第38話 ダンジョン実習
「今日は初めてのダンジョン実習になるわ。皆の実戦での実力が試される場よ。じゃあ、指定されたグループごとに集まって」
ミスティ先生が教壇に立って告げた。
ダンジョン実習とは、学園の近くに存在する古代遺跡ダンジョンに潜り、浅い階層で低級から中級ランクのモンスター相手に戦闘を行うというものだ。
時に泊まりがけで敢行することもある中々に過酷な訓練になる。
だがレベルアップするにはいい機会だ。
ゲームでも、このダンジョン実習で経験値を上げることができた。
今の僕や仲間達には、少々ヌルいけどね。
「セリアさん! 一緒の班だね!」
ゲームの主人公アヴィが、嬉しげにセリアに近づく。
何の因果か、僕のグループのメンバーは、セリア、アヴィ、そしてシリウスだった。
荒れるとしか思えない面子だ。
「貴様ら、俺の邪魔だけはするなよ」
シリウスが脅すように高圧的に言い放つ。
「準備はできた? じゃあ、ダンジョンに向けてしゅっぱーつ!」
ミスティ先生が天に向かって拳を突き上げつつ元気良く宣言した。
§
「ハッ!」
セリア嬢が剣を横薙ぎに振るう。
「ギャッ!」
その一撃を受けたコボルトが、悲鳴を上げながら絶命して 身体を微細な粒子へと変え、宙に溶けいるように消えていく。
「さすがだね、セリアさん!」
すかさずアヴィがセリア嬢を持ち上げる。
「手応えがないわね」
セリア嬢は相手をせず、物足りなさそうに呟いた。
「上層のモンスターといったらこの程度だよ。実習で相手するのは、せいぜい強くてもD級程度だ」
僕が意見したように、ダンジョン実習では、安全を確保するため、活動するのは一階から十階までの上層までで、十一階以降の中層に下りることは禁じられている。
もう一人のメンバー、シリウスはというと、偉そうに腕を組んで後方で様子を見るばかり。戦闘には加わろうとしない。
「もう少し奥まで進んでみましょう」
セリア嬢がそう言った時だった。
──ゴゴゴゴゴ⋯⋯。
地鳴りのような音が響くとともに、ダンジョン全体を震わせるような揺れが起きた。
「うわっ!」
「な、何なの⋯⋯?」
突然襲ってきた不測の事態に、アヴィとセリア嬢が激しく動揺する。
「『変遷』⋯⋯」
僕はその現象の名を呟いた。
「デュアル、これがどういうことなのか知っているの?」
やがて揺れが収まり、セリア嬢が困惑しつつ聞いてきた。
「ダンジョンにおけるイレギュラーの一つだよ。構造に変化が起きて、通常よりも強力なモンスターが出現したり、凶悪なトラップが出現したりする」
「なんですって!?」
僕にゲームで知り得ていた知識を伝えられ、セリア嬢が慌てて周囲を見渡す。
辿ってきた道の奥には、新たに壁ができて塞がっていた。
「道が塞がってる。これじゃあ帰り道が分からない」
「どうするんだよ! 水も食料も持ってきてないんだぞ!」
焦ったアヴィが声を荒らげる。
水や食料は僕の空間収納に入っているから問題ないんだけど、こんな序盤の内からこの事態に陥るとは思わなかったな。
ゲームでは、中盤で主人公パーティがこの『変遷』に巻き込まれる。
強力なモンスターに遭遇し、窮地に追い込まれるけれど、アヴィが固有スキルの『限界突破』をさらに進化させた『限界超越』に目覚め、敵を撃破するんだけど⋯⋯。
「落ち着いて。水や食料なら僕が──」
「付き合ってられん。俺は戻らせてもらう」
僕の言葉を遮って、シリウスが高価な空間収納機能を持つ指輪型の魔導具から、帰還結晶を取り出した。
それもまた貴重なダンジョン産の品で、ギルドで高額で取り引きされている。
「貴様らはせいぜいあがくといい。ではな」
そう告げると、シリウスは帰還結晶を起動させ、光の粒子に包まれながらその身を消した。
「あいつ、自分だけ逃げ帰りやがった!」
置いていかれたアヴィが憤る。
「彼は戦力としては貴重なんだけどな」
僕は残念に思う。彼は性格や考え方には問題があるけれど、実力は本物だ
「気にする必要ないわよ。むしろいなくなってくれた方がやりやすいわ。それより、この状況を打開するための方法を考えましょう」
冷静さを取り戻したセリア嬢が言う。
「あ、あそこにあるのは帰還ゲートじゃないか?」
アヴィが指で指し示した先には、地面に描かれた円形の魔法陣が、仄かな光を放っていた。
(通常ボス部屋でフロアボスを倒した後にしか出現しないはずの帰還ゲートがこんな通路にあるなんて不自然すぎる。おそらくあれは──)
「やった! これで帰れるぞ!」
「待て! その帰還ゲートは危険だ!」
「待って! それはトラップよ!」
僕とセリア嬢の言葉が聞こえていないのか、その制止を無視して、アヴィが不用意にその帰還ゲートに見える円形の魔法陣に飛び込む。
と──。
その辺り一体が白い光に包まれた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「くっ!」
眩しさに咄嗟に目蓋を閉じる。
そして、再び目を開いた時には、周囲の光景は一片していた。
赤茶けた色だった通路の壁は、黒ずんだ色に変わり、周囲の空間に満ちているマナの含有量も、先程とは桁違いだ。
「ここは⋯⋯ダンジョンの深層⋯⋯それもおそらく最下層だ」
僕は重く響くような声で呟いた。
「深層の最下層ですって!?」
その事実に、セリア嬢が声を大きくして叫ぶ。
「そんな⋯⋯俺はまだ覚醒することなんて⋯⋯」
アヴィは転生者だから、このイベントに巻き込まれた時の経緯を知っているんだろう。
彼がまんまと騙されて嵌ったトラップの有無の違いはあれど、強力なモンスターに遭遇するという結果は変わらないはずだ。
ここはマギア・アルミラの魔力通信もできない場所。
外部に助けを求めるということはできない。
「グゥルゥゥ⋯⋯」
その時、通路の奥から、モンスターの低く唸る声が響いてきた。
「くるわよ! 二人ともかまえて!」
セリア嬢が僕達に呼びかける。
やがて地を鳴らしつつ姿を現したのは、全身が赤い光沢を放つ巨大なドラゴンだった。




