破壊するもの-8
「え――何、なんなの?」
研究棟A内で精密検査を受け終わった皆は、待機室の一室に纏められ、思い思いの時間を各自過ごしていた。自由時間といってもそれは待機時間と述べても過言ではなく、本当に思うまま過ごすことはできない。レオナは精神が図太いのか居眠りをしていたが、他の皆は無機質な椅子に腰かけ、これから自身がどうなるか……もしくは、グリムや監督生、ルーク、エペルといった同行者は無事なのか思案に明け暮れていたのである。
そんな中、耳を劈くような警告音が鳴り響く。人工的な白い灯りを放つ蛍光灯が切れて停電になったかと思うと、警告音と共に警戒心を訴える赤いランプが薄暗い空間の中、点滅を繰り返す。レオナは騒音を耳にした直後、耳をピクンと動かし目を開く。皆は茫然としながら立ち上がり、壊れたスピーカーのようになった緊急速報に耳を傾けているのであった。
『警告、警告――スティークス内の全機能がダウン。安全装置を稼働中。全スティークス職員は迅速に避難――ひなん、ひなひなひなひなひな――』
「……これって、まずくないですか?」
アズールは焦った感情を隠しながらも、ポーカーフェイスは維持できない。しかし、その様子は皆も似たようなものであり、俄かな不安と焦燥にかられながらも暴走することなく……不安げな表情を浮かべて、冷静でいるように努めるのであった。
『ケルべロスシステム完全ダウン。ゲート解錠、地底より破壊するものが地表へ向けて移動を開始しました。スティークス代表は、早急に破壊するものを隔離していた古代ゲートの施錠を行ってください――』
システムダウン……?
皆は断片的ながらも、この実験棟Aだけではなくスティークス、その本部自体が何らかの異常事態に直面していると、確信を抱くのであった。
「放送では避難だとか云っていたわよね。私たちは職員じゃないけど、人命ある存在。同じようにここから離れた方がいいんじゃないかしら?」
「そうですね……」
ジャミルは頷きながら出入口に向かう。その扉は手の使用を必要としない、自動的に横開きに開く自動ドアであったが、付近によっても開くことなく、試しにドアのとってを掴み真横にスライドさせてみるも、壁のように動くことはなかった。
「電源が落ちて、扉が開かなくなったのか……?」ジャミルの声に応じてアズールが応援に入る。「ダメだ、うんともすんとも云わない。扉が開かない。完全に閉じ込められた」
「なんですって?」
完全孤立、隔離。
ヴィルはその報告を耳にしながら、眉を顰める。いつもの癖でマジカルペンを取り出そうとするも、それら品々は外部へ連絡可能なスマホをはじめとして研究員に取り上げられたことを思い出す。胸元を探っても何の品も出てこない、武装解除された無力な状態。無力。もしも監督生がその場にいたら、杖を持たない魔法士の存在を「凶悪犯のアジトを取り囲みながらも武装を忘れた警官のよう」と表現したことだろう。
「短縮魔法でドアが開いていた状態の再現、もしくは爆発系の魔法で発破しようにも無理そうね」
ヴィルは腕組をしながら、冷静な分析を行う。扉の開閉を手伝っていたアズールはドアから離れながら、参ったとでも云うように肩をすくめる。
「そもそも事前説明で、全施設の壁や床は防魔法壁――アンチマジカル対策が施されていたと聞かされています。たとえマジカルペンが使えて魔法が使用できたとしても、扉を開くことはできないかと」
「おい……安全装置か何かはないのか。こう云うのは大体、『知性と理性のある者』なら出られるよう、緊急脱出ポットがあるはずだが……」
レオナの王宮にそう云った類の品が王室にあるのか、それとも隠し通路などの抜け道があるがゆえの発想なのか不明だが、欠伸を我慢しながら扉付近にそれらしき物がないのか、確認を行う。
しかし……。
「何もないようです、レオナ先輩」リドルは薄暗い空間の中、見落としがないようつぶさに確認した後、そう云う。「ここは研究員による外部からの助けを待つ方が無難かと」
「待機時間の続行か」
そこで……いつものレオナなら、もう話すことはないと云わんばかりに眠りに入っていただろう。しかし緊急アナウンスで耳にした言葉、オーバーブロットと云う危険なワードが彼を安易な安眠状態へ移行させないのだ。寧ろ、「今は危機的状況にあるのではないか」と思いながら、そもそもスティークスがどういった存在なのか思い起こす。
この組織はオーバーブロットした存在を嘆きの島へ移送して、独自の研究を行う。その研究内容について仔細情報を認知しているわけではないが、動物実験のように隔離保護されていると云うのなら……大幅なシステムダウンをして、閉じ込めておいた隔離室のドアが開いたのであれば、どのような惨劇が迫るのか……。恐らくドアが閉まって閉じ込められたのは、それら危険な存在から身を守るために隔離したのではないかと考えられるのだ。
精密検査前、研究員の一人が説明した……マジカルアンチ対策が施されたドアを眺めながら、自身のユニーク魔法は通じるだろうかと思う。レオナの『触れたものを全て砂に帰す』魔法、王者の咆哮。魔力を各段に強く練り上げれば突破することが可能かもしれないと思いながら、思わずその手に力が込められるのであった。
「キングス――」
ロアー!
