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#9 小説家と一人娘と編集者

では、本編再開です。そして視点は変わる(笑)



 歯車は回る。 全ての布石を整えて。

 歯車はきしむ。布石を全て叩きつぶすために。


 歯車は崩れる。一つ一つの悲しみと後悔を上乗せさせて、後戻りはできない。

 昨日までだったら、後戻りは可能だったかもしれないが、今日はもう無理だ。

 

 星が────降る。


 全てを壊しに…。

 全てを崩しに…。

 全てを消すために…。 


 星の雨は容赦なく降り注ごうとしていた。

 

 

 

 


「ふをぁぁぁぁ~わ」


 と西川集一 は、情けない表情を浮かべながらも、朝食作りにいそしむ。近年、日本人は忙しさのあまり、朝食をぬいて仕事や学校に出かけるようだが、西川はその感覚が理解できない。間に合わないのなら早起きして、食え。食わないで仕事に行くぐらいなら、遅刻してしまえ。これが西川の口癖だ。所詮は家内職業な身の台詞ともいえる。


 西川の職業は小説家。主に大人向けのファンタジーや童話を書いている。ま、大衆むけというランクではないが、そこそこに売れて生活できている。娘一人を養えてるのだから、親としては合格かな?と自問自答したりもするが、娘のミドリは


『お父さんは会社で働いてほしいなぁ。仕事しているのは分かるけど、世間の目はロクデナシだよ』


 とにこやかに、言ってくれる。父さん、それだけでへこむぞ。ミドリ…授業参観も運動会も学芸会も欠席せずに参加しているのに。八歳の子供の意見なだけに、どう受け止めるべきか、とりあえず笑うしかない。


「おはようー、お父さん」


 と目をこすりながら、ミドリはキッチンに入ってきた。珍しいなぁ、と父は不思議そうな顔をする。早寝早起きが父娘ともにお互いの約束になっていて、西川もミドリも9時には布団にはいる。昨日は星の雨にみとれて寝るのがいつもよりちょっとだけ遅くなったが、それにしてもと思った。


「眠れなかったのか?」


 ミドリは笑ってごまかす。


「うん、ちょっとね」


「……そうか」


 西川はミドリの茶碗にごはんを盛りつけた。【星の雨】はこの子にどういう影響をもたらしているのか、と思う。


 ミドリは最近、やけに『星』や『死』や『宇宙』について知りたがる。大人ですら脅えきっているスター・レインは子供の目には、どう映っているのだろうか。


 恐怖。絶望。最悪。そして死。


 毎日、繰り返される訃報と悲報。大人たちは何の遠慮もなくそれを話題にして、自分達の不安を埋めようとする。じゃ、子供達の不安は誰が埋めているのか? 国や医療機関やらは子供たちの心のケアも、とか言うが第三者が埋めれるべきものじゃない。子供達にただ絶望の未来を思い描かせては、生れてくるものも生れてこなくなる。日常に疲弊し絶望するのも分かるが、脅えていだけじゃ何も進まない。他人任せでは何もできない。だったらせめて、子供たちと自分の本を手にとってくれる人達だけでも…その支えになれたらいい。


 毎日、西川はそんな想いで原稿を執筆している。それが西川の作家としてできる事だと思うから。


「お父さん?」


「あ、うん?」


「私、ご飯そんなに食べれないよ」


「へ?」


 気付けば、いつのまにかミドリの茶碗に、大人2人前は軽く越えるご飯の山が高々と積み上がっている。ミドリは頬をふくらませて、抗議した。


「お父さんは私をお相撲さんにしたの?」


「ん、まぁ、それもいいかもな」


「お父さん!」


「いや、しかしなぁ、お相撲さんは日本の国技だぞ」


 そんな事を力説しても、どうしようもない。ミドリは呆れてさっさと別の茶碗に自分で盛りつける。


「それお父さん食べてね」


 とにこやかに言ってのける。最近、その笑顔は確信的な気がしてならない。西川はため息をつき────自業自得だが、みそ汁を盛り席についた。


「いただきます」


 と二人手を合せて、いつも通り黙々と朝食を食べる。西川はミドリをちらっと見た。


 離婚してから7年間、この子は母親のぬくもりというものを知らない。幼稚園の頃、一度だけ『どうして私にはお母さんがいないの?』と責められた事はあったが、その一度きり。後は寂しげな様子をまるで見せず、いつも笑顔を西川に見せてくれる。


 しっかりしすぎてる……と西川は思う。なまじ作家で────西川は人の心について考えすぎる癖があるせいかもしれないが、それでも前にも増して無理を感じるのだ。この子の笑顔から。


 母親が必要なんだろうか?


