初恋23
【響の宿舎】
「松葉ガニのええ(良い)のが取れたけなぁ」
「いつも悪いな」
「ニャー、ニャー」
「ニャカニャ%☆♪」
「シロ達のも有るけ」
野上卓。
お爺さんの後を継いで、漁師になったんだ。
「そろそろ卒業式だけ、また泣いとんならしぇんかともって(思って)来てみたに」
「ハハ…」
「俺ん時も、泣きゆんなったけ」
そうそう、卓達の代は、ここへ来て初めての卒業式で、我慢してたんだけど、1年生だった香達の優しい言葉に璃子が先に泣き出して、僕も泣いたんだよな。
もうすぐあの子達の卒業式だ。
「響先生、山菜取り行かか」
ああ、柿崎玄も来てくれた。
「玄も、先生が泣いとんなるともって(思って)来ただらあがな」
「おまい(お前)もだらあ」
【中町】
「あら、皆んな。どこ行くの?」
「山に山菜取り」
「私も行く」
【山】
「2人とも、お酒は呑めるようになった?」
「うん」
「ちーと(少し)」
「じゃあ、一緒に呑みに行けるわね」
ははあ、璃子ほどは呑めないよな。
「休みには、寛太も戻るけ」
そしたら、大人になった悪ガキトリオと呑み会だな。
「山菜、まだあんまり出てないわね」
柿崎の奴、山菜取りとか言って、本当は何でも良かったんだよな。
ただ、僕の様子を見に来てくれただけなんだ。
それでも、少しは採取出来たぞ。
「しょうのけ飯にしようかしら?」
「ビーカーで炊きなっだかいな?」
「どうやったらビーカーで炊けるのよ」
「璃子ちゃんの料理は、理科の実験だけなぁ」
「ハハハ」
「響が言うから、本気にしてるのね。見てらっしゃい。竃で美味しいしょうのけ飯を炊いてあげるから」
「横路通っていなぁか(帰ろうか)」
「いなぁ、いなぁ(帰ろ帰ろ)」
聞いてないし…
【響の宿舎の台所】
「あ、お焦げが出来てる」
「旨げななぁ」
「どう?」
「ああ、ちゃんと炊けとる」
「当たり前でしょう」
【部屋】
さっき取って来た山菜で、璃子が炊いたしょうのけ飯。
それに、野上卓が取って来た松葉ガニで、4人でワイワイと夕食を食べた。
「良いわねー、こういうの。だからこの町が好きだわ」
本当だよな。
「お兄ちゃん。ええ加減戻って来にゃ、いけん(ダメ)がな」
玄の妹の麻莉奈だ。
彼女は、今年中町学園を卒業したら、旅館の仲居さんになる。
【諏訪旅館】
「ニャ、ニャー」
「かわい猫ですね、何て言う名前ですか?」
「湯之助です」
「写真撮らせてね」
【香の部屋】
「ニャーオン」
「ポンちゃん、おいで」
「ニャー」
「抱っこして」
〈香に抱っこしてゴロゴロ言うポン〉
「ポンちゃん。明日ね、卒業式なの…もう…響先生と会えなくなっちゃう」
「ゴロゴロ」
【響の宿舎】
「響おはよう。行くわよー」
「ああ、今行く」
【中町】
「わー、綺麗ね…見て」
「ああ、風花が舞ってる」
晴れているのに、天から大きな花びらのような雪が、フワフワと舞い降りて来る。
東京でも、卒業式の頃は花冷えがするけど、こっちは雪だ。
「何だか幻想的ね…」
【中町学園体育館】
〈卒業生入場〉
璃子の奴、もう泣きそうな顔してるぞ。
3年の担任だったからな。
香が…居るな。
〈開式の辞、校歌斉唱、そして卒業証書授与〉
「朝風香さん」
「はい」
「浅田未来さん」
「はい」
「雨宮那月さん」
「はい」
「荻野愛佳さん」
「はい」
「柿崎麻莉奈さん」
「はい」
「諏訪眞澄さん」
「はい」
〈校長式辞与、在校生送辞、卒業生答辞と続き…〉
とうとうハンカチを出したぞ。
「大丈夫か?」
「響こそ…これから合唱の指揮が有るんだから、泣かないでよ」
なんて言いながら、顔がグチャグチャだぞ。
〈そして混声合唱。ハレルヤ、グローリア、大地讃頌〉
ああ、卒業式は何度経験してもダメだわ。
今年は、担任の生徒達だから、よけいよね。
〈閉式の辞、卒業生退場〉
この町に来て初めて会った生徒が、香だったな。
あれから3年か…
【職員室】
「響ちゃん。香が桜の木の下で待ってるよ」
「また困った顔してる」
「卒業したんだから、良いじゃない」
「ほらほら」
〈眞澄と未来に押されて職員室を出る響〉
【校庭の桜の木の下】
ああ、あそこに居るな…
「桜…まだ咲いてないな」
「あ…」
来てくれた。
「4月にならないと咲かないかな?」
「4月になったら、打吹公園の桜見に行きますか?」
「え?その頃はもう横浜だろ?」
「大学の入学式までに咲いたら…」
「……」
「……」
「……良いよ」
「本当ですか?本当に一緒に行ってくれますか?」
「約束する」
〈香の大きな瞳から涙がこぼれる〉
「泣くなよ」
〈香の頭を手でポンポンとする響〉
【香の部屋】
4月9日が入学式。
それまでに咲くかしら?