――と魔法を行使するその直前に、ガタンと扉に何かがぶつかる音がする。レオナは獣人特有の優れた聴覚で、A棟の待機室のドアにぶつかったものは硬質……云うなれば、金属製のものだと、判断を下すのである。自立型のゴーレムでもいるのかと首を捻った直後、こちらを呼びかける声。その声は、イデアの弟であるオルトのものであった。
「みんな――リドル・ローズハートさん、レオナ・キングスカラーさん、アズール・アーシェングロットさん、ジャミル・バイパーさん、ヴィル・シェーンハイトさん、無事?」
「あ――ああ……」意外な人物の登場にジャミルは狼狽えながら答えた。「無事だが……」
「そうなんだ、良かった! 今マスタキーを使って、扉を開けるね!」
明るい、利発的な声。
緊急アナウンスが流れ、非常用の足元の証明が照らした薄暗い場所ではどこか場違いな感じがあるが、ドアを開閉してくれるなら有難い。理由は未だ不明だが、スティークス内の施設の電源が落ち、停電している。独自にドアを開くようにアクセスして技巧的な手段を用いてドアを開くのだろうと身構えていたが、出された結果は、真逆なものだった。
『――――』
吹き飛ばされるスライド式のドア。それに生じて耳障りな金属音が鳴り響く。室内は砂埃ひとつない清潔さが保たれた部屋であったため、細かいゴミが散ることはない。強固に閉じられていたはずの一枚の扉は直線に吹き飛び、室内の壁にめり込んでいる。衝突の衝撃でひしゃげた壁にめり込んだドアからパラパラと砂礫が軽く落ちる音を耳にしながら、あまりにも暴力的かつ力技で強引な解決に皆はあんぐりと口を開いた。呆然……と云う奴だ。
「万能の斧って、そう云うこと?」
若干引き気味のヴィルに、オルトは無邪気に笑いながら、「時間がないからね。こう、えいっておしたんだ」と云い、部屋に足を踏み入れる。本来横に動く構造をしたドアに縦の動きで破壊したのか……とリドルが息を呑む中、壊れたドアの枠……小規模ながら火花をスパークさせる廊下側のそこから、ひょっこりと顔を出す者がいた。
「毒の君!」「ヴィルサン!」
同じA棟でありながらも、事情聴取のため異なる別室で待機していたはずの二人が顔を覗かせるのである。
「あなた達、どうやって……いいえ、オルトに案内されてここに来たのね」
「そうさ、毒の君。いきなり非常事態になって一番最初に助けられたのは、私たち。オルトくんがC棟からやってきて、ドアを開いてくれたんだ」
「…………」
エペルは黙り込む。
彼の視線の先にあるのはオルトの「えい」と押した力により、無様にも吹き飛んだ扉。恐らく似たような……いや、同じことがあったのだろう。一度度肝を抜かれ、再びドアの惨状を目撃したことで、愛らしい見た目をしたオルトに対して評価を変動させているのかもしれない。もしくは認識の誤りを認めた正しい再評価か。
「グリムさんを検査していたC棟から直接A棟に来たんだよ。君たちみんなに兄さんの手助けをしてもらいたくって」
オルトはそう云いながら、研究員の手により取り上げられていたマジカルペンを各自持ち主へ返却する。皆の武装準備が整った頃合いを見計らって、オルトは切実な声で訴えるのであった。
「多分、兄さんはトラウマで動けない。一人でゲート開閉の重大任務を遂行することは出来ない。だから、魔法士であるみんなに助けてもらいたいんだ」
「助け……?」
「確か放送では、ゲート解錠と述べていたね」リドルは云う。「それと、システムダウン。『スティークス代表はゲートの施錠』をと述べていたことから、何か厄介なものが動き出したのかい?」
「より詳しい詳細なことは道中みちすがら説明するよ、リドル・ローズハートさん。説明不足で申し訳ないけど、とりあえず僕が云えることは、兄さんが現場に――奈落の底に行く必要があるってこと。僕の家族、シュラウド一家は神話の時代……浮遊都市アトランティカ大陸を破壊したものを、太古の門を管理することによって長年幽閉して来たんだ」
