第十四話 真実
翌日、闘技場の熱気は凄まじかった。卒業試験の比ではない。こんなところで闘わなければならないことにプレッシャーを感じる。
対するマルシェさんは黒いフードを目深に被り、堂々としていた。顔は見えないが、物凄いオーラを感じる。只者ではないのかもしれない。
「それでは最終試合始めーーー!」
実況の合図と共に私は包丁を取り出す。たが次の瞬間、私は驚いた。
「な……なぜあなたが?」
マルシェさんが取り出したのは、ママの包丁だった。
「くくっ、驚きましたか? あなたの育ての母親から返して貰った包丁です」
何を言ってるんだろう。返して貰った?
「わたしの正体、みせてあげましょう」
そう言うと、マルシェさんはフードを脱いで顔を晒した。見た目は容姿端麗な美女という感じで、髪は真っ白だった。
「わたしの本当の名はマリア。あなたを殺す者です」
マリア……様? 私を殺す?
「混乱していますね。いいでしょう、全てお話します。五百年前、わたしは不老不死の研究に携わっていました。しかし、その途中で赤髪の悪魔を召喚してしまった。召喚された悪魔はエストピア王国を蹂躙しました。そこに現れたのが吸血鬼の勇者、あなたの本当の母親です」
わたしの母親がヴァンパイアの勇者だった? 衝撃の事実を突きつけられ、頭が真っ白になった。
「その経緯までは知りませんが、勇者と悪魔が恋に落ちた、その間に生まれたのがあなたです」
そんな。私は……。
「これでよろしいですか? では攻撃させて頂きます」
マリアが斬撃を放つ。しかし、私は動けなかった。マリアの話が衝撃すぎて何も考えることができなかったのだ。
ドーンという衝撃音と共に、斬撃が私を直撃した。だが、私は無事だった。
「サーレちゃん、しっかりして!」
振り向くと、セレナとエミリー、エルフ姉妹が私にバリアを張っていた。
「あいつは何かおかしいのです」
「……今の話、変」
変?
「……サーレちゃんが五百年前の人間なら、年齢が合わない」
「そうだよ。それに何でサーレちゃんの命を狙うの?」
その通りだ。まさか嘘なのか?
「くくくっ。そこに気づきましたか。優秀な仲間をお持ちですね。わたしは魔王ティーバの延命魔法で生きているのですが、これが完全な不老不死とはいきませんでね。掛けられるのは生涯に一度きりのうえに、魔法の効果も切れかかっています。そこであなたの魔力が必要なのです」
私の魔力?
「研究の結果、ヴァンパイア勇者と悪魔のハーフであるあなたの魔力は、不老不死魔法に欠かせないことが分かりました。そこであなたの命を狙おうとしたのですが、勇者が先手を打っていました。あなたを封印したのです。これであなたに手を出せなくなりました」
私が封印されていた? ならばなぜ私は今ここにいるんだろう。
「封印の期限は五百年です。ですからわたしもそれまで待つことにしました。そしてやっと今、あなたを殺すことができる。それにしても、あなたのママはバカですね。待つ間、気まぐれに弟子を取ったらわたしの包丁を持ち逃げするとは。ただ、エルシィがあなたを拾ったのは僥倖でした。あなたを殺せる上に包丁を取り戻せますからね。残念ながら、あなたを殺すことは叶いませんでしたが、包丁は取り戻せました」
全ての真実を明かされた私は、呆然としていた。
「サーレちゃん!」
セレナの呼びかけに、ハッとする。
マリアは目指すべき存在じゃない。倒すべき存在だ。
「では、あなたを殺します、全力で」
そう言うと、マリアは包丁を逆手に持ち替える。料理人にとって逆手は禁忌だ。マリアはもはや料理人ではない。不老不死に取り憑かれ、殺し屋と化している。
マリアが構える。その構えを見て、私は叫んだ。
「皆逃げてーーー!」
「逆手料理剣技【究極全能みじん切り】」
すると、マリアから複数の細かな斬撃が飛んでくる。このままだとセレナ達や観客が危ない。
「料理剣技【角切りネット】」
私はネット状の斬撃を飛ばす。これで防いだ、と思ったが無理だった。セレナ達は守ったが闘技場の壁が砕け、客席が崩れ落ちる。
観客は悲鳴を上げながら逃げ惑う。セレナ達も後ろに下がった。ここにいても、私の邪魔になると思ったんだろう。
「防ぎましたか」
防げていない。私は傷だらけだし、包丁は……砕け散った。
私は赤い包丁を取り出す。
「ほぅ、不死鳥包丁ですか。親子は継承しますね」
まさか、母親の包丁? 勇者の。
「逆手料理剣技【究極全能半切り】」
「料理剣技【不死鳥切り】」
私の斬撃が不死鳥を型取り、マリアの半切りと衝突する。
爆音が鳴り響くが、不死鳥はやがて消滅する。
「やりますね。これで魔力を奪ってあげますよ。【魔力を喰らう闇】」
闇魔法? 何でこいつが?
マリアから闇の蛇が出現し、私に襲いかかる。噛まれる。そう思ったとき。どこからか矢が飛んできて蛇を貫いた。
客席の方を見ると、キュナードさんがいた。キュナードさんには、羽が生え尻尾があった。その姿はまさしく魔王だった。
「隠しててごめんなさいね。私は魔王キューピット。この大会の主催者よ」
そんな馬鹿な。キュナードさんが魔王だったなんて。
「もう大会どころではなくなってしまったわね。あなたも、魔王の姿になったら? 魔王エストピア」
やはりバレてたか。私は魔王の姿になる。
「マリア。私の国で好き勝手させないわよ」
「弱い魔王ごときが。わたしを止められるものか」
「なら受けてみれば? 万人に愛を。【愛の矢】」
魔王キューピットは、ハート型の矢を召喚すると、マリアに向けて放つ。放たれた矢はマリアを直撃するが、無傷だった。
「そんな……。私の矢が効かないなんて」
「邪魔だ」
マリアが包丁を軽く振ると、魔王キューピットの羽が切断され、落下する。
「なんてことを」
私は怒った。使うしかない、闇魔法を。