた者が認識できる。
トリシアもわかっただろう。
そして気が付くと、皇女殿下の前に僕が立っていた。
「完敗じゃったなぁ、エリオットよ」
「完敗だじゃありませんよ」
「エリオットさん……あなたは英雄です、長い長い、悠久の時を争ってきた戦いに終止符を打ったのです」
「いや、まだ、終わっていないんですよ」
「ほう? 何故じゃ?」
トリシアが、心得たとばかりに剣を抜いた。
やんごとなきお方の前で剣を抜くことにシュラミスが違和感を覚える。
「エリオットさん!」
「大丈夫です」
そして、その瞬間にカン高い剣撃の音が聞こえてきた。
横から飛び出してきた影を、トリシアが受け止める。
「リベンジ、了解です」
「ちっ!」
リューが舌打ちする。
一撃で弾けるほど、トリシアの剣も軽くはないだろう。
「ほう、勇者か。こんな余興まで用意しているとは」
皇女殿下の側近も、剣を抜いて立つ。
「それには及ばぬ」
皇女殿下が立ち上がった。
こうなれば、リューといえども手には負えないだろう。
「勇者よ、お前には収集欲が沸かぬわ」
「そのマント姿……お、お前は……まさか、あのときの……?」
何かわからないけど、リューが少し怯えているようだった。
こんなリューは珍しい。
でも、これだけの展開になっても、リューを討ち取るのは難しいだろう。
こちらもやられないが、リューも倒せない。
逃がすと、また厄介だなぁ。
でも、皇女殿下は余裕たっぷりの様子で手を上げていった。
「リリエルの加護の及ばぬところで、この世の地獄を見せてやる」
釣られるように、リューの腕が持ち上がっていく。
「な、なんだ!? 魔法か!」
そして、皇女殿下が手を捻ると、リューの手首が不格好にねじれた。
手首が……ねじ切られるようにして、剣を落とす。
「ぐああああっ!」
そこを、すかさず側近が飛び込んで当て身を食らわした。
「ルインを殺ったな……万死に値する」
ルイン提督が殺された?
逃亡したと思っていたのに……リューにやられたのか……。
皇女殿下は怒っていた。
「拷問室に運んでおけ、しばらく遊んでやる」
「はっ」
側近とリューがその場から消えた。
瞬間移動だろうか?
でも、拷問室って……リリエルの加護も及ばないのか。
怖いなぁ。
「エリオットよ、ご苦労だった」
そこに、解放されたのか、アッシャーがやってきた。
きっと、軟禁でもされていたんだろう。
殺すつもりなら、もうとっくに殺していただろうし。
「ありがとうございます、昇進でもさせてください」
「昇進でも褒美でも、好きに取らせよう」
ということは、これで元帥か。
来るところまで来たなぁ。
「これで、帝国の指導者はアッシャーというわけか、つまらんのぅ」
「魔王様が指導者だ、妙なことを言うのは止めよ」
シュラミスが、アッシャーに目配せをしている。
穏便に済ませてくれというところか。
「ルイーゼロッテ、今度は、お前が軟禁される番だ」
「どうせ、長続きはしない平和じゃ、束の間の休息を取るが良いわ」
「…………」
中立国は、いつか裏切るだろう。
五年後か、十年後か……。
でも、それまでに、帝国も無策ではないはずだ。
そこには、暗躍する者達が無数にいて……僕の出番ではなくなる。
「それではの、エリオットよ、次の戦いまでに殺されるなよ」
皇女殿下が、アッシャーの手の者に連れて行かれるけど……あの、瞬間移動できる側近の人がいる限り、行動は自由も同然だろう。
こうして……僕の戦いは終わった。
昇進したら退役しようか。
元帥の仕事なんて、僕に務まるか不安だ。
でも、勤続一年以下で年金なんて出るのかな。
褒美はくれるって言ってたから、まぁいいか。
そして僕は、本国勤めではなく、元中立国に作られた総督府に勤務することになった。
もう、総督府っていう名前からわかるけど、帝国の傘下でありながら、明らかに警戒されている地域だ。
そこで、軍事を預かる司令官になっていた。
ちなみに、元連合首都レオプールにはパウリーネが詰めている。
総督府の長官はアリーナのママさんだけど、別に軍事的な司令官がいる感じだ。
「エリオットさん、話聞いてます?」
執務室にいいるのは、アリーナだ。
現地に詳しい調査員として、アリーナを雇っている。
でも、アリーナが賢人会議のメンバーになる日も遠くはないんだろう。
なんか、ダブルスパイでもしている気分だ。
「約束通り、エリオットさんは、帝国で完璧な出世をしてくれましたね」
「これ以上は、皇族でも無い限り無理だよ?」
帝国の制度上、平民ができる出世は限られている。
「いっそのこと、パウリーネ様とか、縁談を結べばいいじゃないですか」
「いやいや」
そんなの嫌だ。
僕は、恋愛結婚がしたい。
「でも……約束通り、私の全ては上げます」
「え……」
ここでハニトラに引っかかるのは、最悪だと思う。
アリーナの身体は、もちろん惜しいと思うけど……。
「いや、待った、アリーナがまだ賢人会議に入ってないだろ」
「それとは別に、深い関係になっておきましょうよ」
自分の容姿を研究しているんだろう、ちょっと恥ずかしそうな表情と仕草でそう言う。
騙されるもんか。
……やっぱりというか、ハニトラ要員だ。
「駄目だ駄目だ、こんなの悪いことが起きるに決まっている」
「悪いことってなんですか! 女の子にここまでさせておいて酷いです!」
そこにノックの音がした。
「失礼します。」
部屋に入ってきたのは……エリンだった。
それを見たアリーナは……僕にしがみついて、色々な身体の部分を僕に押し当ててくる。
「なっ! 昼間から何してるんですか!」
「ち、違う! アリーナがっ! んむっ……」
そして唇を奪われる。
そのとき……僕に、予知が働いていた。
「エリンさんも、一緒にどうですか?」
「な、な、な……」
「私はもう、初めてはエリオットさんにって決めてますから」
「だめーっ!」
待て、それどころじゃない、まさか、こんなことが……。
僕は慌てて電話を手に取る。
「トリシア、至急発進準備をしてくれ」
「了解しました」
唐突な要請にも、トリシアは冷静だった。
「なにか、起こるんですか?」
「ちょっと、大変なことを予知した」
そして電話を切る。
こんなことをしている場合じゃない。
「それでこそ、エリオットさんですよ」
「わ、私も準備します!」
こうやって、なし崩し的に僕の日常は続いていく。
死と隣り合わせの日常が。
最後まで読んで頂いてありがとうございました!
読んで頂いた皆様のおかげで、最後まで書き切ることができました!
この物語は、一応ここで終わりとなります。
ラストは登場したキャラクターがたくさん出てくる結婚式がいいかなとは思っていたのですが、
相手が誰なんだという問題もありますし、やめました。
それでは、四ヶ月間、本当にありがとうございました!
次回作を書けましたら、またお会いできると嬉しいです。
また会う日までっ!




