第六話 ギルド登録
「クロユリを取ってきたぁ――!?」
第一階層に戻った僕は、早速ザークさんに依頼完了を報告するため、ペイルという騎士団の詰め所へと向かった。
レンをどうしようかとも思ったけど、その辺に一人置いていくのもあんまりなので、一緒に来てもらうことにした。
ザークさんは僕の帰還を驚いた様子で迎え、更にクロユリを見せると度肝を抜かれたように目を白黒とさせてしまう。
「でも、肝心のそれらしいボスクラスは、見ませんでした」
「地下階層のモンスターは、さぞ強力だったろうに……」
「ええ。動く骸骨の兵士や鎧の戦士がいました」
ザークさんは『はぁ』と感嘆した様子でため息を吐いた。
「私が第一〇〇階層の担当兵士だった頃、骸骨兵士――スカルソルジャーの出現はよく聞いたものだ。冒険者の被害が多くてな……」
ザークさんは背もたれに寄りかかると、レンの方へと視線を向けた。
「で、そちらのお嬢さんは?」
「こんな格好で申し訳ありません。レンジェラと申します」
レンはボロボロの衣服を恥じ入るように、身をよじらせている。
「レンとは地下五階層で出会ったんです」
「地下五階層で……?」
ザークさんは訝しげに首を傾げていたけど、ほどなくして後ろで立ち会っている騎士に呼びかけた。
「女性兵士に、彼女の身繕いをさせなさい」
騎士は敬礼をすると、レンを部屋の外に出るように促した。
レンは一瞬迷うような視線を僕に送ったけど、僕は軽く頷いて安心を促した。
レンが外に出た後、ザークさんは神妙な顔つきで、レンのことを訊ねてきた。おそらく、地下五階層にいたことと彼女の格好を見て、訳ありなのだと判断したのだろう。
通常、訳ありとわかるなら深入りしないのがマナーだけど、彼は市街層の治安を守る騎士団のエリア支部長なのだ。明らかに不審なレンについて、知っておく義務があるということだろう。
「あのレンジェラという子、どうして地下五階層に?」
「彼女、どうやら魔族の子らしいんです。何か問題があって、地下五階層に捨てられてしまったみたいなんですけど」
「魔族……!? ああ、通りで……」
『眼が黒かった』と言いたいのだろう。
ザークさんは右手を口元にやり、考え込むように机を睨んだ。
「レンはこれから、普通の生活を送れるでしょうか?」
それが、ずっと僕の心の内で引っ掛かっていた。
これから塔での生活を送るには、レンは自分が魔族であることを明かすのが一番いい。
ただの人間が地下五階層で生活していたとなれば、それだけで問題となり、レンは事情を聴取するために延々と拘束されてしまうからだ。
それに、市街層には検問が張られていて、魔法紋を取られることが希にあるのだ。魔法紋とは指紋と同じで、その人物の魔力の特徴を表すものである。魔法紋を取られれば、レンが普通の人間ではないことが、きっとバレる。
ならば、レンが魔族であることを第一階層の時点で説明し、人間と同じ生活ができることを認めてもらうのが最善だろう。そうすれば、レンは大手を振って塔の攻略に専念できる。
「私の一存では決めかねるが、少なくとも魔族というだけで投獄してしまうということはない。今の時代はね」
ザークさんの言葉に、ほっとする僕である。
「≪真偽審眼≫を含めた聴取、上の判断。色々あるだろうが、早ければ明日にでも解放だ」
ザークさんの視線は、何故かクロユリに注がれている。
その胸中はわからないが、僕の方は本当に安堵していた。
「とにかく、彼女の方は悪いようにはしない。本題に入ろう。君の処遇だ、スナオ・ハルカ」
ザークさんは僕に向き直った。
「君にも色々と聴取をする必要があるが、クロユリをしっかりと持ち帰ってきたんだ。君には恩赦を与えることになる」
「じゃあ、冒険者としての資格も?」
「再度、取得可能だ」
「やった……!」
僕は拳をぎゅっと握りしめた。
恩赦だ。祖父ちゃんの形見を使ってから、全てが上手くいっている。
僕は再び冒険者として活動できることに、自由になった悦びに、打ち震えてしまう。
「本当に、よく戻ってきたな。少年」
ザークさんは初めて表情をほころばせながら、そう言った。
***
詰め所へと帰った日、僕は即日釈放。
加えて、レンもその翌日である今日、解放されるそうである。
「レン!」
詰め所のロビーで今か今かとレンの到着を待っていると、一日ぶりに彼女の顔を見ることができた。
「スナオ君。お待たせしました」
レンの表情は晴れ晴れとしていた。
いや、それだけではない。
彼女のボサボサだった黒く長い髪は艶々としており、肌も大分血色が良くなっている。服も簡素だが綺麗な洋服に着替えられ、これまでの印象とはまるで違うのだ。
何というか、本来のレンの美しさが映えており、ドギマギとしてしまう。元々、神秘的な品性がある綺麗な子だったけど、ここまで綺麗になるのか。
「スナオ君。私、普通に塔で暮らしてもいいそうです」
「ホント!? よかった!」
ザークさんは大丈夫だと言ってくれていたけど、物事に絶対はない。
だから、このレンの言葉を聞けて、本当に嬉しく思う。これから、一緒に塔を攻略できるのだから。
「スナオ君――」
レンは髪の右サイドを耳の上にかき上げながら、はにかんで言った。
「ありがとう」
何だこの破壊力は。
照れる。圧倒的に照れてしまう。
「まだまだ、これからだよ」
僕は照れ隠しに目線をそらし、頬をかきながら答えた。
冒険者としての活動に欠かせないもの、それは装備と道具類。
では、それらを揃えるために必要なものは何か?
