破壊するもの-5
「理事長って誰なんです?」
場所はB棟の一室、無機質さが目立つ個室内にて。
場合によってはこれは尋問だよなぁと思いながら自分は真横に座る学園長と、それから次いで正面に存在するイデアを眺めるのであった。
「……ふむ、理事長。もしかしなくても、ナイトレイブンガレッジの理事長……就任してから、およそ『百年間』姿を現していない理事長のことを訊いているのですか、シュラウドくん」
「それ以外ありはしないでしょう。はー……荷が重い。そもそも、この仕事拙者には不適切過ぎますって。スティークスとナイトレイブンガレッジは共通の共犯者……これは本当なら父さんがやるべき仕事なのに、なんで僕が……」
ぶつぶつぶつ。
イデアは聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、今の仕事に対して愚痴を漏らす。
「学園長、質問に対してすっとぼけないでください。戦後、『施設』が『教育機関』へ変化を遂げた……嘆きの島の番人からスティークスと変わったのと同じように、体裁と中身は別物になっているものの、そもそもの『理念』は撤回されていない。学園が密かに検体を提供し続けている事実上、我々スティークスとナイトレイブンガレッジが共犯者である以上、云い逃れのようなことはやめて欲しいんですわ。誤魔化したような曖昧な表現も、どのようにでも解釈できる迷妄な言葉は必要とされていない」
誰かに……生徒や世間に話が聞かれているわけではない。
密談と云うほどではないが、これは密やかな話である――とイデアは云う。
「そのあやふやにしたがる姿勢に、喧々諤々の姿勢を以て快刀乱麻を断つ。『施設』から『学園』……ベルト付きの拘束具に縛られたベッドに横たわる患者を、秘密裏にこちらへ提供し続けた、共犯者と云える関係性……」
「患者……?」
「堕ちたる獣性をあらわにした魔法士、オーバーブロットした成れの果て」
リドル、レオナ、アズール、ジャミル、ヴィル……皆のように、獣の状態から元の姿に戻ることが出来なかったモノたち。
本性をむき出しにした成れの果て。
ドワーフ鉱山。
インク壺の頭部を持つ大鎌を振り回すモノ……。
それらの提供が……すでに倫理が通じず、人権なき獣の明け渡しが――『施設』が『学園』になる以前から――いや、今でもなお人知れず行われている。
『ご愁傷様』
ナイトレイブンガレッジに入学すると遂げた途端、ヴィルが労りや憐憫のように投げかけられた言葉。
その真意の意味するところは、学園へ……罹患者の移送そのものに関するものだったのだろう。
そして更に深く強いて云うならば、そもそもナイトレイブンガレッジに入学する者は候補者だったのだ。倫理、人権なき獣の解剖。その候補者が集う、矯正施設。
学園に変貌を遂げたとしても、施設の時代から一度も撤廃されない理念。
未だ続いている。
ずっと、続いている。
「監督生氏は……氏だけじゃないか……学園の皆にとって非常にショッキングな情報だけど、ナイトレイブンガレッジは教育機関の体制を繕っているだけで、根は変わらない。学園長が施設から学校の姿へ変えた改革者だとしても、そのありように一切の変化なんてないんだ」
それに……。
「学園長が学園へ改革してから、オーバーブロット候補者の移送数が著しく低下している。十年に一名なんて、ザラ。まさか本当に教育、矯正施設へ本腰になったワケじゃありませんよね?」
「私、優しいですから。スティークスが医療機関へ技術の提供を行っているのと同様に、理念の撤回こそないものの……方向性の変化ぐらいあってもよろしいのではないでしょうか?」
「まともな事を云いますね。普通の魔法士学校ならまだしも、ナイトレイブンガレッジに入学する者は、他の魔法士とは桁違いに『破壊するもの』の種子を色濃く受けた不確定因子だ。我々スティークスは、矯正と云う名の教育がなければ高い確率で自然とオーバーブロットするモノの研究対象を逃していたことになる。ブロット化究明のため、研究材料を取り逃していたことになるんですよ、学園長。あなたは、神代から続く病を単なる同情や入れ込みで邪魔をするつもりですか」
それは通らない。
そう簡単に問屋は卸さない。
「矯正……百年の呪い……一見普通に思え見える教科書や筆記テストの内容に、非常に迷彩度の高い、年々高度に発展してきた精神安定のまじないが隠されている。施されている。これも学園長の仕業ですね?」
「否定はしませんよ。そう云えばアーシェングロット君がそのことについて尋ねてきたことがありましたね。まさか、百年前の過去問を調べて、まじないの存在に気が付く者がいるとは……私としては想定外でした。まだまだ改良の余地があると云うわけです」
学園長は柔和に笑う。
優秀な生徒だと呟く様子を、部屋の四隅の暗がりに隠れていた密偵の蜘蛛が眺めていた。
「それに、百年間たった一人、誰一人として退学生が出ていないのも疑問点。どんなに優秀な学校であれ、一世紀の間に一人ぐらいは退学生が出てもおかしくはないのに、留年生の存在はあれども退学者がいないことに疑惑を抱く」
「退学処分を下すより前に、留年処分をしていますからね。彼らはロストタウン……裏の世界に閉じ込めていますよ。何せ危険思想の持ち主ですので、世に出すことは憚られる。しかしだからといって、あの理事長のように人為的にブロット化することは私には出来ない。留年生は留年生らしく、誰にも迷惑をかけない安全なところにいてもらっているだけです」