 一般論として母親が子供には必要なのは分かる。母性愛と父性愛は基本的に異なるもので、どちらだけでもダメだし、どちらかが過剰でもダメだ。しかし西川の欲しい答えは、そんな理論めたものじゃない。


(再婚……)


 考えた事がなくもないが、西川の心がそれを受け入れれない。


『そろそろミドリちゃんのためにも』


 何年も前から同じ台詞を繰り返され、その度に西川は微笑して首を振る。多分、人を好きになんかなれないし、ミドリが受け入れてくれる人はそういませんし。


 言い訳さ。


 ミドリを言い訳にして、お前はアイツとの記憶が忘却していくのを恐れている。どうして離婚したんですか? 編集者がよく聞く。お互いの時間を大切にできなかっただけだよ。西川は軽く笑って演技する。そんなんじゃない。そんなものじゃない。俺はアイツが大好きだった。心の底から抱きしめれた最初の人。誰よりも自分を理解してくれて、誰よりも理解できた大切な人。今でも誰かの支えになりたいと物語を綴っているのは嘘ではないが、その奥底ではただ一人の女性のために、西川はペンを進めている。アイツの影から抜けきれない。


 じゃあ、どうして離婚したんだ? 大人の事情、西川は冷ややかに笑った。そんなもののために、子供を引っ掻き回したわけだ。そして今でも身勝手に想っている。アイツは迷惑だろうし、ミドリにいたっては軽蔑するだろう。だから西川は演技し続けて、それを隠す。西川が一番恐怖しているのは、実はスター・レインでも、作家としてのスランプでもなかった。スランプは作家の職業病のようなもので、それに脱する方法を心得ている。そういう時は何も書かない方がいい。


 スター・レインにいたっては、どうしようもない。人間いずれ死ぬわけだし、天文学者どもが必死の研究をしているのも知っている。それでもダメだったら、ダメなものはダメのだ。しかしそこで、完全な絶望はしない。完全な絶望は逃げでしかないから。作家らしい夢見屋な台詞かもしれないが、失望はするが希望は捨てない。例え最後の街が星に喰いつくされても。


 大人が絶望してしまったら子供達に何を残せる? 残るのは未来のない恐怖? それだけで子供たちに生きていけと? 大人は充分に生きたからそれでいいかもしれない。でも子供たちは? これから産まれる子供たちは? 脅えて生きいけと? 最後の街と命が消えるその瞬間まで────?


 希望的観測、西川の物語を批判する人々はそういう。 この現状で必要なのは、心温まる物語などではなく、解明と真実。夢物語には何の価値も無く、人の恐怖心を煽るのみと。


 科学書がベストセラーになる世の中、西川のような作家が生き延びているのも不思議な話しかもしれない。が西川は傲慢に思うわけではないが、価値観を一つに押しつける事に反発を覚える。


 世の大人達は星に脅えて、明日はないかもしれない明日について、いつも思い馳せている。しかしそれでも必死に生きようとしている人達はいるわけで、その大人を見て子供は育つわけで、空想物語が価値はないとは西川は思わない。少なくとも必死に生きている何人かの力にはなれる。不安の取り巻く未来を生きていかなくていけない子供たちの支えになれた。それだけで、西川は自分の仕事に充足を覚える。彼に届く毎日何通かのファンレターが、西川に力を与えてくれる。


 本当に怖いのは、そんなものじゃない。


 本当に怖いのは……本当に怖いのは……本当に怖いのは……いずれ訪れる、最愛の人が失われる瞬間。西川はそれが怖い────。


「どうしたのお父さん、ジロジロと私を見て?」


「あ、あ、うん、いや、我が娘ながら可愛く育ったなあ、なんてね」


「そういうの親バカって言うのよ」


「親にむかってバカとは何だ、バカとは!」


 怒る観点が違う。


「だってバカだよ。この前の授業参観の時、私とっても恥ずかしかったんだからね」


「何かしたか?」


「おぼえてないの?」


 ミドリの突き刺さるようなキツい視線。しかし思い当たる節はまるで無い。


「隣の良君に消しゴム借りただけで、絶叫してたじゃない。『うちの娘になにすんだぁー、破廉恥なぁ』とか『そんな見つめ合うんじゃなぁい!』とか。私に教室追い出されたの覚えてないの?」


