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Parallel End-9

トレイ、ケイト、リドル……ハーツラビュル寮の三名と握手を終えた監督生はグリムを抱き抱えながら、メインストリートを真っ直ぐ歩いていた。かつてこの学校を卒業した偉人……正確には施設から学園へと変化させる学園長へ救いと助力の手を差し伸べた卒業生の石像をみながら、一歩一歩進んでいくのである。


「おい、監督生!」


そんな折、正しく道半ばに差し掛かったその瞬間、背後から怒りと涙混じりの声が響いて来る。声に釣られたように勢いよく振り返ると、そこにいたのはエースとデュースの姿だった。


もう会えないのではないのか……最後のお別れで顔を合わせてくれないのではないのかと諦めていたのだが、二人の名前を呼ぶさなか、エースは荒々しく地面を踏みしめ、子供のように感情をむき出しにするのだ。


「行くなよ、監督生!」


……エース。


「その場でじっとしていろ! 逃げるなよ監督生! 絶対に、絶対に帰してやんねえ!!」


……そう云えば、どの『一年』でもエースと出会うのはこの場所だった……このメインストリートで必ず出会うことになる友達であったなと過去の記憶を振り返る中、エースは自分の真ん前に立ち、怒り任せにシャツの胸元を鷲掴みにして持ち上げる。俄かにつま先立ちになった覚束ない足取りの中、エースは目尻に涙を見せながら怒鳴るのだ。


「なんでお前、帰るんだよ! 俺たちのことが嫌いなのかよ! 友達だと思っていたのは俺だけだったのかよ!!」


「止せ、エース。監督生が苦しがってる」


傍に寄って来たデュースが落ち着きを取り戻すように、真剣な顔でそう述べる。エースの頭は、そしてその精神状態は全く冷静なものではなかったが、一応乱暴なことを――否――我儘を云っている自覚はあったのか、手放してくれた。


「そりゃ頭沸騰もするだろう! いきなり帰るとか云いやがって! もうちょっと時間の猶予があると思うじゃん! 理事長をぶっ倒してたった一日しか経っていないのに、もう帰るだなんて思ってなかった! せめて一年、二年……俺たちが学園を卒業するまでいてくれるものだと思っていた!」


「エース、こればっかりは仕方ないだろう。理事長が開いた次元の扉はいつ閉まるか分からないもの……もしかしたら卒業まで監督生は一緒に学園生活を送ることができるほど次元の扉は保ち長期間滞在してくれる可能性はあるだろうが、万が一、もしもがある。この機を逃したら、どうなるか……」


「なんだよ、お前ダッセ! 物分かりの云い態度とっちゃってさ! お前だって本当は監督生とずっと一緒にいたいだろうが!」


「ああ、そうだよ! 悪いか!!」


エースの怒りが伝播したかのように、デュースは怒鳴り返した。自分はおろおろと口論を続ける二人を見続けるしか出来なかった。


「リドル寮長も、バイパー先輩も、セベクも、俺も、みんなが! 監督生がこんな早く元の世界に戻ることに納得していない! エース、お前だけがずっと一緒にいたいと思っていると思うなよ!! 僕だって、監督生に帰ってほしくないんだ!!」


「なら! 意地でも引き留めるのに協力しろよ! どいつもこいつも分かったような澄まし顔をしちゃってさ! 再会の約束? 遠く離れても友達? 監督生と再び出会えるような奇跡なんか起こるはずがねえだろう! 連絡を取り合えない相手がずっと友達でいるだなんてそんな幻想、俺には信じられないね!」


「いつまでもガキみてえな駄々こねてんじゃねえ! お前だけが我慢していると思うなよ! 理不尽に奪われた七〇年を繰り返してきた学園生活の思い出、濃く深く絶対な関係性になったこの友情に別れと云う亀裂が入ってほしくないのは、誰もが同じなんだよ! お前だけが悲しいなんて、悲劇面をするな!」


「二人ともやめて!」


自分はグリムを強く抱きしめながら、大声を出した。それは何時か……ドワーフ鉱山でシャンデリアの魔法石を求める際、二人の諍いを止めるような感慨を抱きながら。


「自分だって……こっちだって……みんなと別れたくない! ずっと一緒にいたい! 卒業までずっと一緒にいるものだと思ってた! だけど――いつか物語は終わるんだよ! どんなに分厚い絵本でもおとぎ話にはエンドがある!」


自分は涙を一筋零しながら、へたりと地面に座り込んだ。エースとデュースは気まずそうに黙り込みながらも、火が点いた怒りが収まり、徐々に冷静さを取り戻していく。


「エースとデュースは、再会の約束をしてくれないの……?」


『違う』


「エースとデュースは、ずっと友達でいてくれないの……?」


『違う!』


「二人は友情を忘れ――『どんなことがあっても忘れる筈ねえだろうが!!』


二人はひしと自分を抱きしめる。非常に力強い、離別の反抗を示すかのような強力な抱擁であった。


「……二人は、再会の約束をしてくれる?」


『ああ、また会おう。監督生』


「……二人は、ずっと友達でいてくれる?」


『たとえお前がしわくちゃになっても、ずっとこの友情は忘れない。監督生、いや――』



『――マイディア』



二人に擁されながら、自分は微笑む。滂沱の涙が流れ視界が滲む中、はじめてあちら側が「親友マイディア」と呼んでくれた事実に喜びを隠せないのだ。どの時間の巻き戻しでもなかった、親愛なる友と呼称する呼び名。初めて応じてくれた事実に、嬉しさのあまり気がどうにかなりそうだった。


