第39話 激闘の末に
「アダマンタイトドラゴン⋯⋯!」
僕がその脅威となる名を口から発した。
ゲームでもこのイベントでここまで強力なモンスターが現れることなんてなかった。
「SS級モンスター⋯⋯!」
そう呟いたセリア嬢は、焦燥を滲ませている。
「あ⋯⋯う⋯⋯」
アヴィは腰を抜かして動けないでいるようだ。
このイベントの攻略における鍵となる主人公だというのに、あまりにも情けない姿を晒してしまっている。
「セリア下がれ! こいつは俺が相手をする!」
俺は即座に残虐者モードに切り替えて戦闘態勢に移ると、手で銃の形を作った。
「〈魔弾〉」
唱えて放つが、その魔力による銃弾は、アダマンタイトドラゴンの超硬質な皮膚に掠り傷を負わせることもできない。
「くっ⋯⋯!」
全魔力を込めた『魔弾』だったが、アダマンタイトというオリハルコンと並んでこの世で一番硬いと言われる鉱石に穴を穿つには至らないらしい。
(魔力の扱いが、それだけまだ未熟ということか⋯⋯)
「グゥルゥアアッ!」
アダマンタイトドラゴンが振るってくる鋭い鉤爪を避けつつ打開策を練る。
防御力にステータスを全振りしているためか、動きは鈍重で攻撃を躱すのは容易だ。
けれど、そうしているだけでは相手を倒すことはできない。
「それなら、こいつはどうだ?」
俺は斜め上から振り下ろされる鉤爪を掻い潜りながら、手にした剣に、『破壊』の力を込めて左から右に振るった。
「〈死を忘れるな〉」
──ガツッ!
鈍い音が響く。
俺の斬撃における最強の一撃は、アダマンタイトドラゴンの超硬質な皮膚を斬り裂き、裂傷を負わせていた。
「グゥルゥアアアァアアアッ!」
自慢の身体に傷を負わされたアダマンタイトドラゴンが、怒りの咆哮を上げる。
(これであれば刃は通る。だが⋯⋯)
ダメージは与えられるものの、相手の身体が巨大すぎて、致命傷は与えられそうもない。
「デュアル、私も加勢するわ! このまま見てるだけで終わりたくない!」
セリアが決死の覚悟を見せて俺の横に立ち、申し出た。
「分かった。じゃあ、三十秒だけ持ちこたえてくれ」
「何をするつもりなの?」
「説明している時間はない。大丈夫だ。何とかする」
「そう。じゃあ死ぬ気で耐えてみせるわ」
セリアは言うと、アダマンタイトドラゴンのヘイトを稼ぐために、光の攻撃魔法を放った。
「〈迸る光刃!〉〉
「グゥアッ!」
攻撃を受けたアダマンタイトドラゴンが、標的をセリアへと変え、鉤爪で真上から押し潰そうとする。
セリアはその重い一撃を身体を横に転がすことで躱した。
あの分なら、セリアはなんとか時間を稼いでくれそうだ。
アヴィはどうしているのだろうかとそちらを見ると、どうやら恐怖のあまり気絶してしまったらしく、目蓋を閉じて地面に横になっている。
その方が好都合だと、俺は、大技の準備を始めた。
『創造』の力で、アダマンタイトドラゴンの周囲に炭素と窒素の化合物を生み出していく。
相手は、素早く動くセリアをとらえることができず、苛立った様子でそれに気づく気配はない。
そして準備を整えたところで、セリアに合図をした。
「セリア、下がれ!」
「了解!」
俺の言葉に応じて身を引いたセリアと自分とに、防御のための魔法を唱える。
「〈結界〉」
そうしてから、続けて、『破壊と創造』の力を駆使したその大技の名を告げた。
「〈太陽神〉」
「ギャァルゥアァアアアアッ!」
アダマンタイトドラゴンの巨躯が、青白色の炎に包まれる。
『創造』の力で炭素と窒素の化合物を生み出し、『破壊』の力で摩擦により酸素中で燃やし、約4990℃の明るい青白色の炎を生み出す。
さらに、オゾンを使用し、太陽の表面温度に匹敵する約5730℃近い温度にまで持っていく。
アダマンタイトの融点は、推定約2280℃とされる。
ドワーフの高名な鍛冶師が、特別な炉を使ってやっとで加工できるような代物だが、太陽の熱を浴びせられては融解するしかない。
やがてそこには、どろどろの赤い液状の物体に溶けたアダマンタイトドラゴンの亡骸が漂い、それも次第に空気中に霧散していく。
その後には、ドロップアイテムの巨大なアダマンタイト鉱石が残された。
激闘を終え、残虐者モードを解除し、気持ちを落ち着かせる僕。
「やったわね! デュアル!」
そこにセリア嬢が、いつになくはしゃいだ様子で駆けつけてきた。
「まさかあんな凄い力を隠し持っているなんて思わなかったわ」
「セリア嬢は、僕が怖くないのか?」
今振るった力は、常軌を逸したものだろう。
人は理解し得ないものに怯えるものだ。
「確かに、畏怖を禁じ得ない力だったわね。でも、その力のおかげで死なずに済んだんだもの。感謝しこそすれ、恐怖を感じはしないわ。むしろ美しいと思った」
あっけからんとして言う。
「そう」
僕のお株を奪う言葉に、思わず苦笑が零れた。
「ところで、一つ気づいたことがあるんだけれど」
「何かな?」
「貴方、怪人クラヴィスよね?」
「え⋯⋯? そ、それは⋯⋯」
意表をつく問いかけに、言葉に詰まる。
「だって、〈死を忘れるな〉って、怪人クラヴィスの代名詞的な技じゃない」
そうだった。僕はクラヴィスとして悪党達を成敗する際に、その技でよくとどめを刺していた。
命までは奪っていないよ。
それは美しくないからね。