「おお」


 と西川は手をポンと叩く。


「それでミドリはあの時怒っていたのか」


「今まで気付いてなかったの?」


「いや、ミドリも彼の事を一緒に怒っていたのかなぁ、と。俺はてっきりその後、止めをミドリが刺したものだと────」


「何よ、トドメって……。私はお父さんに刺してあげたい」


「にこやかに言うなって。冗談だろ。だって父さんなぁ、嫁入り前の娘が男の子の毒牙にかかってしまうのかと思うと、心配で心配で」


 まだ6歳の娘にするような心配じゃない。


「私はすっごーく恥ずかしかったんだよ」


「反省する」


「本当に?」


「本当だ」


「本当に?」


「本当に本当だ」


「何が悪かったと思ってるの?」


「今後は秘密裏にミドリにつきまとう男を消す」


「分かってないっ!!!!」


「親バカなのも、集一先生のいいところですね」


 と第三者のコメントに二人は、えっと振り向く。いつのまにか、ご飯とみそ汁をもって女性が食欲旺盛に食べている。西川もミドリも目を点にした。


野咲ノザキ君?」


「野咲さん?」


「おじゃましてます。そしていただきます」


「あ、どうぞ、召し上がれ……じゃないって! 人の家にいつのまにいるの、君って人は!?」


「んふふふ、先生、締め切りが昨日だった事を忘れちゃいけませんよ」


 鋭い視線に射貫かれて、西川は思わずみそ汁をすする。


「うん、いいダシだ」


「先生ぇ」


 と野咲はジトリと睨む。


「締め切りはいつでしたっけぇ~?」


「……そう怒るなよ」


「怒ってはいません。ただ、朝からほのぼのしている場合なんですか。私は家事洗濯を全て引き受けようと会社を休んで来たというのに。何を朝からほのぼのしているんですか~」


 編集者を怖いと思える人がいるとすれば、それは野咲ユリカ、この人をおいて他にいない。今だ駆け出しの編集者の彼女が、出版社50周年を記念して新文庫創刊を記念して、西川に書き下ろしの執筆依頼をしてきたのが最初。当初は児童文学で腕をならしていた西川だけに興味はなかったし、何度もお断りしたが彼女の熱意は並ではなかった。何より彼女は西川集一の物語のファンだったという事もある。だがれ以上に既成概念で覆いつくされたジャンルという枠を叩きつぶしたいという思いが、野咲にはあったようだ。


 根負けしたというか、渋々西川は執筆の依頼を受け、自由気ままに大人でも読める幻想ファンタジーを書く。『螺旋階段でただよう君と』それが最初のタイトル。それが思いのほか好評で、大人にも子供にも発信していける両刀の物語作家という変なオビを本につけられたりもした。


 おかげで他の出版社からも執筆依頼が来るようになったわけだが、できるだけ野咲との仕事は断らないようにしている。あまり知られていないかもしれないが、小説を書くのは小説家の仕事だが、それを出版するまでの経緯は編集者との二人三脚である。


 出版社としては売れなくては困るし、作家としても読んでもらえなくては困る。そこに商業的戦略が生れ、流行に合わせた本作りを出版社としては狙っていきたい。しかし作家としては自分らしい作品を世に提示していきたいわけで、そこでジレンマが生れてくるわけだ。


 大物作家なら編集者は何を口を出さずとも編集者は喰い付く。


 新人作家あるいは無名作家の場合は、編集者が新しい旋風を巻き起こしたい一心であれやこれやの注文をつけ、流行からはずれてる路線のものには敬遠しがちな傾向がある。本は一種の商品であり、資本主義で流通が成立している以上、それは避けようもない事実だが、そこに反発する当たりが西川らしいのかもしれない。


 だが、野咲は純粋に彼の作品の提示を待ち、編集者としての助言は忘れず、そして出版のために全力で売り込んでくれる。当初は編集部側からも圧力を受けていたという話しだが、そんな素振りはまるで見せない。だから西川もスランプとかネタがないとかいったどうしようもない事で野咲を困らせた事はない。ただ野咲の示す締め切りはいつも、早い。野咲が誰よりも早く西川の物語を読みたいという私的感情も相まって、西川を追い立てるわけだ。それがなければいい編集者なのだが、そこまでは贅沢かな、とも思う。


「お父さん、また締め切り破ってるの?」


 ミドリにまで睨まれ、西川は小さくなる。編集者には強く出れる西川も、愛娘の前ではただの親バカ。それを見越して、野咲はミドリのいる時間に押しかけてくるのだからタチが悪い。信頼できるが最恐であるとい位置づけの要因がここにある。