「アトランティカ……珊瑚の海では博物館の名前になっていますね」
アズールは云いながら、事態はすべて呑み込めていない中途半端な状態ながらも、神話の時代にいた存在、破壊するものを奈落と呼ばれた場所に封印していることは事実だろうと信じて疑わなかった。それは自分の知識を判断材料にして得心したのではなく、オルトの焦った態度は本物であると認識し、そのらしくなさに納得の判断を下したのである。
個人的な関わりだが、アズールは先輩として……もしくは同じ部活の人間としてイデアと、そしてオルトのことを知っていた。その兄弟仲は非常に仲睦まじく良好なもので微笑ましいやり取りを学園でしていたことを思い出すのだ。
つまりは、信用。
いつもなら契約契約とうるさいアズールだが、このシュラウド兄弟に関しては全幅といかなくとも、かなり深い信頼度を誇っていた。
「おいオルト、ケルべロスシステムとやらが落ちたとか聞こえてきたが、どういうことだ?」
「レオナ・キングスカラーさん、ケルベロスシステムは兄さんが数十年前、独自に作り上げた新しい封鎖法だね。大雑把な説明になってしまうけど、破壊するものを重点的に幽閉状態を維持した檻のシステム。そのほかにも電力の供給や、実験体として捕縛した……オーバーブロットした研究個体も破壊するものと同様、厳重に管理しているんだ」
「要はスティークス本部――研究施設の生命線にしてアキレス腱と云ったところですか。それが何らかの理由によって、システムダウンしてしまったと」
「うん、そうだよ、アズール・アーシェングロットさん。本来ならば、放置していても……定期的な検査、グレートアップがなくてもむこう五百年は完全保障が保たれていたはずのシステムなんだ。それなのにハッカー攻撃を受けたわけでもなく、そして内部捜査や攻撃を受けたわけでもないのにスティークス最高峰の防衛システムが機能停止してしまった。司令塔にいる研究員が故障した原因を調査しているけど、まだハッキリとした理由は分かっていない」
まるで、ケルべロスシステムだけ五百年の負荷、時間のゆらぎが直撃して急速な経年劣化による消費期限を迎えたように、いきなり機能停止したとしか考えられない。
「ケルベロスシステムのシャットダウン……特に破壊するものを幽閉した最新のゲートは、存命するシュラウド一族全員の承認が必要。基本的に父さんや母さん、そして僕、兄さん……血族全員の承認がなければ、地獄の釜の蓋が開くことはないんだ」
「何かの手違い――間違いでボタンを押してしまった可能性は?」
「残念ながら、それは絶対にないよヴィル・シェーンハイトさん。ケルベロスシステムは科学技術の最高峰、天才と呼ばれた兄さんが独自に作り上げた防御システムだけど、最終的に扉を開く認可承認は、魔法による契約なんだ。シュラウド家全員が良しと肯定しなければ、たった一人でも否定すれば、その扉は絶対に開くことはない」
勿論、両親を含めた兄弟二人、誰も承認していない。
それなのに、斯様な緊急事態が発生してしまった。
「システムが壊れ復帰しない以上、昔、開いたままの太古の扉を閉める必要がある。最新技術が動かないなら、世界を守るために本来の扉を――古代からある冥府の蓋を兄さんが直接閉ざしに行く必要があるんだ」
シュラウド家の一子相伝の魔法、開かれた冥界の扉。
それを直接、物理的に魔法をかける必要がある。
「……口振りから察するに、ケルベロスシステムがダウンし、仮の扉が開いてしまったと云うわけかい? 再び閉ざしたいけど、どうしても自室の君が作った最新鋭の技術は機能しない。それなら古くからある、本来閉ざされていたはずの幽閉の扉を使う必要があると。その古い扉はいつ開いたのかな?」
「分かり難い説明で、ごめんね。古代の扉が開いたそれは、当時おじいちゃんが亡くなった時に……その当時の魔法による施錠、鍵の権限者が亡くなった直後に……」
イデアたちがまだ子供の頃、ケルべロスシステムが出来る前、冥府の扉の権限アクセスはたった一人が担っていた。