「危険思想……?」
イデアはその返答はさすがに想定外だったのか、眉を顰めながら訪ねる。学園長は質疑を受けて、「どう答えたものでしょうね」と深く椅子に腰かけ直した。
「安易かつ簡単に述べれば、魔法で人を殺すことを想像した学生……とでも述べておきましょうか」
その生徒の見分け方として、筆記テストが用いられる。テストは期末試験や小テストなど様々な形で頻繁にチェックに入っているが、その危険思想を抱いた魔法士の特徴として、テスト用紙に自分の名前を記載できない。どのような教科であれ、まじないが施された紙のネーム欄に自分の名前を記すことが出来ないのだ。
「ご存じの通り、我々魔法士が使う魔法は大きく三つに区分している。改変、短縮、物質化の魔法を使うことができます。所謂、どんな幼子でも知っている基礎の基礎、三大魔法のことですが、これに……特に短縮魔法に危険思想が交わると非常によろしくない」
改変――薔薇の色を変える。
短縮――栗の皮を剥く。
具現化――想像の物質化、現実性への定着。
それはかつて、居残り授業としてトレイン先生に聞いたことのあるものであった。
「例えば、魔法で人を殺すでしょう? 風、火、土、水……どんな方法種類やり方、何だって構いません。手段は問わない。手口は構わない。いずれの方法で魔法による殺害を起こした本人が、そのことを他者に漏らせばどうなるか、イデア君……ネットに対して詳しい、シュラウド君、どのような恐慌状態を引き起こすか、想像が出来ますか?」
「……それは……」
「魔法で人を殺した事実がデジタルタトゥーとして、電子の海を漂い続けるのですよ。一度ネット上にあげたものは、基本的に消えない。寧ろ、消せば増える。一等隠したい事実が増殖してしまうと云うわけなのです」
「学園長、まさか……」
「魔法で人を殺した事実、そして短縮魔法が絡みます。この二つの要素が融合すると、そこから引き越され、想定される最悪は何なのか……」
短縮魔法。
時間を省略する、『魔法士なら誰にでも使える』魔法の一種。マロンタルトを作るとき、トレイはこれがない生活は考えられないと述べていたが……。
「端的に述べましょう。ネット上で魔法で殺された死体を見る。情報を入手する。その事実を魔法士が確認する。たったそれだけで――誰にでも使える短縮魔法の影響により魔法士は――容易に人殺しが可能な集団として認知されてしまうと云うわけです」
だから、危険思想。
たとえ物理的に人を殺さなくとも、人の死を結末として想定した事実が収集のつかないインターネット上に流れれば、もうどうすることもできない。不可逆。短縮魔法という時間の省略化による安易かつ簡単な魔法により、魔法士の扱いは暗黒時代の中世へ遡行する。
再び暗黒期に――魔女狩りの時代へと遡るのだ。
「私は安全策として、その危険思想を抱いた生徒を世界の裏側へ閉じ込めている。スティークス側に渡して良い人材なのかもしれませんが、そちらとしても困るでしょう? 研究素体として利用価値のある生物が即死の魔法を使えるなんぞ――」
それは、持て余すどころの話ではない。
手に余る……等と云った甘い言葉で片付けられない。
「世界の裏側は、表の世界で不必要と判断され隠されたブラックボックス。生物兵器として生み出された赤子もいる。未だ稼働可能な殺戮兵器だってあるでしょう。その中に、即死魔法を放つ知的生命体を隠すことに何の疑問があると云うのでしょうか?」
「が――学園長……」
自分は動揺した。
トラッポラと名乗った墓場でシャベルを動かし続ける、あの哀れな姿を思い出しながら、何か抗議の言葉を出そうと口を動かそうとするも、正論に屈したわけではないのに、何も云うことが出来なかったのである。
何も、云えない。
短縮魔法が人死に関し、そして魔法士全員の存在が暗黒期に戻るというのであれば、確かにその存在は隠し通したいものであろう。
理屈としては正しかった。
でも、感情としては否と動き回る。
「私は、『破壊するもの』の因子を色濃く受け継いだ若者を平和的な方法で矯正し、即死魔法を放つ知的生命体を秘匿化している。シュラウド君、きみは私のやり方に何か意見があるようですが、何を訴えたいのですか?」
「……学園長のやり方『は』、分かりました。ひとまずそれは正しいことであると認めておきましょう」
だが、しかし……。
イデアはそこではじめて感情的な目、口調になりながら、こう云うのである。
「ハーツラビュルのオーバーブロットを発端に、次々に暴走状態に陥るブロット者。学園長は堕ちた魔法士を出さない方針でいるのに、どうして、暴走者が相次いで続出する!?」
リドル・ローズハート。
レオナ・キングスカラー。
アズール・アーシェングロット。
ジャミル・バイパー。
ヴィル・シェーンハイト。
「学園長の非協力的ながらも平和的な教育方針に対して、今年――たった数か月だけで五名ものブロット者が出た! それに本来オーバーブロットは、緩やかな速度で浸食していくいにしえの病だ! 急速なブラット化、これは明らかに――!」
一体、誰なのだ。
イデアは再度尋ねる。
一番最初の質問を、旧知であろう学園長にぶつけるのであった。
「蜘蛛――理事長のシンボル……オーバーブロットする前後、必ずしもその存在が認められている。あの蜘蛛が明らかに人為的なブロット化を引き起こしているんだ」
正体不明の未知なる存在。
学園長――あの人は誰?
「理事長とは、どういった存在なのですか?」




