#13 全ての終わりまで…
星野達の車と、西川の車がすれ違って…
「星野……」
ハンドルを握りながら、西川集一は小さく呟く。
「相変わらずのようだな」
「え?」
とミドリが後部座席から乗りだした。
「なに、どうしたの?」
「なんでもないよ」
「ってお父さんが言う時は何かあるんだよね」
さすが娘と言うべきか、苦笑する余裕もなく西川は言葉をつまらせた。
「先生」
と助手席の野咲がじっと集一の顔をのぞきこむ。小柄だが大きな、いつも一生懸命の目。小さな鼻。後ろでくるっと結んだポニーテール。大人の色香は全然無いが、愛くるしい小動物をイメージさせる。いつも笑顔で、どこからどこまで本気か分からない言葉の数々。仕事の時は男と女という意識は皆無だが、こうして目をのぞきこまれると、言葉もでなくなる。西川は運転に集中するフリをした。
「先生の好きだった人ですか?」
「……は?」
拍子抜けした質問に、西川は対向車と衝突寸前になる。
「お父さんっ、危ないっっっっっっっ!」
「あ、あぁ」
と言っている場合じゃない。慌ててハンドルを修正。クラクションで対向車にびーびー叫ばれたが、かろうじて命拾いである。
「何やってるのよ、私はまだ死にたくないよ」
「俺もだ」
「なら安全運転してよっ」
娘にあきれた声を出されて、西川はやっと苦笑する余裕ができた。
「図星なんですか?」
と野咲はじっとまた見つめる。苦笑を越えた笑いが飛び出る。野咲とミドリは目を丸くして、顔を見合わせた。
「図星ねぇ、アイツとはそういう関係は想像できないなぁ」
とクスクス笑う。
「もったいつけてないで教えてよ、お父さん」
「友達さ、友達。悪友とでも呼ぶべきかな」
もしも運転席に、あるいは助手席にいたのが京香だったら、こうは笑い飛ばせなかったかも知れない。
この時点で西川は、気付くべきだった。天文学者と遭遇した理由に。
が、今の西川には、自分の仕事を終えた満足感とたった一人の家族といる充足感に酔いしれていた。野咲の示した複雑な感情が、鈍感な西川を余計に困惑させた。だから、かもしれない。普段は気付いている事を見落としているのは。
気付くと、また一人の女性の顔だけを思い浮かべてしまう。星野陽子の親友である最愛の人だった人。過去形。忘れよう忘れようと思うたびに、夢にまで出てくる。子供のように、泣き顔を浮かべて会いたいと思った時もある。情けなくて、娘に悟られないように必死に演技した。ミドリにばれなかったか? それだけで心臓がバクバクと打つ。
今もそうだ。ミドリの母は死んでいることになっている。ミドリはその事を疑問に感じていない。それで全ては丸くおさまっているのだ、自分の弱さであえて娘を混乱させる必要は無い。自分勝手だ、と思う。
そう頭の中で整理すると、いつも通りにミドリに笑顔を向けられる気がした。
西川はニッコリと笑って
「どれ、少し遠回りしていくか」
「遠回り?」
きょとんとした顔でミドリが聞く。
「あまりこっちの方には来ないだろ? 折角だから、ドライブでもしていこうか?」
「そうですね、ご飯の時間までは少し早いですしね」
「そういうこと」
と西川はアクセルを踏み込む。
「行くぞ」
「ちょっとお父さんっ!」
いきなりスピードを上げられて、ミドリは抗議する。
「安全運転してよ!」
「してるよ」
とラジオのヒットソングに合わせて口笛を吹きながら、誠意に欠く解答。
「大丈夫だって」
「それで事故になりそうになったのは、ドコの誰よ」
我が娘ながら、鋭い指摘。西川は口笛を吹いて、ごまかした。
「お父さんっ!」
とミドリのお説教がはじまるが、西川は聞いているのかいないのか、ニヤニヤしながら、うんうんと頷いている。野咲は隣で、腹をかかえて笑っていた。多分、欲しかったのは、こんな何気ない物だったんだ。西川はハンドルを切り、国道から脇道へと、車を進める。振り返らない、振り返らないと思いつつ、いつも後ろ向きになっている。それをミドリに知られないかと、いつもドキドキしながら、娘の顔をのぞきこむ。自分の臆病さに笑いがこみあげてくる。どんな綺麗事を並べても、結局は男と女の色恋沙汰。それ以上もそれ以下も無い。それより大切なのは、今の生活。それだけなのに、ただそれだけなのに、振り返っている自分に嫌悪する。
西川はミドリにも野咲にも聞こえないくらい、小さなため息をついた。エンジンの音とラジオのマンネリ化した番組に、それはかき消された。
美しすぎるほど朱に染まった夕日が、西川達を照らす。
全ての終わりまで、三時間を切った。
カウントダウンですが、西川先生達は大丈夫なんでしょうか?




