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第五話 甲冑戦士

 僕は牢の錠前を打刀で破壊した。

 キィと音を立て、レンは鉄格子の扉を開き、廊下へと出てくる。


「次、手錠の鎖を斬るから、両手を前に出して。


 そう言うと、レンは手錠の鎖を一杯に伸ばし、両手を僕の方へと出した。

 ≪聖孤月≫でその鎖を両断すると、レンは両腕を横一杯に伸ばした。


「ありがとうございます、スナオ君。これで毎日体操ができます」


「いやいや、どういたしまして」


 カア、と頬が熱くなっていくのを感じる。

 勢いとはいえ、何かとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまった気がした。

 格好をつける気なんてなかったけど、結果的にかなり格好つけた台詞になった。そう自覚すると、今度は耳朶まで熱を帯びてくる。


「ところで、スナオ君はどうしてこのようなところに?」


「ああ。僕はクエストで……、クロユリが地下五階層に咲いてるらしいんだけど、それを取りに来たんだ」


「クロユリですか。地下六階層以下は洞窟フィールドになっていると聴いたので、下への転移魔方陣近くに咲いているかもしれません」


 そう言って、レンは廊下の奥を見る。


 こうして改めて見ると、レンはスラリとして背も高い。もしかすると、一六九センチの僕より大きい?

