第十七話:不動の理合
オクタゴンに葦中高校の二人目が上がってきた瞬間、アリーナの歓声はピタリと止まり、奇妙な静まりかえりを見せていた。相手が携えていたのは、先鋒の短刀とは真逆の、長い『薙刀』だった。――BUSHIDO FIGHTの公式ルール上、使用が認められている武器ではある。しかし、その重量バランスの悪さと間合いの極端さゆえに、プロのトップリーグでも滅多に見ることのない、非常に珍しいスタイルだった。だが、オクタゴンの中心に立つ小平萌香には、そんな周囲の動揺など一切関係なかった。
「次って言ってるでしょ、早くしてよ!」
追試のイライラが完全にピークに達している萌香は、試合開始の合図と同時に、相手の武器の長さを完全にお構いなしにして正面から突っ込んでいった。先ほど先鋒を圧殺したあの猛烈な突進力。しかし、長い柄を持つ薙刀の先端が、突進する萌香の死角から冷徹にしなった。
ガツン!!「……っ!?」鋭い薙刀の突きが、萌香の「脛」のセンサーを正確に捉える。たまらず体勢を崩した萌香が強引に刀を振り回そうとした刹那、今度は容赦のない追撃の突きが、サイバー防具の「喉」へと深く突き刺さった。間合いが長すぎる。懐に近づくことさえできない。どれだけ力任せに連打を叩き込もうとしても、その手前で長い刃筋に完璧に前進を阻まれる。自分の思い通りにいかない現実を前に、萌香の怒りとフラストレーションは限界を突破した。
「ああああああっ!!」鬱憤をすべて吐き出すような萌香の絶叫が、アリーナの空間に虚しく響き渡る。その感情の爆発によって生まれた一瞬の隙を、葦中の次鋒は見逃さなかった。大きく空いた萌香の胴のセンサーへ、薙刀の切っ先が完璧な気剣体の一致をもって叩き込まれた。
シャキィィィン!!!!「そこまで! 一本(KO勝ち)!!」
電子音が鳴り響き、萌香の防具がチェリーレッドに赤く灯る。成す術もなく一本を毟り取られ、暴走特急・萌香の快進撃はここで非情にもストップした。「……ありがとう、萌香。よく繋いでくれた」面を外して激しく悔しがる萌香と入れ替わるようにして、星ヶ丘の中堅、九十歩が静かに相手の前に立った。九十歩は自分の長刀(リーチ型)を構え、面金の奥から、対峙する葦中の薙刀をじっと凝視した。その瞳には、先ほどの太原や萌香のような困惑は一切なかった。
(……分かった。形は違えど、こいつの戦い方は、俺たちの長刀と同じだ)
短刀二刀流の先鋒と、長い薙刀の次鋒。一見すると両極端の武器に見えるが、九十歩はその本質を見抜いていた。これもまた、初見の相手をその珍しい間合いでパニックに陥れるための、徹底的にパターン化された奇襲に過ぎないのだ。基礎の実力そのものは、そこまで伴っていない。
九十歩の脳裏に、巴の指導のもと、体育館で手永紺とともに過ごした秘密の練習の日々が鮮烈にフラッシュバックする。朝5時の誰もいない静寂の中、長刀の重量に耐え、ミリ単位で刃筋を補正するために、基本の構えと素振りを繰り返し続けてきたあの泥臭い時間。長い武器の特性と、それを扱うための理合は、すでに九十歩の肉体に骨の髄まで染み込んでいた。
『第三試合、始め!』
ブザー音とともに、再びあの薙刀の鋭い突きを繰り出される。だが、その軌道は、九十歩の目にはあまりにも単調に映った。ガツン!!九十歩は半身を開いて最小限の動作で動き、長刀の柄をテコのように利用して、その単調な突きを鋭く「払い」落とした。朝練で何度も繰り返した基本の防御動作。武器を弾かれて相手の体勢がわずかに崩れた隙を、九十歩の長刀の先端が、正確に相手の小手と胴のセンサーを捉えていく。シャキィィィン! シャキィィィン!「有効打突!」電子音がアリーナに響く。九十歩は決して無理な深追いはしなかった。相手の奇襲のパターンを冷徹に見極め、慎重に、だが確実に有効ポイントを積み重ねていく。巴から授かった『振り返し』を無理に狙うまでもなく、地道な反復練習で培った圧倒的な基本動作の精度だけで、葦中の薙刀を完全に支配していた。
10点減点方式のシステムが非情にカウントを刻み、タイムアップのブザーが鳴る。「そこまで!」九十歩は、危なげない試合運びのまま、慎重に、だが確実に勝利をつかみ取った。星ヶ丘高校サムライ部の中堅が、葦中の不気味な連勝をその手で完璧に食い止めてみせたのだった。