だがしかし祖父が亡くなるのと同時に、太古の縛めが解き放たれ、一度……奈落の底で幽閉されていた破壊するものは、地上に向けて歩み出した。その当時は甚大な被害を出しながらも、イデアは破壊するものを奈落の底へ押しとどめると同時に最高峰のシステムを作り上げたのである。その後、冥府の扉が開いた――太古の縛めが意味を無くした猛省を活かし、希代の天才が数年もの時間をかけて、既存のケルベロスシステムを構築したのであった。
イデアの半生はその堅牢な檻の製造に多くの時間を費やしている。まだ学生の彼で年端もいかない歳数であるが、そのシステムは人生の大半とも云えるほどの時間をかけた確固たるものだった。それは手放しで、五百年は無事と豪語できるほどに崩れることのない金城鉄壁の牙城のはず――であった。
「兄さんはおじいさんが亡くなったのと同時に、奈落の底から出ようとする破壊するものに、新しい鉄門扉を作ることで再封印することが出来た。だけど今現在、原因不明な理由でシステムダウンして最新鋭の扉は単なる門になっている。科学技術の結晶にしてその叡知、天才の担い手が失われたのなら、古来のやり方で奈落の蓋を閉じるしかないんだ」
「カイワレ大根は今どうしてやがる? まさか先んじて奈落の底とやらに向かったのか?」
「それは出来ないんだよ、レオナ・キングスカラーさん……」
オルトの気落ちした声。
そう云えば、「手伝って欲しい」と発言していた……長年、破壊するものを幽閉し続けたオーバーブロットのプロフェッショナル、代理ながらもスティークスの代表の実弟がこうして頼みに来ているのだ。
嫌な予感しかしない。
「兄さんは苦い記憶があって……トラウマがあって、破壊するものを閉じ込めた奈落の扉に直接向かうことができない。誰かの助力が必要なんだ」
「トラウマ?」
「僕――オルト・シュラウドの肉体は破壊するものが移動した際の大事件で、脳と左眼球、心臓と内臓の一部しか残っていない。生の肉体は大半が欠損した。兄さんはそのことを心の傷として捉えている」
オルトは云う。
皆は目の前の人物の硬質な身体を見た。
機械の身体。
しかし、爪先から頭のてっぺんまで全てが鉄塊で出来ているわけではなく、脳と眼球、そして心臓、内臓の一部は肉として残っている。
「オルト君、もしかしてその機械の身体は君の生命維持装置――」
スティークスは医療関係の開発にも関わっていると述べていた。
それは、恐らくオルトに利用された器具のそれぞれが、各自医療部門の助けとなって、様々な人を助けているのであろう。
「生命維持装置……それは少し違うかな、ルーク・ハントさん。僕の残った数少ない肉体は、生体反応がない。防腐効果を持つ培養液の中で、わずかに電気信号たる生体反応を示す寄せ集めた肉の残骸に過ぎないんだ」
眠りから目覚めぬ、絶望的な植物状態ですらない。
死に終える――死後硬直を示す前の、寄せ集め。
それをイデアはかき集め、保存し、高度な機能を持つ機械を取り付け、独自の方法でオルトを個として――個『人』として、確立させている。
「多くの人にとっては受け入れがたい真実かもしれないね。わずかに残った肉体……細胞が死滅する直前の肉を保管した機械の身体。それでも、僕は僕、人間であると強弁を以て主張する。いや……もしも全ての肉体がなくとも、魂のない完全な機械の状態になっても、僕はイデア・シュラウドの弟なんだ。誰にもその主張は、揺るぐことはない」
……君たち全員は僕のことを、人間だと認められないかな?
オルトがどこか自虐的ながらも内心怒りを含んだ、実に人間らしい呟きを出した。その小声を耳にしたヴィルは「そんなわけないじゃない」と云うのである。
「あなたは立派な人間だわ」
怒りを抱く理由も、自虐的になる必要なんてどこにもない。
ヴィルだけではなく、その場にいた全員が強く頷いた。
そこには微塵も否定は拒絶もない、絶対的な肯定であった。
でもそれは、他人だからこそ首肯できるもの。
その作り手は、どうなのだろうか?




