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エリスの妖精(前編)-2

「私はアリスなのだから(マイ・リトル・レディ)」


魔法士のユニーク魔法、アーラヤ識……人や物質の『無意識』を通り抜けるその魔法が使用された瞬間、マレウスを探すためにひとけのない場所を捜索していたシルバーの前に、黒い洞が生じる。


異常事態か――と、剣代わりのマジカルペンを構えようとした瞬間、黒い穴をゲートのように利用して現れたのは、ロイアルソードアカデミーの制服を着用した生徒と思しき一人の人間。彼は背後にいる猫の獣人に「案内ありがとう」とお礼を述べた後、正面に向き直るのだが、そのわずかな時間で異様なゲートは閉ざされていった。


「お――お前は、誰だ」


「アーサー」


内心、動揺する様を隠しながらシルバーは、素直に名乗られたことに驚く。いや、名前が偽名や通名であり、本名ではない可能性はあるのだが、以前、自室に置かれた手紙……時期はハーツラビュル寮で『何もなかった日』のハレのパーティの日に、寮室のテーブルにポツンと置かれた直筆の手紙を思い出すのだ。確か、差出人の名前は『アーサー』。


これは偶然の一致……と云うよりも、故意的な必然だと判断する。蝋をおされた封筒の文面を思い出しながら、一応確認の為に手紙の差出人か問うのであった。


「お前は以前、俺に手紙をくれた……『剣を持て』とはどういうことだ」


「……ん。そのままの意味」


アーサーはそう云いながら、マジカルペンをいつ取り出して構えていいように警戒の姿勢を解かないシルバーに対して、少し考えるような仕草を行う。朝露の濡れなど関係ないように、木陰まだら光差し込む静かな場所で、相手の警戒など関係なさそうに、どっしりと構えて見せたのだ。


「まず、どうやってお前はこの学園に……ナイトレイブンガレッジは侵入者が出ないよう、学園長が大結界の魔法をかけていた筈だが……」


「……ん。それは裏道を通ってだね……こう、学園の外のロストタウンにぐにゃっとしたものがあって、そこにユニーク魔法を使って、裏の世界を伝って、そこにある博物館からここに出て来た。剣がないからてっきり、伝言通り手にしてくれていると思っていたけど……持ってないみたいだね?」


「ぐにゃっと? 裏の世界……?」


シルバーにとっては分けの分からない話であった。そもそも彼は、表の世界にヒッソリと空間が重なり合う形で、裏の世界が存在していることを知らない。二重にダブったその世界は魔法士同士の微小な衝突……長年ナイトレイブンガレッジの生徒が魔法を使用し続けたことにより現実性の強度が非常に虚弱なものになっている。紙よりも薄く敗れ易くなったその現実性の壁が破れれば、大洞が生じて裏の世界へと誘われる。ナイトレイブンガレッジ全域を覆う大結界の大義名分は部外者の侵入の疎外であるが、真の目的は妖精の丘周辺で村ごと消失させた大洞そのものを生じさせないための安全装置なのである。その真の目的を知らなかったから、わけがわからなかった。


「……ん。学園長としては結界を勝手に破られるのは困りものだけど、何事にも『無意識』はあるものさ。敷地は学生を招くための大召喚陣が敷かれ、上は人を阻む閉鎖的な大結界が張られている。だけど、それが人為的な作業で造られたものであるのなら、必ずしも『無意識』が生じる。僕のユニーク魔法は人や物体の無意識を突くことができるんだよ」


「人……物質の無意識……」


「……ん。人の無意識は云わずもがな。わざわざ長々と説明せずとも理解は得られようが、物質の無意識の説明は、はいそうですかと簡単に呑み込めないか。理屈として説明するなら……そうだねえ。僕のユニーク魔法は、人為的……人の手によって創造された物質の無意識を突くことはできるが、自然にして天然の、人の手の入っていない物質には一切通用しない。例えば、植物とか」


まず、これは前提。


人工物には通じるが、大自然にはどうすることも出来ないと、アーサーは説明する。


「……ん。そして、一番気掛かりなのが、『物質の無意識』だよね。例えば……職人が長年かけて作った武具があるとしよう。鉄を溶かし相槌を打つ。その単調な作業の最中、人は黙々と仕事熱心になる。すると『無心』と云う状態になってしまうのだけれど、その集中された状態……意識があるようでない集中力の塊と云うものは、僕にとっては『無意識』の塊なんだ」