それならなぜわざわざ威力が過剰な技を使うのかっていうと、ただそのお決まりとなる行為が美しいから。
白と黒の光と闇を纏うダークヒーローには、悪を刈り取る際には、そういう演出も必要なんだ。
「はぁ⋯⋯バレちゃったか⋯⋯まぁセリア嬢なら秘密を守ってくれそうだし、いいか」
「ええ。みだりに他人に話したりはしないわ。ただ、黙っておくには、一つ条件を出させてもらう」
「その条件って?」
「デュアルがクラヴィスってことは、後から増えた、ウーヌス、ドゥオ、トレースっていうのも、リノアとレティシア、ニベアの三人なんでしょう? 全員女性であることと、人数も符号しているもの」
「そうだよ。僕達が秘密結社『モノクローム』だ」
「やっぱりね。じゃあ、私もその『モノクローム』の一員に加えなさい」
「セリア嬢を?」
「何も問題ないでしょう? 実力ならリノア達に引けをとらないんだから。私も王都の腐敗には内心憤りを隠せないでいたのよ。いい機会だわ。あ、そうだ! そうするなら、私も『ニドゥス・アウィス』に住んだ方がいいわね。その方が何かと都合がいいもの」
「ええっ! セリア嬢が一緒に住む!?」
『モノクローム』の一員に加わること以上に驚かされた。
「ええ。そういうわけだから、そのことについては、また今度リノア達を交えてゆっくりと話し合いましょう」
「はぁ⋯⋯とんでもないことになってしまった⋯⋯」
「デュアル、ドロップアイテムを忘れずに回収しておきましょう。SS級モンスターの素材なんて普通は一生お目にかかれないわよ?」
ため息まじりに嘆く僕とは対照的に、セリア嬢はとても楽しげだ。
「凄い大きさね。これ、国宝級じゃない?」
その目の前に鎮座する巨大なアダマンタイトの塊を眺めながらセリア嬢が感嘆した。
赤い輝きを放つそれは、縦横高さが、それぞれ約三メートル程はある。大岩のような威圧的を放っていた。
「どう扱うかは後から考えよう。とりあえず、僕の空間収納にしまっておくよ」
僕は言いながら、その塊に手をかざして収納した。
「これでよし、と。後はどうやってこの最下層から地上まで帰還するかだけど──」
「デュアル、その壁の向こう側に隠し部屋があるわ」
僕の言葉を遮り、セリア嬢が伝えてきた。
「『プロヴィデンスの目』で見えたんだね?」
「ええ。もしかすると、帰還ゲートがあるかもそれないわ。いってみましょう」
その壁の前に二人で立つ。
黒ずんだその壁に掌を添えて、
『〈破壊〉』
呟く。
すると、壁が一瞬で崩壊し、大きな穴が穿たれた。
「さすがね。では、いきましょう」
セリア嬢を先頭にして立ち入ったそこは、十帖のリビングルーム程の広さで、中央に棺のような直方体の箱が置かれており、その奥には円形の帰還ゲートがあった。
「デュアル、帰還ゲートがあるわ! これで戻れるわね」
セリア嬢が喜色を溢れさせながらその元へと向かう。
「これはトラップじゃないわ。本物の帰還ゲートよ」
『プロヴィデンスの目』で確認したらしい。本当に便利な能力だ。
「セリア嬢、念のため、この棺も見てくれないか?」
「確かに、いかにも何かありそうなものだものね」
けれど、セリア嬢はじっとその棺を見つめた後、驚いたようにその目を大きく見開いた。
「嘘⋯⋯! 『プロヴィデンスの目』が弾かれるなんて⋯⋯!」
「よほど強固なプロテクトが施されているみたいだね。じゃあ、僕の出番かな」
僕はその棺の上面に埋め込まれている白い金属板に触れてみた。
魔力を通して調べてみると、何か複雑なプログラムによって構築されたセキュリティシステムで守られているようだった。
通常ならば、何かパスワードを唱えないと蓋が開かないようになっているようだが、僕には必要ない。
『破壊』の力で、そのセキュリティシステムを壊し、封印を解除する。
すると、棺に被せられた蓋が、ゆっくりと横にスライドしていく。
中には、一人の長い金髪を広げながら、胸の上で両手を組み目蓋を閉じている若い少女が収められていた。
ふと、その目蓋が開いた。
その下にあったキラキラと輝く碧眼が、僕の顔へとその眼差しを向ける。
「不躾ですね。乙女の寝顔を覗き見ないでください」
いきなり咎められた。寝起きで機嫌が悪いんだろうか。
「何、この子? 態度が悪くない?」
腹を立てるセリア嬢を、まぁまぁと宥めつつ、上体を起こした金髪の少女に向き直った。
「ごめん。そんなつもりはなかったんだ。よければ君が何者なのか教えてくれないか?」
「私はイヴ。魔導王朝レガリアで製造された、魔導AIが組み込まれたオートマタです」
機械仕掛けの人形だったのか。見た目は人間となんら遜色ないのに、さすがは古代の魔導技術といったところ。
「遺憾ながら、封印を解いた貴方が、今後私のマスターということになります。ええ、誠に遺憾ながら」
二回も嘆かれた。そこまで嫌なのか。
「僕はデュアル・フォン・フォルマ。一応男爵をやってる。よろしく」
「私は公爵令嬢のセリア・フォン・クラウベルクよ。デュアルの友人」
「デュアルにセリアですね。記憶しました。それで、若い男女がこんなダンジョンの最下層で何をしていたんですか? まさか人目を忍んで情事にふけっていたわけではありませんよね?」
僕はこの少々口の悪いオートマタとの今後の生活が思いやられて、大きなため息を吐いた。