「だってなぁ、ミドリ。野咲君の締め切りは早すぎるんだよー」


「当然です、私は早く読みたいんですから」


「仕事でしょ、それぐらいやらなくちゃ」


「ミドリ冷たい」


「だっお父さんが頑張ってくれなきゃ、ウチは夜逃げだもん。お父さん、サラリーマンできる?」


「う…」


 わが子ながら鋭すぎる洞察力。西川は組織にこれでもかというほど、むかない人間だ。作家デビューする前は生きるためにしかたなく働いてはいたが、遅刻早退当たり前。勤務不熱心、外出歓迎、給料泥棒の代名詞のような社員だった。さすがに親として、それは言えない。────しかし娘はそれくらいは、感づいているのだが。


「わかった、わかったよ」


 と渋々な口調なのに、西川の口元はなぜかニヤニヤしている。


「お父さん?」


「先生?」


「気色悪いよ」


「そんな思わせぶりな事はしなくていいですから、さっさと仕事してください。あまり売れてもないのに締め切り破る作家は最低ですよ」


「ちょっと、野咲君! それはひどくないか!?」


「そんな事している余裕はありません。先生、早く、早く」


 と首筋を掴んで、問答無用に引きずっていく。西川はじだばたして、


「ちょっと待て、野咲君、おいってば」


「大丈夫です、ミドリちゃんを学校へ送り届ける任務は私が遂行します。後片づけもその他の事も全部、私に任せてください」


「いや、そうじゃなくて」


「大丈夫、安全運転でいきますよ。しかし印税はいってるんだから、こんな山奥じゃなくて街中にマンションでも買ったらどうです? それくらいの金はあるでしょ」


「余計なお世話だよ。いや、俺が言いたいのは、そういう事じゃなくて」


「言っときますけど、どんな言い訳しても無駄ですから。先輩が言ってたんですけど、外出やら用事やら言い訳してくると、ダメ作家の仲間入りだそうです。締め切り破っても何も感じなくなると大御所かクズだそうですが、私はそんな事許容できませんので。ね、ミドリちゃん?」

「もちろん」


 野咲もミドリもニッコリと微笑んで、しっかりと握手する。いつのまにこの二人は同盟を組んでいたんだ? いや、この際それは────どうでもよくないが、ま、それは後回しと言っても、西川がどうこうできないのは本人自覚ずみである。こうしてますます娘にだらしなく、編集者に弱くなっていくのかと思うと、自分の事ながらため息がでる。


「あのさ……とにかく人の話し、聞こうよ。もう、できてるんだって」


「え?」


 野咲は狐に化かされたような顔で西川を見る。「今、何ておっしゃいました?」


「もう書き上がったの。最後まで」


「ウソ…全部?」


「もちろん。ダメ作家にしてはよくやったろ?」


「どうしてそれを早く言わないんですかっっ!」


「君が言わせる余裕をくれなかったんだろ。正確には野咲君とミドリが、だけど」


「そんな事はどうでもいいです」


 その気迫たるや鬼気迫るものがある。


「原稿は!?」


「二階の書斎────」


 と西川が最後まで言う暇を与えず、野咲はさっさと階段を駆け上がっていく。西川とミドリは呆気にとられて────二人で顔を見合わせて、吹き出した。仕事の鬼というか、読者の鏡というか、西川としてはどちらにしても複雑な気分ではある。


「やれやれ」


 と西川は困ったように頭をかく。


「とんだ編集者だな」


「私はいいと思うけどな」


「ん? 何が?」


「お父さんの奥さんには」


「な? な? な?」


 予想もしない一言に西川は慌てる。そんな事を意識していたわけではなく、娘の口からそんな発言がでてきた事に慌てたのだ。なぜか赤面する自分の顔が恨めしい。ミドリはそんな西川を見て、楽しげにクスクスと笑った。


「私、学校の用意してくるね」


 とミドリはパタパタと自分の部屋へと走ってく。そんな娘を見送りながら、西川は情けない気持ちになっていた。とっくに顔から赤みは消えている。仕事をやり終えた安堵感すら消えて、ただ情けなくなった。無意識のうちに言葉をもれる。


「子供には母親が、必要なのか?」


 その時、西川が頭に思い浮かべたのは、野咲ではなくただ一人の女性。西川は力なく椅子に座って、ただ過去にすがるように天井をぼーっ、と見つめていた。

 

という事で、もう最後のメインキャストの野咲さん登場。野咲ユリカ。生粋の職業編集者。ちょっと変わりもの認定されてますが、それは仕事の鬼ゆえ。まぁ、編集者が強いのはお約束ですね。それでは、また次回。下原稿があるのは本当にいいね。ストックもう少しで出しつくしますが^^;

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