人は弛まず作業に手を動かしている最中……いや、そのさなかだからこそ、無心の状態になってしまう。人の心や脳の状態は通常、波のように動いているが没頭した状態は一直線の線となる。手作業に集中して作り出されたものが、無意識の塊だと述べるのであった。


「……ん。人が物事に熱中……映画鑑賞に心を奪われ、音楽に耳を傾ける。匠な工芸人が作業に没頭している。その時に、人は考えるかな。熱視線を感心ある対象に向けている時に、ご飯が食べたいだなんて……職人が仕事中、明日の曜日は何だったかなど、思考の波が生じるかな。少しはあるかもしれない。ちょっとぐらいあるかもしれない。だけど、熱中した映画鑑賞中……仕事人の作業の中に、一切『無心没頭』しない状態があるわけではない」


それこそ、作業の手始め、明日の予定のことなど考えることはあるだろう。素晴らしい映像作品を見る中、この展開は……と云うように先を予想するも、想定を上回る素晴らしいストーリーが展開されれば、誰もが息を呑んで夢中になる。


これが、没頭――アーラヤ識、物質の無意識。


その点や面をアーサーはユニーク魔法で通過、もしくは占領することが可能だと云うのであった。


「……ん。下の魔法陣にしろ、上の大結界にしろ、直々に人の手で造られたものだ。しかも安易な作りじゃない、非常に複雑な術式を編み丹念に作られている。一切の弛み、妥協なくね。その集中された作業中に、無意識があろうはずもなく……」


一応断っておくが、僕が数少ない想定外にして例外なんだよ――と云う。


この学園は金城鉄壁の守りにして壁が作られている、堅牢な檻だ。


如何な大魔法士と云えども、そう簡単に侵入できるものではないと学園長の辣腕さに口を伸ばすのだ。


相性の問題。


侵入できたのは、相性の問題が大いに関係している。


「……ん。大結界の純粋な強度にしても、ちょっとやそっとじゃ傷さえつかない。オマケに大地には召喚……人を呼び込む……いや、正確には『招かれざる客』を拒絶する魔法陣の作用も手伝って、たとえ侵入することができたとしても、地に降り立った瞬間、強烈な拒絶性で弾かれることだろうね」


「ならば、お前は……本当なら、もうこの場にいないはずでは?」


「……ん。それは僕のユニーク魔法で、無意識を占領することによって、ご帰還を断っている状態なんだ。とは云っても……この強力な魔法……大結界と大魔法陣の相互作用の影響は計り知れないな。あまり長居できるようなものではない…チェーニャの身体を無くす魔法なら物理的な接触がないから、ユニーク魔法が継続する限り居座り続けることはできるだろうけど、長くて半日が限界だね」


だから、出来るだけ手短く話をしようと思う。


アーサーは静かに立ち上がり、シルバーを誘うように手招く。


「俺をどこに連れていく気だ?」


「……ん。まさか、妖精の勾引わしじゃあるまいに……そう警戒しなくとも。それに僕は数か月前に用件は伝えていたはずだよ。手紙に記した内容は見てないってことはないよね?」


『剣を持て』


シルバーは、たたそれだけの内容で物事が把握できるようなものじゃないと思う。まずは起承転結、何がどういう理由があってこうすれば良いとの説明もなく、要求だけを突き付けられる。その状態に困惑し、頭を悩ませ、ついには放置に至ってしまったのだったが、誰がその点を責めることが出来ようか。


「……ん。この独特な気配、剣はあっちだね」


「この魔力は……?」


アーサーの言葉につられるように前方を注意すると、そこに特異な魔力の吹き溜まりを感じた。どこか懐かしい望郷のような……もしくは酷く物悲しい寂寥のようなそれは、どう言葉にして表現すべきものなのか分からない。なぜ、懐かしく思う。どうして、こんなに胸が張り裂けるほど痛むのだと思いながら、シルバーが唯一思い浮かんだ言葉は、『形見』。