「エース、デュース……最後に握手をしよう」


「あぁ、そうだな」


「俺は別れたくねえけど……監督生には帰るべき場所、家族がいるもんな」


二人は手袋を投げ捨て、そっと自分の手を取る。エースは柔らかく、デュースは力強い、二者二様の握手を行い、名残惜しさを感じながら手を離した。自分は涙を拭いながら立ち上がり、グリムを抱えたままトボトボと歩く。時折後ろを振り返ると、エースとデュースの二人は自分の姿が見えなくなるまで……いや、この世界からいなくなるまで見守るつもりなのか、ずっとその場所にいてくれた。


何だか二人に背中を押されているような心強さを感じながら、辿り着く最終地点は目覚めの場。


ワイルドハントと文字が掘られた、棺の部屋であった。


自分はここに運ばれ、百年もの間、長い眠りに落ちていた。


グリムを手放しながら部屋の中に入ると、室内で待機していた学園長が「来ましたね」と声を出す。


「ご友人との別れの挨拶は済ませましたか? 心残りはありませんか?」


「別れの際、駄々を捏ねた人はいるけど恙無く……心残りはあるけど、時間のゆらぎという問題を発生させる以上、未来人である自分はこの世界にいてはいけませんから」


「随分と物分かりの良い……そちらの方が助かりますが、一方的に呼び寄せたと云うのに、何の手荷物土産なしに帰るのは、少し道理に反します。監督生さん、これをお受け取りください」


そう云って学園長が差し出したのは、手頃な大きさの瓶である。中には赤、黄、青、オレンジ、紫、水色、緑……キラキラと輝く飴玉が入っていた。瓶一杯に詰まった夢のようなキャンディである。


「赤はハーツラビュル。黄色はサバナクロー。青はオクタネヴィル。オレンジはスカラビア。紫はポムフィオーレ。水色はイグニハイド。緑はディアソムニア――と、それぞれの寮の色をモチーフにしたキャンディです」


「綺麗……宝石みたい……」


「マジカルペンにつけられた魔法石みたいでしょう? 蜜のように甘く、綿菓子のように蕩け、耽溺するように夢中になる魅惑的な砂糖菓子。だけど、食べすぎには注意。虫歯になってしまいますからね。餞別に持って行って下さい。私、優しいですから」


「はい、学園長は本当に優しいですね」


「ええ!」予想外の言葉を受けたのか、学園長は驚きを隠すことなく飛び上がる。「いや、まさかそんなねえ……今更云われても……嬉しいです」


学園長はニヤニヤと照れ笑いを浮かべながら、閉ざされた棺の蓋を開く。その箱の中で横になるよう指示を受け、自分は宝物を決して無くさないように宝石のように輝く瓶を抱きしめながら、仰向けになった。


見上げるは天井。見詰めるは青褪めたグリムの青い瞳。


「子分、これでお別れなんだゾ」


「そうだね、グリム。もし出来たら、また会おう」


手の平をそっと伸ばすと、猫のような肉球がふにっと触れる。その様子を微笑みながら見ていた学園長はタイミングを見計らって、こう云うのだ。


「さあ、グリムさん。燃料として食らいつくしたブラット石――時空を切り開く効果を持つ魔法石を使って、時空を切り開いて下さい」


魔法士がオーバーブロットした際に名残のように落とす黒い石。


その石の正体は、時空や時間を操る魔法士の性質、魔力や魔法そのものが反映されたものである。短縮魔法にしろ、現実の改竄にしろ、それらすべては時空間に関するものであった。それがゆえに、異世界への扉をこじ開けることが出来るのだろう。


「ふぬぬ……」グリムの踏ん張る声が聞こえる。「これで本当に子分は帰れるのか?」


「ええ、私、召喚の魔法にだけ関しては極みの極致にいますから。でも呼ぶのは得意でも戻すのはひじょ~に苦手なんですよねえ。引き寄せは出来ますが、戻すのはどうもダメみたいです」


それをあの理事長は分かってか、七〇年もの間、生徒や教師たちをオーバーブロット化させることにより、魔力の底上げによる力技で自分を元の世界に帰そうとしていた。


なんだ……結局のところ、全ての原因にして元凶は学園長ではないかと思うと同時に、なぜか恨むような感情は沸かない。長い付き合いで絆されたのか、それとも彼自身が持つ非常に暖かな優しさに触れて懐柔されてしまったのか分からないが、自分はどうしても全ての元凶を恨むことが出来なかった。多少、憎らしい……そのような思いは抱くが、その憎しみは憎悪に程遠いものであり、苦笑交じりに「仕方ないな」と諦めるような親しさがゆえの憎めなさがそこにあるのである。


グリムが燃料を消費しながら時空を切り開こうとする最中、学園長は魔法陣を敷いて、棺の蓋を丁寧に閉じる。自分は暗闇に包まれる中、ぎゅっと瓶を抱きしめ、強く目を閉ざしていた。


そして――数秒経ったのか、数分経過したのか、それとも逆に一瞬しか時計の針が進んでいないのか時間の感覚が不明になる中、自分は寝ているのではなく、直立……立っていることを自覚する。


グリム、学園長と二人の名を呼びながら、目前にある蓋の隙間から漏れる白い光は、ほんのちょっとだけ閉め忘れたドアのように思えた。外からは何も聞こえない無音。そして、この箱の中も自分の心臓の鼓動だけしか聞こえないしじま。まるでクローゼットに入り込み、眠りこけた子供のようであった。


自分はごくりと生唾を呑み込みながら、そっと目の前の壁に触れる。やんわりとした脆弱な力で押すと、きい……と木製の扉が軋むような音が聞こえた。片手で餞別に渡されたキャンディの入った瓶を抱きしめながら、もう片方の手で思いっきり目の前の壁を押すと、光の洪水が押し寄せてきた。


「―――――」


ああ、誰かが己の名前を呼んでいる。自分はその呼び声に答える為に、一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

……The End



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