#10 天文学者のお仕事と難儀な助手
スターレインの可能性を見出した天文学者がまずすべきお仕事が、これまた難儀でした。
回りだした歯車は止まらない。
加速する歯車で、紡ぎだされるオルゴール。
遅すぎた想いと戻れない今。
きしんだ歯車は星を呼び込み
悪夢はそして幕を開ける。
天はやがて闇に染まり
星は流れ、牙となり
やがて全てを叩き潰す。
その想いも後悔も跡形もなく。
星が降る。
星の雨が観測されてから被害は増大する一方にある。と言っても連日のように降ってるわけでも、いつもメテオ・レイン級の被害があるわけではない。時には数ヶ月音沙汰のないこともあり、ある時は海に落ちて被害ゼロな事もあり、地表に落ちても数件の民家を消滅させただけの被害の時もある。被害を受けた地域があれば、今だにその被害を受けず恐怖に脅え---あるいは、自分の地域は安全だと、のほほんとしている人もいる。
誰もがその存在を認めながらも、否定したがっているのだ。自分達の生活を脅かすスター・レイン。そんなものは、実はテレビの企画でしかないドッキリだったと。本当はそんな物は存在しないのだと。そんな物に脅える必要はないのだと。
そう思えればどんなにいいか。天文学者ですらそう思う。
だが、現実に星は降り、全てを叩きつぶす。
罵倒や怒声が天文学者に飛ぶのも日所茶飯事。星の雨が降るのは無能な天文学者のせいだ、と。それも聞き慣れた言葉である。八つ当たり、それ以外の何者でもない。それは人の弱さであり、何かにその不安と恐れをぶつけなくては処理できない。それは悲しい事であり可哀想な事だと思う。だからその罵倒を受け止める事はあれ、反発しようとはまるで思わない。
人の気持ちはスター・レインのおかげで、すっかりと荒廃している。当然だ、昨日までの平凡が星の雨によって完全に崩壊されようとしているのだ。そこを冷静になれる訳がない。そう、冷静になれるわけがないのだから……。
「シノハラさん、それ以上引っ掻き回さないでくれますか……」
光助は切実な気持ちで言った。
光助・京香・シノハラ、そして星野陽子の四人がいるのは青森県下北地区、行政センターの地区長室である。スター・レイン落下の予報を報告しにきて、一悶着となったわけだ。論題は簡単な事このうえない。地区長と副地区長がその報告を冗談程度にしか受け止めていないのだ。
「もう一度言います」
さすがは京香。忍耐はある。同じ説明をこれで、5回繰り返すことになる。
「下北地区にスター・レインが降ります。観測結果によると、被害推定地域、下北地区、むつ市全域及び一部南方。被害推定、軌道から算出した確率は破壊率89%。そして的中確率100%をゆうに越えています。数式上の算出とはいえ、この計算式が確証高いことは国際的にも認証されています。被害は前回のランカスターの同程度か、最悪の場合それを超過する事も想定できます。我々としましては、早急のに対応策をとっていただきたい。この結果がもらす意味をご想像できますね?」
「うむ、言いたい事は分かる。しかしなぁ、それは本当に確かなのか?」
「と言いますと?」
「予報はあくまで予報であろう? そこから再検討を重ねた上での結論か、と聞きたいのだ」
「おっしゃる意味が理解しかねます。再検討した所で、この数値は変りません。星はまず間違いなく降ります。その被害も甚大なるものです」
「しかし外れる場合もあるのでしょう?」
と副地区長
「そんなあやふやなものに非難命令を出せと」
「……ええ。余裕ある対応をとれる段階ではないのです、現段階は」
京香は光助の方にうなずいて見せる。光助もうなずき反し、ノートパソコンに指をすべらせる。
この部屋の壁一面にかかってあるスクリーンに、地図が映し出された。
「時間の推定は正確ではありませんが、PM6:00からPM9:00の間に確実に星の雨は下北地区に降り注ぎます。得に市街地一帯はご覧の通り、被害が一番重いと推定されます。もしも住民がこの予報について知らされず、何の行動もおこさないとなれば全滅は必至です。ランカスターのニュースはご覧になられたかと思いますが、予報もなく、あの被害で生存者二名はまさに奇跡の数字です。決断の遅さはいくら情報があっても、無意味にさせます。住民を全員、殺すつもりですか?」
京香は静かに、地区長と副地区長を見る。有無を言わせないその言葉に、二人は言葉をつまらせながら、説得力のカケラもない反論をする。
「いや、しかしだね。そういう重要な避難勧告は、軽々しくできるものじゃない。もしもそれが誤報だとしたらどうなる? 住民は我々に不信を抱き、行政機能は打撃を受けてだな────」
その言葉もチャイナドレスの助手に阻まれる。
「貴方がたへの不信は今に始まった事なのかしらん?」
「ちょ、ちょっと、シノハラさん」
「光助ちゃん、邪魔しないで!」
とハイヒールでの力任せのキックを股間に受け、光助は悶絶する。シノハラはすでに怒りで頭が沸騰して、そんかな事おかまいなしである。不幸の光助に合掌。
「貴方がたの辞書には、権力維持しかないのかしら?」
とその目はすでに敵意で満々。