なぜか涙が込みあがりそうになりながら、シルバーは叢をかき分け、林立した木陰の間から明るいところに出る。一房草をかき分け出ると、そこに広がるのは鏡のように朝日を浴びて輝く湖面。湖の近くには若い緑の芝生があり、柔らかい感触を足の裏で感じる。夜になれば、ここは月光と星が映えることだろう。


ここはマレウス様のお気に入りの場所かもしれないと思ったその瞬間、声がかけられた。


「私は、杖でもありヤドリギでもあり剣でもある。諸君らに問うが、君たちに英雄の素質があるかな。『ない。部分的にそう。はい。多分ない。いいえ』、いずれかのどれかで答えたまえ」


芝生に突き刺さった剣が、喋っている。


シルバーは若干、引き気味になりながらアーサーの方を窺うと、「これが君の剣だよ」と述べるのであった。


「おや、お前は博物館で何度か……猫の獣人と一緒にいた子、アーサーだね?」


「……ん。そうだ。お前を本来の持ち主に返そうと思っている」


「不要だと述べていたのだがね。私がなぜ世界の裏側に自ら投機されに来たのか……戦後、なにゆえあの淋しい裏の世界に居座り続けたのか、その点について説明したはずだが?」


「……ん。『泰平の世に私は不要』と云っていたけど、僕から見れば持ち主を失ってふてくされているようにしか見えない。それともアレか。その虫食いだらけの記憶力は、シルバー君……正当後継者……と云えるかどうか分からないけど、それすらも拒絶してしまうの?」


「しるばー?」


そこではじめてアーサー以外の人がいるかのように、気付いたかのような声。その瞬間、湖面に漣が走り、そして、一瞬だけ人型のシルエットが映った。それは風が通り抜けるように一瞬だけの投影であったが、確かに見えないものは水面に『逢った』のだ。


「……あ、あああ……ああぁ……」


シルバーの存在をしかと認識した途端、剣の方から意外にも人間らしい反応を示す。何かを取り戻したような……思い出したような、溜息とも悲鳴とも取れない小さな嘆息は長く続く。やがて無言になった後、剣はアーサーに「私である必要があるのかい?」と問うのであった。


「アーサー、君は私の厄介性、そしてその性分を知っているだろうに、私である必要があるのかい? 他の方法を模索することを注意喚起として云っておくよ。そうとも……他にやり用はあるはずさ」


「……ん。僕がロストタウンで沢山の人……ナイトレイブンガレッジの生徒を含めたあらゆる生物の無意識を識ったところ、お前じゃないとね。その性質と性分は厄介極まりないが、戦力過多と云うわけではない。寧ろ、適材適所のように思えたよ」


お前は、杖でもありヤドリギでもあり剣でもあるのだろう?


「……ん。お前は誰にでも、そう自己紹介している。まあ、製造……剣の素材からして厄ネタの宝庫だ。気質は善性……正確には独善か……だが、悪でないのだから」


だからこそ、タチが悪いのだが……。


アーサーは半ば話の置いてけぼりになっているシルバーに向き直った。


「……ん。疑問があるようだね。わざわざ言葉にし、質問しなくとも予想ができる。一言で纏めるなら、『どうして自ら廃棄されにいった剣』を手に取る必要があるのか。この平和な世の中で、戦時中に使われていた物騒なものを手に取る必要はない。何故なのか……こんなところか……」


「そうだ。確かに、その剣に対して不思議な気持ちを抱く不可解な部分がある。俺は見たこともない武具に対してなぜそのような感情を抱くのか、それも知りたいが……戦時中に使われていた代物だと云ったか? どうして、俺が手に取る必要があるんだ」


「恐らく、蜘蛛さ」


剣はアーサーの代わりに答えた。その言葉に間違いはなかったのか、シルバーの隣人は頷くのみである。


「恐らくロストタウンで、アーサーがユニーク魔法を使い、無意識下に納めていた悪意や目的に触れたのだろう。危機感を抱いたアーサーは、秘密裏に秘蔵の武器を後継者に渡そうとしている。こんなところか……」


「……ん。もういい加減、『完成しない年月』にはうんざりでね。『円環の間際になった瞬間、スタート地点』に強制連行される、リプレイにすらならない朔望にして策謀にはうんざりなんだよ。今年こそは新しい一年を迎えたいものさ」