 そう見えるのは、やっぱりレンが異様に細いからなのだろう。一年も閉じ込められてしまったせいか、彼女はかなりやつれてしまっている。


「そういえば、レンって食事とかどうしてたの?」


「牢の奥に大きいネズミがよく現れるので、それで飢えを凌いでました」


 ふわりと笑んで答えるレン。


「そ、壮絶だったね……。地上に出たら、何か美味しいもの食べようね……」


 道すがら、僕は自分の事情をレンに明かした。

 第五〇階層までパーティで登ったこと。

 けれども、ブローチを盗んだ罪で、第一階層の刑務所に投獄されてしまったこと。

 パーティから見放され、一人になってしまったこと。

 そして、祖父ちゃんの形見で“聖龍”の≪象徴生物(シンボル)≫が目覚めたこと。

 恩赦を受けるため、このクエストに参加したこと。


 レンは黙って話を聴いてくれていたが、だんだんとその表情に陰りが生まれていった。


「だから、レンの境遇が他人事に思えなくてさ。無理矢理誘って、驚かせちゃったよね」


 レンは立ち止まり、首を横にゆるゆると振った。


「確かにビックリしました。けれど、私はスナオ君がああ言ってくれて、嬉しかったです」


「なら、僕も嬉しい」


 て、照れくさい。

 もっと冷静になって、丁寧にトータルウィンをロジカルに説明して、スマートな提案をするべきだった。

 ……何言ってんの、僕。


「恩赦、必ず受けなきゃですね」


 レンが優美に笑う。

 その笑顔がすごい。痩せこけているのに、やっぱり王女様なんだなあとしっかり納得させるほど、優しく奥ゆかしい笑顔だ。


 ピクリ、とレンは突然真顔に戻り、足を止めた。通路の奥をじっと見据えている。


「スナオ君。モンスターです」


 そう言われ、目をよく凝らし、音にも注意を払うが、僕には気配を感じ取ることはできない。


「≪索敵≫のスキルです」


 先回りするように、レンが教えてくれる。


「相手は一体のみですが、かなりの手練れのようです」


「ありがとう」


 僕は静かに抜刀し、警戒しながら先に進む。

 すぐに、大広間が視界に入った。おそらく、地下一階層と同じ仕掛けだ。


「すみません、スナオ君。この手錠には、私の力を二十分の一に抑制する仕掛けがあって、今は一緒に戦えないです」


「大丈夫。僕が一人で戦うよ。レンはここで待ってて」


 大広間へと足を踏み入れると、やはり入口が鉄格子の扉で閉ざされる。


「気を付けて」


 と向こう側からレンが言う。

 僕は力強く頷いた。


 大広間の篝火が灯った。地下一階層とは異なる展開だ。

 明るくなった視界の先、大広間の向こう側。そこには甲冑に身を包んだモンスターが佇んでいた。

 その禍々しいまでの妖気は、これまでのモンスター達のそれとは明らかに異質だった。

 ボスクラス。それも、スナオが今まで出会ったどのボスクラスよりも強い。


 甲冑戦士は大振りのサーベルを抜くと、巨大な楯を構えながら、ゆっくりとスナオに近付いた。

 その楯の重装感がスナオを威圧するが、ただ息を呑んで敵の接近を待ってはいられない。


 僕は≪“聖”瞬雷≫で二本のナイフを投擲した。

 甲冑戦士の両脚に命中するはずだったそれらは、いとも容易く楯の一振りで弾かれる。

 だが、それは目眩まし。

 本命は楯を振ってがら空きになった甲冑騎士の胴体だった。


 ≪聖孤月≫を一閃するが、甲冑戦士は強引に楯を引き戻し、僕の刀を阻んだ。

 続いて、甲冑戦士はサーベルで僕の身体を両断――、

 刃が僕の脳天に入る直前、バックステップでそれを回避した。


 強い。恐るべきは、素早い楯捌きとその頑丈さだ。


「≪遙真刀流≫――」


 ≪“聖”孤月≫――駄目。

 ≪“聖”突刃≫――駄目。

 ≪“聖”空牙≫――駄目。

 ≪“聖”十字斬≫――駄目。


「どうすりゃいいのッ!」


 一通りの≪遙真刀流≫スキルが全て防がれ、途方に暮れてしまう。

 サーベルが何度か僕の身体を掠めたため、僕は≪回復≫で傷を癒やす。


「スナオ君! その楯は、剣の攻撃を全て無効にしてしまいます! 体術か魔法攻撃に切り替えてください!」


 そんなレンのアドバイスが僕の耳に届いた。


「魔法と体術……あまり得意じゃないけど」


 けれど、今の僕ならきっと大丈夫だ。

 僕は刀を投げ捨てると、一気に甲冑戦士に詰め寄った。

 サーベルの斬撃を寸でで回避し、掌底を甲冑にぶつける。


 ――確かな手応え。

 甲冑戦士は数歩後退った。


 レンの分析は正しい。

 あの楯は、武器による攻撃だけを防ぐものだったんだ。


 以前の僕では、ショボい飛び道具でしかなかった魔法だけど、今なら充分な威力を発揮できる。

 僕は魔法で小型の≪聖槍≫と≪光弓≫を創り出すと、甲冑戦士目掛けて弓を引いた。

 発射された≪聖槍≫を甲冑戦士は楯で防ぐが、僕の≪聖槍≫はそれを貫いた。


 鎧をもぶち抜き、≪聖槍≫が突き刺さった甲冑戦士は膝を着く。

 そのまま、光の粒子となって消滅した。


「やった……」


「大丈夫ですか? スナオ君」


 出入口が開放されたのだろう。レンが僕に駆け寄ってきた。


「うん。アドバイスありがとう」


 レンに上品な笑顔が戻った。

 安堵した様子のレンに、僕は思ったことを述べる。


「ねえ。レンって司令塔の素質があるんじゃないかな」


「司令塔……ですか?」


「パーティには各々に役割があって、司令塔は後衛で他のメンバーに指示を出す人のこと」


 レンはぱちくりと目を瞬かせた。


「私……、スナオ君とパーティになってもいいんでしょうか?」


「あ、そうか。魔族って冒険者になっていいのかな……?」


 肝心なことを全く考えていなかった。

 けれど、別に魔族は冒険者になったらいけないという規定はなかったはずである。

 それに、テイムしたモンスターを連れて塔を攻略してる冒険者もいるし。いや、モンスターと魔族を一緒にするのも失礼だけど。


「まあ、でも一緒に行こうよ。魔族と一緒に行動しちゃいけないなんて、あり得ないんだから。……嫌だった?」


「いえ、嫌じゃないです」


 レンは少し俯くが、その口元が僅かに緩んでいるのがわかる。


「ちょっと、ドキドキしますね。司令塔……私に務まるでしょうか」


 レンがやってくれるなら、正直大助かりだ。

 何せ、パーティメンバーを集めるのは、すごく大変なことだから。


「――と、この階層は今のボスだけかな?」


 大広間の先に進むと、そこは石造りではなく洞窟のフィールドになっている。レンが聞いたという話が事実なら、ここに転移魔方陣があるはずだ。そして、目当てのクロユリも。


「ありましたね。転移魔方陣です」


 レンの指差す先に、確かに魔方陣が青く淡い光を放っている。青い光の魔方陣は、下の階層へと転移する魔方陣だ。


 その奥は行き止まりになっており、巨大な岩で道がふさがれている形になっている。

 その岩に近づいて、よくよく調べてみると岩の隙間に――、


「あ、クロユリだ」


 花弁が二センチ程度の黒い百合が、何本か咲いていた。

 よかった。これで恩赦を得ることができる。


 僕はクロユリを一本摘むと、ほっとため息を吐いた。

 依頼を受けてから、まだ五、六時間といったところだ。今から第一階層に戻れば、今日中にザークさんにクエスト遂行の報告ができるだろう。


「よし、地上に出よう。レン」


「はい」


 レンはにこやかな表情を浮かべた。



***



 スナオ君の指が、鉄格子越しに私の指に触れたとき。

 確かに私の運命が変わる予感を覚えたのだ。

 その暖かさが、まるで暗く冷たいヘドロの中で沈んでいた私の心に、辛さも苦しみも忘れてしまおうと殺していた私の心に、輝くような活力を与えてくれた。


 スナオ君の背中を見ながら。私はつい数十分前に起こった奇跡を回想した。


 魔王族の徹底した実力主義は、おそらく人間には理解が及ばないほどに壮絶だ。

 我が王家の食卓は、その日の能力テストでの順位によって、子供達の席が決められる。そして、席からあぶれた者にまともな食事は与えられない。

 華麗な洋服も、心地の良い寝床も、同じように能力に応じて与えられた。


 私は常に底辺にいた。

 下の妹や弟達が、辛い思いをするのが耐えられず、彼らに席を譲るようにしてテストで下の成績をとった。

 熾烈な序列争いの中、私に優しく手を差し伸べる存在などなかったのに。


『お前は温すぎる』


『そんなことをしても、お前に返るものは何もない』


 三番目の叔父の言葉だ。

 どうして、私にはそんな人がいないのですか?

 お門違いにも、そんな下らない願望に胸を痛めたこともあった。


『僕が君を出す! だから、一緒に上に行こう!』


『魔王城に行こうよ! 僕が一緒について行くから!』


 その言葉はあまりに綺麗すぎて。正義や矜恃さえも冷たく突き放される、この捻くれた世界のバランスとも思えた。


 どうして、私の話を信じてしまうのだろう?

 どうして、私を連れて行くと即決断できてしまうのだろう?


 貴方の全てを正しく、ただ正しくは受け止めきれないけれど。

 自然と私の目元から、涙があふれ出した。初めて心に触れられ、魂のあり方を問われ、凍てついていた感情が解放されたのだ。


 私は貴方についていきます。

 こんな私に、底辺でどうしようもない私に、手を差し伸べてくれる貴方だから。

 そんな真っ直ぐで明るい貴方の誠実さに、心が響いてしまったから。


 ――私は貴方の指を、掴んだのです。





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