「一般常識が欠如しいるんじゃなくて?」
「さっきから無礼なヤツとは思っていたが、何だこのケバケバオカマ!」
と副地区長もすっかりシノハラにペースをのせられている。
「警備員だ、警備員を呼べ!」
「脂のういている冴えないオヤジさんには言われたくないわねぇ。そういうふざけた事を言っていいのは天川家の愉快な面々とそこにいる星野陽子だけよ!」
「私もかい」
と星野は苦笑する。すでに弟の悶絶姿は眼中にないようである。---と言うよりも、それもまた天川家の日常茶飯事、といったところか。アキがいないのがせめても救いと光助に言ってあげたい。いたらもっと収拾のつかない事になっていただう。
「いいかしらん、オジサマ方」
とシノハラはふざけているのか、真剣なのか判断できない。
「ココだけ平和なんて考えはまず、捨てる事ね。星はドコにでも降る。例外はない。平和ボケするのも結構ですけど、世間を騒がせているニュースを知らないとは言わせなくてよ。まさか、テレビが家にはないだんだとか言わないでね」
シノハラの言葉に地区長、副地区長は言葉をつまらせる。京香はシノハラを下がらせて、
「うちの助手が失礼を言い、申し訳ございません。しかし、この事態に対して危機感を一番実感しているのは天文学者である我々なのです。重ねて申し上げます。早急の避難勧告を。今回の予報が外れるという希望的観測はまずありえません。決断を」
と静かに言う。
「しかしそんな…信じられん…空は」
窓から見上げ
「晴れているのに、そんな事が?」
体験した事のない人間は誰もがそう言う。そして経験した事のある人間は些細な情報でも信じて万全に徹する。その差が、生死を分ける時もある。今まで平和だったココに、スター・レインが降ると言われても冗談のようにも聞こえるかもしれない。彼らの感情も分からなくもない。
しかし、回避できる問題は全力で回避して生き延びるしかない。実際に星の雨の恐怖を味わい、平和が粉砕され、街が消滅するのを目の当たりにして絶望しながら死を迎えてからでは遅い。────それでは遅すぎるのだ。
「地区長、決断を」
「…………」
京香が地区長に迫る。副地区長はただうろたえて、二人の顔色をうかがう。シノハラは京香にお任せで優雅にコーヒーをすすっているが、その眼光までも弱める事はなく見守っている。光助は……実は泡を吹いて気絶していたりするのだが……そして星野は剣呑な笑みを浮かべて、ただこう言った。
「京香、帰るぞ」
「ちょ、ちよっと、星野! まだ話しは────」
「お前は天文学者として情報は伝えた。正直、私もお前もこの地域に住んでいるわけじゃない。はっきり言って、消えようがどうなろうが知った事じゃないね」
「星野!」
「こんな不毛な会話は無駄だ。別に天文学者が話し合いに応じる必要もない。判断するのは行政だ。彼らがNOと言うんだ。そうさせてやれ」
と星野は表情一つかえず
「そして勝手に消えろ」
その一言が、彼らにトドメを刺した。表情から血の気が引いて、すっかりと青ざめてしまった。それを見てシノハラを声を出さず、ニヤニヤする。京香はそれをたしなめた。
「失礼をお詫びします。しかし、事は緊急を用するのです。その脅威はニュースを通じて地区長もご存じのはず。これが誤報となればそれはそれで幸運です。しかし推定数値はそう言っていません。万全の対応をして、死傷者を一人を出さない事、それが急務だと思います。正直、もう迷う時間すらないのです。地区長、最後です。決断を」
京香の言葉にはもはや、余計な言葉で反論できるスペースすら許していなかった。
地区長はうなだれ、肯定の意を示す。
「分かっていただけましたか」
京香の表情に笑顔が咲いた。星野は露骨にやっとか、という表情を隠さない。そしてシノハラは、
「光助ちゃーん、そんなトコで寝てないで一仕事よん」
と抱き起こすが、反応なし。
「寝てるのん?」
「お前が蹴ったんだろ」
星野は興味もなさそうに
「股間をその悪趣味な高いハイヒールでな」
「嘘ぅ。私、そんな事しないわよ」
「したんだよ」
「してないもん! もんもん! 星野先生ったら、責任を私になすりつけようとして、イヤな人」
プイっ、とそっぽを向くが可愛らしくもなんともない。
「別にお前に嫌われても構わないが、光助をお前の蹴りで悶絶させ、今光助が男を失おうとしている事実は変わりようがないぞ」
「嘘ん。本当?」
「本当。正真正銘、お前が光助を蹴り上げた」
「ごめーん、光助ちゃーん」
今さらながら抱きつくが、すでに遅い。
「そんなつもりじゃなかったのよー」
それじゃ、どんなつもりで蹴ったんだ? とは星野は聞かなかった。
「…………それで対策の方なのだが…………」
地区長が呆気にとられながら、恐る恐る聞く。
「お気になさらずに、話しを続けましょう。彼らがああなのは、いつもの事です。ま、ちょっと光助君には同情しますけど。それより今は、スター・レインの事が優先ですので」
何気に酷い上司もいたものである。
京香はスクリーンに表示されている地図を使い、今後の対策についての説明を始めた。
不運な光助君に合掌。