完成しない年月、不完全なループ。


時間遡行による時間の巻き戻し。


その痕跡や違和感がこれまで所々に散見され……勘の良い人物はすでに気付いているだろうが、ナイトレイブンガレッジの生徒をはじめとした島内にいる多くの人間たちは気付きもしていない。


それこそ、無意識。


アーサーの領分。


だから、『識って分かった』。


「……ん。シルバーくん、君は戦時中のお父上と同じく、英雄になってほしい。その一員となってほしい。だが、その前に君臨するであろう邪竜を打倒するには、どうしてもこのヤドリギの剣が必要なんだ。あの蜘蛛が、巨大なエネルギー量を持つ存在をオーバーブロット化しない、だなんて選択はしないだろうからね。念のためという奴さ」


シルバーの父上。


恐らく……記憶喪失、もしくは思いを馳せていない無意識の状態の時、アーサーは剣の無意識から知った情報を告げるのである。


「ちょ――ちょっと待ってくれ……俺の父親は、リリア様で……邪竜とは何なのか……」


「……ん。その人は養父だろう? 血の繋がった血縁者ではない」


親子であることは否定しないが。


「……ん。シルバーくん、君の本当の父親は妖精との百年戦争の時分に大活躍した、英雄だ。かつて妖精が生み出していた大洞に妻子をはじめとした村が呑み込まれ、錦の旗を掲げるというわけではないが、国に兵の一人として出兵したその人だよ」


「アーサー、君は私の無意識を読みすぎだね」


剣は苦情を入れる。だが、面と向かって云われてもアーサーは謝罪することはなかった。無意識……記憶の欠片、心の隙間を勝手に識る無礼を行っていると云うのに、まるでそうする必要はないと云わんばかりの態度。


まあ……その態度も多少、致し方ないものであろう。


何せ相手は、非常に厄介な性質を持つ魔剣なのだから。


「私が直接その子に話したいこともある。多少、口は噤んでもらいたいものだよ。ホラ……その子の実父の出会いとか、英雄になる過程とか、邪竜を切り伏せた瞬間とか……英雄譚の義勇を語るのは、私からすれば心髄ものの趣味でね! そこばかりは譲れない。私は――私の使い手を必ず『英雄』にするその特性上、熱を入り上げ多弁に語り出したいものなのさ! 無名の一人が勲を受ける瞬間ときたら……ああ、たまらない!」


やや興奮気味な様子で、調子づく剣。


アーサーは嫌悪の表情を隠そうともしない。


「……ん。英雄になる、か。物は云いようとは正しく是のこと。ダイヤの価値を上げた商人のような狡猾さ。お前の持つ性質にして性分は、正しくは『英雄になる』んじゃない。糺しくは『英雄にならざる得ない』。持ち主が英雄と讃えられるまで――お前自身が厄の触媒となって魔物や災害を引き寄せ続ける。絶え間ない試練、憩いのない戦闘、立ち塞がり続ける逆境」


その剣の使い手が、英雄と他者に賞賛されるまで、渦中の中心に居座り続ける。


英雄と多くの人に認められ万雷の拍手を受けない限り、その剣を手放すことが出来ない。


だから、『英雄になる』のではなく『ならざる得ない』。


外れない、呪いの装備。


剣はこれまで、英雄になれると云った誇大広告を自ら垂れ流し、名声を欲するものを選別する。


乱世の時代、一体幾つもの若者が剣の趣味で、極限まで使い倒されてきたのか。擦り切れこと切れるまで動かし続けられたのか。束の間の休憩すら許さずに、使い手を英雄として消費してきたのか……。


その数は計り知れない。


だから――魔剣。


「……ん。行き過ぎた態度は諫めてもらう。本性を暴くように、本名を今ここで明かそうか? なあ――レヴァティン」


もしくは……。


「ミスティルテイン」


沈黙。


風だけが、その沈黙にわずかなホワイトノイズを起こす。


……やがて……シルバーの髪の毛が一際強い突風に踊らされた後、「きみのお父さんの話をしようか」と、剣が口を開く。興味をそそられたように真正面から向き直ると、「昔々……」とおとぎ話をするかのような語り口で、過去を語り出すのであった。


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