答えはお金だ。
僕が地下階層で探索した際、モンスターを倒して得た魔力晶は、まだ換金できていない。理由は単純で、僕は冒険者ギルドの会員ではないから。
モンスターの魔力晶および特別なスキル等で剥ぎ取れる素材は、ギルド会員でなければ換金はできない決まりだ。例外として、商人がそういった決まりを免除される資格を取得できるらしいが、僕には縁遠い話である。
「とにかく、ギルドに行って冒険者登録しよう」
とレンに提案。
「初めてなので、緊張しますね……」
「簡単な試験があるだけだから、大丈夫だよ」
レンの実力は知らないけれど、問題なくパスするであろう確信があった。
何といっても、二年前の“白トカゲ”だった僕ですらどうにかなった。正直、試験はあってないようなものなのだ。
カチカチに緊張しているレンを連れて、第一階層の冒険者ギルドへと辿り着く。
ドアを開けると、いかにも血気盛んな冒険者達の集会所だ。もう来れないと思っていたからだろうか。たった数日だというのに、その喧噪が妙に懐かしい。
やり直すんだ。もう一度、ここから。
「すみません。冒険者登録をお願いします」
ギルドの受付嬢に言うと、彼女はにこやかに対応してくれた。
「はい、では個別にご案内しますので、五番と六番のテーブルでお待ちください」
僕は五番、レンは六番のテーブルに腰掛ける。テーブルは仕切り板で隔てられてはいるが、隣同士なのでレンに何かあっても大丈夫だ。
「それでは、お名前とご年齢をお願いします」
と僕の対面に座った金髪の受付嬢が訊いた。垂れ目と泣きぼくろがセクシーなひとである。
「スナオ・ハルカ。今年で十五歳になりました」
『レンジェラと申します。歳は十七です』
隣でレンと受付嬢とのやり取りが聞こえてきた。
そうなんだ。やっぱり年上だったんだな、レン。
「市街層から出た経験はありますか?」
「魔法やスキルで得意なものを教えてください」
「得意な武器や戦闘術などがあったら教えてください」
「どんな冒険者になりたいですか?」
これらの質問は、後で行われる試験の内容に影響があるという噂だ。
もっとも、一番試験内容に影響を与えるのは――、
「それでは、魔法紋の鑑定をいたします」
魔法紋の鑑定。冒険者にとって、これが一番重要な審査になると言っても過言ではないだろう。
魔法紋はその人の魔力の質や≪象徴生物≫を見ることができる。冒険者としての才覚を測る指針になるのだ。
「こちらの水晶に手をかざしてください」
「はい」
僕は水晶の上に手をあてた。
この水晶は、手をかざした者の魔法紋を鑑定してくれる、優れたマジックアイテムだ。また、この水晶は各市街層に保管してある大水晶と連携されており、鑑定した魔法紋を大水晶に記録することができるという。
ギルドには、その大水晶を使って、魔法紋の検索を行う魔法やスキルを使う術者が存在するらしい。
「≪象徴生物≫出ました――、って! ええ!? せ、“聖龍”!?」
あわあわ、と受付嬢が面食らっている。
神級の≪象徴生物≫はとても珍しい。僕も最初から“聖龍”だったら、どれだけ自分でびっくりしてただろう。
そういえば、二年前にアレスが“白虎”だったときも、こんな反応だったなぁ。
通常、≪象徴生物≫は大体が動物だ。
たまにモンスターだったり、システィナのような“姫騎士”という色物が現れたりする。それらは当たりとされ、冒険者としての活躍は約束されたようなものだ。
「これはすごいですよ……。Aランク以上での活躍が期待されます」
と興奮気味に受付嬢。
何だかむず痒くて恥ずかしいな。祖父ちゃんからもらったようなものなんだけど、いいのかな。
それでも、真っ当に冒険者として上を目指せる喜びが、再びふつふつと込み上げてくるのを感じた。“白トカゲ”の生活が長かったせいか、まだ小心者の根性が抜け切れていないが、冒険者としての自信はこれから徐々につけていこうと思う。
僕がのんきに感慨にふけっていると、隣の席の受付嬢が熱狂的な声を上げた
『“堕天使”!? 凄い! 神級の≪象徴生物≫ですよ!』
どうやら、レンもとんでもない当たりを引いたようである。
「魔法紋で試験免除になってよかったね」
「それでも緊張しました……」
僕達は神級の≪象徴生物≫のおかげで、試験が免除になった。
これで、僕もレンも立派な冒険者である。
「ねえ、レンの装備を買おうと思うんだけど」
「あの、でも……、私持ち合わせがなくって」
と困ったようにレンが言うが、これからパーティを組むのだ。
僕の手持ちからの支払いに決まっている。
地下階層で得た魔力晶は、何と一三万フォーレにもなった。これなら、大抵の装備や道具は揃えられるし、その上で二、三日は生活に困らない。
「冒険者になったお祝いに、僕が出すよ」
「……すみません、スナオ君。お言葉に甘えます」
ぺこりと僕にお辞儀をするレンである。
「レンは魔法やスキルが使えるの?」
素朴な疑問だった。
レンは魔族では底辺であると言っていたが、地下階層では力を抑制する手錠が掛けられていた。戦えないわけではなさそうである。
「はい。私、魔法が数少ない特技の一つなんです。近接戦闘はてんでダメなんですけど……」
「じゃあ、後衛だね。魔術師系統の装備を揃えようか」
早速、僕達は武器屋へと向かった。