「全く、鐘城先生も…桜なんか咲かなくたって良いじゃない。もう卒業したんだからデートぐらいねえ」
「きっと、卒業しても教え子には変わりないと思ってるのね」
「頭固いな…何とかならないかしらねー」
「ニャー」
「あ、ほら、桜の開花情報毎日更新してるって。桜の名所100選。打吹公園有った」
打吹公園の桜の開花は、3月下旬から4月上旬。
きっと大丈夫。
お願い桜の精、横浜に行くまでに花を咲かせて。
【響の宿舎】
「コッコッコッコッ、コケー!」
「今日も、コッコちゃんの新鮮な卵を頂きますよ」
「あー、この子がマエストロねー。ポンちゃんとそっくり」
あん?
【庭】
出たな、神出鬼没の涼子さん。
「おはようございます」
「おはようございます」
「初めて来ちゃった」
「ああ、そうだね」
「あ、ねえ、携帯貸してくれる?」
「あ…はい、どうぞ」
「ニャー」
「あ、チャコ来たのか」
「ニャー、ニャー」
「お腹空いたのか?待ってろ」
〈部屋にキャットフードを取りに行く〉
「チャコちゃん、良い子ね」
「ニャー」
「これで、良しと」
〈響が戻って来る〉
「はい、チャコちゃん。どーじょ」
「携帯ありがとう」
「いえいえ」
「チャコちゃん、それ食べたら帰るわよ」
ああ、最近神社の猫になってるよな。
【香の部屋】
あら?
無いわ。
どこにも無い。
「ポンちゃん知らない?」
「ニャ?」
「私の携帯」
「ニャーニャ%#☆」
「え?今喋った?」
「ニャ」
シロちゃんも喋るのよね。
親子だから、ポンちゃんも喋るのかしら?
「ニャーニャ%#☆ニャ?」
「携帯は?って言った?そうよ、私の携帯どこ?」
「はーい、香の携帯」
「え?お姉ちゃんが持ってたの?」
「打吹公園の桜の開花情報チェックした?」
「まだ」
「早くチェック、チェック」
「うん」
まだみたいね…
「桜が咲いたら鐘城先生に電話するのよ、携帯番号ゲットしといたから」
「えー?」
「フフーン、じゃあね」
〈携帯の連絡先を見る香〉
鐘城響…本当だ。
あ、メールも出来るわ。
どうしよう…?
【下町の階段】
〈携帯の通知音が鳴る〉
うん?
え?!
香からメール?!
何で?
〈驚きながらもメールを見る響〉
「まだ桜開花しません。間に合うかしら(>_<)」
これは…どうしよう…?
〈しばらく悩む〉
女の子からのメールは、なるべく早く返さないといけないんだよな。
今日は、4月1日か…
「横浜に行く迄に咲くと良いな(^◇^;)」
〈しばらく悩んで送信をタップする〉
【香の部屋】
「あ…返信してくれた」
後7日…
お願い、それまでに花を咲かせて。
〈それから毎日桜の開花情報をチェックする香。4月5日〉
「今日もまだ開花してない」
「今年は寒いからね」
「8日には行かなくちゃいけないのに…後2日しか無いのよ」
「諦めないの、後2日有るんじゃない」
【囲炉裏】
今日は、4月6日。
後1日…
「香、少しは食べなさいよ」
「食べたくないの」
「そんな事でどうするの。医者になるんでしょう?体力勝負なのよ」
晶子伯母ちゃんみたいに強くなれない。
【香の部屋】
〈4月7日の朝、桜の開花情報を見る香〉
開いてない…
「もう、会えない」
「香…」
〈涼子の胸で泣く香〉
うーん、何とかしてやりたいなあ。
何とかならないかなあ?




